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【第1回】~源 頼朝との出会い~ 平安時代のくらしって?
日本史上もっとも有名な女性リーダー・北条政子。夫の源頼朝や、弟の北条義時とともに、朝廷が中心の社会を変え、武士が先頭に立つ鎌倉時代をつくっていきました。
彼女がなぜ、頼朝たちと「新しい時代をつくりたい」と思うに至ったのか。そして、女性の権力がそこまで強くなかった時代に、なぜ「武士をまとめるリーダー」として活躍できたのか——。3回の小説連載で解き明かしていきます。今回は第1回です。
❋
里の一族を守る武士の家の長女として、毎日おおいそがしの政子。働きにでる弟の義時たちを見送ったあと、“ある過去”をかかえた武士・源頼朝と出会います。
❋
義時(よしとき)と男たちは、川へのなだらかな坂をおりていく。
「行ってらっしゃーい」
さあて、ひと仕事、終わったわ。午後にやることって、あと、なんだっけ? さかなの下ごしらえと、生ゴミを畑にうめるのと、古い浴衣をほどくのと……、
とか考えながら、ふりかえると、
「!?」
美しい茶色の毛並みの馬が、広場のすぐ外に立っていた。
その背に、直垂(ひたたれ)姿の男が乗っている。
「……」
目が合った。あいさつはなし。だれ?
すっと細いあごに、涼しい目。まぶしいのか、涙にぬれたような……。
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ふと、阿子が息をのみ、私のそでをちょいちょいと引いて、
「頼朝(よりとも)様だっ! ……久しぶりに見たぁ……やっぱり、かっこいいねぇ……っ!」
と、うめくように、ささやく。
「かっこいい? そうかなあ……」
「ちょっ、お姉ちゃん!? 頼朝様のこと、知ってて言ってるの?」
もちろん!
知ってる、知ってる、源頼朝(みなもとのよりとも)。
京都の武家の一族、源氏(げんじ)の男の子。
源氏って、源という一族の人、っていうことね。うちの北条家の一族のことも、北条氏(ほうじょうし)、って言ったりするよ。
源氏は平家(へいけ)に戦いをいどんで、負けてしまったんだよね。
平家って、いま、日本でいちばん強い、武家の一族。
武家なんだけど、京都の朝廷(ちょうてい)のガードマンを引き受けて、すごーく出世(しゅっせ)した。
朝廷っていったら、日本の政治の中心だものね。
平家は、その朝廷を仕切るえらい人たちの、力強いサポートを受けてる。
だから、平家に戦をいどんだら、負けるのも仕方がないよね。
頼朝はそのとき、家族のほとんどを殺されてしまった。
でも、まだ子どもだった頼朝だけは、命を助けられたんだ。
その身柄を、うちのお父ちゃんが預かることになったんだって。
(平家って、うちの北条家の親せきだから、なにかと命令してくるんだよね)
それから何年ものあいだ、頼朝は、うちの領地のすみっこの、川の中州(なかす)に住んでる。
それは、ひるが小島(こじま)って呼ばれてる、小さくて、さみしい土地。
「小さいころは、京に住んでたんだよね。さすが、しゅっとしてるっていうか、あかぬけてるっていうかぁ」
「そうかなあ」
「そうだよ。このあたりは平家につかえてる家が多いから、源氏の人には近づきにくいけど……もしそうじゃなかったら、モテモテのはずじゃない?」
そんなこと言ったって、今はもう、頼朝だってすっかり大人。
っていうことは、だいぶ長い年月、あの、ひるが小島にいたことになる。
私と阿子は、あそこには近づくな、って、お父ちゃんから言われてて……。
頼朝のことは、たまーに、河原や市場で見かけるくらい。
❋
平家に仕える北条家の人間が、平家の「敵」とされる源氏に近づいてはいけない——。しかし、ひょんなことから、政子と頼朝はふたりで会うことになって……!?
❋
私、わくわくしてるんだ。
これまで、北条の里のことだけを、いつも考えてきた私だけど……。
頼朝は、その外の世界からやってきた人。
そんな人と、ふつうに話ができるなんて、考えたこともなかった。
この、わくわくする気持ちって、いったい、なに?
