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徳川家康(とくがわ・いえやす)がひらいた「江戸幕府(えどばくふ)」は、約260年もの間、戦争がほとんどなかった時代。わたしたちが暮らす現代にもつながる、「平和のいしずえ」をきずきました。
しかし、「平和の世」までの道のりは、大ピンチの連続!? はじめは失敗ばかりで……?
家族も城もうしない、敵の「人質」としてすごした幼少期から、織田信長(おだのぶなが)や豊臣秀吉(とよとみひでよし)との出会い、そして天下分け目の「関ヶ原(せきがはら)の戦い」まで。
これを読めば、家康について、楽しく、そして深くわかることまちがいなし!(全8回予定)
❋
信長との「約束」のあと、ふるさとの岡崎にもどった徳川家康。
「人質」として、今川義元(いまがわよしもと)のもとで過ごすなか、
信長が、今川家に反乱をしかけてきたとの知らせが。
信長と戦うことに、家康は複雑な思いをかかえていた
義元軍の本隊は二万五千、対する信長軍はかき集めても数千。
今川家の勝利が確実だと思われていたが……。
❋
とんでもない報せが飛びこんできた。
しかも、今川の伝令からではなく、織田についている伯父の水野信元(みずののぶもと)が、「大高城(おおだかじょう)を明け渡してすぐ逃げるように」と伝えてきたのだ。
なぜなら――。
「!? それは本当なのか!?」
桶狭間(おけはざま)で休憩していた今川軍の本隊が、信長の軍勢に奇襲されたのだ。
総大将の今川義元が討ち取られ、軍勢は散り散りになった。
見えていたはずの流れが、根本からひっくり返された……。
今川が負けた? 義元様が死んだ……!?
あの大軍を相手に、どうやったら勝てる?
信長殿の兵は三千もいないはずなのに。いったいどんな手を使ったのだ!?
奇襲には違いないだろうが……自分にはとてもできない。
やはり、あの人はうつけなどではない。天才なのか……。
義元の死も、信長の勝利も、今の元康(もとやす/※家康が当時名乗っていた名前)には驚きでしかない。
どうしたらいい?
ただただ混乱してぼうっとしている元康に、使者が伯父の助言を伝えた。
「信長様の兵は勢いにまかせて城を取り返しにきます。ですから、その前に……」
そうか……このままではまずい!
元康はうなずいた。
義元の本隊がくると信じて、元康たちは織田の領地の深くにまで切りこんでいる。だから、本隊が来ない今となっては、敵の真っ只中に取り残されたようなものだ。
すぐに逃げ出さなければ!
松平の軍勢は急いで大高城を出ると、三河へと向かった。
❋
これが、現代にも語り継がれている「桶狭間の戦い」である。
この戦いで今川の大軍を破った織田信長は、その名を天下に知らしめた。
❋
「もはやこれまで……」
寺の境内に入るなり、元康は力なくへたりこんだ。
「父にも祖父にも、合わせる顔がない……」
「なにを言うのです!」
「負けたのは今川で、松平ではありませんぞ」
「岡崎に戻れたのですから、これからですよ!」
「いや、敵が来ればとても勝てない。首を取られるだけだ」
元忠(もとただ)や忠勝(ただかつ)など、家臣たちが口々にはげましたが、元康はすっかり落ちこんでいた。
いつ落ち武者狩りにあうかという恐怖とつらい逃亡生活で、身も心も疲れ果ててしまったのだ。
「ご先祖様の前で切腹し、松平家もここまでとしよう」
元康は、みんなが止めるのも聞かず、先祖の墓の前で短刀を手にする。
「い、いかん!」
「みんな、殿を止めろ!」
「離せ! 死なせてくれ!」
騒いでいると、様子を見に来た寺の住職が「おやめなさい!」と一喝した。
元康が驚いて短刀を持った手を止めると、住職は真剣な顔でその手をつかみ、強い口調で言った。
「元康殿、あなたはこんなところで死んではならないお人ですぞ」
「しかし、ご住職……私は……」
「おつらかったことはわかります。しかし、この寺まで生きてたどり着けたのは御仏のご加護です。岡崎の……いいえ、三河の民のためにどうか生きてください。味方などすぐに集まります」
「民のために……生きのびる……」
ぽとりと元康の手から短刀が落ちる。
「だがご住職、私になにができるでしょう? 城さえ持たない私に……」
「なにを言うのです。あなたならきっとできます。どうか生きて、己の欲だけにとらわれた武士ばかりの戦国の世を、太平(たいへい)の世に替えてください。」
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「太平」とは、「平和」とだいたい同じ意味のこのころの言葉だ。
太平の世か……と、元康は思った。
もしそんな世に生まれたなら……。
母も岡崎を去らずにすんだ。自分も人質になることもなかった。父も殺されなかったはずだ。
今日のように命がけで泥水の中を逃げ回ることも……。
毎日、だれの家来になってどうしたら生き残れるかとおびえて暮らすことも……。
争いのない世を作れば、そうした戦国の世の常は、消えてなくなる――。
これほど素晴らしいことはない!
顔を上げた元康は、家臣たちが心配そうにこちらを見つめているのに気づいた。
一人一人の目を見て、小さくうなずいていく。
そう……自分一人の太平ではない。戦国の世をなくすことは、みんなの幸せにつながるのだ。
みんなで太平の世を作る。
家臣たちの、岡崎の民たちの、いや、もっと大勢のための太平の世を……!
「それこそ、私の目指す道だ……。ご住職! この元康、おかげで目が覚めました」
住職の手を握り返し、元康は力強くうなずいた。
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義元の死によって、家康の「人質」生活はついに終わりをむかえた。
このあと、家康は、「太平の世」の実現のため、信長と同盟をむすぶことを決意する。
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★第5回の配信は、2月4日を予定しています。