村へ到着(とうちゃく)すると、いやがる真由と美奈子を車の中に残し、正文と和也が外へと出た。
木造の古い家が10軒(けん)ほど建っている小さな村。
シンと静まり返り、人の姿はない。
家の前にはボロボロの自転車や錆(さ)びた軽トラックが停まっていて、誰かが住んでいることだけは確かだった。
奇妙(きみょう)なことに、まだ夕方なのにどの家の雨戸もなぜかすべて閉まっている。
「なんか変だよね?」
「ああ、変だよこの村……」
和也も正文も心なしか声が震(ふる)えている。
空はますます暗くなってきて、太陽は完全に雲に隠(かく)れてしまっていた。
「おやおや、どうしたんですか?」
突然、後ろから声がした。
正文たちがハッとしてふり返り、車の中にいる真由たちもふり返った。
そこにはひとりの老婆(ろうば)が立っていた。
顔はしわだらけで、目はそのしわに埋(う)もれて細い線のようになっている。
なんだか、少しユーモラスに見える。
真由は田舎のおばあちゃんを思い出した。
そんな老婆がじっと真由たちのほうを見つめていた。
「あ、あの、ちょっと道に迷いまして」
正文が一歩前に出て、老婆にそう説明する。
「道に? あ~、わき道を走ってきたんですな。フォッフォッフォ」
老婆は人懐(ひとなつ)っこく笑いながら、正文たちの前に近づいてくる。
真由と美奈子も気になり、不安を感じていたものの車から降りると、正文たちのそばへと歩み寄った。
「来た道をそのまま戻りなさい。そうすれば元の大きな山道まで戻れますから。ただし、あまりスピードは出さないことです。スピードを出すと、違(ちが)う道に行ってしまいますよ……」
正文は「違う道?」と思わず聞き返した。
「でもわき道は一本道でしたよ」
しかし、老婆は何も答えず優しげな笑みを浮かべていた。
真由は来た道を思い返す。
道はずっと木々が茂り同じような景色が続いていただけだった。
どこかで見落とした分かれ道があったのだろうか?
真由がそんなことを考えていると、ふと、和也が背中をわずかに叩(たた)いて合図してきた。
「おい、あれ……」
和也は少し離れた場所に建っている家のほうに、あごを向ける。
「どうかしたの?」
真由がたずねると、和也はその家のドアを指さした。
「あのドア、ちょっと開いているだろう?」
「うん……」
「そこから見える玄関(げんかん)の中をようく見てみろ」
「玄関の中?」
真由は目を凝(こ)らしてみた。
日が落ち、薄暗くなっているが、まだ景色は見ることができた。
ドアは少しだけ開いている。
真由はそのすき間から見える玄関のところに、クシャクシャの服が山積みに置かれていることに気付いた。
「服、だよね? ……洗濯物(せんたくもの)を取り込んだのかな?」
「違う。ちゃんと見ろ!」
小声で和也にそう言われ、真由はさらに目を凝らして山積みになった服を見つめてみた。
「あっ!」
次の瞬間、真由はハッとした。
山積みになった服は玄関の明かりに照らされている。
その服が、なんと、すべて真っ赤に染まっていたのだ。
「もしかしてあれって!」
「ああ、血だよ! 血‼」
和也の言葉に真由は思わず目を大きく見開いた。
「おやおや、見てしまったんだねえ」
老婆がいつの間にか真由と和也のほうを見ている。
「見てしまったのならしょうがない––」
老婆はしわだらけの顔をけわしくして、真由たちに近づいてきた。
「嫌ッ! 来ないで‼」
真由はあわてて車のほうへと逃げた。
「父さん! 母さん! 逃げろ‼」
和也も叫(さけ)ぶと、車へと走る。
「真由! 和也‼」
正文と美奈子も異変を感じ、急いで車へと戻った。
車へと戻ってきた真由はドアを開けて中へ入ろうとする。
だがそのとき、人の気配を感じた。
見ると、建物の陰から大勢の老人たちが姿を現していた。
「きゃあああ!!」
「真由!」
他の家族も車へと戻ってくる。
正文はドアを開けると、すぐに運転席に入った。
「みんな、早く乗れ!」
「うん‼」
正文は全員が車に乗ったのを確認すると、車を発進させようとした。
ガンガンガン!
