「将来、どんな仕事につきたい?」
そう聞かれて、すぐ答えられる人は、そんなに多くありませんよね。
まだ決まっていなくても、大丈夫。途中で変わっても、もちろん大丈夫。
このお話は、主人公のアドさんと同級生の中学生たちが、“異世界”で仕事を選ぶ授業から始まります。
勇者や魔法使い、商人や治療師。ちょっと変わった仕事も、見たことのない仕事も出てきます。
でも、これはただのファンタジーではありません。
「自分は何が好きなんだろう」
「向いている仕事って何だろう」
そんな、きみの中にあるモヤモヤを探るために、物語の世界に入ってみよう!
※本連載は『5分でわかる私たちの未来の仕事 2040年のハローワーク』から一部抜粋して構成された記事です
※これまでのお話はこちらから
第3章:「お金を稼げる仕事はありますか?」研究所編
適性シミュレーションをみる
『おかえりなさい! 卒業生たち』
未来研究所の入り口には、ホームカミングデイの垂れ幕がひらめいています。
今日は、未来研究所の創設記念日です。この研究所は、進路や将来についての悩みを研究していて、年に一度、ここでカウンセリングを受けた人たちのその後を報告する日を開催しています。
「あ、お姉ちゃんが映っている!」
アドさんは、壁のモニターに姉やその友だちの映像を見つけて歓声をあげました。中学生の頃の姉やその友人たち、両親、小学生だった自分の姿もあります。
入り口の受付横には、一足先にきていた姉のミーンさん。高校の同級生たちと楽しそうに話しています。
数年前、アドさんは家族とともに未来研究所を訪問しました。そのときは遊びにきただけでしたが、同じくお兄さんに連れられてきたカヤさんと仲良くなりました。
今日は、研究所でカウンセリングを受けるために、一週間かけて申込書とアンケートの記入をおこないました。準備は万全です。
クラスメートたちに声をかけたところ、モリさんや暗本さん、リッチさんが興味を持ってくれました。モリさんと暗本さんは無料のアンケート組ですが、リッチさんのところは両親が乗り気で有料カウンセリングを受けることになったそうです。カヤさんもきたがっていましたが、病院の予約があるため会えるかどうかは不明。
アドさんは館内を見回して、なつかしい顔を見つけました。イカの帽子をかぶった白衣の人は、姉を担当した研究員のイカさんです。本名は伊香ですが、通称イカさんで通っています。
「イカさん、昇進したんですね」
声をかけたのは、メガネをかけた男子高校生で、姉の同級生です。イカさんのネームプレートで気づいたようです。目ざとい。
イカさんのメガネがキラリと光ったように見えました。
「主任研究員ですよ。おかげさまで、ここは就活の学生さんや社会人のリスキリング(学びなおし)で大賑わいです。ここだけの話、みなさんとはじめて会ったときは、この研究所、すぐなくなって失業すると思っていました」
後ろにいる同僚がゲホゲホいっています。
タコの帽子をかぶっている男性研究員で、本名が多胡なので「タコです」と自己紹介。一同は、イカさんタコさんにカウンセリングルームへ案内されました。
アドさんたち初参加組は、個別スペースで適性シミュレーションを受けました。
リッチさんは有料利用者なので、親子で上の階のプライベート相談室へ。
イカさんによれば、以前は3Dシミュレーターを使っていたのですが、今回の画面はごくシンプルです。「適職の選択精度もあがりました」とイカさん。
それぞれの進路「ジャーナリストの仕事は残りますか?」
アドさんが密かに希望している職業はジャーナリストです。動機は、「有名なアニメ監督や声優さんにインタビューで会ってみたいから」。
向いている職種にジャーナリストが入っていて、アドさんは思わずガッツポーズを作りました。しかし、但し書きがついていました。
「心肺能力が低い」。
アドさんは基礎体力が人より劣るため、体力を必要とする仕事には向かないそうです。予想外のことをいわれて、アドさんは呆気にとられました。自分の体力のなさについて指摘されたのははじめてです。反論したいのですが、どう説明すればよいのかがわかりません。最適が事務職で、アドさんは落胆しました。
ほかにもアドさんを暗い気持ちにさせたのが、ジャーナリストの職業展望。
通信社の速報記事は今やほぼAIが書いています。
「人口減と部数減で、新聞社などの媒体はどこも経営がきびしくなっています」とイカさん。
しかし、取材や編集は人の仕事だと聞いて、アドさんはちょっとだけホッとします。
「収益化するアイデアがあれば、一人通信社やポッドキャストで記者や配信者になれる時代でもあります」
イカさんの提案に、アドさんは総合学習で学んだフリーの冒険者という言葉を思いだしました。フリーで働いて生活費はちゃんと稼げるのでしょうか? 将来展望のきびしさを思い知らされてアドさんは少し落ちこんでしまいました。
超のつく人手不足が日本を襲う「看護師志望は安泰ですか?」
モリさんの希望は、看護師。モリさんの職業適性は、アンケートの分析結果では80%以上でした。能力や性格、体力も看護師になるには申し分なし。
モリさんが気になっているのは、医療業界の先行きです。
「母が看護師なんです。母から、あちこちの病院や介護事業所の経営が苦しいという話を聞いています。医療って今後どうなりますか?」
