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【挑戦したいんだ。好きなものを「好き」って言いたいから――】
「おとなのルール」と戦うふたご、あかねとかえでの物語は、毎回ハラハラドキドキがいっぱい! しかも今回は、2人それぞれの「気になるヒト」との新・展・開が…!? 最新刊を、どこよりも早くためし読みしてね!(毎週月曜日更新・全3回)
【このお話は…】
「女の子らしくしなさい」「男らしくないぞ」
そんな声に、くるしさを感じていたふたごの、あかねとかえで。
両親のもとをはなれて、緑田小に転校してきてから、
「ありのままの自分」でいられるようになったし、友だちもできたけれど…?
今回のお話は、あかねの「トクベツな人」太陽が
病院に運ばれたという知らせを受けて――。
あの楽しかったクリスマスに、ムリをさせちゃったせい!?
いますぐ病院に走っていきたい、あかねだったけれど――。
1 やっといけた病室で
1月2日、3日、4日……。
うち――あかねは、じりじりと不安をつのらせながら、残りの冬休みをすごしていた。
元日に、久遠ちゃんから電話を受けてから、ずっと。
うちはスマホの画面を見ては、ため息をついてもどすのを、くりかえしてる。
うちの親友――太陽が、元日におうちでたおれて、病院に運ばれたらしい。
年末にうちが太陽に送信したメッセージは、既読にならないまま。
病気なのに、またメッセージを送るのもわるいよね……。
うちがずっとうかない顔でいるせいで、かえでやおばあちゃんのふんいきまで、暗くなってきたときだった。
やっと、久遠ちゃんから、メッセージがきたんだ。
あかねちゃん、ずっと連絡できなくてごめんなさい。
太陽、ちょっと熱も下がって、落ちついてきたようです。
でも、またいつ悪化するかわからないから、
今日の面会時間のうちに、会いにいったほうがいいかも。
「あーちゃん、すぐにいきましょう」
おばあちゃんの言葉にあまえて、うちは車にのりこんだんだ。
太陽、やっぱりそのままずっと、入院してるんだ……。
太陽に、最後に会ったのは、クリスマスの遊園地。
まぶたを閉じると、あの日の、楽しそうな太陽の笑顔がうかぶ。
……そして、ときどきかいま見せていた、ちょっとしんどそうな顔も。
「あーちゃん、あと少しで着くからね」
おばあちゃんの言葉で、やっと太陽に会えるんだって実感がわいてくる。
はやく、太陽の顔を見て、安心したいよ。
落ちついたっていっても、まだまだ本調子じゃないよね。
体を動かすのはもちろん、しゃべるのだってつらいかもしれない。
少し顔を見て、「早くよくなるといいね」って声をかけて、すぐに帰ろう。
でも、いつも気持ちをすなおに伝えてくれる太陽なら、「きてくれてうれしい」って、ほほえんでくれる気がするんだ――。
*
車を降りて、病院のエントランスにたどりつくと。
「あかねちゃん、こっちこっち!」
ゆるいウェーブのかかったボブカットの子――桃川久遠ちゃんが、早足でかけよってきた。
「久遠ちゃん、今日は私服なんだね」
「うん、今は入院してないから。太陽が運ばれてきた日は、たまたま病院に用があったの」
初めて会ったときは入院着だったから、なんだか私服が新鮮だな。
久遠ちゃんは、ロングスカートのすそを揺らしながら、慣れた足どりで、太陽の病室まで案内してくれる。
病室の前につくと、うちはコンコンと、とびらをノックする。
「はい……」
小さく、気だるそうな声がきこえてきた。
そっととびらを開けると、うす緑色のカーテンが、ベッドのまわりを囲んでいた。
30センチくらい開いていたカーテンのすきまから、中をのぞいてみる。
「太陽……?」
「その声…………もしかして、あかね……?」
かすかな物音とともに、声が返ってきた。
うちは、少しカーテンを開けて、顔を出す。
上体を起こした太陽の左腕は、点滴のチューブとつながっている。
うちを見た太陽は、まだ夢の中にいるのかと疑うみたいに、何度もまばたきする。
「うんっ、あかねだよ……!」
よかった、やっと会えた!
