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『世にも奇妙な商品カタログ』の作者がおくる、ときめいて「ゾッ!」とする新シリーズ『もしもの世界ルーレット』を、どこよりも早くおとどけ!
いっけんステキな理想の世界にかくされた、超キケンなワナとはいったい――?
キミには、この結末がわかるかな?
第1章 あったら便利? “スペアの体”の使い方
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4 トラブルと、スペアの真実
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やがて、五月も半ばになって、とある大きな行事の日が近づいてきた。
その行事とは、校外学習のオリエンテーリング。
新入生にとっては、はじめての通年グループ活動である。
「ふーん。オリエンテーリングって、何をするの?」
「えっとですね……」
ピリカルカにたずねられて、サイは、通学カバンの中のファイルからプリントを取り出す。
「市内にある山の中の、津九六沢(つくろざわ)公園ってところにバスで行って……グループで、ハイキングコースに設置されたチェックポイントを探しながら、ゴールを目指すんだそうです」
「へえ、楽しそうなイベントだね!」
「……そうですかね」
「ん? サイは、楽しみじゃないの?」
「……べつに」
「ふーん、そっか。……ワタシは人間の学校とか、よくわからないけどさ。こういうイベントをきっかけに、人間って、友情とか仲間意識を深めるイメージがあったんだけどな。なんていうんだっけ、そういうの。えーっと……あっ、そうだ! 青春、ってやつ!」
無邪気に笑うピリカルカから、サイは、ふいっと顔をそむけた。
「普崎(ふさき)中学校で青春なんてしてもねえ……陽中咲(ひなかさき)学園ならともかく」
「それって、サイが落ちた学校のこと?」
「そ、そうですよ。……陽中咲学園中学は、学力的にもレベルの高い学校ですが、それだけじゃなく、数多くの有名人が通っていた学校としても知られてるんです。そのため、あそこの生徒は“有名人の卵”って呼ばれてるんですよ」
落ちた、という言葉にグサリと胸を刺されつつ、サイはそう説明した。
「あの学校でなら、まわりの生徒たちと仲間意識や友情を深めて、青春ってやつを送る価値もあったんでしょうけど。普崎中学に、そういうのは期待してないんで。……オリエンテーリングだって、どうせしょぼい行事でしょうし」
ため息をついて、サイは、プリントをまたファイルにしまった。
それから、また数日がすぎて――。
オリエンテーリングの前日。
夜になり、いつものようにカプセル・ベッドに入ったサイだったが。
(……ね……眠れない……)
かれこれ一時間、いっこうに眠気がおとずれる気配はなく、サイはあせっていた。
「うう……。いつも、寝つきは悪いほうじゃないのに。……どうして、今日にかぎって……」
「キミさあ。この前は、あんなこと言ってたけど。じつは、明日のオリエンテーリングが楽しみで、ワクワクしすぎて眠れないんじゃないの?」
「そっ……そんなこと!」
サイは、ふんっと鼻を鳴らして目をつぶる。
――カチ、コチ、カチ、コチ……
静まり返った部屋の中、秒針の進む音だけが、いつまでも耳にひびき続けて――……。
「……もう、朝? ……うう……結局、ほとんど眠れなかった……」
「明け方に、二時間くらいはスヤスヤ寝てたみたいだったよ!」
「二時間……。そんな寝不足の状態で、ハイキングコースとはいえ、山に登るのって……だいじょうぶかな。途中で気持ち悪くなりそう……」
「人間って、そうなんだね。じゃあ、今日のオリエンテーリングは、お休みす――」
「こういう場合も、スペア・ボディの出番ですよね!」
「やっぱり、行く気満々じゃん……」
ピリカルカにあきれた顔をされながら、サイはいったんカプセルから出て、ボタンを操作したあと、またカプセルに入り直した。
フタが閉じて、意識がスペア・ボディに移動する。
