中学生だけど、みんなにはヒミツで「正義の怪盗」をやってる、アスカとケイ。
そんな2人のかつやくを描いた「怪盗レッド」は、つばさ文庫の超人気シリーズ!
今回は、夏休みスペシャル!
アスカと、あの恭也が、デート!? その理由とは……!?
2人の怪盗が真っ昼間の街を歩きまわるめずらしいお話です。楽しんでね!
…………なんで、こんなことになってるんだろう?
わたし――紅月(こうづき)アスカは、ぼんやりと考えながらとなりを見る。
そこにならんで歩いているのは、よく知った顔。
金髪と、整った顔だち。
変装のためなのか、サングラスをしてるのが、妙に似合っている。
――織戸恭也(おりときょうや)。
表では有名マジシャンのKYOYAとして活動し、裏では世界を股(また)にかける「怪盗ファンタジスタ」として名を馳(は)せる。
怪盗レッドであるわたしとは、今は協力関係を結んでいるけれど、べつに仲間になったわけでも、友だちになったわけでもない。
そんな恭也と、どうしてだか、今わたしはショッピングモールを歩いているんだよね。
はあぁ……。
わたしは、心の中でため息をつく。
始まりは昨日のことだったんだ……。
☆☆☆
家に1通の手紙が届いた。
切手は貼(は)られておらず、だれかが直接ポストにいれたんだと思う。
以前にも、こんなことがあった。
封筒(ふうとう)は真っ白で、表にわたしの名前だけが書かれてる。
それだけで、だれが送ってきたのか、なんとなくわかったけど。
封を開けると、そこには1枚のカードが入っていて、
『助けてほしい。明日午後1時に、○×駅前で待つ。織戸恭也』
それだけ書かれていた。
えっ……いったい、なにがあったんだろう?
と思ったものの、もし緊急事態なら、手紙なんて回りくどい方法で連絡してこないよね。
それに、時間と場所の指定も変だ。
わたしが恭也と会うなら、午後(ごご)1時より午前(ごぜん)1時のほうがふつう。
おたがいに「怪盗」で、闇にひそんで会うことのほうが多いんだから。
なのに、どうして……?
そんな疑問を抱(だ)きながらも、わたしは次の日、指定された場所に、時間どおりにむかったんだ。
☆☆☆
「それが、どうしてこうなってるのよ……」
「子猫ちゃん? どうしたんだい」
恭也は、ごきげんなようすで、わたしを見る。
「今の状態に、まだ納得してないだけよ」
わたしは言って、そっぽをむく。
「手紙に書いただろう。『助けてほしい』って」
「たしかに、書いてあったけど……。『助けて』なんて言うなら、もっと大変なことかと思うじゃない」
そう、それなのに……。
「重大なことさ。マサキへの贈(おく)り物(もの)を買うんだから」
「それよ……。マサキに贈り物をするっていうのはいいの。だけど、なんで、わたしがつきあうの?」
にらむように見ると、恭也は肩をすくめて見せた。
「それがさ、子猫ちゃん。これまでマサキにいろいろな贈り物をしてきたから、ネタ切れを起こしてしまってね。ここらあたりで、ほかの人の意見をとりいれてみようと思ったんだよ」
「でも、なんでわたし? ほかに、たのむ人がいなかったの?」
わたしは、ジト目で恭也を見る。
「――『自分で考えろ』『わたくし、興味がないわ』『ヤツに贈るものなど知りません』『その情報なら、お売りしますよ』」
? なにそれ。
「おれが、贈り物の買い物のつきあいをたのんだ相手からの返事だよ。みんな、ひどいと思わないか」