なにから話そう。
遊園地ぶりだね。急にきてごめん。こうして顔を見れてよかったって――。
「――どうしてあかねがここにいるんだ。ああ、久遠のしわざか……」
…………えっ?
ふだんの太陽と比べて、ずっと低い声。
具合がわるそうな太陽の表情は、うちを見てやわらかくなるどころか、ますます険しくなって――
うちのうしろに立つ久遠ちゃんに、冷たい視線をむけたんだ。
「久遠、どうしてあかねに言ったの?」
「え……だ、だって。太陽、あかねちゃんは親友なんだって、いつも言ってるよね。太陽の一大事なんだから、あかねちゃんに知らせないとって……」
なるほど。
だから久遠ちゃんは、一度会ったきりだったうちに、とつぜん電話をくれたのか。
「――俺はあかねに言ってほしくなかった。俺がそう考えてるってこと、久遠は知ってるよね」
えっ……!
「で、でも……」
たじろぐ久遠ちゃんに、怒りに満ちた声をはなつ太陽。
うちはつい、口をはさむ。
「ちょ、ちょっと待って太陽。『言ってほしくなかった』って、どうして? うちは、具合がわるいって、ちゃんと教えてほしかったよ?」
すると、太陽はちらりと、うちのほうを見た。
「……あかねには、俺の気持ち、伝わらないかもね。それはしかたない。でも、久遠なら、わかるはずなのにさ」
「……!」
太陽の冷たい声に、胸がズキッと痛む。
そりゃあ、久遠ちゃんのほうが、太陽といっしょにすごした時間は長いだろうし、なにより入院がちだっていう境遇も同じ。
だからって、うちにはわからないって言われたら……!
――太陽とは、趣味も気も合う。
サッカーの試合を見ながら通話したり、マンガをオススメし合ったり。
遊園地にいったり。
そんな楽しい思い出を重ねて、心の距離もすっかり縮まったと思っていたのに。
……うちは、一気につき放されたような気持ちになった。
つい、太陽から視線をそらして、久遠ちゃんのほうを見ると。
久遠ちゃんは、だまってうつむいてしまっていた。
久遠ちゃんはただ、うちや太陽のためを思って、行動してくれただけなのに。
こんなふうに責めるなんて、太陽こそ、久遠ちゃんの気持ちわかろうとしてないじゃん!
気づけばうちは、久遠ちゃんの腕にそっとふれていた。
「えっ、あかねちゃん……?」
おどろいて顔を上げた久遠ちゃんに、うちは安心させるようにほほえみかける。
「カノジョ」にこんな顔させるなんて。
太陽って、カノジョ相手だとけっこうワガママ言うんだね。知らなかったよ――ってイヤミくらい言ってやろう。
そう決めて、キッと太陽のほうを見る。
「太陽っ――……」
言いかけて、うちはハッと口の動きを止めた。
ベッドの上から、じっとこちらを見てる太陽の顔色は、よく見ると、強い口調や表情とはうらはらに、真っ青だ。
くちびるも、いつもより色がうすくて、かすかに震えている。
体がつらいのをガマンしながらしゃべったせいで、苦しいのかもしれない。
……太陽にとって、ムリをしてでも、伝えたかったことなんだ。
うちはくちびるをかんで、ぐっとこらえる。
「久遠ちゃん、もういこう。……太陽、とつぜんきて、ごめん。お大事にね」
「う、うん。太陽、ゆっくり休んでね……」
久遠ちゃんも、ひかえめにうなずいて、うちといっしょに病室の外に出る。
「……」
太陽は、なにもこたえなかった。
うちは、太陽とのあいだに壁を作るみたいに、スライド式のとびらを閉めきった。
2 太陽の「トクベツ」な人
太陽の病室を出て、うちらは売店のそばにある休憩所へむかった。
「あかねちゃん、ありがとう」
久遠ちゃんが、ぽつりと言う。
「えっ?」
「私、太陽をあんなふうに怒らせちゃったの、初めてで……。どうしたらいいのかわからなくて、固まっちゃった……。だから、あかねちゃんがつれだしてくれて、本当によかった」
うちとむかいあってすわっている久遠ちゃんは、途方にくれたような顔をしている。
「うちもビックリしたよ。太陽って、いつもおだやかなのに、あんな顔もするんだね……。っていうか太陽のやつ、久遠ちゃんに対して、ひどい言い方だったよね!?」