すると、老人たちが車の周りに集まり、ドアを叩き始めた。
「やめて‼」
「くそっ!」
老人たちは窓やボンネットも叩き出す。
「お父さん、早く‼」
「ああ! どけえっ!」
正文はクラクションを何度も鳴らし、老人たちを強引にどかすと、猛(もう)スピードでその場から脱出(だっしゅつ)した。
「な、何なのよ……」
猛スピードで車が走るなか、真由は怖さのあまり目に涙を浮かべていた。
あのまま村にいたら、きっとあの老人たちに捕(つか)まっていた。
捕まったら、殺される。
真由はブルブルと震えながら、ふと、窓の外に見える建物を見つめた。
すると、来た時には気付かなかったあるものが目に留まった。
「あれって……」
それは、家の壁に打ち付けられている無数の人形である。
首が取れたものや、真っ黒に焼けているもの、真っ赤になっているものなど、数え切れないほどの人形が建物の壁に釘(くぎ)で打ち付けられていたのだ。
さらに、家の壁や塀(へい)の至るところに、「呪(のろい)」や「封(ふう)」といった不気味な大きな文字が、真っ赤なペンキのようなもので書かれていた。
「何なの、この村……」
真由たちは村の異常さに気付き、思わずゾッとする。
車は一度もスピードを緩(ゆる)めることなく、降りてきた坂を登ると、そのまま細い道を走り続けた。
わき道を走り続けて、10分ほどが過ぎた。
辺りはいつの間にか暗くなっている。
真由たちはようやく落ち着きを取り戻したが、ふと、不思議なことに気付いた。
どれだけ走っても、全然トンネルが見えてこないのだ。
「来たときは、トンネルを出て2、3分で坂があったわよね?」
「ああ、そうだったよな」
カーナビやスマホが使えなくてパニックになっていたが、坂はトンネルを出てすぐのところにあったはずなのだ。
「それなのにどうして……」
そのとき、真由は先ほど老婆が言った言葉を思い出した。
『スピードを出すと、違う道に行ってしまいますよ––』
「もしかして!」
真由が叫ぶと、正文も老婆が言った言葉を思い出したようで、思わずハッとした。
「違う道を走っているっていうのか? そんな……」
車が走っているのはまっすぐに延びた細い一本道である。
「間違(まちが)えるわけないよね?」
「ええ、そんなことありえないわ……」
和也も美奈子も違う道を走っているなどとは思えないようだった。
しかし、車はいつまで走っても、トンネルにたどり着かない。
「お父さん、どうするの⁇」
真由はだんだん怖くなってきた。
せっかく禁断の村から逃(に)げられたのに、山道に出られないのだ。
すると、正文が声をあげた。
「おい、あれを見ろ!」
見ると、前方に村が見えた。
先ほどの村とは違い、新しそうな建物もいくつかあり、人々の姿も見える。
ふもとの町ではなかったが、不気味な感じはなさそうだった。
「良かった! 近くの村に着いたんだ!」
「ああ、この村は大丈夫そうだな!」
車は村の中を走る。
建物も人々もみな、ごく普通の様子だった。
真由たちはそんな村を見て思わずホッとする。
「よし、どう行けば元の山道に戻れるのか村の人に聞いてみよう」
正文はそう言ってそばに見えた商店の前に車を停めると、店の主人に話しかけた。
「ほう、それは危険な目にあったねえ」
人の良さそうな50歳(さい)ぐらいの店の主人は、真由たちの話を聞き同情したようだ。
「しかしそんな村が近くにあったとは恐(おそ)ろしい……。他の住民にも注意するように言わなきゃ。あとで場所を教えてもらえるかい?」
「は、はい……。でもすぐ近くの村ですし、てっきり知ってるかと思いました」
真由が恐る恐るたずねると、店の主人は「ハッハッハ」と笑った。
