後ろで、洋介の悲鳴が響いた。
見ると、千夏はいるが、洋介がいない。
「洋介くん、どこ?」
見ると、廊下の角に何かが落ちている。
「あれは……」
千夏は、恐る恐る近づく。
「千夏ちゃん……」
由紀奈も怯えながら後に続き、角に落ちている物を見た。
それは、靴だ。
洋介が履いていたスポーツシューズが、片方だけ落ちていた。
「洋介くん!」
千夏は名前を呼びながら、角を曲がる。
「千夏ちゃん! だめ!!」
由紀奈は、焦って千夏を追う。
「えっ」
角を曲がると、千夏の姿が消えていた。
「そんな!」
何がどうなっているか分からないが、助けを呼ばなければ。
由紀奈がそう思ったとき、そばの病室の中で何かが動いた。
「千夏ちゃん??」
名前を呼ぶが、返事はない。
由紀奈は怯えながら、病室に近づく。
そして、ごくりと唾を吞み込むと、中を覗いた。
薄暗い病室の中に、千夏がいた。
だが、その身体はなぜか宙に浮いている。
「千夏……ちゃん?」
「助……けて」
由紀奈は、ゆっくりと顔を上げ、千夏の全身を見た。
千夏の身体を、大きな手が掴んでいる。
その手は蜘蛛のように異常に長細い。
天井に、不気味な男がいる。
男は、長細い手足を天井に這わせ、逆さまに張り付いていた。
「きゃああ!」
カサカサカサ
男は千夏を掴んだまま天井を移動し、由紀奈のほうに迫って来る。
「あ、ああ……」
あまりの恐怖に、由紀奈は動けない。
カサカサカサ
男はさらに迫り、由紀奈を捕まえようと手を伸ばした。
「危ない!」
瞬間、誰かが由紀奈の腕を掴み、引き寄せた。
イタベタ~
男は由紀奈を捕まえることができず、意味の分からない言葉を叫ぶ。
由紀奈を助けた人物は、そのまま千夏の腕も掴み、引っ張った。
男の手が離れ、千夏が床に落ちる。
「きゃ!」
「千夏ちゃん!!」
由紀奈は千夏に駆け寄り抱き締めながら、助けてくれた人物のほうを見る。
そこには、白い服を着た少年が立っていた。
左目が赤色のオッドアイ。
「あなたは」
道ですれ違った、少年だ。
少年は、天井に張り付く不気味な男を睨んだ。
そして、銀色のペンを天高く振り上げた。
だが、男は天井に張り付いたまま由紀奈たちに迫ってきた。
「くっ、これじゃあ確認する余裕がない!」
少年は、銀色のペンを降ろすと、由紀奈たちを見た。
「ひとまず逃げよう!」
「あ、あの」
「早く! このままじゃ捕まっちゃうぞ!」
由紀奈は逆さになった男を見つめる。
その口には、牙のような歯が生えている。
あの歯に噛まれたらただではすまない。
「千夏ちゃん、立って!」
由紀奈は、千夏を立たせると、少年とともにその場から逃げ出した。
●
「何なの、あの人??」
階段を駆け下りながら、由紀奈は前を走る少年に尋ねた。
「あれは『災悪』っていうんだ」
「災悪?」
少年は、階段を駆け下りながら、チラリと由紀奈たちのほうを見た。
「君たちの中の誰かが、『呪われた少年』の名前を言っちゃったんだ」
「それって」
由紀奈は口に出して言ってしまったのが、自分だと気づいた。
呪われた少年の話は、本当だったのだ。
「私のせいで、こんなことに……」
由紀奈は動揺する。
少年は、そんな由紀奈を見て、なぜか悲しそうな表情を浮かべた。
そのとき、千夏が小さな声を出した。
「ね、ねえ、何か、聞こえる」
由紀奈と少年はハッとすると、立ち止まり、耳を澄ました。
カサ カサ カサ
何かが動く音だ。
「来た!」
先ほどの男が、追いかけて来ているのだ。
「早く!」
少年は、あわてて階段を下りる。
由紀奈と千夏も一段飛ばしで駆け下りる。
カサ カサ カサ カサ
音はさらに大きくなっていく。
三人は1階に辿り着くが、入り口のドアまではまだ遠い。
「急いで!」
少年は二人にそう言った。
しかし、いちばん後ろにいた千夏が「きゃ」と声をあげた。
「どうしたの、千夏ちゃん??」
「あ、足が」
千夏が足を押さえている。
どうやら、階段を下りるときに挫いたようだ。
「大丈夫??」
「い、痛い。もう走れないよお」
「くっ、どこかに隠れないと」
少年は辺りを見回した。
すると、階段のそばにスペースがあり、ボロボロの棚が倒れるように置かれていた。
「あそこだ!」
少年は、千夏のそばに歩み寄る。
「僕に掴まって!」
「う、うん」
千夏は少年の肩を借りる。
少年は千夏を気遣いながら、棚のそばに向かう。
由紀奈も後に続き、三人は棚の陰に隠れた。
カサ カサ カサ カサ カサ カサ カサ
音がだんだん近づいてくる。
「千夏ちゃん……」
「由紀奈ちゃん……」
由紀奈は千夏と抱き合い、震えながら身を縮めた。
カサ カサ カサ カサ
階段のほうから音がする。