「ちょっと傷ついたけど……でも、ああ言われて考えてみたら、太陽が怒った理由、たしかにわかるなって……私、考えが足りなかったかも」
久遠ちゃんはまゆを下げつつ、太陽を思いやる。
久遠ちゃんが、病院の天井を見あげるようにして、言った。
「太陽って、ふだんは人当たりがよくて、まわりのみんなにやさしいでしょ。それってつまり、自分以外の人のことを、すごく気にかけてるってことだよね」
うちは、ふだんの太陽のことを思いうかべながら、うなずく。
「でも……きっと今の太陽には、そういう、まわりに気づかいをする心のエネルギーがなくて。イライラして、人にイヤな思いをさせたくないから、元気になるまでは、あかねちゃんに会うつもりがなかったんだと思うの」
……そうか。
うちは、太陽の言葉に、つき放されたように感じたけど。
太陽は、うちを大切にしたいって思ったからこそ、そうしたってこと……?
「太陽は、あかねちゃんに、楽しい冬休みをすごしてほしかったんだと思う。自分のことで、よけいな心配かけたりせずに。それなのに、私が知らせちゃったから……ごめんなさい」
「…………」
だれかに心配かけたくない気持ちは、うちにもわかるよ。
わかる……けど。
「うちは……イヤだな。たとえ、太陽がたおれたのを知らないでいたほうが、楽しく冬休みをすごせたとしても、さ。太陽が元気なときだけのつきあいって、なんかちがうと思うんだ! そんなの、さびしいよ!」
うちがそう返すと、久遠ちゃんの顔が、ちょっとうれしそうにほころぶ。
「あかねちゃんって、やっぱり、太陽の本当の友だちなんだね」
友だち……。
「そ、そうだと、いいんだけど」
「うんっ。太陽は私なんかとちがって、病院でできた友だちがたくさんいるけど。太陽のことを一番考えてくれてるのは、きっとあかねちゃんだと思う。なんだか、私までうれしくなっちゃうよ、ありがとうね」
「……あはは、おおげさだよ~」
そう茶化して、うちはへらっと笑顔を作る。
もちろん、そんなふうに言ってもらえて、うれしいんだけど。
久遠ちゃんが、うちと太陽の『友情』を確信してるのが伝わってきて……。
それが、ちょっとだけ、イヤで……。
いろんな気持ちが糸みたいにからまって、胸が、ぎゅーっとしめつけられる。
うちは、久遠ちゃんに見えないように、テーブルの下でぐっと両手をにぎった。
「ごめんね、ちょっと話がそれたけど。私も、あかねちゃんと同じ気持ちだったの」
「同じって?」
「2年生にあがったばかりのころだったかな? 太陽が、今みたいにひどく体調をくずしたことがあって。太陽はただの風邪だって言ったんだけど、本当は、重い肺炎だったの。完治したあと、数か月もたってから本当のことを知って、私、ショックだったんだ……」
「へえ、今回と似てるね……」
「うん……。そのとき私ね、『なんでかくしてたの』って、けっこう怒ったの。だから、太陽は今回、私にだけ教えてくれたんだと思う」
そっか……。
久遠ちゃんが太陽の「トクベツ」な存在になったのには、これまで2人がすごしてきた、いろんな経験があるからなんだ。
太陽といっしょにいった、クリスマスの遊園地で。
大きなツリーをながめながら、太陽は、
「今日のこと、たくさん久遠に話してあげられるよ」
って言っていた。
そのときの太陽の表情を思いだして、うちは、ちょっとだけ苦しくなる。
「……教えてくれてありがとう、久遠ちゃん。久遠ちゃんの話をきいて、うち、思ったよ。太陽の思いも、うちらの思いも、まちがってないって。どちらが正しいとか、そういうことじゃないんだね」
「うん……でも、太陽の気持ちを考えたら……」
久遠ちゃんのひとみは、不安げに揺れてる。
「でもさ。久遠ちゃんが知らせてくれなかったら、うちはずーっと、太陽から連絡こないなあってふしぎに思ってただけだったんだよ。うちは、それはイヤだ。だから、久遠ちゃんが連絡くれて、よかったよ。ありがとう」
