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『世にも奇妙な商品カタログ』の作者がおくる、ときめいて「ゾッ!」とする新シリーズ『もしもの世界ルーレット』を、どこよりも早くおとどけ!
いっけんステキな理想の世界にかくされた、超キケンなワナとはいったい――?
キミには、この結末がわかるかな?
第1章 あったら便利? “スペアの体”の使い方
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5 だれも欠けない世界
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しばらくあたりを探し回って、五人は、地図にのっていない道を見つけた。
それは、津九六沢(つくろざわ)公園をかこむ遊歩道から枝分かれした、枯れ葉に埋もれた細い道だった。
一応、下りの道には見えるが、舗装もなにもされていないし、道の入口に標識もない。
それでも、ほかに道がありそうにもないので、五人はその道を下ることにした。
木竜(きりゅう)さんが先頭になって、そのあとを渡さん、イサリくんの順で道に入る。
「えっと。夜山(よるやま)くんは……」
「お先にどうぞ」
そう言いながら、夜山くんは、三つ編みの先のリボンをしゅるりとほどいた。
その瞬間を見て、サイは気づいた。
夜山くんのシフォン・リボンは、うす紫色だと思っていたけれど――結び目になっていた部分は、もっと濃い紫色だった。ということは、かなり色あせた、古いリボンなのだろうか?
ヘアゴムで結んだだけになった三つ編みが、ゆれて背中にもどる。
夜山くんは、リボンをていねいに折りたたんで、ズボンのポケットの奥深くにしまいこんだ。
(枝に引っかかってやぶれたりしたら、こまるからかな。なんだか大事なものみたいだし……)
そんなことを思いつつ、サイは、先を行く三人を追って細い道に入った。
五人はそうして、しばらく道を下っていった。
途中で休憩(きゅうけい)をはさみ、ちょうどお昼時になっていたので、お弁当を食べたりもした。
貴重な食料かもしれないが、お弁当は日持ちしない。いたまないうちに食べきってしまう必要があった。
「ふもとまでたどり着けたら、そのルートで、ほかの人たちをむかえに来れるかな……」
と、渡さんは、自分たち以外のことも気にかけていた。
しかし、休憩を終えてさらにしばらく進んでところで、雲行きがあやしくなった。
「これは……もう、道がなくなってんじゃねえか?」
先頭を歩いていた木竜さんの言うとおり、今までかろうじて続いていた道らしきものは、そこで森林にとけこむようにして消えていた。
「でも、進めないことはなさそう」
そう言ったのは、夜山くんだった。
たしかに……この先は道こそないものの、急斜面やヤブがあるわけではない。
気をつけて進めば、もっと先まで下りられそうな気がする。
「もしかしたら、ここで少し道が途切れてるだけかもしれないよ。もうちょっと進んだら、また道が現れるかも」
夜山くんの言葉で、一同は結局、そのまま山を下ることになった。
しかし、進めど進めど、いっこうに道が現れる気配はなかった。
それでも、スマートフォンの地図アプリや方位磁針アプリがあれば、と思っていたものの。
歩けそうにない場所を避けて通ると、どんどん進みたい方向からずれていってしまうので、なんだかあまり意味がない感じだった。
どうしても下に行けず、登るしかないところもたびたびあって――。
そうこうするうちサイたちは、もう下っているのか登っているのかさえも、よくわからなくなってしまった。
追い打ちをかけるように、やがて日がかたむいて、山の中はだんだんとうす暗くなってきた。
「ちょっと、足場が見づらくなってきたな……」
先頭の木竜さんが、そうつぶやいて足を止めた。
「どうする、まだ進むか? もう今日中に山を下りるのは無理そうだし、早めに野宿の準備とかしたほうがいいんじゃねーかと思うが……」