ずっとカプセルの中で眠っていたこっちの体は、もちろん寝不足なんてどこ吹く風だ。
「よし、体調万全!」
元気にカプセルから出てきて、サイは朝のしたくに取りかかった。
いつもの制服の代わりに、体育着の指定ジャージ。
いつもの通学カバンの代わりに、リュックサック。
いつもの朝とはちがう、校外学習用のしたくを整えて……。
「じゃっ、行ってきますねー、ピリカ!」
「はいはい。いってらっしゃーい」
――パタン、とドアが閉まって。
部屋に一人になったピリカルカは、やれやれと息をついた。
「……さあて。あの子は果たして、この世界を気に入ったままでいてくれるかな?」
◆◇◆
校外学習のこの日、サイたち一年生は、校庭に集合して、そこから歩いて十分ほどのところにあるバス乗り場へ出発した。
その道中で、イサリくんが息を切らして合流してきた。
イサリくんは、校庭に集合する時間には間に合わなくなったので、担任に連絡を入れて、家から直接バス乗り場へ向かっていたのだそうだ。
「よかったー。バスには間に合ったー……!」
「イサリくん、遅刻ぐせはあいかわらずですね」
苦笑いするサイに、イサリくんは「そうなんだよねー」とのんきに返して、生徒たちの列に加わった。
「おはよう、秋月(あきつき)くん。これで、Bグループ全員そろったね」
「これから山に登るってのに、朝っぱらからムダな体力使ってんなあ」
渡(わたり)さんと木竜(きりゅう)さんも、それぞれイサリくんに声をかける。
夜山(よるやま)くんだけは、ふり向きもせずに、三つ編みをゆらして少し前を歩いていた。そのまわりを、例によって取り巻きたちにかこまれて。
バス乗り場に到着した生徒たちは、クラスごとにバスに乗りこんだ。
バス乗り場を最初に出たのは、サイたちの乗る6組のバスだった。
「せんせー。なんで1組からじゃなくて、6組から出発なんですかー?」
イサリくんの質問に、仁科先生は、
「いつも1組から行動して、6組が最後になるばっかりじゃ、不公平でしょ?」
と答えた。
たしかに……。たとえば、入学式の日の集合写真は、1組から順番に撮影して、最後になった6組は下校が遅くなったのだ。
毎回こうだといやだなあ。6組って損だなあ。と、サイも思っていたところだった。
(そっか。今日は、わたしたちが目的地にいちばん乗りかあ……!)
ちょっとうれしくなりながら、サイは窓のほうを見た。
バスは、ちょうど交差点を曲がるところだった。
後続のバスはそこで信号に引っかかって、6組のバスだけが、ほかの組のバスを引きはなして先へ進む形になった。
信号がまた変わるころには、うしろのバスとの間には、ほかの車が何十台もはさまっていた。
目的地へ向かっている間、生徒たちはバスの中で、オリエンテーリングの注意事項を告げられたり、今日一日のスケジュールをおさらいしたりした。
そうしているうちに、バスは町を抜け出し、山道に入った。
風にゆれる木漏れ日の中を、しばらく進んで登っていくと――。
やがて、目の前に渓谷(けいこく)と橋が現れた。
「この橋を渡ったら、津九六沢公園に到着ですよー!」
仁科先生がそう言って、バスは橋を渡り始める。
窓から見える渓谷の景色に、生徒たちは、わあっと歓声を上げた。
切り立った崖からあふれる木々の緑、岩々をぬってしぶきを上げる川の流れ。
町の中では見ることのできない、自然の迫力だ。
サイも、盛り上がる車内の空気に完全にとけこみ、思わず笑顔になって景色に見とれた。
――しかし。
バスが、橋の真ん中あたりをすぎた、そのときだった。
ガクンッ、とバスが大きくゆれた。
(えっ!? な、何――……)
車内がざわめく中、うしろのほうの席にいた生徒たちが、次々に悲鳴を上げた。
「橋がっ……――くずれてるっ!」
だれかがさけんだ直後、バスのうしろで、ガラガラと雷のような音がとどろいた。
かと思えば、橋の下ではげしい水音。
サイは、首をすくめながらうしろをふり向く。
サイのいる席からは、座席や生徒たちにじゃまされて、橋の様子はよく見えなかったが――。
とりあえず、バスは橋を渡りきって停まった。
サイたちは、そこでバスから降りた。
