朝。山道を1台の車が走っていた。
運転席には中年の男性が、助手席には彼の妻である女性が乗っている。
そして後部座席には、赤いフードを被った少年が乗っていた。
フシギである。
フシギは山道を歩いている途中で、彼らの車に乗せてもらったのだ。
「へえ~、禁断の村ねえ」
「それにしても、村が〝2つ〟あるっていうのはどういうことなの?」
ふと、女性がフシギのほうを見てそうたずねる。
「それは……」
フシギは彼らに2つの村の説明を始めた。
「1つは迷い込んだ人々を襲う村で、もう1つはその村へ人々が行かないように忠告してくれる村なんだ。襲う村の名前は『杉沢村』、忠告してくれる村の名前は『杉本村』。杉沢村の連中は、迷った人たちを襲うと、どこかへ連れ去ってしまうんだ」
「うそでしょ……」
「うそじゃない」
フシギは淡々と話を続ける。
「あの村は昔、村人が皆殺しにされた村なんだ。殺された村人たちの怨霊がそこに溜(た)まり、村に迷い込んでしまった人たちを襲う。怨霊はあの村から出ることはできない。だから村へ迷い込んでしまった人たちも出られないようにしてしまうんだ」
「そんな……」
女性が怖がっていると、代わりに男性が口を開いた。
「でもわき道に入って最初にたどり着く村っていうのは、その杉本村のほうなんだよね?」
男性の言葉に、フシギは「そうだよ」と答えた。
「そこは老人ばかりが住んでいる小さな村で、魔(ま)よけの人形や、杉沢村の怨霊を鎮(しず)める呪文が家の壁や塀に書かれているのが特徴(とくちょう)なんだ。それに、杉沢村の村人たちに襲われてしまった人々の衣類も保管しているらしい。連れ去られた人をあわれだと感じて、服だけでも供養しようと思ってるんだろう」
「じゃあ、杉本村の人たちはみんないい人たちなのね」
「ああ、彼らの忠告さえ聞いていれば無事に帰ることができる」
フシギがそう言うと、男性が首をかしげた。
「だけど、キミは今から『杉沢村』のほうに行こうとしているんだよね? そんなところに行って大丈夫なのかい?」
その言葉を聞き、フシギはふと、窓の外を眺(なが)めた。
「あの村の連中は、『夜』しか襲ってこないんだ。だから日が昇(のぼ)っている間は何の危険もない。ただし、2つの村への道は夜しか開かれないから、昼間はめったに村は見つからない。実際、昨日行った時には、村を見つけられなかった」
「じゃあ、今日も見つからないかもしれないのね」
「まあね」
「だけど、なぜそんな村へわざわざ行くんだい?」
「ある物を回収するためだ」
「ある物?」
「それは、キミたちには関係ないことだ––」
そう答えるフシギの手には、真っ赤な手帳が握(にぎ)られていた。
これから杉沢村へ行き、村のどこかに刻まれているであろう奇妙なマークを回収しようと思っていたのだ。
「それにしても、なんだか怖い話ねえ」
女性は自分で自分を抱(だ)きしめるようなそぶりをした。
しばらくして。わき道の入り口まで着くと、フシギは車を降りた。
「本当にここでいいの?」
「ああ、送ってくれてありがとう」
フシギはわき道を歩き始めようとした。
「あっ」
ふと、女性が声をあげた。
「そう言えば、私もひとつ怖い話を聞いたことあるわ」
「どういう話?」
「知り合いがね、遠くの町に住んでいる友達から聞いた話らしいんだけど、その町では、目も鼻も口もない人間がよく目撃(もくげき)されているんですって」
「えっ!」
フシギは女性のそばに駆け寄ると、じっと見つめた。
「それはどこの町なんだ‼」
今まで冷静だったフシギが急に大きな声を出し、夫婦は驚く。
そんな夫婦をよそに、フシギは真剣な表情を浮かべていた。
「やっと見つけた……」
フシギは真っ赤な手帳を強くにぎりしめる。
●
フシギはわき道を歩いていた。
すると、道路の横に生い茂る草木の一角に、車が通ったタイヤの痕(あと)がくっきりと残っているのが見えた。
車は草むらの中をまっすぐ走っていったようだ。
「ここか……」
昨日忠告した家族の車か、とフシギは思う。
しかし、それで彼が大きく表情を変えることはなかった。
「ここの回収が終われば、その次は……」
フシギはそうつぶやくと、はやる気持ちを抑(おさ)え、ひとり草むらの中を歩いていくのだった。
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