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【先行連載】第10回つばさ文庫小説賞《特別賞》受賞作『学校の怪異談 真堂レイはだませない』第7回1-6 さあ考えよう。どうして幽霊は泣いているのか


こわい話にはウラがある?
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アンケートもあるので、ぜひ、連載を読んで、みんなの感想を聞かせてね!
『学校の怪異談 真堂レイはだませない』は2022年12月14日発売予定です! お楽しみに♪

表紙・もくじページ

【1-6 さあ考えよう。どうして幽霊は泣いているのか】

「うむ。まあ、ボクの考えが正しいとは限らない。だから気楽(きらく)に聞いてほしい」

 そうは言っても。


 わたしはお腹(なか)にグッと力を入れて、先輩の話にそなえた。

「さて、さてさてさて。幽霊、幽霊の正体。さきほどの鬼のように、まずはその特徴(とくちょう)をあげていこう。一つ、幽霊は学校の地縛霊(じばくれい)。二つ、悲しそうに涙を流す。三つ、アグリという言葉を唱(とな)えると苦しそうにする。四つ、幽霊は、柊(しゅう)の問いかけにこたえなかった。……あとはどうだい?」

「えっと、わたしのあとをついてきて、うらめしそうな顔をしていたこと、とか?」


「なるほど、柊の世界では、そうなんだね」

 え? わたしの世界では?

「さて、これらの特徴をふまえて、ボクはある可能性に思いいたった。もしかすると、幽霊を成仏(じょうぶつ)させてあげられるかもしれない。もちろん、柊の世界の中で」

「教えてください。どうしたらいいのですか?」

 先輩の目が、一瞬光る。それはまるで、「いいんだね?」とわたしに問いかけるようだった。

「柊、これも鬼と同じだ」

「同じ?」

「幽霊は学校に出る地縛霊。つまり、学校に強い未練(みれん)があるんだ。悲しそうに涙を流していたのは、学校でなにかがあったから。図書室をウロウロしていたのも、そういうことだろう」

「え? 図書室にいたのは、わたしのあとをつけていたからでは? アグリさんはわたしを見張っていて、わたしの行くところについてきたんです」

「柊の世界ではそうだったんだね。でも、ボクの世界ではちがう。幽霊は柊がふり向くと、すぐに逃げてしまったんだろう? ボクにはそれが、幽霊が柊を避(さ)けていたように思えるんだ」

 アグリさんが、わたしを避けていた? あとをつけていたんじゃなく?

「ねえ柊、こんな経験はないかな。本屋でも雑貨屋でもなんでもいいのだけど、お店の中で、歩くルートや買いたい品物がぐうぜんいっしょで、おなじ客(きゃく)と、何度もはちあわせして気まずくなること。おたがいに、『うわ、またこの人と目が合っちゃった』って思うこと」

「っ!? それって!」

「そう、柊も言っていたじゃないか。自分がジャマをしてしまっているのかもって。ぐうぜんだったんだよ。幽霊は柊のあとをつけたんじゃない、むしろ避けていた。でも避けた結果、ぐうぜん、またはちあわせしてしまった。そういうことは、よくあることだ」

「じゃあ、わたしをうらめしそうに見ていたのは……」

「幽霊は幽霊で、こう思っていたのかもしれないよ。『せっかく避けてるのに、どうしてこっちに来るんだ』って」

 鬼のときといっしょだ。先輩の言葉で、アグリさんの印象が、ガラッと変わってしまった。

「さて、つぎに呪文(じゅもん)について考えてみよう」

「呪文? ……あぁ、アグリアグリアグリって、何度も唱えるアレですね?」

「うむ。柊はフシギに思わないかい? どうしてアグリと唱えることが、対処法になるのか」

「それは……えっと、名前がアグリさんだから、ですよね?」

「どうして名前がアグリだと、それを唱えるのが対処法になるんだろう?」

「…………」

 なにも言えなかった。言われてみれば、どうして名前なんだろう。

 なにも考えず、そういうものだと受けとめていた。

「たしかに、化物(ばけもの)の名前を〝看破(かんぱ)〟することで、それを〝封(ふう)じる〟って考え方はある。名前を知る=隠(かく)された正体を見破るってわけだ。だけど今回の幽霊は、べつに正体を隠していたわけじゃない。ならばどうして、名前を呼んだだけで、幽霊は苦しそうにしたんだろう?」