橋を見ると、真ん中のあたりが何メートルか、完全にくずれ落ちてなくなっていた。
(ひええっ……。一歩まちがえば、わたしたちの乗ってるバスごと、下の川に……)
それを想像して、サイはゾッと肝を冷やした。
6組のバスが、後続のバスを引きはなして走っていてよかった。すぐうしろに続いて走るバスがあったら、そっちのバスは、きっと橋の崩落(ほうらく)に巻きこまれていただろう。
少しして、そんな難をのがれたほかの組のバスが、川の向こう側に現れた。
そのバスは、橋が崩落しているのを見て、もと来た道を引き返していった。
結局、サイたち6組だけが、橋のこちら側に取り残される事態となったわけである。
「ねー、せんせー。これからどーすればいいの?」
みんなが聞きたいことを、真っ先に質問したのはイサリくんだった。
仁科(にしな)先生は、「ちょっと待ってて」とふたたびバスの中にもどり、運転手の人と何やら話し始めた。スマートフォンも取り出して、どこかへ連絡を取ってもいる様子だ。
それを横目に、イサリくんは言う。
「バスが無事でよかったよねー。歩いて山下りるの、大変そーだもん」
「あ……。でも、秋月くん」
渡さんが、言いづらそうに口をはさんだ。
「バスがあっても……川のこっち側には、これ以上、山を下る道はないはずだよ」
「え。そーなのー?」
「うん。昨日、地図で調べておいたんだけど。ここから先は、津九六沢公園と、頂上の展望台までの道があるだけで、山を下るには、この橋を渡るしか――……なかったんだ、けど」
くずれた橋に目をやって、渡さんは消え入りそうな声になる。
「じゃあ、わたしたち――自力じゃ、山を下りられないってことですか?」
つい声を上げたサイに、渡さんは「たぶん……」とうなずいた。
どうやら、想像していたよりも、これは大ごとになりそうだ。
(自力で山を下りられないってことは……ここに、救助隊とか来ることになるのかな? 道がないなら、救助って、もしかして空から? ヘリコプターとかで?)
そのとき、仁科先生がバスから降りてきた。
「えー、みなさん。先ほど、学校とも連絡を取って相談したのですが……」
仁科先生は「残念ですが……」というような表情で、生徒たちを見渡した。
(ああ。やっぱり、今日のオリエンテーリングは中止だよね。こんなことになっちゃ、しかたないか。……せっかく、いい天気だったのになあ)
青空を見上げて、サイは小さくため息をついた。
が、しかし。
次の瞬間、仁科先生の口から出てきた言葉は、思いもよらないものだった。
「山を下りるのはむずかしそうなので、わたしたちの今のこのボディは、もうあきらめることにしましょう」
…………え?
と、サイはそれを聞いて固まった。
「あ。オリエンテーリングは中止ですので、ここからは、みなさん自由に行動してください。ただし、みなさんのボディが山のあちこちに散らばってしまうと、あとで掃除する人が大変なので、ボディが動かなくなる前に、かならずこの場所にもどってきておいてくださいね」
…………ん? んん?
それってつまり、どういうこと?
仁科先生の言っている意味が、よくわからない。
ただ一つ、たしかなのは――先生は、救助について一言もふれていない、ということだ。
生徒たちの間で、不安げなざわめきが起こる。動揺しているのはサイだけではない。
その様子を見て、仁科先生は、あわててフォローするようにつけ加えた。
「あー、あのですね。もし、救助を呼んで帰りたい人がいれば、それも自由にしてもらっていいですよ。――でも。救助隊に来てもらうのって、すっごーくお金がかかりますからね! 自分のおうちが、そのお金を払えるかどうかわからないって人は、無理をせずに、今のボディをすてたほうがいいよーってことです」
「……せんせー、質問!」
と、イサリくんが手を上げた。
「ここでボディが死んだらー、イサリたちの意識って、どうなるんですかー?」
死、という言葉に、サイはギクッとした。
先生は、「あきらめる」とか「動かなくなる」とか「すてる」とかいう言葉を使ってぼかしていたが……ストレートな表現に直すと、それってやっぱり、そういうことなのか……?
