翌日。
美里は学校へと向かいながら、昨日、男の子に言われたことを思い出していた。
『2つのまじないを混ぜた者は、必ず不幸な目に遭ってしまう––』
(不幸な目ってなんだろう。なんだか怖い……)
あの後、佳代は単に男の子が怖がらせようとしただけと言っていたが、美里にはどうしてもそう思えなかった。
あの男の子の目は真剣だった。とても噓をついているようには思えなかったのだ。
(だけど、どうしておまじないのことあんなに詳(くわ)しかったんだろう……)
男の子が何者なのか分からない。
しかし、美里や佳代よりずっと2つのまじないのことを知っているようだったのだ。
美里はそんなことを思いながら、メガネ看板の交差点までやってきた。
交差点の端には信号待ちをしている山下の姿がある。
山下は美里の姿を見つけると、ニッコリと微笑んだ。
「山下先輩!」
美里は不安を忘れたい一心で、笑みを浮かべて山下のもとへと駆け寄った。
ブゥゥーン、ブゥゥーン。
突然、鞄の中に入れてあったスマホのバイブが震えた。
「朝から誰だろう?」
美里は立ち止まり、ふと鞄の中からスマホを取り出す。
見ると、メッセージが届いていた。
しかし、差出人の欄(らん)には何も書かれていなかった。
「なにこれ?」
美里は不思議に思いながらもメッセージを見てみる。
すると––、
『θ#&※$♂?;∬☆♯※#&※$◇¥#&※』
メッセージには意味不明な文字でそう書かれていた。
「な、なんなの……⁇」
美里は不気味に思った。
「どうした?」
そんな美里に山下が声をかける。
「こ、これを見て下さい」
美里はおびえながら、スマホを山下に見せようとした。
そのとき、メッセージにイラストが送られてきた。
血だらけのドクロのイラスト––。
それが連続で何個も送られてくる。
「きゃああああ‼」
美里はあまりの恐(おそ)ろしさに思わず悲鳴をあげた。
「谷口!」
山下は美里がスマホを見て怖がっていることに気付き、あわてて画面を見た。
しかし、山下は首をかしげてしまう。
「谷口、キミは何を見て怖がってるんだ?」
「えっ?」
美里がスマホを見てみると、画面には何も表示されていなかったのだ。
「そんな……」
美里はスマホを操作して中身を確認するが、先ほどのメッセージとイラストはどこにもなかった。
「どうして……?」
わけが分からない。
美里はただぼう然と、その場に立ち尽(つ)くしていた。
放課後。
学校が終わると、美里は部活を休み、すぐに佳代の家へと向かった。
朝届いたメッセージのことで佳代に相談しようと思ったのだ。
何かがおかしい……。
事情を知らない山下や七海に相談しても多分分かってもらえない。
(頼(たよ)れるのは、佳代お姉ちゃんしかいない!)
美里は佳代の家にたどり着くと、インターフォンを押した。
「はい、どちらさまですか?」
インターフォンから佳代の母親の声が聞こえてくる。
「あの、美里です。佳代お姉ちゃんいますか?」
佳代は部活をしていないので、もう学校から帰ってきているはずだ。
だが、佳代の母親は「ごめんなさいねえ、美里ちゃん」と言った。
「佳代ね、急に体調が悪くなって朝からずっと寝込(ねこ)んでいるのよ」
「えっ?」
「お医者さんにも診(み)てもらったんだけど、原因がよく分からないみたいで。今は寝ているから、元気になったら連絡(れんらく)させるわね」
母親はそう言うと、一方的にインターフォンを切ってしまった。
(体調が悪くなった? それも原因がよく分からないって……)
どうして? 佳代は昨日は元気だった。
(もしかして、私が2つのおまじないを混ぜちゃったせいなの⁇)
美里は急に恐ろしさを感じた。
ブゥゥーン、ブゥゥーン。
突然、スマホのバイブが震(ふる)えた。
見ると、画面に『非通知設定』と表示されている。
誰かが電話をかけてきたようだ。
「けど、一体誰から?」
美里の知り合いに、番号が表示されない非通知で電話をかけてくる人物などいなかった。
しかしこのまま電話に出ないわけにもいかず、とりあえず出てみることにした。
「もしもし……」
「ア……アア……ア……ア……」
電話の向こうから、不気味なうめき声が聞こえる。
七海でも佳代でもない。まったく知らない女の声だ。
「も、もしもし⁇」
