
あれ? 千年前も今も、みんな悩んでいることって同じかも!?
悩んで、立ち止まって、前に進む――共感度100%の紫式部の平安ライフ!
2024年大河の主人公は、『源氏物語』の作者・紫式部!
紫式部が書くもう一つの名作『紫式部日記』が、つばさ文庫で楽しく読めちゃいます!
紫式部の視点で見る約千年前の平安ライフは、共感できるところがいっぱい。
共感度MAXの平安ライフはじまります!(全5回・毎週土曜日更新予定♪)
この小説は、『紫式部日記』を原作とし、『紫式部集』『源氏物語』などからも着想を得ながら、紫式部をとりまく、ひとつの物語としてまとめました。
紫式部の魅力を伝えたく、また読みやすさを重視したため、必ずしも原文に忠実な訳ではなかったり、省略したりしています。また、時系列にずれがあったり、史実と異なったりしている箇所がある点もご了承ください。
登場人物

シキブ(紫式部・むらさきしきぶ)
『源氏物語(げんじものがたり)』の作者。なやみ多き女子。

彰子(しょうし)
中宮という一条天皇のお后さまで、とってもかわいいお姫さま。内気な一面がある。

藤原道長(ふじわらのみちなが)
彰子さまのお父さま。絶対にかなえたい”ある野望”があって…?
これまでのお話
キラキラな宮中での生活は、私にはあわない!と思ったシキブだけど、
「彰子さまのとあること」が気になって…?
気になってること。それは……彰子さまについて、だった。
お会いしたのは、ほんの短いひとときだったし、どんな方なのかも、よくわかっていない。
でも、とてもさびしそうなお顔が、あれからずっと、頭からはなれずにいた。
彰子さまは、一条天皇のお后さまだよ。だれもがうらやむ、あこがれのお姫さまだよ。
お姫さまなら、かなわない夢なんてないだろうし、ほしいものはすべて手に入る。そう思うよね?
それなのに、なぜ、あんなにさびしそうなのか。
――その「理由」に、心あたりがないわけではなかった。
「彰子さまかぁ。……おかわいそうだよな」
翌朝、弟の惟規に「彰子さま、どうしてる?」とさぐりを入れてみたところ、大きなため息をつきながら話しはじめた。ちなみに、お父さんに聞かなかったのは、「気になるなら自分で宮中にもどって確認しろーっ!」って、お説教されるに決まってるから……じゃないからね。ほ、ほんとよ、ほんとだってば(汗)。
「おかわいそう、って?」
「お姉ちゃんも知ってるだろ? 一条天皇には、彰子さまとご結婚するずっと前から、定子さまというお后さまがいらしたの」
「……うん」
もちろん、知っている。
定子さまは、美しくて、明るくて、頭の良い、しっかり者のお姫さまだった。
そんな定子さまのことが、一条天皇は大好きでいらした。
ふたりは、とても仲良しで、お似合いのカップル。定子さまのお部屋からは、一条天皇の吹く横笛の音や、楽しそうな笑い声が毎日たえなかった。
……でもね。
定子さまは、お亡くなりになってしまったの……。
「あれからもう何年もたつけど、一条天皇は、いまでも定子さまのことを、いちずに思いつづけてるらしいよ。だから、彰子さまのお部屋にいらっしゃることも、ほとんどないみたい」
やっぱり……。
彰子さまが、さびしそうに見えたのは、そのせいだったんだ。
彰子さまも、一条天皇の深いかなしみを、理解していらっしゃるのだと思う。
定子さまに、引け目を感じてしまって。
だからこそ、なにも言えないんだろう。
本音は、すごくすごくすごく、おさびしいはずなのに……。
彰子さまのお気持ちを想像しただけで、胸が、きゅっ……と痛くなる。
弟も、気の毒そうに顔をしかめて、話をつづける。
「この状況にさ、道長さまは、かなりヤキモキしていらっしゃるみたい。いつまでたっても、彰子さまと一条天皇が、仲良くならないことに」
そう。しんどいお立場の彰子さまを、さらに追いつめちゃってるのが、彰子さまのお父さんである、道長さま、なんだよねえ……。
道長さまには「野望」がある。いまでも十分、権力をにぎってるんだけど、もっともっと上を目ざしていらっしゃる。そのために、彰子さまを一条天皇のお后さまにしたし、おふたりの赤ちゃんが生まれることを、だれよりも強く望んでるの。
だって、その赤ちゃんは、いずれ天皇になるかもしれない存在。
天皇のおじいちゃんになれば、そりゃあもう、無敵! 最強! こわいものなしだよ!
道長さまの地位をねらう、ライバルたちなんか、虫けらのように蹴ちらせちゃう。