「まあ、我々はこの村からめったに出ないからね」
「えっ……」
「とりあえず、お巡(まわ)りさんを呼んでくるから詳しい話を教えてくれるかい?」
主人はそう言って真由たちを店の中へと招くと、そこで待っているようにと告げ、お巡りさんを呼びに行った。
「はあ~、ほんと、とんでもない目にあっちゃったね」
クーラーのきいた涼(すず)しい店内に入ると、真由は少しホッとした。
「あの少年は本当のことを言ってたんだね」
和也の言葉に一同は大きくうなずく。
「だから山道に戻ろうって言ったのに」
「ごめん、ごめん。まあ助かったから良かったじゃないか」
「良くないよっ」
反省の色がない正文をにらみつつ、真由と美奈子は店の中にあるイスに座った。
「でもさ、さっきの人が言ってた『この村からめったに出ない』ってどういうことなんだろうね」
「村になんでもあるから、出かける必要がないってことなんじゃない?」
「えー、そうかな? 何もなさそうだけど」
「たしかに、そう言われればそうねえ……」
美奈子は思わず首をかしげた。
そのとき、真由はふと、店の入り口に設置されている公衆電話の台のところに、1冊のノートが置かれていることに気付いた。
「どうしてこんなところにノートなんか?」
ノートは、電話とそれを設置してある台のすき間に隠されるように置かれている。
真由はそのノートを何気なく手に取った。
それは、ボロボロになったノートで、かなり古い物のようだ。
「何が書いてあるんだ?」
「さあ?」
真由は正文たちのそばへ戻り、一緒にそのノートを見ることにした。
× × × × ×
誰も知らない呪われた村がある。
危険だから近づいてはいけない。
でも、気をつけようにもその村の名前も場所も誰にも分からない。
なぜなら、その村に入った人間は誰ひとり帰って来ていないから。
一緒に来た友達はみんないなくなってしまった。
残つているのは、もう私だけ。
この日記を見た人は今すぐ逃げて。その村の名は
× × × × ×
「何なのこれ⁇」
ノートにはまだ続きがあるらしい。
真由は首をかしげながらも、次のページをめくってみた。
すると次のページには––、
杉沢村!!
と、書かれていた。
まるで書いた人間が恐怖に支配されていたかのような不気味な文字。
そんな文字を見て、和也がふと口を開いた。
「さっきの、あの村のことじゃないのか?」
草木に隠れてちゃんと見えなかったが、先ほどの村の入り口にあった看板には、「杉」という文字が書かれていた。
「じゃあ、このノートはあの村で怖い目にあった人が書いたってこと?」
「ああ、多分」
「だけど、どうしてそれがこんなところに?」
真由はなぜノートが公衆電話の台のすき間に隠すように置かれていたのか疑問に思った。
「そんなものを書き残していたなんてね」
突然、声が響(ひび)いた。
真由たちがその声がしたほうを見ると、そこには店の主人が立っていた。
「まったく、余計なことを」
主人はそう言うと、真由たちをにらむように見つめた。
その後ろには、大勢の村の人たちが立っている。
半数は火のついた松明を持ち、もう半数は別のものを持っていた。
それは、真っ赤な血で染まった鎌(かま)である。
「えっ……」
それを見て真由は思わず驚く。
同時に、村の人たちの後ろに立っている看板が目に留まる。
松明の明かりに照らされたそこには、『ようこそ、杉沢村へ!』と書かれていた。
「杉沢村って……」
真由のつぶやきがもれると、主人がにやりと笑った。
「もちろん、この村の名前だよ」
「ようこそ、杉沢村へ––」
店の主人と村人たちはそう言うと、鎌を大きくふり上げ、真由たちに近づいてくるのだった。