美里は怖いと思いながらも、もう一度声をかけた。
「ア……アアア……ア……、ユ……ルサ……ナ……イ」
「えっ!」
瞬間、電話はプツリと切れた。
「な、なんなの……⁇」
美里は意味が分からず、思わずスマホから耳を離(はな)した。
するとまたスマホのバイブが震えた。
どうやらメールが1通届いたようだ。
しかも、美里が何もしていないにもかかわらず、メールは勝手に画面に表示された。
「どうして⁇」
美里は思わずその画面を見る。
そこには、件名も本文も書かれておらず、写真だけが表示されていた。
その写真には、髪の長い不気味な女が写っている。
女はうらめしそうな目つきで、カメラをじっと見つめていた。
しかもひとりではない。
女の後ろでは、同じような姿をした何人もの不気味な女が、カメラのほうをうらめしそうににらんでいたのだ。
「きゃああああ‼」
美里はあまりの怖さに写真から目をそらそうとした。
だがそのとき、美里は女たちの後ろにあるものを見つけた。
それは、大きなメガネの絵が描かれた看板である。
女たちはその看板の前に立っていたのだ。
「これって!」
全身から血の気が引く。
女たちが写真を撮(と)った場所は、あのメガネ看板の交差点なのだ。
「嫌っ!」
美里は逃(に)げるように自分の家へと走った。
美里の家は佳代の家から路地を2つ左に曲がった場所にある。
歩いて3分ぐらい。走れば1分で着く。
美里は必死に走り、1つ目の角を左に曲がり、そのまま2つ目の角も曲がろうとした。
すると、角のところにひとりの人物が立っていた。
「あっ!」
その人物を見て美里は思わず目を大きく見開く。
立っていたのは、写真に写っていたあの不気味な女だったのだ。
女は美里が来るのを待ちわびていたかのように、顔を隠(かく)す長い髪のすき間から、ジロリと目を向け、美里をにらむように見つめた。
「きゃあああ‼」
捕(つか)まったら大変なことになる。
直感的にそう感じた美里は、あわてて来た道を戻ろうとした。
だが、後ろの角のところにも、不気味な女が立っているのが見えた。
先ほどの女と同じように、髪のすき間からジロリと目を覗(のぞ)かせて美里を見ている。
女たちはじっと見つめながら徐々(じょじょ)に美里に近づいてきた。
「嫌……嫌……」
その瞬間、美里が手に持っていたスマホのバイブが震え、ボタンを押してもいないにもかかわらず、電話が繫(つな)がり、声が聞こえてくる。
「ア……アア……ア……ア……」
それはあの不気味な女の声だ。
「まさかこの声って……」
美里がハッとして前を見ると、不気味な女がこちらに迫(せま)りながら、口をわずかに動かしていた。
その口の動きに合わせ、スマホから不気味な女の声が聞こえてくる。
「ユルサナイ……ユルサナイ……ユルサナイ……」
許さないと言っていたのは、目の前にいる不気味な女だったのだ。
「きゃああああああ‼」
美里はスマホを投げ捨てると、女たちがいない大きな道路のほうへと走り出した。
時刻は夕方の5時過ぎ。
美里は走りながら誰かに助けを求めようと思った。
しかしなぜか道路には誰の姿もない。
「どうして⁇」
美里は走りながら必死に人の姿を探す。
普段なら学校帰りの生徒たちや買い物帰りの主婦たちが大勢いるはずなのだ。
それなのに誰も歩いていない。
「助けて! 助けて!」
美里は誰かいないか探しながら必死に走り続けた。
すると、前方に誰かが立っているのが見えた。
「いた!」
美里は全力で走り、その人物に駆け寄る。
「助けて下さい!」
美里は叫ぶようにそう言った。
だが次の瞬間、美里は思わずハッとした。
目の前に立っていたのは、あの不気味な女だったのだ。
「嫌あああああ!!!」
美里はあわてて逃げ出す。
とそのとき、道路の角から突然人影が姿を現し、美里の腕を掴(つか)んだ。
「きゃああ‼」
美里は不気味な女に掴まれたのだと思い、思わずその手を離そうとする。
「落ち着け!」
それは男の子の声だった。しかも聞き覚えがある声だ。
美里が顔をその声がしたほうへ向けると、そこには昨日会ったあの男の子が立っていた。
「助けて‼」
男の子が何者なのか分からない。
だが、助けを求められるのは彼しかいない。
美里は必死に男の子にしがみ付いた。