「彰子さまは、道長さまの野望は、知っていらっしゃるよね。『もっと仲良くなって、赤ちゃんを産みなさい』とか、うるさく言われちゃってるよね。でも、彰子さまのほうから、一条天皇と心のキョリを縮めるのは難しすぎる。うーん……」
わたしは、彰子さまの、なやましすぎるお立場を思って、目を伏せた。
すると、
「……お姉ちゃんのせいでもあるんだからね」
「へっ?」
高貴な方々をとりまく話をしているのに、なんで「わたしのせい」になるの!?
「彰子さまのもとに、世間で話題の人がお仕えすれば、一条天皇も興味をお持ちになるんじゃないか? ……っていうのが、道長さまの、作戦でいらしたと思うよ」
「それで、わたしに声がかかったってこと……?」
「そうだよ! お姉ちゃんは、まさにいまが旬! あの『源氏物語』の作者が女房になった!! となれば話題沸騰だよ! しかも、お姉ちゃんは頭がいいから、彰子さまの勉強のお相手としてもうってつけ。ほんと、これ以上はない人選だったのにさー」
「う……」
「それが、まさか、たった一日で逃げだされるなんて。期待はずれも、いいところだったと思うよ」
「……え……ええっと、わたし、ちょっと用事思いだしたんで、失礼しまぁーす」
「ほら! そーやって、また逃げるー!」
はぁー……。
すたこらさっさと、自分の部屋へもどってきたわたしは、大きく息をついた。
まいったまいった。弟にまで責められちゃうとはね。
彰子さまは、本当にお気の毒だと思う。
でもね、わたしには、わたしの、大きななやみがあるのよ。
宮中には、もう二度と、一生かかわりたくないのよ。
彰子さまのことを忘れるためにも、『源氏物語』のつづきを書こう。
そう思って、文机に向かい筆をとった。
……だけど。
どうしても集中できない。いつもなら、ロマンチックなストーリーや、甘いセリフが、次々と浮かんでくるのに、一文字も書けない。
なんで!? どうして!?
あせる気持ちをしずめようと、わたしは目を閉じた。
すると、まぶたの内側に、あの白いウサギがまた現れた。
「シキブちゃん、ほんとに、このままでいいの? ほんとのほんとに、宮中にもどらなくていいの?」
って、声まで聞こえてくる。
そんなぁー! うったえかけるような表情で、わたしを見ないでよ。
宮中に、わたしの居場所が、あるわけないじゃない。
もどったところで、どうせまた、ほかのお仕え女子たちに、「頭がいいからって、お高く止まってるわ」とかなんとか言われちゃうんだ。
わたしは、ぎゅーっと、さらに強く目を閉じた。
すると、ウサギの姿が消えたかわりに、今度は、彰子さまのお顔が、浮かんだ。
彰子さまは、かなしそうに目を伏せていらっしゃる。
あまりにも大きなさびしさを、ひとりで、かかえこんでいる彰子さま。
だから、だれに対しても、かたく心を閉ざしてしまわれているのだと思う。
だれかに「助けて」を、言うことすらできないぐらいに。
でも……わたしにはどうすることもできないよ。
でも……。
でも……。
でも……!
わたしは、カタッと筆を置いた。そして、
「このままじゃ、よくない」
自分に言いきかせるように、小さくつぶやいた。
うん、よくない。
彰子さまにとっても。
そして、わたしにとっても。
わたしは、『源氏物語』のつづきを書きたい。
もっともっと、読みごたえのある面白い小説にしたい。
もっともっと、たくさんの人に読んでもらいたい。
そのために大切なこと、それは「取材」、実際に見聞きしなくちゃ。
宮中は、『源氏物語』のモデルになりそうな、キラキラ女子やイケイケ男子だらけ!
はっきり言って、ネタの宝庫!
想像のつばさを自由に広げて、小説を書くのは、もちろんとても楽しくて、ステキなことよ。
でもね、そこにさらに、ひと匙の「リアル」が、加わったら?
わたしの小説は、きっときっと「最強」になる……!
こうしてわたしは、重い腰をついに上げて、宮中にもどることにした。
季節はすでに、夏へと動きだしていた。
<第5回につづく>
次のお話
かなしそうな彰子さまのことが気になり、もう一度、宮中に戻ることにしたシキブ。
はたして、冷たかったお仕え女子たちとは、仲良くできるのか……?
次回更新は1月6日予定、楽しみにしていてね!
【書誌情報】
千年前も今も、みんな悩んでいることって同じかも!?
わたしシキブ。こっそり書いていた恋物語がエライ方の目にとまり、キラキラな宮中で働くことに!? 慣れない宮中に問題は山積みで…? 原稿ドロボー、ドキドキひみつのレッスン。悩んで、立ち止まって、前に進む――「源氏物語」の作者が書くもう一つの名作。