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ものがたり

【ときめいて「ゾッ!」とする新シリーズ】『もしもの世界ルーレット』先行ためし読み☆第6回☆


『世にも奇妙な商品カタログ』の作者がおくる、ときめいて「ゾッ!」とする新シリーズ『もしもの世界ルーレット』を、どこよりも早くおとどけ!
いっけんステキな理想の世界にかくされた、超キケンなワナとはいったい――?
キミには、この結末がわかるかな?

 

第1章 あったら便利? “スペアの体”の使い方

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5 だれも欠けない世界
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 しばらくあたりを探し回って、五人は、地図にのっていない道を見つけた。

 それは、津九六沢(つくろざわ)公園をかこむ遊歩道から枝分かれした、枯れ葉に埋もれた細い道だった。

 一応、下りの道には見えるが、舗装もなにもされていないし、道の入口に標識もない。

 それでも、ほかに道がありそうにもないので、五人はその道を下ることにした。

 木竜(きりゅう)さんが先頭になって、そのあとを渡さん、イサリくんの順で道に入る。

「えっと。夜山(よるやま)くんは……」

「お先にどうぞ」

 そう言いながら、夜山くんは、三つ編みの先のリボンをしゅるりとほどいた。

 その瞬間を見て、サイは気づいた。

 夜山くんのシフォン・リボンは、うす紫色だと思っていたけれど――結び目になっていた部分は、もっと濃い紫色だった。ということは、かなり色あせた、古いリボンなのだろうか?

 ヘアゴムで結んだだけになった三つ編みが、ゆれて背中にもどる。

 夜山くんは、リボンをていねいに折りたたんで、ズボンのポケットの奥深くにしまいこんだ。

(枝に引っかかってやぶれたりしたら、こまるからかな。なんだか大事なものみたいだし……)