私――。
もしかして――。
今までこうして生きてきた、自分の世界を、変えてしまいたいのかも――。
「いた!」
阿子が、私のそでを引く。
「!?」
息をのんで、私たちは、石段のはじによる。
「どこ」
「ほら。そこ。お社(やしろ)の向こう側……」
私たちはいつのまにか、石段をほとんど上りつめてた。
だから、背のびをすると、ボロ神社の境内が見える。
神社といっても、くずれかかった、小さなお社があるだけ。
でも、お社のまわりは、いつもきれいにそうじされ、草も刈り取ってある。
私のお気に入りのボロ神社なんだけど……。
なかでも、いちばん気に入っている場所に、だれかが立っているのが見えた。
しげった木のすき間から、北条家の領地を見下ろせる、最高に気持ちのいい場所……。
「じゃ、がんばって」
やけにキリッとした顔で、阿子が言った。
そして、石段を、またたくまにかけおりていく。
「ま、待ってよ!」
私は、急に、おろおろしてしまった。
だけど、阿子はどんどん遠ざかる。
「………………わかった」
この初デート、ひとりでいどんでみせるんだ。
だって、自分で決めたことだもの。と、私が石段を上りきり、お社の前に足をふみ出した、そのとき。
小鳥の声や、そよ風が木々をゆらし、葉っぱがふれあうやわらかい音の中で……。
シュンッ!
……っと、絹の着物がすれる、きれいにすんだ高い音を、私は聞いた。
見ると、頼朝が、びっくりしたような顔で、私を見つめてた。
その、すこしトロンとした目。しゅっと細いあご。
ひかえめな色の直垂に、きっちりとゆった髪が、さりげなく似合っている。
おつきの人とかじゃない。お使いの人でもない。
ほんとうに、頼朝が、私に、会いに来たんだ――。
「なんということだ……もう、そんな時間ですか」
ふいに、頼朝が言った。
ですか。って言われても。
と、私が見上げた太陽を、頼朝も、同時に見上げた。
「あーっ、本当だ。もう、お約束の昼ですね。いやあ、おどろいた」
「おどろ……って、いったい……いつからここに……」
「夜明けにお手紙を拝見し、そのあとすぐに来ました」
「夜明け? そんな前から!? す、すみません!」
手紙を読んで、すぐに来てくれていたのに、私のほうは、のうのうと昼前に到着なんて……。
っていうか、なんで!?
頼朝は、私の顔を見て、おだやかにわらう。
「私が勝手に早く来たのです。待ち合わせ場所が、私の大好きな場所だったので、うれしくて、つい」
「っ……」
私のお気に入りの場所が、頼朝の大好きな場所でもあった……?
頼朝は、話し続ける。
「ここからは、北条の里が見わたせますし、その向こうには、海も見える。その向こうには、とてもここからでは見えないけれど、この東国と西国の境……そして西国の中心――京都がある」
京都……。
私の胸は、しくっといたむ。
ここは、頼朝にとっては、悲しいことを思い出す場所だったのかな。
そうなら、待ち合わせ場所なんかにえらんで、悪かったかもしれない。
だけど、
「そして、こちら側には――」
と、ぐるりと回った頼朝のひとみは、からっと明るかった。
「――にら山の、山木どのの里が見えますね。にら山の向こうには、すぐ、坂東の武者がかけ回る、関東の大平原がひろがっている。ここに立つと、未来が見えるような気がして、いろいろなことを考えます」
いろいろなこと? いろいろなことって?