うーん、それはたしかに、ひどいかも。
恭也って、人づきあいが広そうでいて、自分自身を見せている相手は多くなさそうだしなぁ。
……しかも、さっきの返事の中であきらかに1人、わたしも知っている人が交ざっているし。
「で、マサキって8月が誕生日なの?」
今は夏休み中。
それでわたしも、急な呼び出しに応じられたんだけど。
すると、恭也の口もとがかすかに微笑(ほほえ)んだ。
「ちがうよ。マサキが孤児(こじ)なのは、知っているよね? マサキの本当の生まれた日は、わからない。だから、おれは、マサキと初めて出会った日に、贈り物をおくるようにしてるんだよ」
そうなんだ……。
そういえば、フラワーヴィレッジ城で、マサキからきいたことがある。恭也が、孤児だったマサキを拾いあげて、教育を受けさせてくれたんだって。
わたしの思っている以上に、恭也とマサキの絆(きずな)は強いのかもしれない。
……そんな話をきいてしまったら、いつまでも文句を言ってるのは悪い気がしてきた。
せっかくだし、まじめに選ぶことにしよう。
「それで、今までは、どんなものをマサキに贈ってきたの?」
「そうだな……最近だと、ステンレス加工の高級フライパン、現代の名工が鍛(きた)えあげた柳刃包丁(やなぎばぼうちょう)、イタリア発祥(はっしょう)のメーカーが作る高級エスプレッソマシンとか」
「…………」
「ちょっと待って子猫ちゃん。そんな目で見ないでほしいな。これは、マサキからの希望なんだよ」
恭也が、わたしの表情を見て、あわてたように言う。
だって、贈っているのが、ぜんぶ家事に使うものばかりって!
プレゼントと言いながら、じつは恭也自身のためのものなんじゃない?って、うたがいたくもなる。
「マサキは家事に凝(こ)ってるからね。そういうものを欲(ほ)しがるんだよ」
「じゃあ、料理が得意なんだ」
「ああ。マサキのオムライスは絶品だよ」
恭也がニコニコ顔で答える。
それってやっぱり、恭也のためなんじゃ……。
っていうか、マサキ本人にリクエストをきくと、恭也のために家事道具ばかり欲しがるから、今回はそれをやめたいっていうことなのかな。
「わたしだって、マサキのこと知ってるわけじゃないし……とりあえずお店を見てまわって、ピンとくるものがないか、探してみよう」
「そうしてもらえると、助かるよ」
わたしと恭也は、ショッピングモールのお店を見て歩く。
雑貨店では、
「マサキは自分の部屋にあまりよけいなものはおかないな」
という話であきらめた。アパレルショップでは、
「おれの趣味で選んでいいなら、いいんだけどね」
「マサキはたぶん、趣味がちがうと思う……」
恭也って目立つのが大好きだけど、マサキは真逆だもんね。
わたしも、男性の服を見立てる自信はないから、あきらめることにした。
そうして、歩いていて見つけたお店に、わたしは目を止めた。
「あそこなら、いいものあるかも!」
「ん? あの店は、スポーツ用品ショップ?」
「うん。マサキもあれだけ鍛えてるんだから、ふだんから運動するでしょ。トレーニングウェアなら、何枚あってもこまらないから」
「なるほどね。それはいい考えだ」
さっそく、わたしと恭也はお店に入る。
「へえ~かなり大きいね」
スポーツ用の服以外にも、靴(くつ)やバッグ、野球やサッカーなどのスポーツの道具や、競泳用水着なんかもおいてある、かなり大きなお店だ。
うわー、わくわくする!