「そっか……! あのときは、勢いにまかせて電話しちゃったけど、よかった。電話しながら泣いちゃったし……ビックリしたでしょ?」
「あー、まあね。ちょうど出かけてたときだったし」
「えっ!? そ、そうだよね、お正月だったもんね。新年早々、ごめんね……っ」
小動物みたいにあわてふためき、両手を合わせる久遠ちゃん。
その様子がなんだかおかしくって、かわいくって。
うちは、くすっと笑った。
久遠ちゃんって、どこか憎めないんだよね。
初めて会ったとき、いきなり太陽のカノジョって紹介されて正直ドキッとしたけど……。
でも、久遠ちゃんとも、友だちになれそうな気がする。
「ねえ、久遠ちゃん。うち、今からもう一回、太陽の病室にいって、謝ってこようかな?」
「えーと、今の時間は――……ダメだ、あかねちゃん。今日の面会時間が終わっちゃってる。とりあえず、メッセージだけ入れてみる?」
「んーでも、ケンカ別れみたいな去り方しちゃったし。ちゃんと会って話したいな」
「そうだね……じゃあ、また今度、お見舞いにきてあげて。私は、次の通院のときに、寄ってみるから」
そうして、今日は久遠ちゃんとここで解散することにした。
おばあちゃんは、病院の近くのスーパーで買いものしてるみたいで、そこで合流することになった。
うちは、後ろ髪を引かれる思いで、病院をあとにする。
……さっきの太陽の青ざめた顔を思いだすと、いろんな思いが頭をめぐる。
太陽への怒りは、すっかりうちの中から消えていた。
今、一番苦しいのは、太陽にちがいないから……。
太陽に、寄り添うことすらできなかった自分が、はがゆいよ。
でも……。
太陽はうちに、自分の体調について伝えるつもりが、ぜんぜんなかった。
そのことが、やっぱり悲しい。
育ってきた環境が、ぜんぜんちがうから……?
気持ちが、わかりっこないから……?
うちは、なにもしないほうが、むしろ太陽のためなのかな。
そのほうが、太陽にいやがられないのかな――って。
そんなふうに考えちゃう自分がいる。
……だって、太陽からあんな目でにらまれたこと、今までなかった。
前に、うちの『とりかえ』が原因で、太陽と仲たがいしちゃったことはあったけど……。
思いかえしてみると、あのときの太陽は、怒ってるっていうより、悲しそうだったんだ。
だから、あんなにも強く拒絶されたのは、初めてで……。
うち、ちゃんと、なかなおりできるかな?
久遠ちゃんと太陽のほうも……。
ううん、2人は「コイビト」同士だから、大丈夫なのかな?
そう考えて、また胸がズキンとする。
…………うちと太陽だって、なかなおりできるよね、きっと。
3 うちらが守った居場所
「あかね? あかねったら」
「ん~……なに、かえで?」
「そんなむすっとした顔で、みんなに会うわけ?」
「だって……だってさあ……太陽のやつったらさあ……っっ!!」
「はいはい、もう何十回もきいたよ」
うちが、腕をぶるぶる震わせてこぶしをにぎると、かえでは苦笑いをうかべた。
ときおりびゅうっと冷たい風が吹くけど、うちの体を震わせているのは、寒さじゃなくて、怒りなんだ。
――うちとかえでは今、肩をならべて通学路を歩いている。
冬休みが明けて、今日から新学期。
ひさびさの学校で、クラスのみんなに会える。
楽しみなはずなんだけど……。
うちは、太陽のことで、頭がいっぱいなんだよ……っ。
一昨日のこと。
そろそろ太陽に謝りにいけるかな? なんて、思っていたら。
久遠ちゃんから、電話がかかってきたんだ。
『あかねちゃん、えっと、太陽のことなんだけど……』
あきらかに声のトーンが暗い久遠ちゃんに、うちの心臓がドクンッとした。
「えっ……! もしかして、体調が悪化したとか?」
『ううん、体調は少しずつよくなってるみたいなんだけど……でも当分会えないみたいなの』
「えっ。ど、どうして!?」
『太陽がね、だれにも会いたくないって……。面会お断りだって看護師さんに言われて……』
それってつまり……、自分の意思で、うちに会うのを拒んでるってこと?
