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ものがたり

怪盗レッド スペシャル第14話 白里奏の部活体験!?

     

 次の日のお昼休み、志野が声をかけてきた。
「奏、今日の放課後、家庭科部の体験入部にきて大丈夫だって」
「もちろん、行くよ!」
 わたしは、元気よく返事する。
 今度は家庭科部。
 こっちも、外からだとあんまり想像がつかないんだよね。
 演劇部の手の込んだ衣装をまかされたりしていて、すごい人たちだっていうのは、知ってるんだけど。
 放課後になって、わたしは志野といっしょに、家庭科部の部室にむかう。
「ここが部室だよ」
 志野に案内されて、部室の中に入る。
 うわぁ……衣装がいっぱい。
 部室には、大きめのテーブルがあって、そこに作りかけの演劇部の衣装らしきものが置いてある。
 ほかにも、壁際にある衣装かけには、色とりどりの服が、たくさんかかっている。
「志野、こんにちは。そして、いらっしゃい。あなたが白里さんね」
 立ちあがって、歓迎してくれたのは、奥にすわっていた3年生の先輩だ。
 ほかにも、アスカ先輩のクラスで何度も顔をあわせたことがある、春川優月(はるかわ・ゆづき)先輩や、1年生のすがたもある。
 なにやら、いそがしそうにしてるけど。
「部長の木塚(こづか)です。今日はよろしくね」
 奥にすわっていた先輩が、こっちまできてくれる。
「はい、よろしくお願いします!」
「そんなにかしこまらなくて、大丈夫だよ。白里さんは、どれぐらい裁縫はできる?」
「ええと、ボタンをつけたり、服がやぶれたりしたときに、縫えるぐらいには」
「じゃあ、基礎的なことはできる感じかな」
 木塚部長は、裁縫道具がならんでいるあたりをがさごそすると、布と裁縫道具をとりだす。
「これで刺繍をしてもらうのが、部員に最初にしてもらうことなんだけど、いいかな?」
「はい。どういう刺繍をすれば……?」
 なにかデザインがないと、刺繍しにくい。
「このあたりのデザインを使っていいよ」
 木塚部長はそう言って、何枚かの紙をとりだす。
 そこには、きれいな花や、かわいい動物のイラストが鉛筆で描かれている。
 どれもかわいくて、これが刺せたら楽しそう!
 どれにしようかな……。
 このかわいらしい犬にしようっと。
 わたしは、犬の描かれた紙を見ながら、さっそく刺繍をはじめる。
 刺繍は、何度か亡くなったおばあちゃんに、教えてもらったことがある。
 だから、やり方はわかるんだけど、なかなかむずかしい。
「ゆっくりでいいからね」
 木塚部長に言われて、わたしはうなずきつつ、刺繍に集中する。
 そんなふうにしていると、あっという間に時間がすぎて、顔を上げると、時計が1時間ほど進んでいた。
「もう、こんな時間……」
 集中していたとはいえ、びっくりだ。
「だいぶ、縫えてるね」
 木塚部長が、わたしのそばによってきて、刺繍の様子を見てくれる。
 犬の形にはなってると思う。
 デザインとくらべると、だいぶちがう感じもするけど……。
「最初はみんな、そんなものだよ。やってると、どんどん腕があがるからね! あ、そうだ。せっかくだから、ほかのこともやってみる? 今は学園祭で展示する衣装のデザイン画を描いているところだよ。家庭科部員でデザインして作る衣装なの。テーマはないから、自由に描いていいよ。自分で着たいものでもいいし」
「デザイン画ですか?」
「そう。衣装を作るには、まずデザイン画を描いて、どういう服にするか決めてから、具体的にとりかかるの。だから、デザイン画はその衣装の出来を左右するんだよ」
 そっか。
 
