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ものがたり

謎解きカフェの「今月の謎」にチャレンジ! 第1回『謎解きカフェの名探偵』特別ためしよみ連載


※本記事内に出てくる「謎」の文字は、正しくは「二点しんにょう」

中学一年生のアイの家は、少し変わったカフェ。店のいたるところに「謎」が仕掛けられた、「謎解きカフェ」なのだ!

0. 謎解きカフェにようこそ

「ただいま」

 のれんをくぐって、古本屋に入る。

「おかえり、今日は早かったのねえ」

 カウンターの奥から、おばあちゃんが迎えてくれる。

 お店の中は、天井まで届く本棚で迷路みたいになっている。オレンジ色の照明がぽつぽつとあって、すみの方はちょっと薄暗い。

 いろんな本の匂いが混じりあって、甘いような、ほこりくさいような空気で満たされている。

 柱でカチコチしてるのは、ハトじゃなくてフクロウ時計で、一時間ごとに「ホッホウ」と鳴く。

 ——このレトロなお店が『古書ふくろう』——私の家(裏の姿)だ。

 カウンターの後ろに回って、靴を脱いで座敷に上がり、流しで手洗いうがいをしてから、おばあちゃんに声をかける。

「今日はどうする? 店番しよっか?」

「そうだねえ、うん、店じまいだけお願い」

 おばあちゃんが、ゆっくり答える。

「わかった。じゃあ、先にカフェの方を手伝ってくるね」

 狭い階段を上がり、中学校の制服をハンガーにかけて、きれいにアイロンがけされた白いシャツと黒いエプロンに着替える。髪を後ろで結んで、スカーフを巻いて、ベレー帽もかぶる。

 それから、また階段を降りて、古本屋の店内に戻る。お客さんがいないのをよーく確認してから、本棚の迷路を一番奥の行き止まりまで進む。

 店内のどの部分よりも、一段と暗いこの場所は、推理小説コーナーで、古今東西のミステリーが三方の壁に並んでいる。

 古本なので分類はざっくりと、右の棚が国内のハードカバー。奥が海外のハードカバー。そして左が文庫本と雑誌という感じ。

 ここに、ちょっとした「秘密の仕掛け」がある。

 ぱっと見ただけでは全然わからない。でも、掘り出し物を探すミステリー好きの人ならきっと、海外の推理小説の棚の下から三段目、一番右端にある本を見て「あれ?」と思うはず。

 色褪せた赤い布の背表紙には、金の箔押しでこう書いてある。

『バスカヴィル家のネコ ドナン・コイル』

 そう、シャーロック・ホームズシリーズの中でも超有名な、あの『バスカヴィル家の犬』じゃなくて『ネコ』。それに、作者名もなんか違う。

 ミステリー好きの人なら、まず間違いなく本を手に取ろうとする。いや、まあ、好みやこだわりや注意力は人それぞれだから、絶対とは言えないけど、大抵の場合は、棚から本を抜き出そうと手をかけて引っ張る。

 ……すると、あら不思議! カチッと音がして、本棚がススーッと横にすべり、その向こうにかくし通路が現れるのだ。

 通路の長さは約五メートル。壁は赤っぽいレンガで、ガス燈のような灯りが点いている。灯りにぶら下がった矢印型の札には「ようこそ、珈琲はいかがですか?」の文字。

 進むにつれて、コーヒーと、シナモンと、焼き菓子の匂いが強くなり、L字型の角を曲がった先には黒いアンティークなドアがある。ハンドルを押してドアを開けると……。

「あ、アイ、おかえり」

 黒いドアの向こう側は、白い世界だ。急に暗いところから出てきたから余計にそう感じるんだけど、そうじゃなくても、『カフェ・スカーレット』——私の家(表の姿)——は、天井も壁も白くて窓も大きいから、とっても明るい。

 出迎えてくれたのもシロちゃんだし。
 



 え、シロちゃんって誰? って、当然そう思うよね。もちろんちゃんと説明するけど、その前に私と家族についてちょっと解説。

 まず、私——倉本アイは、これと言って特技も特徴も無い、ただの中学一年生だ。趣味は読書。成績は良い方だけどスポーツはまるでダメ。ね、地味なことこの上ないでしょ?