「食料も水もろくにないのに、そんなにのんびりしてていいのかな」
口をはさんだのは、またしても夜山くんだった。
「動かずにいる間にも、おなかはすいていくし、のどはかわいていくんだよ。だったら体が限界になる前に、進めるだけ進んでおいたほうが……」
夜山くんの発言に、ほかのメンバーは、迷った顔を見合わせたものの、
「迷ってる時間も、もったいないよね」
と、夜山くんにあせる気持ちをあおられて、結局ふたたび歩き出すことにした。
「みんな……体力は、まだだいじょうぶ? 休みたい人がいたら、遠慮なく言ってね?」
渡(わたり)さんがうながすも、休憩をリクエストするメンバーはいなかった。
きっと、だれしも疲れてはいるんだろう。
しばらく前から、ずっとみんなの呼吸は荒く、足取りは重い。
でも、ここで足を止めるのは怖い。ゴールが見えないからこそ、少しでも先に進みたい。
サイはそう思ったし、ほかのメンバーからも同じ思いがうかがえた。
ゴールの方向も定かでないまま、そんなふうにして、さらにいくらか進んだところで。
「――水の音がする!」
と、イサリくんが小さく声を上げた。
「あっち、川があるよ……!」
ふり向くが早いか、イサリくんは列をはずれて、一人で足場のよくないほうへと進み始めた。
彼の前後を歩いていた二人――渡さんとサイは、あわててあとを追う。
「あっ……秋月(あきつき)くん! ちょっと……待っ……」
渡さんが呼び止めるが、息も絶え絶えのその声は、イサリくんには届かないようだった。
(ああ、もう。イサリくんてば、あいかわらず、集団行動が苦手なんだから……!)
サイは、あきれつつも、期待に胸をふくらませていた。
耳を澄ませば、たしかにイサリくんのいるほうから、川の流れらしき音が聞こえてくる。
「川があるなら……水も、手に入るし……魚とかも、いるかもしれませんね! それに……川に沿って下っていけば、確実に、山を下りられますし……!」
しかし、サイとは反対に、渡さんの表情はけわしかった。
「それはっ……だめ、なんだ。……危険らしい」
「……え?」
水音が、だんだんと近くなる。
サイは、ふと違和感を覚えた。
なんだか……川のせせらぎにしては、やけに音が大きい気がする。
「本で、読んだことがあるんだけど……山の中の川っていうのは、途中で――」
渡さんが言いかけた、そのとき。
ヤブの向こうから、イサリくんの悲鳴が聞こえた。
「――秋月くんっ!?」
渡さんが、ヤブをかき分けて先へ進む。
「何やってんだよ……」
と、声がしたのでふり返ると、あとから気づいて追ってきた木竜さんが、追いついていた。
サイは、木竜さんといっしょにヤブをかき分け、向こうに抜け出る。
そこにあったのは、川――。
だが、それだけではなかった。
川はちょうどその場所で、滝になっていたのだ。
サイは、ギクリとして固まった。
――イサリくんの姿が、どこにもない。
渡さんだけが、滝の下をぼうぜんと見下ろしている。
(……そんな)
数秒後、渡さんは意を決したように、崖のふちで身をかがめた。
「渡さん、よせっ!」
木竜さんが鋭くさけんで、渡さんにかけよった。
「でも、秋月くんを……」
「おれが行くから!」
木竜さんは、背負っていたリュックを投げすて、渡さんが止める間もなく崖を下り始めた。
サイは、ふるえる足をどうにか動かし、崖に近づいて渡さんとともに下を見る。
崖は、垂直に切り立っているわけではないものの、傾斜は急で高さもあり、身一つで下りるのは見るからに危険そうだった。
それでも木竜さんは、岩にうまく手足をかけながら下りていった。
イサリくんは、滝つぼに落ちたようだ。
崖の下まで下りた木竜さんは、すぐさま自分も滝つぼに飛びこむと、イサリくんを背負ってふちにはい上がった。
うす暗いせいで、二人の様子は、崖の上からだとはっきり見えない。
イサリくんは、無事なんだろうか……。
たずねようとしたとき、木竜さんがこちらを見上げて、滝の音に負けじと大声でさけんだ。
