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『世にも奇妙な商品カタログ』の作者がおくる、ときめいて「ゾッ!」とする新シリーズ『もしもの世界ルーレット』を、どこよりも早くおとどけ!
いっけんステキな理想の世界にかくされた、超キケンなワナとはいったい――?
キミには、この結末がわかるかな?
第1章 あったら便利? “スペアの体”の使い方
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3 スペアの体を使ってみよう!
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家に帰ってきたサイは、自分の部屋に入るなり、
「はあ~っ……つっかれたあ」
ため息交じりにつぶやいて、制服のまま、ベッドの上に倒れ――こもうとしたものの。
固いフタつきのカプセル・ベッドでは、そういうわけにもいかなかった。
「あー……。もとのベッドが恋しいよお……」
「そう? 前とちがうこの世界は、気に入らない?」
「うーん。そう言われても、よくわからないけど――……えっ!?」
サイはギョッとして固まった。
この部屋には今、自分しかいないはず。
そう思いながらも、声が聞こえてきた窓のほうを、おそるおそるふり返ると――。
そこにいたのは、ピエロのぬいぐるみだった。
出窓にちょこんとすわる、とんがりが二つついた帽子をかぶった、二頭身のピエロ。
マスコットみたいな顔には、オレンジと黄緑で彩られた星のマークが描かれている。
その姿を見たとたん、忘れていた記憶がよみがえった。
自分は、このピエロのことを、知っている……!
(たしか、そう……。まだ着てない制服を持って、わたし……近所の橋の上に……。そしたら、空からこのピエロが降ってきて。それで……それで――……)
ドクンッ、と心臓がはねる。
『このままじゃ、この世界は壊れてしまうよ! キミが今、「こんな世界、もう終わってしまえばいいのに」と願ったからね!』
あのとき、ピエロはたしかにそう言った。
その言葉どおりに、ヒビ割れる空間、崩壊していく世界――……。
「前の世界は……わたしのせいで――壊れてしまった?」
「あ、思い出してくれた? そのせつは、この新しい世界を作るのにご協力いただき、ありがとうございまーしたっ」
ピエロは、くるっと器用に一回転して、腰かけていた出窓から飛び下りた。
(協力……? それって、なんだっけ。わたし、何をしたんだっけ……?)
まだ、記憶の一部があいまいだ。
でも、このピエロの名前は覚えている。
「ピリカルカ。……あの。質問なんですけど」
「ピリカでいーよ! なーに? 何が聞きたいの?」
「えっと……じゃあ、ピリカ。新しい世界を作った、っていうのは……その、どこまでが、新しく作られた部分なんですか?」
「んー? というと?」
「だ、だからつまり……今この世界にいる、わたし以外の人たちは――……この世界といっしょに、新しく作られた存在なんですか? それとも」
「あー、なるほどなるほど」
なっとくしたように、ピリカは大きくうなずいた。
「心配いらないよ! ほかの人たちも、キミと同じように、前の世界からこの世界へ『避難』させた人たちだから! あ。彼らの記憶とか常識とかは、新しい世界に合わせて、まとめて書き換えちゃったけどね!」
その答えを聞いて、サイは胸をなで下ろした。
……記憶や常識を書き換えたとか、さらっと怖いことを言ってはいるが、とりあえず。
「よかった……! 前の世界といっしょに、人類が一回滅亡したとか、そういうことではないんですね……!」
「ないない! ちゃーんと一人残らず、避難完了させたから!」
ピリカルカは、ウインクとともに「バッチリOK!」みたいなポーズをとった。
サイは、全身の力が抜けて、ぺたんとその場にすわりこんだ。
“こんな世界、もう終わってしまえばいいのに――”
受験に失敗して落ちこんで、やけっぱちな気持ちで、あのとき自分はそう願った。
だけどもちろん、本気で世界を壊したかったわけじゃない。
――まさか、願っただけで、本当に世界が壊れてしまうとか。
自分にそんな力があるだなんて、思いもしなかったのだ。
(思うわけないじゃないか。わたしは、ただの人間なのに……そのはずなのに……)
サイは、自分の手の平をじっと見つめる。
(世界を壊して……よく覚えてないけど、この「新しい世界」を作るのにも、わたし、協力したんだよね……? なんで? どうして、わたしにそんな力が?)
胸がドキドキする。
怖い。……けど、それだけじゃない。
世界を壊してしまったことに対して、そりゃあ、罪悪感はあるけれど。
(わたしは――……世界を終わらせられる、特別な存在)
それを思うと、心の中に溜まっていたモヤモヤが、パアッと晴れていくようだった。
「……サイ。なんか、顔が赤いよ? だいじょーぶ?」
「……え?」
ピリカルカに言われて、サイは、自分のほおに手の平をつけた。
……熱い。興奮しすぎて、体温が上がってしまったんだろうか。
(っていうか……あ、あれ……?)