「政子様。お会いできて光栄です。おいでいただき、ほんとうに……ありがとうございます」
❋
すっかり意気投合(いきとうごう)した政子と頼朝。話題は、いまの社会のありかたへとうつっていって……。
❋
「政子様。ぜひお聞かせください。北条家のこと、平家のこと。そして、この関東の武士の暮らしぶりについて、北条家の長女である、あなたのお考えを」
――「お聞かせください」
そんなこと、だれからも、言われたことがなかった。
私の考えを、聞いてくれるんだ――。
パキーーーーーーーン。
またまた、私の頭の中で、なにかがこわれた音がした。
「私……北条の里、大好き!」
ここから見下ろせる、里をながめて、私は口走る。
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「だけど、大好きだから……そのぶん、不安もあります」
と、言ってから、おそるおそる、頼朝の顔を見上げる。
その表情は、やさしいまま。
「それは、どのように」
やっぱり、聞いてくれる……頼朝は、聞いてくれる!
「前に、お父ち――父上から聞いたことが、ずっと頭にひっかかっているの。
それは、もしかして――もしかしてだけど、いつかは、ここから出ていかなければいけなくなることも、あるのかも、って」
「ほお。それは、なぜ」
「だって、この里の土地は、朝廷のものだから。そうでしょう?」
頼朝は、そっとうなずいた。
「そうです。この日本のほぼすべての土地は、朝廷のもの。今は、そう考えられています」
「朝廷って、京都にあるのに。京都って、この東国からは遠いのに」
京都って、ここからずっと西にある。
行こうと思ったら、馬やかごで、何日も旅をしないといけないくらい。
頼朝は、また、うなずいた。
「そのとおり」
頼朝は、だれよりも、京都の遠さを知っている。
「うちの北条家は、里のみんなと力を合わせて土地をたがやし、田や畑を広げているの。そうすることで、とれる作物をふやせば、きっと豊かになれるから。でも、広げたぶんの田畑は、なぜか朝廷の田畑ってことになるんだって」
「たしかに、そうですね」
「自分たちでつくった田畑なのに、借り賃として、高い年貢(ねんぐ)を払っています」
年貢って、1年に1回、朝廷に払う税のこと。
「年貢は、毎年増えていきます。払いきれないから、もっと作物を作ろうとして、もっと田畑を広げるの。すると、年貢はまた増やされる。北条の里のみんなは、働き者だし、私たち武家は、里のみんなを守るため、全力をつくしています。だけど、暮らしは正直、きつくなるばっかり」
「なるほど。わかります」
「そのうえ、お父ちゃんが京都に出張に行かされて……それも、3年も」
「長いですよね」
頼朝の言葉に、私は、つい、勢いづいてしまう。
「そうなの! お父ちゃんをちゃんと返してほしいなら、朝廷の文句とか言うなよ、って、宗時(むねとき)兄さんから言われています。でもそれって、まるで、お父ちゃんを人質にとられているみたい」
「政子様も、長女として家を守られるお立場ですから、心細いことでしょう」
「そうなの!!」
――心細いことでしょう――。
そんなやさしいことばを、男の人から、かけられたことなんか、なかった。
義時も、宗時兄さんも、お父ちゃんも、いばってて、弱さを見せない。
いばるわけでもなく、強がるわけでもなく、ただ、私の気持ちをわかってくれる……そして、それを伝えてくれる――。
――そんな男の人が、この世にいるなんて……。
私は、ため息をついた。
「そういうふうにわかってくれる人、平家にもいたらいいのに」
平家だって、武家だよ。武士の家族の一員なんだよ。
「平家は武家だけど、朝廷と近いんだから、私たちみたいな東国の武家の立場を、朝廷に伝えてくれたらいいのにな」
と、見ると、頼朝が、じっと私の顔を見ていた。
「……?」
それは、とてもやさしい、仏様みたいな、静かなほほえみだったけど。
ハッ……。
勢い、つきすぎたかな……。
「すみません。私、ちょっと、しゃべりすぎ!?」
「いや、そんなこと――」
その瞬間……。
ドカーン!
天をゆるがし、山がくずれそうなごう音が、あたりに鳴りひびいた。
❋
朝廷が中心だった平安時代の暮らしは、決して楽とは言えませんでした。政子と頼朝は、人々がより豊かに生活できる国づくりをめざして——【第2回 政子と頼朝の国づくり】に続きます。
★第2回の配信は、1月22日を予定しています。
北条政子や源頼朝、鎌倉時代について気になったら下の本もぜひチェックしてね!