 そんなことを思いつつ、サイは、先を行く三人を追って細い道に入った。

 五人はそうして、しばらく道を下っていった。

 途中で休憩(きゅうけい)をはさみ、ちょうどお昼時になっていたので、お弁当を食べたりもした。

 貴重な食料かもしれないが、お弁当は日持ちしない。いたまないうちに食べきってしまう必要があった。

「ふもとまでたどり着けたら、そのルートで、ほかの人たちをむかえに来れるかな……」

 と、渡さんは、自分たち以外のことも気にかけていた。

 しかし、休憩を終えてさらにしばらく進んでところで、雲行きがあやしくなった。

「これは……もう、道がなくなってんじゃねえか?」

 先頭を歩いていた木竜さんの言うとおり、今までかろうじて続いていた道らしきものは、そこで森林にとけこむようにして消えていた。

「でも、進めないことはなさそう」

 そう言ったのは、夜山くんだった。

 たしかに……この先は道こそないものの、急斜面やヤブがあるわけではない。

 気をつけて進めば、もっと先まで下りられそうな気がする。

「もしかしたら、ここで少し道が途切れてるだけかもしれないよ。もうちょっと進んだら、また道が現れるかも」

 夜山くんの言葉で、一同は結局、そのまま山を下ることになった。

 しかし、進めど進めど、いっこうに道が現れる気配はなかった。

 それでも、スマートフォンの地図アプリや方位磁針アプリがあれば、と思っていたものの。

 歩けそうにない場所を避けて通ると、どんどん進みたい方向からずれていってしまうので、なんだかあまり意味がない感じだった。

 どうしても下に行けず、登るしかないところもたびたびあって――。

 そうこうするうちサイたちは、もう下っているのか登っているのかさえも、よくわからなくなってしまった。

 追い打ちをかけるように、やがて日がかたむいて、山の中はだんだんとうす暗くなってきた。

「ちょっと、足場が見づらくなってきたな……」

 先頭の木竜さんが、そうつぶやいて足を止めた。

「どうする、まだ進むか? もう今日中に山を下りるのは無理そうだし、早めに野宿の準備とかしたほうがいいんじゃねーかと思うが……」

「食料も水もろくにないのに、そんなにのんびりしてていいのかな」

 口をはさんだのは、またしても夜山くんだった。

「動かずにいる間にも、おなかはすいていくし、のどはかわいていくんだよ。だったら体が限界になる前に、進めるだけ進んでおいたほうが……」

 夜山くんの発言に、ほかのメンバーは、迷った顔を見合わせたものの、

「迷ってる時間も、もったいないよね」

 と、夜山くんにあせる気持ちをあおられて、結局ふたたび歩き出すことにした。

「みんな……体力は、まだだいじょうぶ? 休みたい人がいたら、遠慮なく言ってね?」

 渡(わたり)さんがうながすも、休憩をリクエストするメンバーはいなかった。

 きっと、だれしも疲れてはいるんだろう。

 しばらく前から、ずっとみんなの呼吸は荒く、足取りは重い。

 でも、ここで足を止めるのは怖い。ゴールが見えないからこそ、少しでも先に進みたい。

 サイはそう思ったし、ほかのメンバーからも同じ思いがうかがえた。

 ゴールの方向も定かでないまま、そんなふうにして、さらにいくらか進んだところで。

「――水の音がする!」

 と、イサリくんが小さく声を上げた。

「あっち、川があるよ……!」

 ふり向くが早いか、イサリくんは列をはずれて、一人で足場のよくないほうへと進み始めた。

 彼の前後を歩いていた二人――渡さんとサイは、あわててあとを追う。

「あっ……秋月(あきつき)くん! ちょっと……待っ……」

 渡さんが呼び止めるが、息も絶え絶えのその声は、イサリくんには届かないようだった。

(ああ、もう。イサリくんてば、あいかわらず、集団行動が苦手なんだから……!)

 サイは、あきれつつも、期待に胸をふくらませていた。

 耳を澄ませば、たしかにイサリくんのいるほうから、川の流れらしき音が聞こえてくる。

「川があるなら……水も、手に入るし……魚とかも、いるかもしれませんね! それに……川に沿って下っていけば、確実に、山を下りられますし……!」

 しかし、サイとは反対に、渡さんの表情はけわしかった。

「それはっ……だめ、なんだ。……危険らしい」

「……え?」

 水音が、だんだんと近くなる。

 サイは、ふと違和感を覚えた。

 なんだか……川のせせらぎにしては、やけに音が大きい気がする。

「本で、読んだことがあるんだけど……山の中の川っていうのは、途中で――」

 渡さんが言いかけた、そのとき。

 ヤブの向こうから、イサリくんの悲鳴が聞こえた。

「――秋月くんっ!?」

 渡さんが、ヤブをかき分けて先へ進む。

「何やってんだよ……」

 と、声がしたのでふり返ると、あとから気づいて追ってきた木竜さんが、追いついていた。

 サイは、木竜さんといっしょにヤブをかき分け、向こうに抜け出る。

 そこにあったのは、川――。

 だが、それだけではなかった。

 川はちょうどその場所で、滝になっていたのだ。

 サイは、ギクリとして固まった。

 ――イサリくんの姿が、どこにもない。

 渡さんだけが、滝の下をぼうぜんと見下ろしている。

(……そんな)

 数秒後、渡さんは意を決したように、崖のふちで身をかがめた。

「渡さん、よせっ!」

 木竜さんが鋭くさけんで、渡さんにかけよった。

「でも、秋月くんを……」

「おれが行くから!」

 木竜さんは、背負っていたリュックを投げすて、渡さんが止める間もなく崖を下り始めた。

 サイは、ふるえる足をどうにか動かし、崖に近づいて渡さんとともに下を見る。

 崖は、垂直に切り立っているわけではないものの、傾斜は急で高さもあり、身一つで下りるのは見るからに危険そうだった。

 それでも木竜さんは、岩にうまく手足をかけながら下りていった。

 イサリくんは、滝つぼに落ちたようだ。

 崖の下まで下りた木竜さんは、すぐさま自分も滝つぼに飛びこむと、イサリくんを背負ってふちにはい上がった。

 うす暗いせいで、二人の様子は、崖の上からだとはっきり見えない。

 イサリくんは、無事なんだろうか……。

 たずねようとしたとき、木竜さんがこちらを見上げて、滝の音に負けじと大声でさけんだ。

「秋月のやつ、腹にひどいケガしてやがる……! 落ちたとき、とがった岩か折れた流木かなんかが、当たったのかもしれない! ……傷が深い! 息はしてるが、意識はない……!」