「そ、そっか……。久遠ちゃんは、太陽に会えた?」
『ううん、私もダメだったの』
「ええっ……!?」
それならと、うちはあらためてメッセージを送って、とつぜんお見舞いにいったことを謝ったんだけど。
なんと太陽は、未読スルー!!
久遠ちゃんのメッセージにも、そうなんだって。
でも、両親とはいつも通り、メッセージで連絡をとりあってるらしい。
久遠ちゃんと太陽は、家族ぐるみでつきあいがあるから、そういう情報がきけるんだって。
つまり。
太陽は、体調が原因で、スマホをさわれないわけじゃなくて。
うちらのメッセージに気づいていながら、あえてスルーしている……!!
「な、なんて子どもっぽいんだ――――――っ!!!」
うちは、思わずそうさけんでしまった。
だってうち、太陽を怒らせちゃった日から、ずーっとヤキモキしてたんだよ?
スタンプの1つくらい返すのが、オトナな対応じゃない?
それなのに……!
太陽ってじつは、うちが思ってたより、メンドクサイやつなのかも……!?
うちはともかく、久遠ちゃんなんてカノジョなのにさ。
腹が立つ! ……けど、太陽の体調のことは、まだまだ不安で……。
怒ればいいのか、心配すればいいのか……
心の中がぐちゃぐちゃだ。
……あーっ、太陽のバカやろ――――っ!!!
――と、そんな感じで、うちは今、むかむかモヤモヤ気分なんだ。
ガラッ!
学校に到着して、思わず乱暴に教室のとびらを開けると。
クラスの注目が、ぱっとうちらに集まる。
「あっ、あかねちゃんとかえでちゃん! あけましておめでとー!」
「双葉きょうだい、あけおめ!」
みんなは笑顔の花を咲かせて、うちらに声をかけてくれた。
「「!」」
わ。
その笑顔につられて、うちもかえでも、口もとがゆるむ。
「「あけましておめでとう、みんな!」」
返事した勢いのまま、みんなの輪の中に駆けこむ。
「わー、ひさしぶり、元気だった?」
「ねーねー2人とも、春葉の冬休みの話、すっごくおもしろいよ!」
「え、なになに?」
「えへへ、北陸のおばあちゃんちにいったときに、雪合戦の大会に出たんだよー」
「えーっ、そんな大会があるんだ!」
「すっごく楽しそう! うちも参加してみたいー!」
冬休みのあいだに「こんなことをした!」とか、「お年玉であれを買った!」とか、たまりまくった話題で、どんどん盛りあがっていく。
クラスメイトとおしゃべりしているうちに、うちのささくれだった心もほぐれていく。
「あっ、かえでちゃん、きてる! おはよう、かえでちゃん、見て見て!」
1人のクラスメイトが登校してくるなり、かえでに声をかける。
「おはよう。わあっ、髪型かわいい! あの動画のやつだよね?」
「そう! オススメを教えてくれてありがとね。冬休みのあいだに、がんばって練習したんだ! かえでちゃん、ほかにもオススメの動画ある?」
「そうだなあぼくが最近見てるのだと――」
「待って、私にも教えてー!」「あたしも」
1人、また1人と、かえでのまわりに人が集まってくる。
かえでは少しはずかしそうにしながらも、楽しげな様子だ。
「……なんか最近、髪型凝ってる女子が増えたよな」
かえでに話しかけた女子を見て、なにげなく真壁がつぶやく。
「あれ、そうなの?」
「おう、たぶん?」
「うん、絶対、増えてるよ!」
横からそう言ったのは、莉々乃ちゃんだ。
莉々乃ちゃん自身も、今日はかわいいヘアアレンジをしてる。
去年、かえでが教えてあげた結び方だね。
そのときはかなり苦戦していたけれど、すっかりマスターしたみたい!