ほかの生徒たちも、気になるところは同じらしく、みな息をつめて先生の答えを待った。
先生は「いい質問ですね!」というように、にっこり笑ってうなずいた。
「はいはい。それは、カプセル・ベッドを使わなくても、意識は残ったもう一つのボディに移動するのか……という疑問ですね。その答えは――『移動する』です!」
ホッ……と、生徒たちが息をつく。
先生は、もう一度うなずき、さらにくわしく話を続けた。
「カプセル・ベッドの外でボディが死亡する事例は、じつは、数多く起こっているんです。でも、どの事例においても、残ったほうのボディはちゃんと意識を取りもどしていますからね。つまり……はい、問題です。秋月さんの今使ってるボディが、ここで死亡した場合、秋月さんは次にどこで目を覚ますでしょうか?」
「自分の家の……カプセル・ベッドの中?」
「正解! さらにですねー、そういった場合、目覚めたときには『ボディが死亡した日の記憶』はなくなっているので、精神的なショックが残る心配もありません。――ということなので、安心して、ここでボディが死亡するまで待ちましょう!」
イサリくんがはっきり言ってしまったので、もう先生もぼかす気はないようだ。
それにしても――……。
(ボディが死亡するまで待つ……って。うーん。やっぱり、どうしても怖い気がするなあ。これって、わたしが「前の世界の記憶」を持ってるから?)
ほかの人たちはどうなんだろう? と、サイはまわりの様子をうかがう。
みんな、まだいくらかとまどってはいるようだったが、それでも空気はゆるんでいた。
「どーする?」「でも、待つしかなくない?」「えー、だるーい……」「うち、そんな金ないし」「勝手に救助呼んだら、もうこづかいもらえなくなるかなあ」「親に連絡して、今夜のドラマの録画だけ頼んでおこう」――などという会話が聞こえてくる。
(みんな、怖がってるっていうより、めんどくさがってる感じだな……)
その空気感のおかげで、サイの気持ちもだんだん落ち着いてきた。
「ほかに、何か質問のある人はー?」
「……はい」
と、今度はべつのグループの生徒が手を上げた。
「ここでボディを一つなくしたら、わたしたち、これからスペアを持たずに生きていくことになるんですか?」
「はいはい。それも、だいじょうぶ! スペアでも本体でも、おうちにもう一つのボディが残っていれば、そのボディから、すぐに新しくスペアを作ることができますからね。ちょっとお金はかかりますけど、救助隊を呼ぶよりはだんぜん安くすみます」
それを聞いて、質問した生徒は一安心という顔になる。
「スペアを作り直すのも、めずらしいことじゃないんですよー。生まれたときから使っている本体とスペアを、寿命まで両方なくさないでいる人は、全体の50%以下だと言われています」
そんなスペア・ボディ雑学に、生徒たちから「へー」とつぶやきがもれた。
「中には生涯で十体以上、ボディをなくしてスペアを作り直す人もいるくらいですからね。あ、ほら……今夜九時からの連続ドラマ。あれに出てる主役の俳優さんも、ドラマの撮影が始まってからもう五、六回、スペアを作り直してるってうわさですよ!」
人気ドラマの裏話、というくだけた話題は、この場の空気をわかせて明るくした。
スペア・ボディは何度だって作り直せる。
それによって、人は常に自分の体のスペアを持っていられる。
先生の話でそのことがわかって、
(そっか。ボディを一つ失うのなんて、ほんとにたいしたことじゃないんだな)
と、サイも心の準備ができた。
しかし、そのとき。
「ちょっといいですか?」
ふいに口を開いたのは、サイと同じグループの生徒――夜山静羽(しずは)だった。