 それを聞いて、サイは血の気が引いた。

「……あ。……あ。……も、もう……――救助を、呼びましょう!」

 サイは、自分のリュックを下ろし、震える手でスマートフォンを取り出した。

「すぐに、救助を呼べば……も、もしかしたら……まだ、間に合うかもっ……。イサリくんの家なら、お金のことは、心配いらないはずなんです。イサリくんは、たぶん……みんなを残して自分だけ救助を呼びたくないから、いっしょに山を下りることにしただけで……っ」

「間に合うかもって、どういうこと?」

 たずねたのは、夜山くんだった。

 いつの間にか追いついていた彼は、ふり向いたサイを見て、首をかしげた。

「秋月くん、ひどいケガをしてるんでしょ? だったらもう、どうにもならないよ」

「で、でも……。救助が間に合えば、手術とかして」

「シュジュツ?」

 夜山くんは、それが聞いたことのない言葉であるかのように、眉をひそめた。

 彼だけではない。渡さんも、「シュジュツって……?」とけげんそうな顔をする。

(――まさか。……うそ、でしょ)

 サイは絶望におそわれた。

 まさか、この新しい世界には――手術というものが、存在しない?

 人の体に、スペアがあるから。

 もし、大ケガや大きな病気をしても、そのときはダメージを負った体をすてて、また新しい体を作り直せばいいだけだから。

 そんな世界だから……人の命を救う医療技術が、前の世界のようには発展しなかったのか?

(じゃあ……本当に。イサリくんが助かる方法は、ないってこと……?)

 手足の先が、すうっと冷たくなっていく。

 ああ……。もし、あのとき。

 道がなくなった時点で、引き返していれば。

 日が暮れてきた時点で、それ以上進むのをやめていれば。

 うす暗く視界が悪い中でなければ、イサリくんも、崖から足をすべらせることはなかったかもしれない……。

 あとからあとから後悔が押しよせて、サイは気づけば、ボロボロと涙を流していた。

「東雲さん……」

 夜山くんが、うずくまったサイに近づき、サイの前でしゃがみこんだ。

「泣くことないよ。家に帰れば、また今までと同じ秋月くんに会えるんだし。東雲さんが悲しんだり困ったりすること、何もないでしょ?」

 そう言われ、サイはぴくりと目を見開き、顔を上げた。

「……よくも、そんなことが言えますね。……意識は移動なんてしない……スペアと本体はべつの存在だって、そう言ったのは、あなたじゃないですか……!」

 サイは、夜山くんをにらみつけた。

 けれど夜山くんは、「何を怒ってるの?」とでもいうように、きょとんと目を丸くした。

 ……なんなんだ。この人は、いったい。

 ゾッとして、サイは思わず夜山くんから目をそらした。

(…………こんな……世界……)

 うつむいて、サイは、地面についた手をぎゅっとにぎった。

 新しい世界――『人の体にスペアがある』この世界を、サイも一度は、前の世界よりいい世界だと思った。便利で安心で、前よりずっと満たされた世界だと。

 でも、夜山くんの言うように『体のスペア』なんてものはまやかしで、それがただ記憶をコピーされただけの、自分とはべつの存在だというのなら。

(それでも……ここが「欠けない世界」にはちがいないけど)

 もしも、自分たちがこのまま山を出られず、永遠に帰れなくなったとしても。

 町にはちゃんと、今までどおりの自分たちがいて、今までと変わらない日常を送り続ける。

 そんな「だれも欠けない」世界は――「だれもかけがえのない者になれない」世界だ。

(そのせいで、死にそうになっても助けてもらえないなんて……人の命を守ることが、大事なことじゃなくなってしまうなんて……)

 これは、罰なのだろうか。

 前の世界を、自分勝手に終わらせてしまったことへの罰。

 そうなのだとしたら――。

(お願いです……許してください! こんな世界は、もう――……いやだ!)