「ふふ。だって、かえでちゃんが毎日かわいくしてくるんだもん。みんな、ヘアアレンジやってみたくなっちゃうよねー」
ほほえむ莉々乃ちゃんの視線は、クラスメイトの輪の中にいるかえでにむかっている。
「わかる。俺もさ、あかねが楽しそうにサッカーしてるの見ると、ついまざりたくなるしな!」
真壁が、うちのほうを見ながら笑う。
――みんなの表情は、うちらの居場所がこの輪の中にあるって、実感させてくれる。
ここが、うちらが冬休みをかけて守りぬいた場所。
この選択はまちがってなかったって、思わせてくれるんだ――。
*
体育館での始業式が終わって、クラスにもどると、少しの休憩時間になった。
すると自然に、いつものなかよし組――うちとかえで、鈴華ちゃん、凜ちゃん、藤司の5人で輪ができていた。
うちは、ちょうど近くにいた吉良くんと沢渡さんにも声をかける。
「みんな。年末は、協力してくれて本当にありがとう。みんなのおかげで、うちら、3学期も変わらず緑田小ですごせそうだよ」
あらためて、うちはぺこりと頭をさげた。
「よかったよかった!」と、沢渡さんが、ほっとしたようにこたえてくれる。
「あかねちゃんとかえでちゃんにとって、たいへんな冬休みだったわね……」
「うん……でもね、お正月に、うれしいこともあったんだ」
「そう! あのね、ぼくら初詣にいったんだけど。そこでね、辻堂先生に会ったんだ……!」
「「「えっ!」」」
みんなのおどろいた声がそろう。
それも当然だ。
辻堂先生は、12月に入る前からずっと、学校にきていないから……。
「辻堂先生……具合はどうなんだ?」
ずっとだまっていた吉良くんが、初めて口を開いた。
「んー……正直、前よりやせてて、顔色もあんまりよくなかったけど……」
「でも、西峰さんが――辻堂先生のことをだれよりも気にかけてる人の表情が明るかったから、きっと前よりよくなってきてるんだろうなって、感じたよ」
かえでの言葉に、みんなは少しほっとした顔になる。
「それにね。辻堂先生、『緑田小にもどりたい』って気持ちを、うちらに伝えてくれたんだ……!」
「まあ、それはうれしいわね!」
「おれも! 辻堂先生がもどってくる日が楽しみだ!」
みんなが口々に喜んだとき。
「――その話……本当? 辻堂先生が、『学校にもどりたい』って……」
輪の外から、おそるおそる話しかけられる。
ふりむくと……そこにいたのは、うちらの担任の左野先生だった。
つい口をはさんでしまったっていう感じ。
左野先生とは、『ホワイト革命』のころ、ちょっと気まずくなっちゃって。
それ以降、授業以外で気軽なおしゃべりとかは、あんまりしてなかったんだよね。
……でも。
左野先生は辻堂先生のことを、ずっと心配してた。
『ホワイト革命』の最後でも、先生たちの中で、一番に、うちらの味方をしてくれた。
辻堂先生が元気になることを望む気持ちは、きっとうちらと変わらないはずだ。
うちは、左野先生の目をまっすぐに見あげた。
「――はい。辻堂先生、笑顔でそう言っていました」
うちが、はっきりと答えると、左野先生のかたかった表情が、ちょっとだけほどけた。
「そうか……。あかねさん、教えてくれてありがとう。本当に、もどってきてくれるといいね」
「……でも、また同じことが起きたら……?」
重々しい声音でつぶやいたのは、吉良くん。
「「「……!」」」
そのとたん、みんなの顔がこわばる。
そういえば、『緑田小にもどりたい』っていう辻堂先生の意思をきいたとき、吉良くんだけ微妙な表情になった気がしたんだ。
