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ものがたり

特別れんさい『逆転の天下人 徳川家康』第6回 ~新しい街をつくる~


 徳川家康(とくがわ・いえやす)がひらいた「江戸幕府(えどばくふ)」は、約260年もの間、戦争がほとんどなかった時代。わたしたちが暮らす現代にもつながる、「平和のいしずえ」をきずきました。
 
 しかし、「平和の世」までの道のりは、大ピンチの連続!? はじめは失敗ばかりで……?
 家族も城もうしない、敵の「人質」としてすごした幼少期から、織田信長(おだのぶなが)や豊臣秀吉(とよとみひでよし)との出会い、そして天下分け目の「関ヶ原(せきがはら)の戦い」まで。
 これを読めば、家康について、楽しく、そして深くわかることまちがいなし!(全8回予定)


 

信長が亡くなったあと、秀吉に仕えることになった家康。
関東の領地を治めることを命じられて……。




 

 家康は家臣をつれて江戸に入り、これから自分の治めることになる土地を見て回っていた。
「これが江戸城か。みすぼらしい城だな。二の丸なんか、海に浸かりそうだぞ」
 本田忠勝(ほんだただかつ)が、不満げな顔で言った。
 城の周りには葦や茅など湿地の草が生い茂り、辺りは潮の香りに満ちている。
 江戸湾(東京湾)は、ずっと奥のほうまで遠浅の海で、江戸城は入江のそばに柵を巡らせたような小さな城だった。
「そもそも関東の城は、どこも石垣や天守さえないからな。小田原攻めのとき、秀吉殿が築いた一夜城の石垣を見て、北条(ほうじょう)の者たちは驚いたらしい」
 と、榊原康政(さかきばらやすまさ)もけちをつける。
 信長が安土城に築いた「天主(てんしゅ)」は、秀吉が「天守(てんしゅ)」と名を変えてから、各地の城で作られるようになっていたが、まだ関東ではめずらしかった。
 そのせいで、ますます「田舎に来た」という気分になる。
 江戸が気に入らないのは、井伊直政(いいなおまさ)も同じだった。
「私も田舎育ちだが、この湿地はひどすぎる。いくら広くても、水びたしでは役に立ちません」
「まあまあ。城はすぐに改築する。さすがに駿府城(すんぷじょう)に比べて小さすぎるからな。だが、石垣や天守は、まだ必要ないだろう。もう少し様子を見よう」
 家康が言うと、すかさず直政が「いつ築くのです?」と聞いた。
「だから、様子を見て、いずれだ」
「殿はすぐにそれです。やはり、あんな領地替えは断ればよかったのですよ」
「なにを言う直政、殿があの場で受け入れなければ、徳川家は領地をすべて没収され、我らはなにもかも失っていたかもしれないのだぞ」
 忠勝がたしなめた。
 実際、危ないところだった。徳川のいた三河など五国に移れと命じられた織田信雄(おだのぶかつ)は、それを断ったせいで秀吉にすべての領地を奪われ、追放されているのだ。
 家康が言った。
「おまえたちにも新しい土地で苦労をかけるからな。大変な土地は私が引き受ける」
「殿のせいではありません、悪いのは秀吉だ」
「我らは殿とともにあります。関白を見返してやりましょう」
「そうですとも! 我らも関東の地をしっかりと治めてみせます」
「この苦難を乗り切るため、家臣一同、一致団結しますぞ」
「しかし……殿は、本当にこの江戸を徳川の本拠地にするのですか?
 直政の言葉に、他の家臣たちも心配そうな顔になった。
 家康は自信ありげにうなずく。
「ああ。ここでいい」
「関東にも、鎌倉や小田原など古くからの都市があるのに?」
「鎌倉や小田原は山がせまっていて平地が少なく、街を広げられないからな」
 なにより江戸にはだれもいない。鎌倉のように古くから住み着いて力のある者がいると、新しい街は作りにくいのだ。
 湿地と丘しかない江戸は、街を広げたいときにいくらでも広げられる。それに……。
「浜松には湖が、駿府には港があって交易が栄えた。この江戸にも、ほぼ同じものがそろっているからな」
ここに港を? なんと前向きなお考えを……」
「川の流れを変え、運河を造って適度に水をぬく。山をけずって平らにし、その土で湿地を埋め立てれば、すべてが街や水田にでき、内陸まで人や物を運ぶ水路にも生まれ変わる――」
 家康は湿地をながめながら、新しい江戸の様子を思い描いていた。水が豊富な江戸なら、お堀をうまく作っていけば城の守りも固くできるだろう。
 豊臣の天下で本当に太平の世になったのであれば、ゆっくりと時間をかけて江戸に大きな街を作ることができるはずだ。




「途方もない考えです。果たして、そんな街が本当にできるのでしょうか」
「できるのか? ではなく、やるのだ。私は江戸を京にも負けない街にしたい。もちろん、何百年もかかるだろう。だが、そのための土台だけでも作っておきたい。私の考えを、後の者が引き継げるようにな」
 家康が湿地を見つめてそう言うと、徳川三傑(さんけつ)と言われる家臣たちに遠慮して、今まで後ろに控えていた本多正信が言った。
「工事には、信玄公の家臣だった者たちが役立ちそうですな」
「もちろん、考えている。信玄堤を作った連中だからな。信玄公とは戦いはしたが、学ぶべきところの多い偉大な武将だった……」
 かつての敵・武田信玄は、洪水を防いだり用水路を作ったりするのに優れた治水技術の持ち主を家来にしていた。
 赤備えの兵法もそうだが、たとえ敵のものだろうと良いものはどんどん取り入れる――。
 武田が滅びたとき、家康はそうした者を見捨てず、徳川の家臣として召し抱えていたのだ。
「なるほど。殿の描いた江戸――私にも見えてきましたぞ」
「うむ。正信ならわかると思っていた」
 家康がうなずくと、忠勝が「ええい、新参が知ったふうな口を!」と小声でつぶやいた。
 忠勝は、同じ本多でも一度逃げてから徳川に戻ってきた正信とは仲が悪い。
 家康がため息まじりにたしなめた。
「古参も新参もないぞ、忠勝。言ってみれば、我ら徳川は関東ではみんな新参じゃないか」
「あ、いや。これは失礼をいたした」と、すぐに謝る忠勝。
「それぞれが得意なことをがんばればそれでいい。力を合わせ、この江戸を日の本の中心にしてやろう。その昔、幕府ができた鎌倉がそうだったように」
「「はは~っ!」」
 こうして家康が描いた江戸の街は、やがて百万人の住む都市になり、さらには人口一千万人の大都市・東京のいしずえとなったのである。


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江戸での街づくりをはじめた家康。
しかし、天下を治める秀吉のうごきが何だかあやしくて…?


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つづきは下の本をぜひチェックしてね!

★第7回の配信は、2月18日を予定しています。


作:伊豆 平成 絵:kaworu

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322043

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