 めいっぱいの思いをふりしぼって、心の中でサイはさけんだ。

 その瞬間。

 あたりの景色が、とつぜんまばゆい光に包まれた。

「そっか。じゃあ――この世界は、リセットしちゃう?」

 オレンジと黄緑色の光の中に、二頭身のピエロが姿を現し、そう言った。

「ぴっ……ピリカあ!」

「さ、えらんでえらんで。この世界を続けるか、それともリセットするか」

「リセットって……え? そんなこと、できるんですか? リセットしたら、どうなるの!?」

「何もかも、なかったことになって、また新しい世界が始まるよ!」

 それを聞いたら、迷う理由は何もなかった。

 サイは、ピリカルカに向かって、祈るように両手を組んだ。

「世界を――リセット、させてください!」

 すると、次の瞬間。

 サイは、さっきまでの山の中ではない、どこかの建物の中にいた。

 外の景色からして、どうやら高い塔の上らしい。

 窓から見える地面は、色とりどりの巨大な円盤だった。

 その形はまるで、塔を中心としたルーレット盤に見えた。

「……これは」

「そう。これは、新しい世界を作るための、ルーレット!」

 ふり返ると、部屋の真ん中にある丸いイスに、ピリカルカがちょこんとすわっていた。

 いや……イスではない。それは、回転式の大きなレバーだった。

「次の世界がどんな世界になるのかは、ルーレットの結果しだい! いい世界が生まれたらラッキーだけど、さっきよりよくない世界ができるかも! それでもOK?」

 ピリカルカの言葉を聞きながら、サイは、だんだんと思い出していた。

(……そうだ。わたしは、前にも一度、ここに来たことがある。あの橋の上で、ピリカルカの顔の星が光って……その光に包まれたあと……。たしか、あのときも――)

 サイは、ゆっくりと、ピリカルカのすわる回転レバーに近づく。

「わたしが、このレバーを回せば……塔をかこむルーレット盤が、回り出す……」

 無数の色に分かれたルーレット盤は、無数の「世界の素」で作られている。

 ルーレット盤の上には、先のとがった塔の影が落ちていて。

 ルーレットが止まったとき、その影の先にどんな「世界の素」がくるかによって、新しい世界の種類が決まる……。

 前に一度、ピリカルカから聞かされたそんな説明を、サイは思い返した。

「どうやら、前にここに来たときの記憶が、もどったみたいだね! ――それじゃっ」

 ピリカルカは、ぴょいんと回転レバーから飛び下りた。

 サイは、レバーの持ち手を両手でにぎって、その手にぐっと力をこめた。

(もしかしたら……次の世界は、さっきの世界よりも、ひどい世界になるかもしれない……)

 それでも、さっきの世界の出来事を……イサリくんの事故を、リセットできるなら……!

「ルーレット、スタート!」

 ピリカルカのかけ声とともに、サイはレバーを回した。

 塔をかこむルーレット盤が、ゴオオォォン……と音を立てて、回転を始める。

 レバーから手をはなし、サイは窓の外を見下ろした。

 ルーレット盤の上では、回転する無数の色が、残像となって混ざり合っている。

(……あれ? ……ちょっと待てよ? そういえば、この世界で目を覚ましたときのわたしは、今まで「本体」って呼んでた……もう一つのボディのわたしだよね。ってことは――)

 サイは、そこではたと気づいた。

 この世界が、リセットされて「なかったこと」になるのなら。

 この世界とともに生まれた、スペアのボディである自分もまた、「なかったこと」になって消えてしまうんじゃないか?

(それとも……逆に、今こうして意識のあるわたしが残って、カプセルの中で眠ってる「本体」のわたしが、消えることになるのかな? え? でもそれだと、前の世界からずっと存在してた、もともとのわたしのほうが消えてしまうことに――……)

 考えている間にも、ルーレットの回転は、だんだんおそくなっていく。

 とがった塔の影の先を、見分けられるようになった色が、ゆるゆると通りすぎていく。

 そうして――やがて、ルーレットは、完全に動きを止めた。


 


 

つぎはいったい、どんな世界が待っているんだろう……?
続きは、本で読んでね♪

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作:地図十行路  絵:みたう

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322739

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