その日から、美里は山下と仲良く喋れるようになった。
山下は合同練習をしているとき、美里が七海たちにアニメの話をしているのを聞いて興味を持ったらしい。
実は山下もアニメが好きだったのだ。
だが、周りにアニメが好きな友達がおらず、今までそういう話ができなかったのだという。
「『テニスの王女さま』って面白いよな」
「はい。登場人物がみんな可愛いし、私、1期から全部見てますよ!」
美里は山下と一緒に登校しながら、毎日アニメの話をした。
「なんか、谷口と仲良くなれて嬉しいよ」
「ほんとですか? 私もです。私も山下先輩とお喋りできてすごく嬉しいです!」
美里にとってアニメの話などどうでもよかった。
山下と仲良く喋れる。
それが何よりも嬉しかったのだ。
しかし、1ヶ月ぐらいが過ぎた頃(ころ)、美里はその関係に不満を感じるようになった。
山下とは毎朝仲良く喋ることはできる。
だが、そこからまったく先へ進まないのだ。
(私が仲良くお喋りしたかったのは、デートがしたかったからなのに……)
山下は美里のことを異性とは思っていないようだった。
アニメの話ができるただの後輩、そう考えていたのだ。
(このままじゃダメだ!)
美里は関係を前に進めたいと強く思った。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
その日の部活終わり。美里は七海に声をかけた。
「なに、聞きたいことって?」
「あのね、神様メールのことなんだけど、あれって同じ相手に2つお願いをしてもいいのかな?」
美里は神様メールで、「山下とデートができますように」という新しい願い事を送ってみようと思っていた。
しかし、同じ相手に2つも願い事を送っていいのか分からず、とりあえず七海に聞くことにしたのだ。
「なあに、もしかして美里も神様メール送ったの?」
「ええっと、そうじゃないんだけど、ちょっと聞いてみたくて」
美里は七海に山下のことはまだ話していなかった。
山下とは未だにアニメの話しかしていない。
それを知られたら笑われてしまうと思ったのだ。
「で、どうなのかな? 2つ目を送ってもいいのかな?」
美里がたずねると、七海は首を横にふった。
「残念だけど、願い事はひとりに1つしかムリみたいだよ。神様メールのことを教えてくれたクラスの友達がね、この前同じ相手に2つ目のお願いをしてみたんだって」
「うん、どうなったの?」
「そうしたらね、1つ目の願い事の効果もなくなって、せっかく仲良くなった男の子に嫌われちゃったらしいよ」
「そんな……」
(2つ目の願い事ができないなら、私はずっと山下先輩とただのお喋り友達だ……)
美里はどうすればいいのか分からず困り果ててしまった。
七海と別れた後、美里はひとり落ち込みながら家へと帰っていた。
(山下先輩とデートしたい……。だけどそんなこと自分からは言えないよ)
美里は、最初に勇気を出して「デートしたい」という願い事を書いておけばよかったと今さら後悔(こうかい)していた。
やがて、美里は家の近くの路地まで帰ってきた。
すると、少し離れたところに制服姿の高校生の男女が立っていることに気付いた。
女の子のほうは、近所に住んでいる橋本佳代(はしもとかよ)だ。
一人っ子の美里は昔から佳代を本当のお姉さんのように慕(した)っていた。
(佳代お姉ちゃん、何してるんだろう?)