って、思わず目うつりしそうだけど、今はマサキへの贈り物選びが優先だ。
さっそく、トレーニングウェアがならぶ一角にむかう。
撥水性(はっすいせい)や通気性など、着心地のよさそうなウェアがたくさんある。
性能面はどれもいいものがそろっているから、あとは色やデザインの好みかな。
「これとかどう?」
わたしは、赤色のトレーニングウェアをとりだして、見てみる。
「それは子猫ちゃんの色だろう。おれならこっちを選ぶよ」
恭也が手にとったのは、青色のトレーニングウェアだ。
ちょっと意外かも。
「恭也なら白じゃないの? ファンタジスタのユニフォームも白っぽいし」
「おれはおれ、マサキはマサキさ。従者だからって同じ色に染める必要はない」
恭也は、きっぱりと答える。
「な~んだ。それだけ信頼してるなら、本当は贈り物選びだって、恭也ひとりでも、こまらなかったんじゃないの?」
恭也は十分に、マサキのことを理解していそうだ。
「どうかな。信頼しているからこそ、悩(なや)むことだってあるさ」
「むぅ……」
そう言われると、わたしも身に覚えがなくもない。
無愛想ないとこの顔が、頭にちらつく。
「じゃあ、これにしよう。買ってくる」
恭也が会計にむかうのを見て、わたしはその場で待っていることにした。
と、そのとき――
「きゃああっ!」
店内から悲鳴があがる。
わたしが視線をむけると、目出し帽(ぼう)をかぶり手に刃物を持った男が、店内にいた女性1人を人質にとっているところだった。
「静かにしろっ!」
男が人質に刃物をつきつけたまま、レジにむかってじりじりと近づいていく。
「おい、店員。金を出せ! レジの金ぜんぶだ!」
「は、はい……」
おびえた顔の女性の店員さんが、レジを開けようとしてる。
まったく。こんなときに、強盗なんてね。
わたしは気配を消しながら、さりげなく強盗の男に近づいていく。
問題は、人質になっている人をどうするか、だけど……。
女性が危険な目にあってるのに、あいつがほうっておくわけがない。
しゅっ
そのとき、強盗にむかって1枚のカードが、するどく飛んだ。
ナイフを持つ手に、トランプのカードがつきささる。
「いてっ!」
強盗はナイフを落とすが、人質は手ばなそうとしない。
「ふざけやがって! だれだっ!」
「おれだよ」
恭也が飄々(ひょうひょう)と名乗り出る。
「てめえ! ふざけてるのか!」
強盗が、怒鳴(どな)る。
目だし帽の下は、顔を真っ赤にしていそう。
恭也が、わざわざそうやって、目を引いている理由は、1つ。
その間に強盗のすぐ近くまできていたわたしは、一気に間合いをつめ、強盗の足を思いっきりはらう。
「うおっ!?」
突然、足をすくわれて、強盗は顔面から床に倒れこむ。
人質の女性が、よろめきながら強盗からはなれる。
「今だ!」
「押さえこめ!」
その瞬間、チャンスを狙(ねら)っていた男性店員たちが、倒れた強盗にのしかかるようにして、とりおさえる。
店員たちはスポーツをやっている人が多いらしく、鍛えられた大きな体をしている。
ナイフを持った男相手に戦うことはできないにしても、倒れこんだ強盗をおさえこむくらいなら、問題ない。
「く、くそ……」
強盗は、床におさえつけられて、苦しそうにうめく。
強盗は身動きがとれないまま、店員たちの手で後ろ手にしばりあげられた。
「おおおっ!!」
「すごいっ!」
店内のお客さんから、拍手や歓声がとぶ。
それがむけられているのは、恭也だ。
恭也はスタンディングオベーションを受ける人のように、両手をひろげて応えてる。
その間にわたしは、そっと元いた場所にもどった。
強盗に近づいたのは、ほんの一瞬だったから、わたしがなにをしたのか、気づいた人は恭也以外にはいないはずだ。
防犯カメラの位置も確認して、映らないように気をつけていたし。
「それじゃあ、店員さん。会計をお願いしたいんだけど、いいかな?」
恭也が、レジにいた店員さんにむかって、笑顔でうながす。
「えっ……あ、はい」
今?という顔をしながらも、会計はしてくれるみたい。
会計をすませた恭也とわたしは、すばやくお店を出た。
