
徳川家康(とくがわ・いえやす)がひらいた「江戸幕府(えどばくふ)」は、約260年もの間、戦争がほとんどなかった時代。わたしたちが暮らす現代にもつながる、「平和のいしずえ」をきずきました。
しかし、「平和の世」までの道のりは、大ピンチの連続!? はじめは失敗ばかりで……?
家族も城もうしない、敵の「人質」としてすごした幼少期から、織田信長(おだのぶなが)や豊臣秀吉(とよとみひでよし)との出会い、そして天下分け目の「関ヶ原(せきがはら)の戦い」まで。
これを読めば、家康について、楽しく、そして深くわかることまちがいなし!(全8回予定)
❋
織田家の人質となったまま二年が過ぎ、八歳になった竹千代(たけちよ)——のちの徳川家康。
信長(のぶなが)とその仲間たちと遊ぶようになり、野山にくりだす毎日。
馬に乗ったり、川で泳いだり、相撲をとったり。
その中でも、鷹を使って狩りをする「鷹狩り(たかがり)」は竹千代の一番のお気に入り。はじめてチャレンジすることになって……。
❋
鷹の爪から手を守る鹿革(しかがわ)の丈夫な手袋を竹千代の手に着けてくれながら、信長がささやいた。
「よく見て、自分の腕を獲物に伸ばすつもりで放て」
「はい」
鷹匠(たかじょう)が竹千代の腕に鷹を移してくれる。見た目よりずっと軽い生き物だが、八歳の細い腕には、ずっしりと重く感じられる。
信長が馬の手綱をとって歩きだした。
「鷹狩りは合戦と同じだ。本陣から指示を出して部隊を動かし、敵の動きを探り、伝令を飛ばす――」
話している信長に続いて、竹千代も馬の陰に隠れ、獲物に近づいていく。
「――最後は、こうして本隊が動き、勇猛な家臣が敵の大将を討ち取る。わかるか?」
本当だ……
もしかして、他の「遊び」も、みんな合戦の練習だったのか?
竹千代がそう思ったとき、合図の旗が上がった。
茂みから、キジがバタバタと高く飛び上がる――今だ!
かけ声と同時に腕を突き出すと、鷹が矢のように飛び立った。
力強く羽ばたいた鷹が、あっという間にキジに追いつくと――。
空中でがっちりとかぎ爪を獲物にくいこませ、着地する。
やった! やったぞ!
すぐに押さえ役の若者がかけ寄って、鷹からキジを取り上げ、代わりの肉を食べさせた。
体を震わせている竹千代を見て、信長が満足げな笑みを浮かべる。
「よくやった! 初手柄だな」
「はい!」
青緑の美しい羽の雄キジを見つめ、竹千代は大きくうなずいた。

*******
鷹狩りのあと、竹千代(たけちよ)がふるさとの岡崎に戻れること、しかし、城は敵の今川家がおさめることが、信長から明かされた。
*******
「結局、岡崎はどう転んでも織田か今川の言いなりなのですね……」
「小さな領主は、そうやって生き残るしかないさ。戦国の世の常だ」
またそれか……。祖父・清康(きよやす)のころは、三河はほぼ松平家(まつだいらけ)の領地だったのに……。
「くやしいか?」
「はい……」
信長の言葉に小さくうなずくと、竹千代は拳を握りしめた。
「くやしかったら、強くなるしかない」
「体はきたえています! 弓や槍の練習だって……」
「それも大事だが、」
寝転んでいた信長は、がばっと起き上がると高い空に浮かぶうろこ雲を見つめた。
「強くなるってのはな、自分がやり遂げたいことを実現するにはどうしたらいいか考え、そいつを実行できる力をつける――ってことだ」
やり遂げたいこと……?
竹千代の心には、「母に会いたい」とか、「そのためになにがなんでも生きのびる」といった、人質の子どもとしての、ぼんやりとした望みがあるだけだ。「領地の争いで家族がはなればなれにされるのはおかしい!」とか「すぐに殺し合うのはなぜ?」という、怒りもある。
私はいったいなにがしたいんだろう? いや、それ以前に――。
「そんな力を、どうやって身につけたらいいのか……」
「なんだ、わかってなかったのか? そんなんじゃ、俺を『うつけ』呼ばわりしてる連中と同じじゃないか」
「えっ……!?」
「それが俺のやり遂げたいことだ。古くさいやりかたが、どうも気に食わないのでな。だから、今は親父を助け、まず尾張(おわり)を俺たちのものにしようと思ってる……」
信長は、室町幕府の古いしきたり――名前ばかりの領主で何もしない斯波家(しばけ)や、自分で力をつけてきた信長たちの家を力もないのに押さえようとする織田の本家を追い出し、尾張を自分の手で統一したいのだと語った。
しかし、その力で戦国の世を……!?
竹千代は驚いた。
「戦国の世を変えるなんて、できるものでしょうか?」
尾張を手に入れて力をつけるのはわかる。でも、世の中のあり方を変えてしまうなんて、思ったことがなかった。なにしろ、竹千代が生まれるずっと前から戦国の世は続いていて、みんなそれが当たり前と思って暮らしているのだから。
それなのに、信長は平然とうなずいてみせた。
「変えられるさ。戦国の世だって、その前の世が変わってできたものだぞ。だったら、新しい世に変えることもできる」
「すごい! そうか……変えられるのか……」
竹千代はつぶやいた。自分では思いつきもしない考えだった。もし戦国の世を変えられたら、竹千代の望みや怒りは、すべて解決する!?
みんなが当たり前と思っていることを疑う――信長は、その才能があるのだ。
しかも、その目標に必要な力をつける方法を、細かく計画している。
戦国の世を変えるなんて、どうやって?
力をつけた信長様が変える世を見てみたい……。
*******
「約束だ。おまえが岡崎城を手に入れたらともに戦おうぜ。三河はおまえにくれてやるぞ。いや、遠江(とおとうみ)と駿河(するが)もだ」
★第4回の配信は、1月28日を予定しています。