佳代のとなりには背の高い男の子がいる。
佳代はその男の子と仲良く喋っていたのだ。
しばらくして、佳代は男の子と別れ、近くに立っている美里の存在に気付くと笑顔で声をかけてきた。
「美里ちゃん、今帰り?」
「うん。それより佳代お姉ちゃん、さっきの人は?」
「ああ、彼氏さんだよ。ずっと片思いだったんだけど、先月ぐらいから付き合うことになったんだ」
「ええ、そうなんだ!」
美里は思わず驚きの声をあげた。
佳代は美里と同じぐらい口下手で、男の子とあまり喋ったことがなかった。
今まで彼氏がいたなど聞いたことがない。
「良かったね、佳代お姉ちゃん!」
美里がそう言うと、佳代は微笑(ほほえ)みながら「ありがとう」と答えた。
「多分、おまじないメールをしたおかげなんだ」
「おまじないメール?」
「『5151』っていう恋のおまじないメールがあるの。それをこの前やってみて、そうしたら彼と付き合えるようになったんだ」
美里は神様メール以外にもそのようなまじないがあることを初めて知った。
「今、ウチの高校で流行ってるの。そうだ、もし良かったら、美里ちゃんにもやり方教えようか?」
「えっ?」
瞬間、美里は何かを思い、「うん、教えて!」と返事をした。
5151は、神様メールとよく似ている。
違うのは、あて先のところに「自分のアドレス」を入れて、メールの本文のところに「好きな人の名前」、そして改行して「5151」と書くということだった。
あとは送信して、メールが届いたらそれを削除。送ったほうのメールを保護するというものである。
美里はそれを教えてもらうとすぐに家へ帰り、鞄(かばん)の中からスマホを取り出した。
神様メールで2つ願い事をするとどちらの願いも消えてしまい、好きな人に嫌われてしまう。
だが、別の恋のまじないを使うなら、願いは消えないと思ったのだ。
(これで山下先輩とデートできるはず!)
5151では具体的な願いを書くことはできなかったが、美里は今より絶対山下と仲良くなれると思っていた。
さっそく、美里は5151のまじないメールを送ってみることにした。
翌日。
美里はメガネ看板の交差点へやってきた。
いつも山下とここで会って、学校へ向かいながらアニメの話をする。
美里は山下の姿を探そうと、信号待ちをしている人たちのほうを見た。
「おはよ」
すると、後ろから声がした。
山下がやってきたのだ。
「おはようございます!」
美里は元気よく挨拶をして、山下の横に立った。
(山下先輩、デートに誘(さそ)ってくれるかな……)
美里はドキドキしながら、山下が何か言うのを待った。
「なあ、谷口」
「はい!」
「昨日の『テニスの王女さま』見た?」
「えっ?」
「見てないのか?」
「い、いえ、見ましたけど……」
「試合すごかったよな。まさかあんな結果になるとはな!」
山下はそう言いながら、いつもと同じようにアニメの話を始めた。
信号が赤から青に変わり、山下が歩き始める。
そんな山下の後ろ姿を見つめながら、美里は思わず悲しそうな表情を浮かべた。
(どうして……。ちゃんとおまじないメール送ったのに……)
5151は効果がないのだろうか?
美里はガッカリしながら、交差点を渡(わた)ろうとした。
「そうだ、谷口」
ふと、前を歩いていた山下が何かを思い出し、顔を美里のほうへ向けた。
「今度の日曜って何してる?」
「今度の日曜? 午前中は部活ですけど、昼からはとくに何も……」
「だったらさ、部活帰りにアニメショップに行かないか? 『テニスの王女さま』のグッズを買いたいんだ。その後、ケーキでも食べようよ。もちろん俺(おれ)がおごるよ」
(えっ、アニメショップ? それにケーキもだ)
美里は突然の山下の提案に、思わず目をキョロキョロとさせてしまった。
「あ、あの、それって2人でってことですか?」
「ああ、もちろん。もし2人が嫌だったら友達を呼んでもいいけど」
「い、いいえ! 2人がいいです!」
美里はあわてて答えた。
(こ……これって、デートってことだよね? 山下先輩が私をデートに誘ってくれたってことだよねだ やった! やったあ!!)