 でも、私の家族は、なんと言うか、みんなキラキラしている。

 特に双子の妹のリンなんか、私とは顔も性格も全然似てなくて、光り輝いてる。

 ほら、何故か居るだけでまわりの空気が明るくなるタイプ。スポーツが得意で、頭も良くて、特にその気がなくても自然に目立ってしまう。リンはそんな子。

 あ、勘違いしないでね。リンはすごくいい子だし、私はリンが大好き。もちろんママとパパのことも。

 ママとパパは、この『カフェ・スカーレット』を経営している。二人とも国際ライセンスを持ったプロのバリスタで、とてもかっこいい。

 あと『古書ふくろう』のオーナーである、おばあちゃん。おばあちゃんは本好きだし、物静かで、家族の中では一番私に似ている気がするけど、若い時はすごい美人で、町内のマドンナだったらしい。

 だから、家族の中でキラキラしてないのは私だけで、これって結構肩身が狭い。

 まあ、ここまでが私の家族。住んでいるのは古本屋の二階部分で、古本屋とカフェは背中合わせに建っていて、さっき通ってきたかくし通路でつながってるってわけ。

 ちなみにあの入り口は「裏口」と呼ばれていて、裏口からカフェに入ってきたお客さんは、ものすごく歓迎され、お好きなドリンク一杯が無料になる。

 目立つとまずいので、本当は私やリンが裏口を使うのは禁止されてるんだけど、すいてる時間だからとか、雨だからとか、なんだかんだ理由をつけて、ついついこっちを通ってきてしまう。

 だって「表口」から出入りするには、通りをぐるっと遠回りしないといけないし、それに、かくし通路を通るのは、二つの全然違う世界を行き来するみたいで、いつもちょっとワクワクするのだ。

 さて、そんなわけで裏口からカフェに入った私を出迎えてくれたのは、シロちゃんだった。

 シロちゃんは、家族ではないけれど、家族同然と言うか、私たち双子にとっては実の兄のような存在だ。

 本名は雪丸史郎。なんだか雪だるまみたいな名前だし、色白なのは確かだけど、シロちゃんの外見は雪だるまと言うよりは、ちょっとミステリアスな白ネコっぽい。

 近所の「雪丸医院」の一人息子で、うちとは親同士の仲が良く、小さい頃から兄妹のように育てられた。お医者さん家の跡取り息子だけあって、もちろん医学部志望。ここら辺では進学校として有名な高校の二年生だ。

 その、勉強で忙しいはずのシロちゃんは、去年高校生になった時から、週三日ほどここでアルバイトをしている。そんなことしてていいの? って思うけど、本人曰く「成績を落とさなきゃいいんだよ」だそうだ。

 シロちゃんは、表情が読みにくくて、何を考えているのかイマイチわからない。

 キラキラしてるのは間違いないけど、うちの家族の私以外が放つ太陽のようなキラキラじゃなくって、月のように静か。いつも穏やかで優しくて、一緒にいるとなんだかホッとする。

「ただいま」

 私はスルリとカフェの店内に入って、裏口を静かに閉めた。

 あれ? なんだか雰囲気がおかしい。控えめな音量でジャズアレンジのピアノ曲が流れ、高い天井で白いシーリングファンがゆっくり回転しているのは、いつも通りななのに……。

「お客さんいないの?」

 キョロキョロしながら尋ねると、シロちゃんはシーッと言うように顔の前で人差し指を立ててから、カウンターを指差した。見ると、カウンターの内側でママとパパが座り込んで難しい顔をしている。

「僕もさっき来たばかりなんだけれど、どうも今月の新しい謎がらみで、なにかトラブルがあったらしい」

 そう、かくし通路があることからもわかったかもしれないけど、ここ『カフェ・スカーレット』は、ただのカフェじゃない。

 謎や仕掛けがいっぱいの、謎解きカフェなのだ。


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