「これから、廃病院に肝試しに行こうと思ってるんだ」
「ええ?」
それを聞き、由紀奈は戸惑う。
由紀奈たちが住んでいる住宅地の外れに、10年以上前に潰れた病院がある。
そこには、幽霊が出るという噂があった。
「肝試しって」
由紀奈はたじろぐ。
廃病院の周りは木々が生い茂り、人通りも少ない。
今まで近づいたことさえなかった。
「ほらっ、僕って幽霊とか大好きだろ。さっき、廃病院に出るらしいって聞いたんだ。それで確かめてみたいって思って」
クラスの男の子たちを誘ったが、みな、怖がって来てくれなかったのだという。
「僕もちょっと怖いけど、本当に見られたら自慢できるよね」
「自慢って、そんなの」
由紀奈は「行かないほうがいい」と言おうとしたが、それよりも早く、千夏が手を挙げた。
「私たちも行ってみたいかも!」
「おお、いいね!」
「ちょっと、千夏ちゃん。てか、私たちって、私は行きたくないよ」
由紀奈は、呪われた少年の名前を言ってしまった。
そのせいで、呪われてしまったかもしれないのだ。
「ねえ、帰ろう」
由紀奈は一刻も早く家に帰りたい気持ちになった。
だが、千夏は首を横に振ると、顔を近づけてきた。
「大丈夫だって。幽霊なんてほんとにいるわけないよ。だけど、肝試しって面白そうでしょ」
千夏は、廃病院の中を探索することにワクワクしているようだ。
「さっき、呪われた少年の顔を見られなかったから見てみたいの。まあ、呪われた少年に何となく似てるだけの男の子だったと思うけど」
「それは……」
そうとは思えなかったが、由紀奈は上手く反論することができない。
千夏はニコニコしながら、そんな由紀奈の腕をガッチリと掴んだ。
「さ、行きましょ!」
「え、あ、ちょっと」
由紀奈は手を引っ張られ、半ば強引に廃病院に行くことになってしまった。
●
その頃。
ひとりの人物が、路地を歩いていた。
由紀奈たちがすれ違った、あの少年だ。
少年は耳にイヤホンをしている。
そのとき、持っていた銀色のペンが震えた。
立ち止まってペンを手の平に置くと、わずかに宙に浮いた。
ペンは、まるで意思を持っているかのように、手の上でゆっくりと回転する。
やがて動きが止まり、ペン先がある方向を指し示した。
「くっ」
それを見て、少年の表情が曇る。
しかしすぐに真剣な表情になった。
少年は、耳からイヤホンを外した。
そして、ペンが指し示す方向に歩き出した。
●
「こんなにボロボロになってたんだ」
由紀奈たちは、廃病院の入り口までやって来た。
由紀奈は今まで、こんなに近くでこの病院を見たことがなかった。
病院は三階建てで、入り口はガラスのドアだったが、半分以上が割れてしまっている。
あちこちにガラス片が落ちている。
時刻は、16時を少し過ぎている。
空はまだ明るい。
しかし、ドアの向こうに見える病院の中は薄暗かった。
由紀奈はそんな光景を見て、ブルッと身体を震わせた。
となりには、千夏がいる。
千夏は先ほどまで元気だったが、実際に目の前までやって来て怖気づいているようだ。
(今からでも帰ったほうがいいよね……)
由紀奈はそのことを言おうとした。
そのとき、洋介がガラス片に注意しながら、ドアに近づいた。
「二人とも、足元気をつけろよ」
洋介は、開いていたドアの隙間から、中に入る。
「あの、洋介くん」
「ほらっ、どうしたの? 早く」
「由紀奈ちゃん、私たちも行こ」
「えっと、私はここまででいいよ」
「そんなのだめだよ。ねえ、行こうってば、お願い」
「う、うん」
(私は、呪われた少年の名前を言っちゃったんだよ……)
由紀奈はますます怯えるが、千夏たちと一緒に中に入るしかなかった。
「中もボロボロだな」
廃病院の中。
由紀奈たちは、洋介を先頭に歩きながら、周りを見ていた。
薄暗く、あちこち物が散乱している。
棚や診察台などが、廊下に捨てられるように放置されていた。
埃も積もっていて、ジメッとした気持ちの悪い空気が肌にまとわりつく。
由紀奈たちは、ひとつひとつ病室を確認するかのように、幽霊を探して行った。
「この病室には……、いないか」
「こっちの病室にも……、いないみたいだね」
洋介と千夏は、病室の隅々までチェックしていく。
由紀奈は、そんな彼らを見守っていた。
1階には、幽霊はいないようだ。
由紀奈たちは、階段を上がり、2階へと行く。
しかし、2階の病室にも、幽霊などまったくいなかった。
一同は、3階も確認する。
だが、結果は同じだった。
「う~ん、いないみたいだねえ」
3階の病室もすべて見終わり、洋介が溜め息を漏らしながら言った。
「そりゃあまあ、いないよね」
千夏がほほ笑む。
廃病院の中に入って、30分ぐらいが過ぎていた。
3階の廊下の窓の外に広がる町並みは、先ほどより少しだけ薄暗くなっている。
「日が落ちる前に帰ろう」
由紀奈は二人にそう言う。
早くここから出たいと思ったのだ。
「そうだね。暗くなったら危ないもんね。あ~、面白かった」
由紀奈たちは、階段を下りようとした。
「ちょっと待って!」
突然、洋介が声を上げた。
「今、人がいた!」
洋介は、廊下の向こうの曲がり角を見ていた。
「人?」
「ああ、あの角からこっちを見てた。だけど」
洋介は由紀奈たちを見た。
「その人、天井に張り付いてた」
「えええ??」
「それって!」
天井に張り付く人間などいるはずがない。
由紀奈は千夏の手を掴んだ。
「逃げなきゃ!」
由紀奈は千夏の手を引っ張ると、走り出す。
呪われた少年の名前を言ったせいだ。
そのせいで、怪物が現れたのだ。
「嫌っ!」
由紀奈は千夏たちとともに、階段を駆け下りようとした。
そのとき──、
「うわああああ!」