「秋月のやつ、腹にひどいケガしてやがる……! 落ちたとき、とがった岩か折れた流木かなんかが、当たったのかもしれない! ……傷が深い! 息はしてるが、意識はない……!」
それを聞いて、サイは血の気が引いた。
「……あ。……あ。……も、もう……――救助を、呼びましょう!」
サイは、自分のリュックを下ろし、震える手でスマートフォンを取り出した。
「すぐに、救助を呼べば……も、もしかしたら……まだ、間に合うかもっ……。イサリくんの家なら、お金のことは、心配いらないはずなんです。イサリくんは、たぶん……みんなを残して自分だけ救助を呼びたくないから、いっしょに山を下りることにしただけで……っ」
「間に合うかもって、どういうこと?」
たずねたのは、夜山くんだった。
いつの間にか追いついていた彼は、ふり向いたサイを見て、首をかしげた。
「秋月くん、ひどいケガをしてるんでしょ? だったらもう、どうにもならないよ」
「で、でも……。救助が間に合えば、手術とかして」
「シュジュツ?」
夜山くんは、それが聞いたことのない言葉であるかのように、眉をひそめた。
彼だけではない。渡さんも、「シュジュツって……?」とけげんそうな顔をする。
(――まさか。……うそ、でしょ)
サイは絶望におそわれた。
まさか、この新しい世界には――手術というものが、存在しない?
人の体に、スペアがあるから。
もし、大ケガや大きな病気をしても、そのときはダメージを負った体をすてて、また新しい体を作り直せばいいだけだから。
そんな世界だから……人の命を救う医療技術が、前の世界のようには発展しなかったのか?
(じゃあ……本当に。イサリくんが助かる方法は、ないってこと……?)
手足の先が、すうっと冷たくなっていく。
ああ……。もし、あのとき。
道がなくなった時点で、引き返していれば。
日が暮れてきた時点で、それ以上進むのをやめていれば。
うす暗く視界が悪い中でなければ、イサリくんも、崖から足をすべらせることはなかったかもしれない……。
あとからあとから後悔が押しよせて、サイは気づけば、ボロボロと涙を流していた。
「東雲さん……」
夜山くんが、うずくまったサイに近づき、サイの前でしゃがみこんだ。
「泣くことないよ。家に帰れば、また今までと同じ秋月くんに会えるんだし。東雲さんが悲しんだり困ったりすること、何もないでしょ?」
そう言われ、サイはぴくりと目を見開き、顔を上げた。
「……よくも、そんなことが言えますね。……意識は移動なんてしない……スペアと本体はべつの存在だって、そう言ったのは、あなたじゃないですか……!」
サイは、夜山くんをにらみつけた。
けれど夜山くんは、「何を怒ってるの?」とでもいうように、きょとんと目を丸くした。
……なんなんだ。この人は、いったい。
ゾッとして、サイは思わず夜山くんから目をそらした。
(…………こんな……世界……)
うつむいて、サイは、地面についた手をぎゅっとにぎった。
新しい世界――『人の体にスペアがある』この世界を、サイも一度は、前の世界よりいい世界だと思った。便利で安心で、前よりずっと満たされた世界だと。
でも、夜山くんの言うように『体のスペア』なんてものはまやかしで、それがただ記憶をコピーされただけの、自分とはべつの存在だというのなら。
(それでも……ここが「欠けない世界」にはちがいないけど)
もしも、自分たちがこのまま山を出られず、永遠に帰れなくなったとしても。
町にはちゃんと、今までどおりの自分たちがいて、今までと変わらない日常を送り続ける。
そんな「だれも欠けない」世界は――「だれもかけがえのない者になれない」世界だ。
(そのせいで、死にそうになっても助けてもらえないなんて……人の命を守ることが、大事なことじゃなくなってしまうなんて……)
これは、罰なのだろうか。
前の世界を、自分勝手に終わらせてしまったことへの罰。
そうなのだとしたら――。
(お願いです……許してください! こんな世界は、もう――……いやだ!)