先生も、ほかの生徒たちも、いっせいに彼に注目する。
夜山くんは、グループ内での自己紹介のときと同じく、悠然(ゆうぜん)と笑みを浮かべていた。
「ぼくの父さんの会社……夜山電機は、カプセル・ベッドの開発や製造にも関わってるんです。その関係で、ぼくもカプセル・ベッドにくわしい人と話す機会があったり、会社に遊びに行って、ほんとは部外者が聞いちゃいけない話を、うっかり立ち聞きしちゃうことがあるんですけど」
夜山くんの話し方は、なんだか独特だった。
ゆったりしているけれど、おだやか、というのとも少しちがう。
静かな口調でありながら、圧があるのだ。
声を張り上げなくても、人に話を聞いてもらえる。急いでしゃべらなくても、だれにも話をさえぎられない。――そんな環境で生きてきた人の話し方なのかもしれない、とサイは思った。
夜山くんは、話を続ける。
「じつは……カプセル・ベッドには、世間一般には公表されていない、ひみつがあるんです。ひみつ――というより、うそ、と言ったほうがいいかな」
生徒たちが、一瞬ざわめき、すぐにまたぴたりと口をつぐんだ。
サイも、息をひそめて耳をかたむける。
夜山くんは、いったい何を言おうとしているのか……?
「本当はね」
と、夜山くんは、笑みを浮かべたまま目を細めた。
「カプセル・ベッドに『意識を移動させる』機能なんて、ないんだよ。そもそも、そんな技術は存在しない。じっさいに起こってることは――『記憶の同期』なんだ」
「……どういうことー?」
イサリくんが、その場のみんなを代表するようにたずねる。
夜山くんは、イサリくんをふり向きもせずに、こう答えた。
「カプセル・ベッドを使うことで、片方のボディの脳からもう片方のボディの脳へ、記憶がコピーされるってこと。そうすれば、ボディが目覚めたときに『意識が移動した』かのような感覚になる。……この中に、今日、スペア・ボディで来た人はいる?」
そう問われて、サイはおずおずと手を上げた。
「きみ……名前、なんだっけ?」
「……東雲彩(しののめ さい)です」
「スペア・ボディに『意識を移す』前は、何してた?」
「え……えっと。昨日の夜、ほとんど眠れなくて。寝不足でふらふらの状態で……だから今朝、スペア・ボディを使えばいいやって思って」
「そう。でも、その『昨日の夜、ほとんど眠れなくて、寝不足でふらふらの状態だった』のは、きみじゃない。きみは、今朝までの本体の記憶をコピーされて、それを自分自身の記憶だと思っているだけ。寝不足だったきみと、今ここにいるきみは、べつの存在。同じ姿をして、同じ『東雲彩』の記憶を持っているけど、あくまでべつの存在なんだ」
夜山くんの言葉の意味を、サイは必死で考える。
つまり、彼が言わんとしていることは――……。
「待ってください、それじゃ……。ここでボディが死亡したら、わたしたちは――」
「もちろん、ふたたび目覚めることなんて、できないよ。そのあとカプセル・ベッドの中で目を覚ますのは、今ここにいるぼくたちとは、べつの存在なんだから」
核心にふれるその答えを、彼はさらりと言ってのけた。
しん……と、場が静まり返る。
夜山くん以外の生徒たちは、みんな顔色を失っていた。
――パン!
仁科先生が、手を打ち鳴らしてその静寂をやぶった。
「はいはい。まあ、たしかに、スペア・ボディにまつわるそういう都市伝説は、昔からありますねー。信じるも信じないもあなたしだい、ってやつですね」
先生がそう言ったことで、生徒たちの間にまたざわめきが起こる。
都市伝説? 夜山くんの話のほうが、うそだってこと? ……本当に?