「でも、そんなに大事なもの、わたしが描いていいんですか?」
「みんなでたくさん描くからね。その中で何枚かが選ばれるの。こういう言い方をしちゃうとあれだけど、ほとんどボツになるのがあたりまえだから、気軽に描いてみて」
 木塚部長が、紙と鉛筆をわたしてくれる。
 う~ん。
 いきなり「デザイン画」といわれても、どういうのを描けばいいのかな。
「奏ちゃんもデザイン画描くの?」
 志野が言いながら、となりの席にうつってくる。
「うん。でも、なにを描いていいんだか、さっぱりなんだよね」
「まずは、自分が着てみたい服を考えたらどうかな?」
「それはいいかも」
 わたしは、さっそく紙にむかってみる。
 自分が着るなら、やっぱり、動きやすい服がいいよね。
 わたしは、思いうかんだ服を描いてみる。
 できあがったのは、Tシャツっぽいトレーニングウェアと、ショートパンツ。
「奏ちゃん、描けたの?」
 志野が、きいてくる。
「うん。だけど、こんな感じで……」
 わたしは、志野に今描いたデザインを見せる。
「動きやすそうで、奏ちゃんに似合いそうだけど、これを作ろうと思ったら、逆に本格的な服作りになっちゃうね」
「えっ、そうなの?」
 衣装づくりも、十分本格的な服作りだと思うんだけど。
「どうしたの?」
 木塚部長が、様子を見にくる。
「デザインを描いてみたんですけど、こんな感じで」
 わたしは木塚部長に、デザインを見せる。
「なるほどね。動きやすそうでいいと思うよ。ただ、こういう洋服だったら、買ったほうが安くて、良質なものがあるんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。こういう服なら、生地の伸縮性や、吸水性がいいものを選ぶでしょ。そうすると、この1着だけを作ろうと思ったら、すごく材料にお金がかかるの。お店で売ってるものは、たくさん作ることで、材料代を安くできるんだけどね……だから、せっかく家庭科部で作るなら、お店に売ってないものになるといいな」
 木塚部長が、説明してくれる。
 考えてみれば、そうかもしれない。
「白里さん、これをベースにして、もっと考えてみない?」
「ベース?」
 わたしは、首をかしげる。
「そう。この動きやすそうな服で、既製服にはないようなデザインを加えて、かわいく装飾するの」
「あっ、そうか。ためしてみます!」
 わたしは、アドバイスを受けて、もう一度デザインにむき合ってみる。
 ショートパンツの部分に、ひらひらのドレスっぽいのを足して、上も変えて、長袖のふんわりした感じにしたら、かわいくなるかも……。
 わたしは、思いついたことを、描き足していく。
 …………んんんっ?
 わたしは、できあがったデザインに、思わずうなる。
 なんか変。
というか、バランスが悪い。
 でも、具体的にどこを直せばいいのか、わからない。
 まわりを見ると、志野も木塚部長も、自分のデザイン画に集中してる。
 邪魔はできないしなぁ。
「――奏ちゃん、なにかこまりごと?」
 声をかけてくれたのは、春川先輩だ。
 にこにこと、わたしを見ている。
「え~と、デザインを描き足したんですけど、なんか変になっちゃって……。でも、春川先輩いそがしくないですか?」
 部室にきてから、ずっと衣装作りをしてる人たちの真ん中にいたんだよね。
 春川先輩は、家庭科部のエースだってきいたことがある。
とても、体験入部のわたしの相手なんか、させられないよ。
「大丈夫だよ。それと、わたしのことは優月って名前でよんでよ。アスカちゃんにも実咲ちゃんにもそうでしょ」
「じゃあ、優月先輩?」
 わたしが確認すると、優月先輩はうれしそうにうなずく。
「うん。ちょっと、奏ちゃんのデザインを見せてもらえるかな?」
「はい」
 わたしのデザインを描いた紙をわたすと、優月先輩は真剣な表情で見つめる。
 そんなに真面目に見られると、なんだか、ドキドキしてくる。
「これって、元は、すっきりした服をベースにしてるよね?」
「はい。ただ、それだとふつうに買ったほうが、いいものがあるからって」
「そうだね……じゃあこうしたら、どうかな?」
 優月先輩は、べつの紙にすらすらと、デザインを描きはじめる。
 あっという間に描き終え、手わたしてくる。
 紙を受けとって、優月先輩のデザインを見てみる。
 うわぁ……。
 ベースは、わたしが最初に考えた動きやすい服。
 そこから、足の動きを邪魔しない形で、ひざたけぐらいの布が足されている。
 上は半袖のままで、フリルのついた、かわいいデザインに変わっている。
 動きやすそうだし、かわいい!
 これ、着てみたいっ!
「すごいっ! あっという間に、こんなかわいいデザインになるなんて……」
「そんなことないよ。デザインにも基本の技術があるんだ。奏ちゃんが入部したら、教えてもらえるし、きっとうまくなるよ」
 でも、やっぱりだれにでもすてきなデザインができるわけじゃなくて、優月先輩がすごいんじゃ……。
 アスカ先輩から、話はきいたことがあるけど、今日、本当の意味でわかった気がする。
 わたしは、その日の部活終了の時間まで、そのまま、デザインを描いてすごした。
「白里さん、どうだった?」
 木塚部長がたずねてくる。
「楽しかったです! 経験したことないことばかりで」
 家庭科部も奥が深くて、やったら楽しそう……。
「気がむいたら、また遊びにきて」
 木塚部長はそう言ってくれて、わたしと志野は部室を出る。
「志野、ありがとう。今日のこと、木塚部長にお願いしてくれて」
「大丈夫だよ。見学とかも、けっこうくるし。奏ちゃん、どうだった?」
「おもしろかったよ! 刺繍も時間を忘れたし、デザイン描くのもわくわくしたし。……だけど、みんなみたいに打ちこめるのかどうかは、自信がなくて……」
「いそがなくていいから。奏ちゃんが本当に入りたい部活に決めたらいいよ」
 志野はそう言って笑う。
 志野も、みんなも、心が広いなあ。
 本当に、わたしっていい友だちにめぐまれたと思う。
 それにしても、部活どうしよう……。
 