めいっぱいの思いをふりしぼって、心の中でサイはさけんだ。
その瞬間。
あたりの景色が、とつぜんまばゆい光に包まれた。
「そっか。じゃあ――この世界は、リセットしちゃう?」
オレンジと黄緑色の光の中に、二頭身のピエロが姿を現し、そう言った。
「ぴっ……ピリカあ!」
「さ、えらんでえらんで。この世界を続けるか、それともリセットするか」
「リセットって……え? そんなこと、できるんですか? リセットしたら、どうなるの!?」
「何もかも、なかったことになって、また新しい世界が始まるよ!」
それを聞いたら、迷う理由は何もなかった。
サイは、ピリカルカに向かって、祈るように両手を組んだ。
「世界を――リセット、させてください!」
すると、次の瞬間。
サイは、さっきまでの山の中ではない、どこかの建物の中にいた。
外の景色からして、どうやら高い塔の上らしい。
窓から見える地面は、色とりどりの巨大な円盤だった。
その形はまるで、塔を中心としたルーレット盤に見えた。
「……これは」
「そう。これは、新しい世界を作るための、ルーレット!」
ふり返ると、部屋の真ん中にある丸いイスに、ピリカルカがちょこんとすわっていた。
いや……イスではない。それは、回転式の大きなレバーだった。
「次の世界がどんな世界になるのかは、ルーレットの結果しだい! いい世界が生まれたらラッキーだけど、さっきよりよくない世界ができるかも! それでもOK?」
ピリカルカの言葉を聞きながら、サイは、だんだんと思い出していた。
(……そうだ。わたしは、前にも一度、ここに来たことがある。あの橋の上で、ピリカルカの顔の星が光って……その光に包まれたあと……。たしか、あのときも――)
サイは、ゆっくりと、ピリカルカのすわる回転レバーに近づく。
「わたしが、このレバーを回せば……塔をかこむルーレット盤が、回り出す……」
無数の色に分かれたルーレット盤は、無数の「世界の素」で作られている。
ルーレット盤の上には、先のとがった塔の影が落ちていて。
ルーレットが止まったとき、その影の先にどんな「世界の素」がくるかによって、新しい世界の種類が決まる……。
前に一度、ピリカルカから聞かされたそんな説明を、サイは思い返した。
「どうやら、前にここに来たときの記憶が、もどったみたいだね! ――それじゃっ」
ピリカルカは、ぴょいんと回転レバーから飛び下りた。
サイは、レバーの持ち手を両手でにぎって、その手にぐっと力をこめた。
(もしかしたら……次の世界は、さっきの世界よりも、ひどい世界になるかもしれない……)
それでも、さっきの世界の出来事を……イサリくんの事故を、リセットできるなら……!
「ルーレット、スタート!」
ピリカルカのかけ声とともに、サイはレバーを回した。
塔をかこむルーレット盤が、ゴオオォォン……と音を立てて、回転を始める。
レバーから手をはなし、サイは窓の外を見下ろした。
ルーレット盤の上では、回転する無数の色が、残像となって混ざり合っている。
(……あれ? ……ちょっと待てよ? そういえば、この世界で目を覚ましたときのわたしは、今まで「本体」って呼んでた……もう一つのボディのわたしだよね。ってことは――)
サイは、そこではたと気づいた。
この世界が、リセットされて「なかったこと」になるのなら。
この世界とともに生まれた、スペアのボディである自分もまた、「なかったこと」になって消えてしまうんじゃないか?
(それとも……逆に、今こうして意識のあるわたしが残って、カプセルの中で眠ってる「本体」のわたしが、消えることになるのかな? え? でもそれだと、前の世界からずっと存在してた、もともとのわたしのほうが消えてしまうことに――……)
考えている間にも、ルーレットの回転は、だんだんおそくなっていく。
とがった塔の影の先を、見分けられるようになった色が、ゆるゆると通りすぎていく。
そうして――やがて、ルーレットは、完全に動きを止めた。
つぎはいったい、どんな世界が待っているんだろう……?
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