6 おっかないです、本会議!
ガチャ。
「うわっ」
暗がりの部屋のドアをあけると、30人くらいがいっせいにこちらを見る。
「ゆのちゃん、ドア!! 早くしめて」
「す……すみません!」
あたしはあわててドアをしめる。
「それでは。『シャンプーをやめたら毛が生えた』は、企画通過で」
「ありがとうございました!」
担当編集者らしき人が声をはずませながら、その場で頭を下げた。
ん? 今ものすんんんごい気になるタイトルが聞こえたような気がするんだけど、気のせいか!?
「次はBB文庫より南(みなみ)先生の新企画についてご説明させて頂きます」
キャー! 南先生の新シリーズ!
あたし大好きなんだよね!
「新シリーズか。前作の売れ行き状況を考えると、厳しいな」
「──前回は新しさが足りなかったことと、他社の強いタイトルの作品と重なったことが敗因です」
「じゃあ。次も強い新刊と重なったらどうするつもり?」
質問された編集者は「うっ」と声をつまらせる。
「否決。どの月に出しても確実に売れる。そういう企画に練り直して再提出」
顔色一つ変えず、編集者にとって死刑宣告ともいえる言葉を淡々と告げるなんて。
あたしはたまらず口を開いた。
「ちょ! ちょっと待ってください! いくらなんでもヒドすぎませんか?」
「ギャー! ゆのちゃん、何言ってるの!?」
だって! だまってらんないよ!
「南先生の本はとっても面白かったです! 失敗なんかじゃないです──って、宝井編集長おおおおおおおおおおおおっ!?」
キーン!
眼鏡をしてるから一瞬わからなかったけど、あのイケメン!
宝井編集長なんですが!
「ゆのちゃんは相変わらず声が大きいなぁ」
宝井編集長は、『パーティー』を創刊したあたしの超あこがれの編集長。王子のパパでもある。
「どどどど……どうしてここに?」
「角丸書店に呼ばれてね。手伝ってるんだ」
へー! そうだったんだ。王子と最後に会った時にはそんなこと言ってなかったけど。
でも王子と宝井元編集長はものすんんんごく仲が悪かったはずだから、王子が知らなくてもムリはないのかも。
あたしは自分にツッコみ自分の回答に納得していた。
「企画の説明の前に1つ大事なことを伝えておこうかな。いいかい、本会議に出すからには『おもしろい』のは当たり前。むしろそれは最低条件なんだよ」
ええええっ。おもしろいだけじゃダメなの!?
「会社から出すということは、売れないと意味がない。慈善事業じゃないからね。売れない本は出す価値がない」
そこまで言う!? 鬼ですか! 悪魔ですか!?
本を作る仕事をする人が本の邪魔をするなんて信じられない!
「あの、もういいから。来月考えて、もっかい出し直します」
えー! あたしはまだ納得がいかないよ。ドンドン。(抗議の音)
「あの! たとえばうんと早く原稿を書いてもらったらどうでしょう?」
「──それはどういうことかな?」
「早く原稿ができ上がれば、たくさん事前に告知したりもできるんじゃないかなって」
好奇な目で見るような顔をしていた大人たちが、少しだけ驚いたような顔になる。
「──だそうだ。まぁ、南先生は原稿が遅いからそれが本当にできるかどうかはまた別問題だけどね。そのあたりも企画書に入れておくように」
「はい。ありがとうございました」
「さて。ご意見をありがとう。念のため確認するけど、君たちは今日社会科見学に来たのかな?」
「ちがいます! 『パーティー』の企画を提出しにきました」
どよっと会議室にどよめきが起こる。
「提出するってことは今からプレゼンをするつもりかな?」
「はい!」
あたしは大きくうなずいた。
まさか宝井元編集長に説明をするとは思っていなかったけど、これってある意味ラッキーなんじゃない? だって『パーティー』を創刊したのは伝説の編集者である宝井元編集長本人なんだし。
しかも幼いころのあたしに虹色の万年筆をくれ、その時に『パーティー』を作ればいいと言ったのも宝井元編集長なんだから。
あたしがちょっと間違えたって、きっと雑誌の復刊企画を通してくれるはず!!
この本会議もらったああっ!