「やはりこうなってしまったか……」
男の子は冷静な態度で美里にそう言った。
「どういうこと?」
「このままじゃキミは、怨霊(おんりょう)にとり殺されてしまう」
「お、怨霊⁇」
美里は男の子が何を言ったのか分からなかった。
「とにかく、ここは危ない。こっちだ」
「あっ、ちょっと!」
美里は男の子に手を引っ張られ、路地裏のほうへと走っていった。
路地裏にやってきた美里は、男の子のほうを見た。
「ねえ、あの女たちはなんなの? 怨霊って言ってたけど……」
「ああ。あれは誰かがまじないを使って恋を成功させたせいで、逆に恋に破れてしまった女たちの怨霊だ」
「恋に破れた……」
たしかに、まじないを使えば恋が叶う。
だがその代わり、誰かがそのせいで恋に破れることになってしまう。
「キミが2つのまじないを混ぜたせいで、怨霊たちがこの世界に姿を現してしまった。あれは、キミのように恋を成功させた人間を憎んでる。捕まったら、キミの命はない」
「そんな……」
美里は自分がとんでもないことをしてしまったことにようやく気付いた。
「ねえ、どうすればいいの?」
男の子はなぜかまじないについて詳しい。
美里は彼なら何か知っているのではと思い、すがるような気持ちで助けを求めた。
すると、男の子は小さなため息をもらし、「仕方ないな」とつぶやいた。
「怨霊が出てくる前に用事をすませたかったのに」
「えっ?」
意味が分からず首をかしげる美里をよそに、男の子は怨霊を消す方法を説明し始めた。
「まじないを送ったスマホから自分あてにメールを送るんだ。『030』、霊去れという意味だ。そのメールを送れば、怨霊はすぐに消える」
男の子は「さあ、早くやれ」と美里に言った。
「う、うん、分かった!」
美里はあわててスマホを取り出そうとした。
しかしどこにもスマホがない。
「あっ!」
「どうした?」
「スマホ……、道路に捨てちゃった」
美里は先ほど不気味な女からかかってきた電話が怖くなって、スマホを投げ捨ててしまったことを思い出した。
「まったく、キミはどれだけ迷惑(めいわく)をかけるんだ」
「そんなこと言われても」
「すぐに取りに行くぞ。案内しろ!」
美里はうなずくと、男の子とともに路地裏から出ることにした。
大きな道路に出ると、美里たちはスマホを投げ捨てた場所を目指して走った。
しかし、走り出してすぐ、前方に大勢の人影が見えた。
不気味な女たちである。
10人、いや、20人はいる。
女たちはゾンビのようにフラフラと歩き、美里のもとへ向かってきた。
「あんなにいっぱい……」
「キミを捕まえるためにどんどん増えているんだ。早くしないと逃げることができなくなる」
美里は怖がりながらも道路を走り続けた。
走りながら、美里はふと、ある疑問を抱いた。
それは、なぜ自分たちと不気味な女以外、他に誰も道路を歩いていないのかということである。
「どうして他のみんなはいないの?」
美里は前を走る男の子にたずねた。
「怨霊のせいだ。怨霊はキミだけを狙(ねら)っている。そのために邪魔(じゃま)になる人間たちをキミから遠ざけているんだ」
「もしかして、佳代お姉ちゃんが寝込んじゃったのも」
「ああ、キミをひとりにするためだ。助けを求められないように」
男の子は淡々(たんたん)とそう答えた。
「だけど」
美里はふと、新しい疑問を抱いた。
「どうしてあなただけ、ここにいられるの⁇」
怨霊は美里以外の人間をみな遠ざけたはずなのだ。
それなのに、男の子は美里のそばにいる。
すると、彼は顔をわずかに動かし、目だけを美里のほうへと向けた。
「あいつらは、僕(ぼく)を遠ざけることはできない」
「どうして?」
「それは……」
男の子は何かを言おうとしたが、すぐにそれをやめた。
「それは、キミには関係ないことだ––」
男の子はそう言うと、再び前を向き、やがて立ち止まった。
「着いたぞ。ここにスマホがあるんだな?」
気付くと、美里たちは家の近くの路地までやってきていた。
地面を見ると、スマホが落ちている。
「あった!」
美里は男の子のことが気になったが、今は怨霊たちを消すほうが重要だった。
「早く『030』と打ってメールを送るんだ!」
「うん!」
美里は急いで駆け寄り、スマホを手に取ろうとした。
ガシッ!