するとイカさんは答えます。
「きびしいですね。国の医療財政は出血多量で瀕死状態です。国は出費を抑えるためにベッド数を削減しつつ、診療報酬を抑えようとしています。医療機関の収入は増えないのに、人件費や医療材料、つまりガーゼなどの価格はあがる一方です。どんどん経営が苦しくなっています。また戦後建てられた多くの病院が老朽化していますが、建替えの余裕がないところが増えています」
モリさんは家族から日頃聞かされているのか、うんうん、とうなずいています。
「人手不足の問題もあります。日本は少子高齢化で、働く世代が減りつつあります。とくに人手が減っているのがエッセンシャルワーカー、つまり医療介護、建築運輸、飲食など社会を直接支える現場で働く人々です。人が集まらなくて閉鎖される診療所や、人を雇いたくても雇えずに統廃合される医療機関は増えるでしょう」
「大変なんだ」と、アドさん。他人ごとのように聞いています。
ニュースでもよく聞く国の財政赤字の話です。教科書にも載っています。でも、生活はとくに変わりませんし、危機感もありません。
ですから、モリさんが熱っぽく話しはじめたときは驚いてしまいました。
「母の知りあいが公立西病院に勤めているんですが、赤字がひどくて、来年には市内のほかの病院と統合するんだそうです。職員も大幅リストラされるといっていました」
知っている病院の名前を聞いて、アドさんは思わず声がでました。
「え、西病院がなくなっちゃうの?」
「そうだよ。中央病院と統合するから、市の反対側になっちゃう」
西病院は、アドさんの家から徒歩二十分ほどの総合病院です。子どもの頃から、何かとお世話になっています。中央病院は、西病院よりも大きな医療施設ですが、市の東側にあって、うちからバスで三十分以上かかります。西病院がなくなってしまうと、中央病院にいくしかなくて、ものすごく不便です。
ようやくアドさんにも事態の深刻さがわかってきました。
「そんなの、困るよ」
二人は口々にイカさんにたずねました。
「イカさん、日本の医療ってどうなっちゃうんですか?」
「看護師の仕事の将来性は?」
イカさんは、まあまあ、と二人をなだめました。
「看護師という仕事は、社会が変化しても、持ちこたえるジョブのひとつです」
「強さの理由は?」とアドさん。
「看護師という資格をもとに、色んな形で働けるからですよ」とイカさん。
「企業に勤務して定時で帰る働き方もできますし、教育者やコンサルタントとして活躍する人もいます。キャリアアップを目指すなら、看護の大学院が併設されているところがおすすめ。認定看護師、専門看護師、診療看護師の三つは、実務五年以上、認定看護師以外はさらに大学院で看護学の修士をとることが条件なので」
モリさんは必死にメモを取っています。イカさんは続けます。
「ちなみに認定看護師になるために必要な費用は、入学金や授業料、登録料を含めて百万から二百万、厚生労働省の教育訓練給付金の適用を受ければ、訓練費の二割から五割が支給されます。職場によっては、無償奨学金などの支援制度が用意されている場合もあります」
アドさんは、西病院がなくなる話でまだ動揺しています。
「さっきイカさんは『国は出費を抑えるためにベッド数を削減しつつ』っていっていたけど、病院のベッドが減らされたら、入院している人たちはどうなるの?」
「短期間で退院するか、在宅療養になりますね」
イカさんは、マジメな表情でいいました。
「国は医療を、病院から在宅療養に切り替えようとしています。病院は、長く入院できるところではなくなり、治療を受けて容態が落ちついたら在宅療養かリハビリ施設に移ることになるでしょう」
「リハビリ専門病院は、希望する人が多いから入院するのは大変だと思います」 とモリさん。
「これも母の受け売りなんですけど、回復期のリハビリ、つまり容態が落ちついたあとのリハビリの診療報酬が減らされちゃって、受けたい人はたくさんいるのに、病院は治療すればするほど赤字になっちゃうらしいんです。だから受け入れを絞っていると聞きました」
その話を聞いて、アドさんは、友だちのカヤさんが愚痴をいっていたことを思いだしました。カヤさんは車椅子なしでは生活できませんが、入院はしていません。身体機能を維持するためのリハビリテーションが欠かせないため、自宅を改装して理学療法士の指導のもと在宅でリハビリテーションをおこなっています。
本当はリハビリ専門病院に通いたいのだそうですが、なかなか予約が取れないため、在宅に切り替えたのだとか。
イカさんがしんみりといいました。
「今の日本は、病気になれば、たいていその日のうちに診察を受けられて、入院することが可能ですが、それができない時代がくるのかもしれませんね」
ためし読みはここまでです。
本書の巻末には、「冒険者手帖」と称した【性格タイプ別のお勧め進路と未来の職業予測】を掲載していますので、物語を読んだあとに現実的に自分の将来を考えることができるようになっています。
「正解の進路」や「安全な将来」は、実は誰にも用意されていないのかもしれません。
けれど、迷いながら考えること、自分の言葉で語ろうとすること、それ自体が一つの力になります。
次回は、また別の選択と、その先の現実へ。
少しだけ肩の力を抜いて、続きをのぞいてみてください。