見ると、階段の上の天井に、男が逆さまになって張り付いていた。
イタベタ~ イタベタ~
男は血走った目をギョロギョロさせて、由紀奈たちのことを探しているようだ。
由紀奈はさらに千夏を強く抱き締める。
千夏も目に涙を浮かべて由紀奈にしがみつく。
「あれ、食べたいって言ってるんだ!」
「食べたい?? って、由紀奈ちゃん、静かにして……!」
カサ カサ カサ カサ カサ……
男は、由紀奈たちに気づくことなく、角を曲がると、廊下のほうに去って行った。
「よかったぁ。助かった……」
少年はホッと息を吐く。
「今の内にここから出よう」
少年はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
そのとき──、
カサッ
音がした。
少年たちは、同時に音がした方向を見る。
天井の角に、張り付いている男がいた。
「しまった、罠だったんだ!」
男は通り過ぎたフリをして、少年たちが姿を現すのを待っていたのだ。
「逃げろ!」
少年は、千夏を支えると、由紀奈とともにその場から逃げ出した。
イタベタ~
男は天井を素早く這いながら、三人に迫って来る。
「嫌! 嫌!」
由紀奈は必死に走る。
だが、徐々に距離が縮まる。
イタベタ~
男は長細い手を伸ばし、由紀奈を捕まえようとした。
「やめろ!」
瞬間、少年が由紀奈と手の間に立った。
少年は、男に捕えられる。
そのまま、持ち上げられ、逆さまになった男の顔が近づく。
男は口を大きく開くと、牙のような歯で、少年の肩に噛みついた。
「うああああ!」
少年の悲鳴が響く。
「そんな!」
由紀奈は、どうすればいいのか分からずパニックになった。
「な、名前を……」
少年は苦悶の表情を浮かべながらも、男を見てそう呟く。
男は、噛みついた口を離すと、声を上げた。
イタベタ~ イタベタ~ イタベタアァァァ~~
男は少年を食べようと、大きく口を開いた。
その瞬間、一瞬の隙ができた。
少年は、その隙を見逃さなかった。
「今だ」
少年はポケットの中から、銀色のペンを取り出す。
刹那、ペンの表面に見たこともない奇妙な模様が浮かび上がる。
少年がペンを走らせると、宙に青白い炎が現れ、円が描かれた。
アアアァ!!
男は怒りの声を上げ、少年を離した。
少年は天井から落下し地面に着地すると、体勢を整え、円の中に見える男を睨んだ。
少年の赤い目が光る。
その目に何かが視える。
それは、男の『名前』だ。
「すべての災悪を、この光によって打ち消さん! お前の名は──」
少年は、ペンを走らせ、空中に文字を書いた。
サ カ サ オ ト コ
瞬間、逆さ男の動きがピタリと止まった。
身体を小刻みに震わす。
ア アア アアァァァアアァ
次の瞬間、逆さ男の身体にヒビが入り、光が漏れ出す。
そのまま、粉々になって消滅した。
「き、消えた……。倒したの……?」
由紀奈が戸惑いながら言う。
「ぐっ」
一方、少年は噛まれた肩を押さえ、よろけた。
「大丈夫??」
由紀奈はあわてて少年に駆け寄ろうとした。
だがそれよりも早く、少年はフラフラしながらも歩き出そうとした。
「あ、あの」
そんな少年に、由紀奈は戸惑う。
少年はわずかに、由紀奈たちのほうに顔をむけた。
その顔は、どこか悲しそうだった。
「友達のところに行ってあげて。彼は無事だから」
「彼?」
洋介のことだ。
「ううっ」
少年は、逆さ男に噛まれた肩を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。
「手当てしなきゃ!」
由紀奈はそう言うが、少年は首を横に振った。
「呪われた少年の名前を言ってしまうと、災悪に襲われる……」
「呪われた少年……」
由紀奈は、少年をじっと見つめた。
「もしかして、あなたが──」
少年は由紀奈たちを見た。
「だから、僕に関わっちゃいけないんだ」
「えっ」
その言葉に、由紀奈たちは戸惑う。
少年は、悲しそうな表情のまま、耳にイヤホンをつけた。
傷ついた肩を押さえながら、少年はひとり、その場から去って行った。
第2回へ続く
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