不安と混乱と疑心暗鬼が混ざり合い、ざわめきはどんどん広がっていく。
「あー、はいはい。……じゃあ、夜山くんの話を信じて救助を呼びたい人は、勝手にどうぞ!」
めんどくさそうにため息をついて、先生は、逃げるようにバスの中に引っこんだ。
(……ええ? ……そんなあ)
サイはぼうぜんとする。
ほかの生徒たちの大半も、どうしていいかわからない様子だった。
「……おい。どうするよ、おまえら」
と、切り出したのは、木竜さんだった。
サイは、イサリくんとだまって顔を見合わせた。
夜山くんは、もう口を開く気配がない。
「……自分は、山を下りようと思う」
渡さんが、重い口調でそう答えた。
「自分は、さっきの夜山くんの話、うそじゃないと思うんだ。先生は『ボディが死亡した日の記憶はなくなっている』って説明したけど……それってじっさいは、カプセルの外で死亡すると『その日の記憶をコピーするタイミングがなくなる』ってだけなんじゃないかな」
サイは、なるほどと思った。たしかに、そう考えればつじつまが合う。
「でも、自分の家は、救助隊を呼ぶお金のよゆうなんてないから……帰るためには、どうにか自力で下山するしか」
「そうか。……おれも、そうするかな。いっしょに行っていいか?」
木竜さんの申し出に、もちろん、と渡さんはうなずいた。
「イサリも、いっしょに行くー。だって、ここでボディが死ぬのって、ぜったい、すっごくつらくて苦しいもん! そんなのやだー!」
イサリくんの選択の理由も、もっともだった。
このままでは、いずれ食料も飲み物もなくなって、体力が尽きて動けなくなって……。
やっぱり、そんな思いはしたくない。
「わたしも……下山します」
サイもまた、それをえらんだ。
(うちは、お金によゆうがないってことはないだろうけど……)
両親に大金を使わせるのは、もうしわけなかった。
救助を呼ばなくたって、自力で山を下りることができれば、それですむ話だし。
(っていうか、なんかこのあとも、グループのみんなで行動する流れになってるっぽい? もう、グループ学習がどうこうって場合じゃないけど……)
まわりを見れば、そういう生徒たちは、ほかにもいるみたいだった。
もちろん、すでにグループ関係なく、友だち同士で固まっている生徒もいるけれど。
サイとしては、グループをはなれたところで行き場があるわけではないし、そうかといって一人で行動したくはないので、この流れは都合がよかった。
「でも、どうするんですか? 川のこっち側には、山を下りる道はないんでしょう?」
サイは、橋をふり向いた。
真ん中が数メートルくずれ落ちた橋を渡ることは、できそうにない。
かといって、ここから崖を下りて川を渡るとかは、危険すぎる。
少し話し合って、結局――。
サイたちBグループは、川のこちら側で、山を下りるルートを探すことになった。
夜山くんは、話し合いにまったく参加しなかったし、ほかのグループにも誘われていた。
それなのに、Bグループのメンバーと行動すると言って、彼は誘いを断ったのだ。
「いいのー? しずちゃん」
「うん。……あの人たち、ぼくといっしょにいることで、あわよくば救助にかかるお金を肩代わりしてもらえるかも、とか期待してるんだ」
声を落とし、夜山くんは、くすりと笑ってそう言った。
きみたちも、そんな期待はしないでね――と、釘を刺されたようにサイは感じた。
(まあ……いくら夜山くんの家がお金持ちだからって、ただのクラスメートのために大金を出す義理はないよね。……けど、なんで)
サイが疑問に思った、その矢先。
「ねー。しずちゃんちは、お金いっぱいあるよねー? なのに、なんで救助隊呼ばないのー?」
と、同じ疑問が、イサリくんの口から放たれた。
「しずちゃん、一人だけ救助隊呼んで帰るの、いや? イサリたちのこと、心配?」
「……まあね」
感情を読み取れない声と表情で、夜山くんはそう答えた。
サイは、なんだか引っかかるものを覚えたが……。
とにもかくにも、Bグループは、五人全員で下山を目指して出発したのだった。
事故に巻き込まれずに助かった……とおもいきや思わぬ大ピンチ!?
▶第6回へ続く
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