「妊娠したかもしれない」「どうすればいいんだろう」。
妊娠・出産は人生のなかでも大きな出来事ですが、そのスタートには不安や戸惑いがつきものです。
はじめてのことだからこそ、何を聞けばいいのかもわからない——そんな方のために、知っておきたい大切な知識を、現役の産婦人科専門医がやさしく、わかりやすくまとめたのがこの『はじめてでもよくわかる 知っておきたい妊娠と出産安心BOOK』です。
妊娠がわかったときにすることから、妊婦健診の流れ、出産の準備や赤ちゃんとの生活まで。
知っておくだけで安心できる情報が、イラストや図解とともにぎゅっと詰まっています。
自分のためにも、大切な赤ちゃんのためにも、まずは「知ること」からはじめてみませんか?
※本連載は『はじめてでもよくわかる 知っておきたい妊娠と出産安心BOOK』から一部抜粋して構成された記事です。
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◆ 産後うつ、どうやって乗り切ればいいの?
産後はさまざまな状況が変化するので、気分の落ち込みは多かれ少なかれ誰しも経験します。俗にいうマタニティブルーかな? と放置しがちですが、とても重要なことをひとつ覚えておいてください。それは「マタニティブルー」と「産後うつ」は全くの別物だということです。
マタニティブルーは約半数のお母さんが経験するといわれていて、ホルモンの変化や急激な環境の変化による、一過性のうつ状態です。産後1~2週間くらいで自然に軽快します。
一方、言葉がとってもややこしいのですが、産後うつはマタニティブルーよりも遅れて発症する傾向がある強いうつ状態で、脳の中がいわゆる一般的なうつ病と同じしくみになる立派な病気なのです。
病院で受診していない潜在的な産後うつのお母さんを含めると全体の10〜15%の発症率であるといわれ、早いうちにきちんと治療しないと育児放棄や児童虐待、最悪の場合は母子の無理心中を引き起こしかねない危険な状態となります。
現在、日本の家族形態は夫婦と子どもだけで暮らす核家族化が進んでいるので、昔と違って家族が育児を日常的に手伝ってくれる環境を作るのが難しくなり、産後のお母さんは孤立しがちです。
産後のさまざまなストレスを抱え込まないためには、いろんなコミュニティに参加し、人とのつながりを持つことが重要だと思います。お産前から妊婦さん向けのヨガ教室やスイミングに通ってもよいですし、最近は自治体も積極的に妊婦さんや産褥婦さんに対する支援を行っています。「自分の住んでいる市区町村名 妊婦サービス」などで検索すると、保健師による母親学級や悩み相談、企業と連携したイベントなどの情報を得ることができますので、ぜひ活用してください。
また産後うつには、エジンバラ産後うつ病自己質問票(EPDS)という自分でできるスクリーニング方法があります。ネットで検索すると質問票(P168 にもあります)が出てくるので、うつっぽい症状がある、感情のコントロールがつかないなど、「おかしい!」と思ったら一度チェックしてみてください。

遠藤先生の伝えたいこと
・マタニティブルーと産後うつは別物
・出産前後は積極的に人とかかわってストレスを抱え込まないように
◆ 産後ケアの真の役割とは?
近年、産後ケア施設・事業が大きな広がりを見せつつあります。私が以前働いていた大学病院でも、自治体と連携して産後ケアの取り組みに早い時期から着手していました。
ひと口に産後ケア施設といってもその形態は千差万別です。ホテルが部屋を提供していたり、セレブ御用達の民間施設があるかと思えば、総合病院で入院期間の延長のようなケアをしたり、助産院が運営しているところなど……。そのため、ケア施設を探しても、戸惑ってしまうことも多いかもしれません。
さて、そもそも産後ケアの取り組みは日本よりも海外でメジャーでした。日本でなかなか広がらなかった大きな理由のひとつに、入院期間の長さがあります。産後1、2日で退院となる国が多い中、日本の産院の入院期間は1週間に及ぶこともあります。その間、日本の産院では1日3食の食事が提供され、授乳や沐浴を学び、産後の生活についても助産師から指導を受け、退院前には医学的診察まで行われます。日本の長い入院期間は、海外における産後ケア的な役割を担っていたとも言えるのです(長い入院期間がいいか悪いかはともかく)。
じゃあ、1週間いろいろなことを学べば母親として独り立ちできるかというと、もちろんそんなことはありません。育児なんてわからないことだらけですし、マイナートラブルだって数えきれないほどあります。それに加え、核家族化も進んだうえに、1人しか子どもを持たない家庭も増えてきていて、産後の女性や家族が孤立しやすい状況に変化してきているのです。
