2 いきなりファーストキス⁉
「おー……っ、その猫、まな……!?」
尊も、わたしに気づいてギョッと目を見はった。
尊、この子に呼びだされたみたいだよね。
こんなひとけのない場所に呼びだしって、まさか……
「ここに来てくれたってことは、あの手紙を読んでくれたってことだよね?」
「ああ……でもその話はまた今度にしてくれないか」
チラチラとわたしを見ながら、顔をこわばらせて止めようとする尊。
わたしもイヤな予感がしてニャーニャーと暴れたけど、スイッチが入ったような女子生徒はもはや何も気づかないみたい。
顔を赤くしながら、一息に告げた。
「好きです! 私を神崎くんの彼女にしてください!」
ひゃああああ、やっぱり、告白だったー!?
ごめんなさい、聞く気はなかった! これ以上聞きたくもないから放して~!
「あー……とりあえず、その猫を下ろしてから──」
気まずそうに答える尊に、女子生徒はサッと顔色を変えた。
「……やっぱり……私じゃダメなの? 入学式で一目ぼれして以来、ずっと、大好きなのに。こんな気持ちは初めてなのに……!」
「──ごめん。気持ちには応えられない」
女子生徒がわたしを抱きしめたまま、放さないのを見た尊は、真剣な顔になるときっぱりとそう言って頭を下げた。
「……っ……そんな……」
ポツン、と女子生徒の瞳(ひとみ)からこぼれたなみだがわたしの鼻に落ちてきて、あせっていた気持ちがしぼんでいった。
この子、泣いちゃうくらい、尊のことが好きなんだ……。
悲しそうな顔に、胸が痛くなる。けれど……。
「じゃあ……せめて、思い出にキスしてほしい」
ええええええええ!?
いきなり飛びだしたとんでもない要求に、心の中でさけんでしまった。
尊もあぜんとして、たらーっと冷や汗を流してる……。
「いや、それはさすがにムリだろ──」
「キスしてくれないと、意地でもここを動かない!」
……かんべんして~!
こんな要求、応えられるわけないし、いいかげん、そろそろ変身が解けちゃうよ!
ニャーニャーとそれまで以上に全力で暴れる。
だけど、完全に自分の世界に入っちゃってる女子生徒に、わたしの思いが届く様子はなかった。むしろわたしをギューッと抱きしめてくる。ぐえっ、苦しい!
尊はふうっとため息をつくと、女子生徒を見つめてうなずいた。
「──わかった。キスしたら、あきらめてくれるんだな」
え……!?
「うん」と女子生徒がうなずくと、尊が覚悟を決めた表情で近づいてくる。
……今、なんて言った?
尊……この子と、キス……するの!?
「目、つぶって」
尊の言葉に、息をのんで、目を閉じる女子生徒。
彼女の胸からドキンドキンと大きな音が聞こえたけど、わたしの心臓も同じくらい、ドキンドキンと鳴っていた。
うそでしょ……!?
だって尊、この子のこと、本当に好きとかじゃないんだよね。
かわいそうだから? それで、キスくらい、できちゃうの?
尊にとってキスって、それくらい簡単なもの……?
尊はもう、すぐ前まで来ている。
──いやだ。見たくない。
そう思ったけど、体が固まって、動かない。のどがつまって、声も出せない。
やめて……!
ドキンドキンドキン。
鼓動(こどう)が鳴りひびく中、祈るような気持ちで見あげていたら、ふと尊がこっちを見て。
──ちゅ。
「「!?」」
ひょいと尊に抱きあげられたと思ったら、女子生徒とキスしていた。──わたしが。
「ブニャ────!?!?!?」
「じゃ、そういうことで!」
絶叫(ぜっきょう)するわたしを抱いて、尊はポカンとする女子生徒にそう言いのこすと、猛スピードでその場を走りさった。
角を曲がって女子生徒から見えなくなった場所へ飛びこんだところで、ボン!
わたしは元の姿にもどる。
「ひどいひどいひどい、ファーストキスだったのに!」
感情が爆発したけど変身しないのは、一度変身した直後で体が疲れてるからか。
「……悪い。ま、猫の姿だからセーフってことで」
「何そのナゾ理論! そんなわけあるかー!!」
大して悪びれた様子もなく謝る尊に、怒りがヒートアップする。
「てか、やっぱ覚えてないんだな……」
「なにを!?」
尊はひょいと肩をすくめると、「だってさ」と言いわけを始めた。
「ああでもしなきゃあの女子、絶対まなみのこと、放しそうになかっただろ。キスするって言ったからにはしないと、向こうも納得しないだろうし……」
「だからってあんなやり方はないでしょ! わたしだけじゃなくてあの子にも……告白ってきっとすごく勇気がいることでしょ! あのたのみだってどうかとは思ったけど、あの子からしたら積もりに積もった想いがあっての暴走だろうし……なのにあんなごまかすようなやり方──」
「うるせーな」
めんどうくさそうに尊が言う。
「オレだってあせってたんだよ。あんなところをよりによってまなみに見られるなん、て……!」
そこで、尊はハッとしたように口をつぐんだ。耳が、ほんのり赤くなる。
「まあ、家族に見られるみたいな感じで、気まずいのはわかるけど……」
「家族……っ……ああ、そうだな」
せっかく共感してあげたのに、なぜか尊はみるみるフキゲンな顔になった。
「……とにかく、迷ってる時間はなかったし、元はといえばまなみが猫になって捕まってるのが悪いんだろ。ほんっとドンくさいやつ!」
「~~それはそうだけど、わたしは乙女心(おとめごころ)をもてあそぶなって言ってるの。なんか告白されるのも慣れてるみたいだったし。この女たらし!」
「……はあ!?」
カッと尊の顔色が変わって、ボン! と黒柴が目の前に現れた。
「オレはもてあそんだことなんてねーし! 勝手に向こうから寄ってくるんだから、仕方ねーだろ! 大して知らないやつから告られてワケわからん要求されて、正直メーワクしてんだよ、モテないおまえにはわからない苦労だろうけど!」
……はああああああああ!?
「ムカつく! いろいろムカつく! 調子のってんじゃないよ、この顔面(がんめん)サギ男!」
「ふざけんな! そっちこそ助けてやったのに感謝しろよ、この非モテドジ女!」
「性悪(しょうわる)! 無神経! ナルシスト!」
「ズボラ! ねぼすけ! おっちょこちょい!」
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!」
「アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ!」
犬の尊と低レベルなことをギャーギャー言いあっていたところ。
「なかなかもどってこないと思ったら……」
「何やってるんだよ、おまえら……」
さがしに来てくれたらしい若葉ちゃんと行成に、めちゃくちゃあきれられた。
「尊が悪い!」「まなみが悪い!」
二人の声が重なって、ツーンと顔をそむけるわたしたち。
あーもう、腹立つなあ! ほんと、尊って自己中なんだから!
前にドキッとしちゃったのも、全部気のまよいだね。
しばらく顔も見たくないし、口もききたくないよ……!