……たしかに、吉良くんの言うとおりだ。
『ホワイト革命』以降、校長先生はなにごともなかったような顔をしてる。
でも、その本心は? 辻堂先生のことを、ますます目の敵にしているかもしれない……。
不安がうちらの中にうずまいたとき。
左野先生が、自分の胸に手をおいた。
「校長先生のことは、たぶんもう大丈夫だよ。それに万が一、また辻堂先生に同じことをしようとしたら……――今度は、僕やほかの先生方が、きみたちのように闘うから」
左野先生が、小さいけれど、しっかりした声で言って、うちらは小さく目を見ひらく。
それ、本当かな? なんて思っちゃうけど。
わざわざたずねる必要はなさそう。
左野先生は正直、ちょっぴりたよりないけど。
でも、左野先生のまっすぐなひとみからは、たしかな決意がうかがえる。
本当に、今の緑田小なら、辻堂先生が帰ってきても、大丈夫なのかもしれない……。
吉良くんをふくめ、みんなもそう感じたみたいだ。
左野先生を見つめるその表情が、変わっていたから。
左野先生に対して、ずっとこわばっていた気持ちも、ちょっとやわらげてもいいかも。
「……ああそうだ、話は変わるんだけど。秋倉さんとかえでさんの入っている、おえかきクラブだけど」
「「はいっ」」
かえでと凜ちゃんが、せなかをぴんと伸ばす。
「クラブ担当の先生が、今日の放課後に図工室に集まってほしいとおっしゃっていたよ」
ええっ、始業式の日から、いきなりクラブの集まり?
なんだろう?
凜ちゃんとかえでも、目を見あわせて、首をかしげていた。
4 おえかきクラブの新ミッション!
●
「急いで、かえでちゃん」
「まって凜ちゃん、廊下を走ると……」
「もうかえでちゃんったら、遅刻しちゃうよっ」
ぼく――かえでは、凜ちゃんといっしょに、小走りで図工室にむかっていた。
帰りの会が終わるのが、予定よりちょっとおそかったんだ。
おえかきクラブのみんなを、待たせちゃってるかもしれない。
図工室にたどりつくと、楽しげな話し声がもれきこえてくる。
よかった、まだ担当の先生はきてないみたいだ。
とびらを開けると、おえかきクラブのみんなが、
「「「凜ちゃん、かえでちゃん、明けましておめでとー!」」」
ぼくたちに明るく声をかけてくれた。
ぼくと凜ちゃんはぺこりとおじぎしつつ、「おめでとうございます!」って返す。
ぼくたち以外は全員そろっていて、新学期初日だし、ひさしぶりだからか、みんなテンションが高い。
ランドセルをすみに置いて、ぼくたちもみんなの輪に入る。
クラブ活動は4年生以上だから、ぼくと凜ちゃんが一番年下。
――そしてぼくは、8人いるおえかきクラブの中で、唯一の、そして初めての男子部員。
しかも、2学期の途中に入ったから、最初は不安でしかたなかった。
でも、先輩たちは「おえかきなかま」として、あたたかくぼくをむかえ入れてくれた。
凜ちゃんっていう友だちがすでにいたこともあって、案外、すんなりとなじめたんだ。
なごやかでにぎやかな、クラスとはまたちがった場所。
ぼくにとって、すっかり大切な居場所の1つになっている。
「ねえねえ2人とも。今、絵しりとりしてたんだ。2人もやらない?」
「へえ、楽しそうですねっ」
「順調ですか?」
「口で言うより、見せたほうが早い!」
と、先輩がぼくらの前に掲げた自由帳には。
「「お、おお……!?」」
あかねの絵心に勝るとも劣らない、ナゾの物体が大量発生していた……!
