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ものがたり

怪盗レッド スペシャル第15話 怪盗ファンタジスタの「家族」

角川つばさ文庫の人気シリーズ「怪盗レッド」の最新刊
怪盗レッド23 織戸恭也のひそかな想い☆の巻』が3月8日に発売!

23巻では、これまでナゾだった怪盗ファンタジスタの活動の「ウラ側」が明らかになっています!
恭也を支える「チーム」ーーマサキとツバキ(新キャラ!!)が登場して、この先、ますますおもしろさがパワーアップしていく予感! まずはこの短編を読んでみてね!

       1

 

 プシュー。

 部屋中に白い煙(けむり)が、たちこめる。

「なんだ!」

「攻撃するな! 同士討ちになるぞ!」

「なにも見え……」

 バタバタと部屋にいる男たちが、倒れていく。

 そんな中、おれ――織戸恭也(おりと・きょうや)は裏口から部屋の奥にむかう。

「片づいたか」

 おれは、煙がはれてきた部屋を、ガスマスクをつけたまま見まわす。

 たちこめているのは、催涙(さいるい)ガスだ。

 表口で、警戒させる派手な音を時限式でたてる仕掛けをし、中にいる人間が部屋にそろったところで、裏口から催眠(さいみん)ガスを吐き出すボールを転がして、一網打尽に眠らせる。

 20人近くを相手にコツコツ倒すほど、おれは勤勉じゃないからね。

 おれは、全員が眠りこけているのを確認しつつ、しばりあげる。

 ここはタキオンの属する小さな組織の事務所だ。

 師匠であるラドロのボスの指示を受けて、おれはタキオンの下部組織を壊滅させる仕事をしている。

 師匠には、フラワーヴィレッジ城のあと、助けてもらった恩もあるし、あのとき負った怪我からのリハビリもかねている。

「それにしても、出てくるものだな……」

 おれは手袋をつけて、部屋の中にあるパソコンを操作する。

 強盗や脅迫(きょうはく)など、悪事の証拠が山ほど出てくる。

 これだけあれば、言いのがれなんて、とてもできないだろうね。

 あとは、警察に連絡をしておけば、勝手にこの組織はつぶれてくれるだろう。

「――まったく。いつからおれは、正義の味方になったのだったかな」

 おれは肩をすくめる。

 タキオンの下部組織をつぶし、タキオンに資金が流れることや、組織の拡大をふせぐ。

 そう師匠に言われて、おれが動き、つぶしてきた組織はすでに20を超える。

 それでも、まったく減る気配がないのだから、あっという間に、日本のウラ側の人間たちが、タキオンにそまってしまったということか。

 自分自身が、以前はタキオンの組織の一員だっただけに、その力の強大さは理解している。

 ふつうなら、あれに立ちむかうなんて、バカげていると思うところだが……。

「さてと。帰るとしようか」

 おれはもう一度、仕事に手ぬかりがないことを確認し、組織の事務所をあとにした。

 

     2

 

 事務所を出ると、おれは散歩がてら、ふらりと街中を歩く。

 最近は、あんな仕事をこなしているおかげか、感覚がだいぶもどってきているのがわかる。

 体の動きは問題なくても、現場における緊張感や直感は、やはり現場でしか、もどせない。

 師匠は、どうやらおれの状態をよくわかっているらしい。

 調子を完全にとりもどすために必要なことを、仕事として、やらせてくれている。

 さらに、ラドロの仕事をこなせば、きちんと報酬(ほうしゅう)が出る。

 そのあたりの几帳面(きちょうめん)さは師匠らしいが、そのおかげで、「怪盗ファンタジスタ」を休業していても、おれは以前と変わりなく暮らせている。

 ひとことでいえば、いまは「ぬるい」生活だ。

 怪盗ファンタジスタとして、ひりつくような盗みをしていたころとは、比べようもない。

 だからこそ、考える。

 ――いつまで、こうしているつもりか、と。

 怪盗ファンタジスタとして活動を再開しないのは、まだ調子がもどりきっていないからだ。だが、それだけじゃない。

 しかし、その調子も、もうすぐもどる。

 そうしたら、おれはどうするべきなのか。

 

 ――フラワーヴィレッジ城から落ちたときは、「もう終わった」と思った。

 人生の幕引きとしては地味だが、これも悪くない。

 怪盗ファンタジスタとしても、織戸恭也としても――これが最期だ、と。

 そんなふうに、海に落下しながら考えていた。

 そこからは、記憶がかなりとぶ。

 目を覚ましたら、そこはベッドの上で、そばで配下の者――ツバキが泣いていたことは、いまでもはっきりと覚えている。

 ツバキが泣いているところなんて、初めて見た。

 それだけ心配をかけたことを、申しわけなく思うとともに、「生き残ってしまったか」という思いもあった。

 自分が1カ月も意識を失っていたことにおどろいたが、それがわかるぐらい、体はなまっていた。

 食事をとることすら苦痛で、ツバキがいなければなにもかもを投げだしていたかもしれない。

 だが、配下にみっともない姿は見せられない、と妙なプライドが働いた。

 あのときのおれは、よくツバキにあやまっていた。

「悪いな」「すまない」

 そんなふうに。

 そのたびに、ツバキは、なんともいえない複雑な表情をしていた。

 それでもリハビリは順調で、車いすで外に出られるようになった。

 海のそばの療養所で、外に出ると潮風が感じられた。

 そんななんでもない景色を見て、おれは思いだした。

 ――世界はこんなにも美しい。おれは、美しいものを手に入れるんじゃなかったのか?

 それは、おれの怪盗としてのポリシーみたいなものだ。

 ずっと、どこかに置きわすれていたらしい。

 そこからは、自分でも熱心にリハビリに取り組んでいたと思う。

 動けるまでに回復し、師匠のもとへむかった。

そうして、いまがあるわけだが……。

 どちらにむかって動きだすのか、迷っている。

 タキオンのことを、ほうっておくわけにはいかない、という師匠の意志はわかる。

 だから、ラドロと協力するのも悪くはない。

 しかも、ここは日本だ。

 いまとなっては、実感もうすくなったが、おれの故郷だ。

 目線を上げると、藤の花が少し咲いていた。

 4~5月ごろに咲く花が、9月に咲いているとはね……。

 藤の花か。

 幼いころ、家にきれいな藤棚があったな……。

 昔、姉といっしょに、花見をした記憶がある。

「花見」というと、桜ではなく藤の花のイメージがおれにあるのは、そのせいだろう。

 姉はよく、おれに

「藤の花にはね、こんな話があるんだよ」

 そんなふうに、なぜかこわい話をしてくることが多かった。

 ……あれにはいつも、本当にふるえあがったものだ。

 思いだすと、なぜか笑ってしまう。

 そんな姉や祖父など、花里(はなさと)家への強いこだわり――恨(うら)みは、いまはもうきれいに心から消えていた。

 そもそも、恨むのは筋違いだということも、理解していた。

 いまや日本より、海外で暮らした時間のほうが長い。

 その間に、どういうことがあったのか、調べることはできた。

 かれらがおれを探していなかったわけではないこと。

 タキオンの力が増す中、おれの捜索を打ち切らないわけにはいかなかったこと。

 理解はできることばかりだ。

 でも、だからといって、どういう気持ちで花里家とむきあえばいいのかが、わからなかった。

 それで以前は、わかりやすい「恨み」という感情を選ぼうとしていたのかもしれない。

「いまさらだな」

 あわせる顔がない、というのはこういうのを言うんだったか。

 だからこそ、この先、花里家のことをどうするのかは、ずっと判断を保留にしてきている。


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