産後ケアの一丁目一番地は、そういった産後女性の孤立を防ぎ、包括的ケアをすることなのです。母乳・育児指導だけでなく、家庭環境の悩み事の相談に乗ったり、適切な福祉施設や人材を紹介したりと、その役割はさまざまです。
産後ケア施設には、大きく分けて、宿泊型と日帰りのデイサービス型があります。まだ日本では浸透していませんが、訪問型の産後ケアという形態もあります。それぞれの自治体で取り組み方も違うし、助成回数、金額、範囲も異なります。出産前に情報を集めておきましょう。
さて、これら自治体の取り組みは、いわば福祉のセーフティーネットにあたります。このようなシステムは網の目のように張り巡らせておくことが大切で、困った人がどこかの網にタッチしたら、そこに関わる人たちが、適切な施設、団体に適宜つなげていくしくみです。となると、頼る側は、積極的に網にタッチすることが大事! 退院して自宅に帰ったものの、不安が増してどうしていいかわからない! そんな場合は、まずは自治体の産後ケア事業の門を叩くのがよいと思います。出産・育児は、孤立しないことがなにより重要なのです。
遠藤先生の伝えたいこと
・一丁目一番地は、産後のお母さんを孤立させないための包括的ケア
・出産前から、自治体が行っている産後ケア事業内容をチェック
◆ お父さんにこそ知ってもらいたい、産後うつについて
妊婦さんのパートナーとして、特にお父さんにお願いしたいことがあります。
お母さんの産後うつに注意してください。産後、およそ1割の女性がこの病気に陥るというデータもあり、どのご家族にとっても決して無関係な病気ではありません。症状は一般的なうつ病と同じく、不眠や食欲減少、集中力や決断力の低下、重くなると自殺念慮や自殺企図にもつながることがあります。実は、日本において妊産婦死亡の原因として最も多いのが、自殺です。この傾向は2020年以降特に顕著で、コロナ禍によるストレスや交友関係の制限なども強く関与していると思われます。医療技術が発達して分娩関連の死亡事故を減らせたとしても、産後うつにより自ら命を絶ってしまう事例が増えてしまっている現状は、産婦人科医として悔しく思います。
さて、産後うつについては早期発見・治療について試みられているのですが、思うような成果があげられていません。大きな理由のひとつが、産後うつの発生頻度が高い時期にあります。産後うつは多くの女性が出産直後に陥るマタニティブルーとは異なり、産後1〜3カ月に多く発生すると言われています。これはつまり、産後1カ月健診を終えて、「これで産科は卒業です」と言われた後になるのです。
産後うつの兆候を一番察知できるのは、産婦人科医ではなくパートナーであるあなたなのです。産後うつという名前から、一時的な気分不快と軽く捉えてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、産後うつは立派な病気で、抗うつ薬などの専門的な治療が必要になります。もしもパートナーの様子がおかしいと思ったら、専門機関を受診するように提案してください。いきなり病院を受診するのが気後れするという方は、分娩した産科施設や産後ケア施設を訪ねてもいいし、地域自治体の母子支援に関わる部署の門を叩いていただいても構いません。そこにいる人たちが、包括的なケアが必要だと判断すれば、適切な治療へとつなぐ道を示してくれます。ひとり、もしくはふたりだけで解決しようとしないことが重要なのです。
産後うつの兆候を知る指標として、エジンバラ産後うつ病自己質問票(EPDS)という評価方法があります。パートナーさんも目を通しておき、特に産後数カ月は、EPDS の高リスクに当てはまる項目が多いのかどうかを、気にかけてください。

遠藤先生の伝えたいこと
・産後うつは1カ月健診では察知するのが難しい
・産後数カ月は、パートナーさんが兆候を察知すること
大切な妊娠期~産後を、より安全に、より楽しんでほしい
妊娠・出産は、人生のなかでもかけがえのない一大イベントです。
うれしさと同時に、不安や疑問が押し寄せてくるのはごく自然なこと。
「これで合ってるのかな?」「こんなとき、どうしたらいい?」
診察時になかなか聞けない、相談できないこともあるでしょう。
また、妊娠・出産は女性だけが担うものではありません。
パートナーや家族も一緒に知識を持ち、支え合って新たな命を迎える時代です。
はじめての人にも、もう一度の人にも。この一冊が、みなさんにとって安心して出産の日を迎えるための心強い味方になりますように。
【書籍情報】
著者: 遠藤 周一郎
- 【定価】
- 1,650円(本体1,500円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- A5判
- 【ISBN】
- 9784046069177