恭也はお店の人から「警察がくるまで」と引き止められていたけど、
「たいしたことはしてないし、彼女を待たせているからね」
なんて断っていた。
理由につかわれたけど……警察にかかわるのは、面倒だしね。
わたしと恭也は、すぐにお店から遠ざかる。
ショッピングモールの通路で、早足で店にむかう制服警察官とすれちがったから、危ないところだった。
十分にお店からはなれてから、わたしと恭也は足を止める。
「マサキへの贈り物、ぶじに買えたんだよね?」
「ああ。助かったよ。子猫ちゃん、つきあってくれてありがとう」
「うん。思ったより贈り物選びは楽しかったよ」
ちょっとアクシデントもあったけどね。
強盗がきたあのとき、注意をひくわけにはいかなかったから、恭也とアイコンタクトできなかった。
だからあのときわたしたちは、おたがいが「こうするだろう」と予測して、行動した。
わたしの読みどおり、恭也はナイフを落とさせ、注目を自分にむけさせた。
あそこまで準備されれば、わたしのやることは1つだ。
恭也に気をとられている強盗との距離を詰め、一撃(いちげき)で抵抗できないようにすること。
あとは、チャンスをうかがっていた男性店員にまかせればいい。
――と、それが、わたしたちが一瞬で考えたシナリオだ。
「それじゃあ、ここで解散にしよっか」
わたしは提案する。
まだ夕方だけど、贈り物も選び終えたもんね。
「あいかわらず、子猫ちゃんはそっけないなぁ」
恭也が肩をすくめる。
「食事とかはつきあえないからね。お父さんがうちで夕飯を作ってるんだから」
「ああ。うちも、今日はマサキが夕食を用意しているはずだ」
えっ、マサキの記念日なのに、マサキが料理って……いや。
2人が出会った日なら「2人の記念日」だから、いいのかな?
「じゃあ、これは今日のお礼として」
恭也が、袋を差しだしてくる。
「えっ?」
その袋には、さっきのスポーツ用品ショップのロゴが入ってる。
「なにこれ?」
「赤がいいって、言っていただろう?」
恭也の言葉に、わたしは袋の中をのぞいてみる。
中には、赤色のトレーニングウェアが入ってる。
レディースもので、マサキのとはデザインがちがうけど、わたしが気になってたデザインのウェアだ。
「ええっ、もらえないって!!」
あわてて袋を恭也に返そうとするけれど、
「日ごろのお礼もこめてさ。マサキとも共闘してくれただろう?」
恭也がやわらかい笑みで、袋を押しかえす。
……この間、ケイと桜子(さくらこ)さんや、大学の研究室の人たちがタキオンに誘拐された事件のときのことだ。
あのときは、最初はマサキのことを敵かと思った。
けど、そのあとマサキは、タキオンの強敵を相手にして、いっしょに戦ってくれた。
マサキと2人でなければ、乗り切れなかったと思う。
「それは、おたがいに必要だったからで……」
「それでも、おれの従者に背中をまかせてくれて、うれしかったよ。だから受けとってほしい」
むぅ……。
恭也は、たまにずるい。
照れもせずに、正面からこういうこと言えちゃうんだから。
「……わかった。これはもらっておく。でも、借りは作らないから!」
「それは、子猫ちゃんからのお返しを期待してもいいということかな?」
恭也がおもしろそうに笑う。
「お返しじゃなくて、借り! ……今度、こまったことがあればかけつけるから」
こんないいトレーニングウェアのお返しなんて、中学生のおこづかいじゃ厳しすぎるもん。
行動で返させてもらわないと!
「それは心強いな。たよりにしてるよ」
恭也はクスクス笑い、肩をふるわせてる。
もう! 絶対、おもしろがってるでしょ!
「じゃあ、名残惜(なごりお)しいけど、今日はありがとう。……アスカ」
恭也はそう言って、すぐにきびすを返し歩き去る。
わたしは、その背中を見送りながら、ため息をついた。
「はあぁ……今日は、恭也にふりまわされっぱなしだったな。……でも、たまにはこういうのも悪くないか」
せっかくだし、ケイやお父さんたちに、なにかお土産買って帰ろうっと。
わたしはつぶやいてから、もう一度歩きだした。
おわり