「テンポとノリ重視で描いてるんだー」
ふふ。先輩たち、ちょっとふざけて描いて、楽しんでるんだろうな。
ぼくと凜ちゃんはくすっと笑って、絵しりとりに加わった。
「凜ちゃんが描いたの、『クジラ』でまちがいないはず! よーし、次の絵を描いて……かえでちゃん、どうぞ!」
「えっ!? な、なんだろ、これ……あ、ラッコかなっ!」
答えあわせのターンになって、「ぜんぜんしりとりになってない!!」と、みんなで大笑いしていると。
「すまんすまん、おそくなった」
おえかきクラブの担当をしてる、ひょろっとしたおじさん先生がバタバタとやってきた。
ぼくら生徒が盛りあがっている様子をニコニコと見守っていてくれるし、先輩の軽口にものってくれる、親しみやすい先生だ。
「せんせー、どうしておえかきクラブだけ集まりがあるんですかー?」
「正式なクラブ活動は来週だろう? それより早く、きみらに相談したいことがあったんだ」
ぼくらに相談? なんだろう……。
先輩たちもざわついている。
「じつは、学校として、地域への貢献活動をする話が持ちあがっていてね。学校のそばにある歩道橋の側面に、ペイントを――つまり絵を描くという案でまとまってな」
歩道橋に、絵を描くって……???
「あー、たしか3年前は、学校のみんなで公園に花を植えたねえ。そんな感じですか?」
「そうそう、それの延長線みたいなもんだ。それでだな、今回の絵を『おえかきクラブの生徒にまかせたらどうか』という意見が挙がっているんだ」
「「えっ?」」
ぼくと凜ちゃんは、思わず顔を見あわせる。
つまり、ぼくらで――おえかきクラブのみんなで、歩道橋におえかきできるってこと……!?
「どうかな? 休みの日に集まることにはなるんだが……」
ぼくの心は、すぐに決まった。
ぼくは――。
「「「やりたいです!!」」」
ぼくをふくめ、8人全員の声が、見事に重なった。
みんなが笑顔になって、うんうんっとうなずきあう。
「おお、やる気があって、おおいにけっこう。それじゃあ決まりだな。来週のクラブ活動の時間に、どんな絵を描くか、みんなで話し合おう」
「はーい!」と返事をして、今日はこれで終わりってことになった。
あっという間に決まったから、絵しりとりしてた時間のほうが長かったな。
「え~、めっちゃ楽しみなんだけど!」
「卒業前に、みんなの思い出になるね!」
6年生の先輩たちは、とくにはしゃいでる。
そっか。あと3か月もすれば、6年生はいなくなっちゃうんだ……。
「おえかきクラブのみんなで、おっきい作品が描けるの、絶対これが最後だもん。がんばって、ステキな作品にしたいよね」
「でも、私たちって、自由帳とか、大きくても模造紙サイズの絵しか描いたことがないよね。歩道橋って、どう絵を描けばいいの……!?」
「わ、たしかに。いつものおえかきと、なにもかもがちがうや……!」
こんな機会、めったにない。
しかも、歩道橋に描くってことは、描きなおしもきかないし。
気合いが入るからこそ、みんな、心配にもなるんだろう。
一口に『絵を描く』と言っても、なにに描くか、なにを描くか、どんなふうに描くか――と、選択肢は無限にある。
でも、卒業していく先輩たちにとって、いい思い出になるような絵にしたい……っと、むしゃぶるいしていたとき……
ん?
ふと、とびらから、だれかがこちらをのぞいていることに気づく。
ぼんやりと記憶に残ってる……たぶん、上級生の男子だ。
いつも、ちょっとユニークな服を着てるから、視界に入りやすいんだよね。
だれかに、用があるのかな?
様子をうかがっていると、ぱちっと視線がぶつかった。
ぼくが見てたことに気づかれて、ちょっぴり気まずかったけど、その人は目をそらすどころか、
「ねえ。きみが双葉かえでさん……だよね?」
やわらかくのびやかな声で、ぼくの名前を呼んだんだ――。
えっ、ぼく?
おえかきクラブにやってきた、ふしぎなムードの先輩。
かえでに会いに、わざわざやってきたんだって。
それはどうして…!?
この続きが読める、第2回をどうぞお楽しみに!(10月2日公開予定)