     

 それから数日たっても、わたしはまだ、部活を決められずにいた。
 生徒会も家庭科部も、楽しかった。
 だけど、これだ!っていう感じがないんだよね。
 そんなふうに思っちゃうのは、ぜいたくなのかなぁ。
 考えつつ、昼休みにろう下を歩いていると、むこうから見知った人が歩いてくるのが見えた。
「あっ、アスカ先輩」
「奏……どうしたの?」
 紅月飛鳥(こうづき・あすか)先輩は、なんだかすごく、びっくりしたような顔をしている。
「どうしたのって……?」
「だって、奏がわたしに飛びついてこないなんてさ。おなかでも壊した? 天変地異でも起こるのかも?」
 アスカ先輩が、心配そうな表情をしてる。
「わたしにだって、自重することぐらいありますよ! ここ、ろう下ですし」
 ほかの生徒を巻きこんだりしたら、危ないし。
「冗談だよ。でもなんだか元気なさそうだから。どうしたの?」
 アスカ先輩が笑って、わたしの顔をのぞきこんでくる。
「……ちょっと、悩みごとがあって」
 わたしは、おずおずと言う。
「そっか。なら、ちょっとむこうで話す?」
 アスカ先輩は言って、先に立って歩きだした。
 わたしも、あとを追う。
 ついたのは、体育館近くの人気のない日陰だ。
「悩みごとって、わたしに話せること? 無理に言わなくてもいいよ。気分転換に雑談するだけでもいいし」
 アスカ先輩が、笑顔で言ってくれる。
 こういうところ……わたし、先輩のこと、本当に大好きだ。
「いえ、話せます。というか、すごく単純なことで。……わたし、どこの部活に入ろうかって、悩んでるんです」
 わたしは生徒会と家庭科部を体験させてもらったことを、話す。
「やりたいことを見つけるって、むずかしいよね。わたしも演劇部に入るまで、だいぶ時間がかかっちゃったし」
 アスカ先輩は、まじめな顔で考えこむ。
 あっ、そうだった。
「アスカ先輩も、2年生になるまで、ずっと仮入部でしたよね? どうしてですか」
 わたしがたずねると、アスカ先輩はうーん、と言って腕を組む。
「演劇をやりきれる、っていう自信がなくってさ。ほんとにそれだけ。でも、演劇がわたしのやりたいことだって思えたから、正式に部員になったんだ。今は、ますます演劇部が楽しいよ」
 アスカ先輩の笑顔がまぶしい。
「わたしも、入部したあとから、そう思えるようになるのかなぁ」
 入ってみたら楽しくなる、というのは十分ありうるよね。
 わたしが首をひねっていると、先輩が言った。
「でも、奏の場合は、まず自分のやりたいこと……『ピンとくる』ものを、見つけたほうがいいかもね。奏なら、どれでもそれなりにうまくこなせるとは思うんだけど、『こなせること』と、『やりたいこと』って、ちがうから」
 こなせることと――やりたいこと。
 わたしの中に、1つ思いうかぶものがある。
 でも……。
「――今ある部活の中に、やりたいものが見つからないなら、自分ではじめちゃえば?」
 アスカ先輩は、いたずらっぽく笑ってる。
ああっ!
「それです!」
「へ?」
 いきなり立ちあがってさけんだわたしに、アスカ先輩はおどろいていたけど、
「ありがとうございます先輩っ! やっぱり、さすがはアスカ先輩ですっ!」
わたしはアスカ先輩にぎゅっと抱きついてから、その場からかけだした。
 そうだよ!
 用意された中から見つけようとしたから、むずかしかったんだ。
 やりたいことは、わたしの中にあったのに。