突然、スマホを持った美里の腕が誰かに掴まれた。
見ると、電柱の陰に不気味な女が隠れていた。
女は這うように動き、ジロリとにらみながら、美里の腕を掴んでいる。
「嫌ああああ‼」
「くそっ、しまった!」
男の子があわてて美里のそばへ駆け寄り、不気味な女の手を払いのけた。
「アアアアアアア!!!」
不気味な女がうめき声をあげる。
周りを見ると、いつの間にか数え切れないほどの不気味な女たちが集まっていた。
「ユルサナイ……ユルサナイ……ユルサナイイイィィ!!!」
「早く、メールを打て‼」
男の子は叫ぶように言う。
「わ、分かった‼」
美里はあわててスマホのメールの画面を開くと、あて先に自分のアドレスを記入し、本文のところに「030」と書き込んだ。
「アアアアアアア!!!」
女たちが襲いかかってくる。
美里はまさにその瞬間、送信ボタンを押した––。
「ん……んん……」
美里が目を開けると、すっかり日が暮れ、夜になっていた。
どうやら気絶してしまっていたらしい。
「怨霊は……?」
美里はあわてて周りを見るが、すでに女たちは全員消えてしまっていた。
ふと見ると、電柱のところにあの男の子が立っていた。
男の子の手には赤い手帳が握(にぎ)られている。
彼は電柱のところで何か作業をしていたようだ。
「気が付いたか」
「うん……」
美里は男の子をじっと見つめた。
「……あなた、一体何者なの?」
まじないのことに詳しかったし、何より怨霊たちが人々を美里に近づけないようにしたのに、ひとりだけそばにいることができたのだ。
すると、男の子は彼女の目を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「僕の名は千野フシギ。ある都市伝説を追って、町から町へと旅をしてる」
「ある都市伝説?」
美里はそれが何か教えてもらおうと思ったが、フシギはそれ以上それについては何も言わなかった。
ただ、この町に存在した「恋のおまじない」についてだけは教えてくれた。
「あれは、わざと同じ町に2つ存在させていたんだ。その2つを町の人間が混ぜることを期待して」
「どういうこと? もしかして誰かがそうさせるようにしたってこと?」
美里はたずねたが、フシギはその質問には答えてくれなかった。
「安心していい。もうこの町で恋のまじないメールを送っても効果はない。すべて、僕が回収した」
「えっ?」
「キミも、恋を上手く行かせたいのならまじないなんかに頼(たよ)らないほうがいい。まじないには時々、恋に破れた女の怨霊がとり憑いているから」
フシギはそれだけを言うと、その場から去っていった。
千野フシギ……。
彼が何者なのかは分からない。
しかし、フシギが言った通り、その後、美里の住む町では、恋のまじないメールをどれだけ送っても、もう決して願い事は叶わなくなってしまった……。
* * *
だれかのノート
誰も知らない呪われた村がある。
危険だから近づいてはいけない。
でも、気をつけようにも
その村の名前も場所も誰にも分からない。
なぜなら、その村に入った人間は
誰ひとり帰って来ていないから。
一緒に来た友達は
みんないなくなってしまった。
残っているのは、もう私だけ。
この日記を見た人は今すぐ逃げて。
その村の名は
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