やはりまじないは効果があったのだ。
美里は心の中で何度も「やった!」と叫びながら、ひとり興奮していた。
「ええ~、美里が好きな人って山下先輩だったの⁇」
休み時間。
美里は七海のいるとなりの教室へ行き、朝の出来事を報告していた。
七海は美里が身近な人物を好きだったことを知り、驚いているようだ。
「神様メールと5151のおまじないしたおかげで、やっとデートできることになったんだ!」
美里は2つの恋のまじないメールを使って、2回お願いするアイデアを七海に話した。
「そっか、その手があったのか」
「すごいでしょ!」
「うん、すごい。これで美里にもやっと春が来たね!」
「春?」
「恋をすると春が来るっていうの。美里も幸せになれるね!」
「うん、ありがとう!」
美里はようやく本当の願い事を叶えることができ、幸せな気持ちになっていた。
夕方。
部活を終えた美里は、家に帰る前に、佳代の家に寄ることにした。
恋が上手く行ったことを佳代にも報告したかったのだ。
(半分は佳代お姉ちゃんのおかげだもんね!)
美里はそう思いながら、佳代の家の前までやってきた。
すると、家の門のところで、佳代がひとりの男の子と喋っているのが見えた。
この前見た、背の高い高校生ではない。
身長は普通ぐらいで、赤い服を着て赤いフードを被っている男の子だ。
「あっ、美里ちゃん! ちょうど良かった」
美里に気付いた佳代が手を大きくふる。
となりに立っていた男の子も美里のほうに顔を向けた。
フードの奥には、白い肌に、大きな澄んだ目とシュッと通った鼻筋、そして薄(うす)く綺麗(きれい)な唇(くちびる)が見える。
年齢(ねんれい)は高校生というより、中学生の美里に近いように思えた。
(誰だろう? ウチの学校の生徒じゃないよね⁇)
美里がそう思っていると、佳代が口を開いた。
「彼ね、恋のおまじないメールについて調べてるんだって」
「調べてる?」
美里は意味が分からず首をかしげる。
それを見て男の子が、「キミも何か知らないかな?」と言った。
「彼女に、5151という恋のまじないのメールがあると聞いたんだけど、この町にはもう1つ同じようなまじないがあるんだ」
「もしかして、それって神様メールのこと?」
美里が何気なくそう言うと、男の子がじっと顔を見つめた。
「知っているのか、キミは?」
真剣(しんけん)な目つきだ。
美里はその目つきに戸惑(とまど)いながらも、その質問に答えることにした。
「知ってるというか、この前実際に試してみたんだ。あっ、佳代お姉ちゃんから教えてもらった5151も同じ人に試してみたよ!」
「なんだって!?」
美里の言葉を聞いて男の子が急に大きな声を出した。
「キミは本当に神様メールと5151を同じ相手に使ったのか⁇」
「う、うん。そうだけど」
「キミはとんでもないことをしてしまった」
男の子は大きな目を細めて、美里をじっと見つめた。
「とんでもないことってどういうこと⁇」
「違うまじないを2つ一緒に使ったら大変なことになるんだ」
「えっ⁇」
「キミは、混ぜてはいけないまじないを混ぜてしまったんだ––」
それを聞き、美里は思わずゾッとした。
そんな美里を見て、佳代があわてて口を開く。
「ねえ、2つのおまじないを混ぜたらどうなるの⁇」
すると、男の子は目を細めたまま佳代のほうを見た。
「2つのまじないを混ぜた者は……」
男の子はそこで口をつぐんだ。
「……なに?」と佳代は不安げにたずねる。
「2つのまじないを混ぜた者は、必ず不幸な目に遭(あ)ってしまう」
男の子は佳代を見つめたままそう言った。
「不幸な目?」
「佳代お姉ちゃん、私……」
美里は急に怖くなって佳代の服の袖(そで)を掴(つか)む。
「大丈夫だよ、不幸なことなんて起こるはずないから」
佳代は美里が怖(こわ)がっていることに気付き、優しく微笑んだ。
「ねえ、女の子を怖がらせて面白いの?」
佳代は怒ったような表情を浮かべると、男の子のほうを見た。
しかし、先ほどまでいたはずの男の子の姿がどこにもない。
「えっ、あの子は?」
「そんな……、いない」
男の子は2人が目を離した一瞬の隙(すき)に、どこかへ消えてしまっていたのだ。
美里と佳代はあわてて辺りを探したが、結局、男の子は見つからなかった。