    ***

 1週間後。
「ふぅ……」
 わたしは1枚のプリントを持って、生徒会室から出る。
 手に持っていたのは、同好会許可証。
 新しい同好会が、学園と生徒会の許可を得て、認められたっていう証明書だ。
 わたしが新しく作った同好会。
 それは、「スポーツクライミング同好会」!
 わたしが、ずっとやってきたスポーツクライミングを、学校でもやりたい。
 いっしょに楽しめる仲間を、学校の中で見つけたい。
 そう思ったんだ。
 わたしは、生徒会と家庭科部にことわりに行ってから、動きだした。
 どっちも、残念そうにしてくれたのが、心苦しかったけど、「応援してるよ」って言ってくれた。
 それでこの1週間は、同好会を作るために必要な、わたしを入れて3人の仲間をさがしまわっていたんだ。
 ようやく仲間を集めて、この許可証をもらえた。
 しばらくは、スポーツクライミングをする場所は、外で借りることになるし、部室もまだもらえない。
 外の施設だって、そんなにいつも借りていたらお金がかかるから、部活では、学校の中でできるトレーニングをしたり、競技の動画を見て学んだりすることになると思う。
 クライミングは、1人でやるスポーツだ。
 だから、これまで仲間を作るなんて、考えたことなかった。
 でも、もし仲間が見つかって、いっしょにやれたら、きっとずっと楽しい。
 クライミングのおもしろさをほかの人にも知ってもらいたいし、いっしょにうまくなりたい。
それには、同好会に入ってくれる仲間をもっと集めたい。
 やることは山積みだ。
 だけど、これが……。
「わたしには、一番ピンとくる!」
 生徒会や家庭科部の活動を、見せてもらえたのは、すごくよかった。
 それぞれ「やりたいこと」に、仲間といっしょに打ちこんでるすがたが、すごくいいなって思えたから。
 あれがなかったら、新しい同好会を作る決心はつかなかったと思う。
「奏ー! 練習いこ」
「今日は、基礎体力作りなんでしょ。初心者なんだから、教えてよ」
 グラウンドに出ると、同好会の仲間がよんでいる。
「今行くー!」
 わたしは返事をして、走りだす。
 これからだ。
 わたしも、佐緒里や志野、そして先輩たちみたいに、熱中できるものを見つけた!

おわり



「怪盗レッドスペシャル」はこれからもつづくよ!
アスカが「演劇に入ろうっ!」と心を決めるエピソードは『怪盗レッド18 銀色の髪の転校生☆の巻』で読めるよ。


 


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