 アグリさんの顔を思い出す。

 彼女は涙でぐちゃぐちゃになった顔を、もっとぐちゃぐちゃにして苦しがっていた。

「ねえ柊、ボクは思うんだ。きみが視た幽霊は、アグリなんて名前じゃないって」

「アグリなんて名前じゃない……」

 言葉をうまく飲みこめず、バカみたいにくり返してしまう。

「じゃあ、なんて名前なのです? というか、どうしてアグリと呼ばれているのですか?」

「逆なんだよ、名前がアグリだからアグリの呪文ができたんじゃない。アグリの呪文が先だったんだ。呪文が先にあって、幽霊はいつしか、アグリと呼ばれるようになった」

 ここで、わたしは気づいた。

 さきほどから先輩が、アグリさんを〝幽霊〟と呼んでいることに。

「幽霊は学校に未練があった。幽霊は人を避けていた、人が来ると逃げていた。幽霊はうつむいて涙を流し、そして、アグリという呪文に苦しんでいた」

 まるで、わたしの頭に刻みこむかのように、先輩はゆっくり語りかける。

「これらをふまえて考えよう。幽霊は生前、どんな状況だったのか。さあ、柊はどう思う?」

 わたしはある可能性を思いついていた。

 同時に、先輩がわたしを心配した理由にも気づく。

「アグリ――いや、幽霊さんはつまり……学校で、イジメられていたのですか?」

「うむ。ボクはそう思う」

「では、アグリという言葉は……」

「幽霊を傷つけるための言葉だろう」

 胸が、ギュッとしめつけられる。

「幽霊は、柊の言葉をムシした。それは、そうするしかなかったんじゃないか?」

 そうするしかなかった?

「ねえ柊、日本語を知らなかったら、日本語で話しかけられても、ムシするしかないだろう?」

「あぁっっっ!?」

 図書室に、ひびくわたしの叫び声。

 そ、それって……いや、でも、ありえないことじゃない!

「ゆ、幽霊さんは、外国人だったんですか!?」

「そうかもしれないし、外国育ちの日本人かもしれない」

 日本語が得意じゃない子が、イジメにあっていた。それは、つまり、

「アグリとは、安栗でも亜久里でもなく、アグリーだった。わかるかい? 英語の『ugly(アグリ―)』さ。『ugly』、その意味は、『醜(みにく)い』だ」

「そんなっ……!」

 一瞬、目の前が真っ暗になる。

 わたしは幽霊さんに、なんてことをしてしまったんだ。

 先輩の言うとおり、『アグリ』は呪文――呪いだった。幽霊さんを傷つける、呪いの言葉。

 それなのに、傷つけられていた幽霊さんが人をおそう悪霊(あくりょう)にされて、呪いの言葉が、退治の呪文として伝えられていたなんて。

 物語は勝者がつくる。被害者(ひがいしゃ)が悪者になる。

 いっしょだ。まるっきり、桃太郎の鬼と。

「柊、大丈夫かい?」

 先輩の言葉は、とてもやさしいひびきをしていた。

「もちろん大丈夫……ではないです」

「ないんだ?」

「……胸が痛いです。胃が苦しいです」

 自分の情(なさ)けなさがたまらず、わたしの声は震(ふる)える。

「でも、幽霊さんは、もっと痛くて苦しかったはずです」

「そっか」

 あっさりうなずく先輩。そんなことない――となぐさめられないのは、逆にありがたかった。

「柊、行こうか」

「え? どこにですか?」

「幽霊のところ。彼女に伝えなきゃいけないことが、あるんじゃないか?」

「でも、幽霊さんはどこにいるか……」

「幽霊が図書室に出たのは、図書室がひとけのない場所だからだろう。ならば、ほかのひとけのない場所をさがせばいい」

「なるほど、では行ってきます。先輩、その場所を教えてください」

「『行こうか』って言ったろ?」

 フッと笑う先輩。

「ボクもいっしょに行くんだよ」

「先輩と?」

「いけない?」

 じ~~っと、わたしの顔を見る先輩。あわてて目をそらす。

 いけない、というか、その、校内をあなたみたいな美少年と歩くのは、目立つというか、悪目立ちするというか、視線と嫉妬(しっと)を集めるというか……。

「柊、答えてよ」

 顔をグッとこちらに寄せる先輩。うぅっ、ち、近っ!

「……いけ、なく、ない、です」

「うむ」

 当然だね、と言いたげに、先輩はうなずく。

「だ、だかっ……」

「だか?」

 だから、いけなくないから、顔、近づけるのやめてください……!!!

 

 

 

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<第8回は2022年11月25日更新予定です!> 

※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・伝承等とは一切関係ありません。


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作:星奈 さき 絵:negiyan

定価
770円(本体700円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322104

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