なんだか、頭がぼんやりする。体がだるくて、手足がふわふわ心もとない。
おまけに、だんだんめまいと吐き気で気持ち悪く――……。
(こ……これは――……)
熱を測ってみたところ、体温は38度8分だった。
両親は今、それぞれ仕事や買い物で外に出ていて、家にいるのはサイ一人。
リビングのソファに体を横たえ、サイは、うえええと泣き声を上げた。
(つらいー……気持ち悪いー……なんで、このタイミングで熱なんか…………ああ……いろいろあって、頭がオーバーヒートしちゃったからかなあ……)
涙でにじむ視界の中、ソファの背もたれの上に、ピリカルカがぴょこんと顔を出した。
「ねえ、サイ。こんなときこそ、スペア・ボディの出番じゃないの?」
「……え……」
はあ、はあ、とあらい息をつきながら、サイは必死で頭を働かせる。
(……そういえば。病気になったとき、スペア・ボディに意識を移せばいいって……本に、書いてあったっけ。……あれ? クラスのだれかが、言ってたんだっけかな……?)
とにかく、この新しい世界では、それが常識らしいけど。
だからといって、じっさいに自分でスペア・ボディを使うのは、なんだか怖い気がする。
(けどっ……! 今は、そんな場合じゃない……! スペアでもなんでもいいから、とにかく、一刻も早く、このつらさをなんとかしてほしい……!)
サイは、どうにかソファから体を起こすと、はいずるようにして自分の部屋にもどった。
ぐったりしているサイの代わりに、ピリカルカが机の引き出しの底から、カプセル・ベッドの説明書を見つけ出してくれた。
「はいっ、どーぞ。操作は、このページを読めばいいみたいだよ!」
「ど……どうも、ありがとう。……ピリカって、けっこう親切なんですね」
「ふふふっ。――っていうか、ワタシは、サイに聞きたいんだよね。スペア・ボディがあるこの新しい世界は、いい世界だと思うか、よくない世界だと思うか! サイ自身もじっさいにスペア・ボディを使ってみたほうが、より的確な評価が聞けるでしょ?」
「……はあ。……新しい世界の、評価ですか」
「うん! 新しい世界の管理人としては、それを聞く必要があるんだよ!」
「……へえ。……そういう、ものなんですね……」
サイは、説明書を読みながら、カプセル・ベッドのボタンを操作する。
その使い方は、とてもかんたんだった。
たとえるなら、電子レンジで飲み物を温めるくらいのものだ。
おかげで、熱のせいでもうろうとした頭でも、ちゃんと操作を終えることができた。
「あ……あとは……この中に入れば……」
サイは、ずり落ちるようにしてカプセルに入り、あお向けになって体を伸ばした。
数秒後、ウィ――ン……と自動でカプセルのフタが閉じる。
サイは、一つ息をついてから、目を閉じた。
同時に、すっと一瞬で眠りに落ちるような感覚があった。
ふたたび目を開けたとき、体の不調は、何もかもすっかり消えていた。
ウィ――ン……とフタが開いて、サイはカプセル・ベッドから身を起こし、となりを見た。
そこには、さっき自分が入ったカプセルがある。
その中には、もちろん、さっきまで動かしていた自分の体が横たわっていた。
(わあ……! 本当に、意識が移動してる……!)
さっきまで動かしていた体を、こうして外から見るというのは、ひどく奇妙な感覚だった。
(いや、でも、これすごい! 頭もすっきりしてるし、体も楽だし――完全に健康体!)
本体の入ったカプセル・ベッドは、小さな赤いランプを光らせていた。
それをながめつつ、サイはシャキッと立ち上がり、ぐるぐると両腕を回してみる。
「どーお? サイ。スペア・ボディの使い心地は」
「い……いいですね。感動モノです! ……あ、そうだ。わたしの意識が、あっちの体からこっちの体に移動するまで、どのくらいの時間がかかりました?」
「うーん、三十秒くらいかな?」
「おおお……! そんなちょっとの時間で、こんなかんたんに、あの具合の悪さから解放されるなんて……!」
人間の体にスペアがある、新しい世界。
これって、かなり“いい世界”なんじゃないだろうか?