あたしは勝利を確信し、思ずグッと拳をにぎりしめる。
あたしだけじゃない。編集部のみんなもおんなじ顔をしていた。
「『パーティー』は伝説の雑誌です。それを復刊させるための企画です」
「まず一番の目玉は人気Vチューバー美肌殿下さんの小説です」
会議室の一部の編集者から「おー」という声があがるが、美肌殿下さんを知らない人が多いのか、いまいち盛り上がらない。
「以上です」
あたしは少し動揺しながらも、みんなで決めた企画について話し終わった。
「そもそも、この雑誌って誰に向けて作ってるの?」
と、宝井元編集長が突き放すような声でそう尋ねてくる。
「たくさんの人に読んで欲しいので、老若男女、日本中のみんなです!」
クスクスと笑いが起きる。
くわっ。感じわるっ。あたし、ヘンなこと言った!?
「……この件はある人から『パーティー』を作るチャンスを与えてほしいって頭を下げられてね。君たちの作る『パーティー』に興味があったから見てみようかなと思ったけど、こんな状態じゃ話にならないな」
話にならない!? 今、話にならないと仰いました!?
「話にならないのは、そっちが古い考えのおっさんになったからじゃないですか!」
その場にいた大人たちが「ギャー!」と声にならない悲鳴を上げる。
「たしかにね。美肌殿下さんと言われても、僕はまったくワクワクしない」
美肌殿下さんも知らないなんて古すぎるよ。宝井元編集長が知らなすぎるだけじゃない!?
そう思ったのが顔に出たのか、宝井元編集長はわざとらしいほど大きなため息をついた。
「その人物を知らない読者にも、話にならないと言うつもりかい?」
「それは……」
あたしはグッと言葉につまって黙り込む。
「そんな甘い認識なら、議論する価値もない」
「それってどういう──」
「どうもこうも、『パーティー』復刊はなしだ」
「なんで! あの人は来月出し直しって言われたのに、なんであたしは復刊ナシなんですか!」
「読者のことも自分のことも見えてないし、見ようとしていない。このままじゃ来月もムリだ」
ぬわんですってええええええええええっ!
「本日の本会議はここまで。会議を通過した企画は発売日を遵守するように。以上」
「ちょっと待ってええええええええええええっ。憧れの宝井元編集長に古いとかおっさんとか言ってしまったのはあやまります。必ず次は改善した企画を持ってきますので、もう一度チャンスを頂けないでしょうか!?」
「おいおいおっさんって……火に油ぶちまけてどうすんだよ」
あわてて見上げると、いつでも涼しい笑みを浮かべているイメージだった宝井元編集長の顔がひきつっている。
「と、とにかく! お願いします!!」
「わかった。まあ僕をやる気にさせてみなよ。でもわかってる? 次が最後だってことを」
「さ……最後!?」
「それはちょっと横暴すぎねーか!?」
宝井元編集長の言葉に、カレンさんとエンマがたまりかねたように口を開いた。
「驚いたな。この編集部のメンバーはそんな覚悟もなく次の企画会議に臨もうとしてたのかい?」
「──ご冗談を。ゆのさんだけでなく、私たちはいつでも真剣です」
しおりちゃんは、まっすぐ宝井元編集長の目を見つめながらそう告げる。
気丈に告げるしおりちゃんの手が震えているのが見えて、あたしはそっとその手に触れた。
「次で決まるよう全員で考え直します。だからもう一度お願いします!」
宝井元編集長に勢いよく頭を下げると、みんなも、あたしに続くように頭を下げてる気配がした。
「君たちの真剣さはわかった。ならば、君たちが企画を通せないなら、永久に『パーティー』は復刊しないことにしよう。いいね」
宝井元編集長は死刑宣告を告げるような口ぶりで、そう告げた。
「おいおい、それってどういう意味だよ!?」
たまらずに叫んだエンマに向かい、宝井元編集長はニッコリとほほ笑む。
「言葉通りの意味だよ。覚悟が決まっているなら、何も問題ないんじゃないかな?」
「──てめぇ」
ギャー! エンマの殺気のこもった低い声! これ本気で怒っていらっしゃる!
「はいっ。問題ありません。──チャンスをありがとうございました」
あたしはこれ以上二人が険悪にならないよう、あわててそう言い頭を下げた。
うううっ。マウンドに立った途端、フルボッコにされたような気分!
こうして最初の本会議はあたしたちの完全敗北で終わり、あたしの最後の雑誌作りは、不安しかないスタートを切ったのでありました。
第4回へつづく
書籍情報
- 【定価】
- 1,540円(本体1,400円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 四六判
- 【ISBN】
- 9784041151204