「前の世界にも、こういうのがあればよかったのに……。そしたら、受験だって、うまくいってたかもしれない……」
「へえ? サイは、受験の当日にケガか病気でもしちゃったの?」
「と……当日、では、ないですけど」
「じゃあ、その前の日?」
「……えっと」
「二日前? 三日前?」
「……当日の……十日前に……一日、風邪で寝こんで」
「…………」
「な、なんですか? それはもう、日頃の勉強と実力が足りなかったとでも? あのねえ、十日前っていったら、じゅうぶん受験の直前ですよ!? その一日、勉強ができなかったばっかりに、本来なら受かってたはずの試験に落ちることだって――」
「ま、まだ、何も言ってないじゃん……」
――なんだか、微妙な空気になってしまった。
気を取り直して、サイはカプセル・ベッドから軽やかに飛び下りると、思いっきり両手を伸ばして深呼吸した。
「……うん! まあ、とにかくですよ! 受験なら、この先も高校、大学とあるわけですし。そのときにもこのスペア・ボディがあれば、とっても心強いです!」
ここぞという大事な日に、急な病気やケガをしてしまっても、この世界なら安心だ。
スペアの体を使えば、いつだって万全の状態で実力を発揮できる。
それって、すばらしいことじゃないか……!
「ふんふん。この新しい世界は、なかなか高評価みたいだね!」
ピリカルカは、にっこり笑った。
サイも、「はい!」と力強くうなずいて、笑い返した。
(世界がこんなふうにリニューアルされるなら――一回世界を壊したのは、むしろいいことだったのかも!)
次の朝になっても「本体」の熱が下がらなかったので、サイはスペア・ボディで登校した。
それで、まったくなんの問題もなかった。
身長、体重、体力、視力など、どこをとっても完全に違和感のない自分の体だ。
これならたしかに、スペア・ボディと本体の区別なんて、気にする必要はないだろう。
本に書いてあったそのことを、サイは、じっさいスペアを使ってみて実感した。
さらに、数日たつと――。
「あ。カプセル・ベッドの赤いランプが、消えてます!」
「本体の健康状態が、回復したんだね!」
カプセル・ベッドには、そういうことがわかる機能もついていた。
赤いランプが消えたら、その中にあるボディは「使用可能」になったというサインだ。
サイは、またカプセル・ベッドのボタンを操作して、カプセルの中に入って横たわった。
今度はスペア・ボディから本体へと、意識を移動させるために。
ウィ――ン……とフタが開いて、入ったのとは反対のカプセルから、サイは起き上がる。
これで、もとどおり。健康になった本体に、意識がもどってきたわけだ。
「いやあー、ほんと便利ですね、これ」
「ふふふっ。スペア・ボディのあるこの世界に、サイもなじんできたみたいだね!」
ピリカルカは、あれからずっとサイの部屋にいた。
サイも、それを望んで受け入れていた。
“この世界の真実”を知る話し相手がそばにいるのは、ホッとすることだったからだ。
(「前の世界」とか「新しい世界」とか、そういう話ができる相手は、ピリカだけだもんな)
そんなこんなで、さらに日々はすぎていった。
とくに何事もなく、平穏に。
スペア・ボディとカプセル・ベッドの存在になれてしまうと、ここが新しい世界だなんて、つい忘れそうになってしまうくらいだった。
(世界が新しくなったことよりも、中学生になったことのほうが、わたしにとってはよっぽど大きな変化かも……)
科目ごとに先生が変わる授業や、本格的でいそがしそうな部活動、行事予定に組みこまれた定期テスト……。
小学校とのちがいに、最初はいろいろとまどったものの。
だんだんと、サイはその生活にもなれていった。
「サイ。あれからぜんぜんスペア・ボディ、使わないね」
「この本体が、ずっと健康ですからね。病気もケガもしなければ、スペア・ボディがある世界になっても、日常生活にはほとんど影響――……あ、でも」
そういえば、世界が変わってから、ちょっとうれしいことがあったのだ。
「前の世界では、よく急病で休載していたマンガ家さんがいるんですが、この世界だと、その人のマンガ、ずっと毎号雑誌にのってるんですよ!」
「そっか。そのマンガ家さんも、きっとスペア・ボディを使ってお仕事してるんだね!」
「あと、この春から始まった面白い連続ドラマがあるんですけど、そのドラマ、主役の俳優さんが、撮影中に大ケガしたらしくて。でも、スペア・ボディがあるから撮影は予定どおり進んで、放送も延期にならなかったって、ニュースで言ってました」
「なるほどなるほどー。自分じゃなくて、ほかの人がスペア・ボディを使うことでも、いろいろメリットがあるんだね!」
「そう、そうなんです! それも、この世界のいいところなんですよね!」
好きなマンガが、雑誌から欠けない。
ケガをした俳優さんも、ドラマの撮影現場から欠けない。
みんながスペアの体を持っているこの世界は、「欠けない」世界だ。
それは、前の世界よりも世の中全体が満たされた、安心感のある世界だった。
「スペア・ボディ」があれば、体調不良だってへっちゃら!
▶第5回へ続く
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