KADOKAWA Group
ものがたり

【先行連載】第10回つばさ文庫小説賞《特別賞》受賞作『学校の怪異談 真堂レイはだませない』第4回1-3 さあ考えよう。どうして幽霊は泣いているのか


こわい話にはウラがある?
大注目の【第10回角川つばさ文庫小説賞《特別賞》受賞作】をどこよりも早くヨメルバで大公開! 
アンケートもあるので、ぜひ、連載を読んで、みんなの感想を聞かせてね!
『学校の怪異談 真堂レイはだませない』は2022年12月14日発売予定です! お楽しみに♪

表紙・もくじページ

【1-3 さあ考えよう。どうして幽霊は泣いているのか】

「きみは、鬼の正体ってなんだと思う?」

 美少年さんが、とつぜん問いかける。

 オ、オニノ、ショウタイ……?  

 言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。

 え、えーと、わたし、なにを聞かれているんだろう?

 いや、そもそも、わたしに話しかけているのだろうか。こんな美少年が、こんなわたしに。

「きみは、鬼の正体ってなんだと思う?」

 彼はくり返す。やっぱり、わたしに話しかけている……!

「鬼の正体。そうだな、たとえば桃太郎の鬼の正体は、なんだと思う?」

「えっと、その、急にそんなこと聞かれても……」

 彼の大きな瞳に見つめられ、わたしはあわてて目をそらす。

 ただでさえ男子と話すのは緊張(きんちょう)するのに、こんなに美しい人と話すなんてムリっ……!

「ふうん?」

 どこか不満げに、美少年さんがうなった。

「てっきり、きみは鬼が好きなんだと思ったんだけど」

 鬼が、好き? なんで?

「だってきみ、ボクの顔をぜんぜん見ようとしないから」

「え?」

 

「こんなに席があいているのに、となりに人が座っていたら、まず顔を確認するだろう? だけど、きみはそうしなかった。それよりも、ボクの読んでいた『鬼全体解剖図(おにぜんたいかいぼうず)』に注目していた。『鬼全体解剖図』は中学生の目をひく本とは、とてもじゃないが言えないだろう? だから、きみは鬼に興味(きょうみ)があるんだ――と、ボクは思ったのだけど」

 そう言って、彼はフッと息を吐く。ただそれだけのことが、とても絵になる。

「でも、ボクの考えはまちがっていたようだ」

「……えっと、一つ、聞いていいですか?」

 初対面の人に、わたしから質問するなんてめったにないのだけれど、この美少年さんはつくりものみたいで、つまり人っぽくなくて、まだ話しやすかった。

「いいよ」

「なぜ、さいしょに顔を確認していなかったと言いきれるんですか?」

「たとえ、チラッとでもボクの顔を確認したんなら、本に目をやるまでもなく、その時点でおどろいて固まるだろう? 『なんて美しい顔なんだ!』って」

「…………」

「その時点でおどろいて固まるだろう? 『なんて美しい顔なんだ!』って」

 聞こえてないと思ったらしく、彼はご丁寧(ていねい)にくり返してくれた。

 その口調はじまん気ではなく、照れすらも感じられない。

 春の後は夏だとか、雪に触れると冷たいだとか、そんな、当然の事を口にしているみたい。

 すごい、こういう人もいるんだ。

 自分を美しいといって、まったくイヤミにならない人。たしかに美しいもんな、と納得(なっとく)させられてしまう人。

 ――わたしとは、真逆の人。

「きみはまず『鬼全体解剖図』を見て、それから目線を上げてボクを見たんだ。それまでは、不自然なくらいにボクを見ようとしなかった。そうだろう?」

 そう、そのとおり。わたしは人を見るのも、見られるのも苦手なのだ。

「だから、鬼が好きなんじゃないかって思ったんだ。人よりも、鬼のほうが」

「鬼は好きじゃない……です。その手のオカルトは、みんな好きじゃない、です」

「そうか」

 そう言ってうなずく彼は、つくりものめいた無表情なのに、どこか残念そうだった。

 もしかして、人よりも鬼が好きなのは、この人のほうではないか。

「2―B、真堂零(しんどう れい)」

 え?

「真堂零。真実の真に、聖堂の堂、ゼロで零」

 ようやく、自己紹介されたのだと気づく。

「あ、えと、夜野目柊(やのめ しゅう)、です。夜盗(やとう)の夜、野良の野、目玉の目に、ヒイラギで柊。1―Aです」

「柊」

 いきなり下の名前で呼ばれ、ドキッと胸が鳴る。

「ヒイラギで柊。すばらしいな」

「す、すばらしいですか?」

 

 どちらかといえば、夜野目のほうが注目されるが。

「ヒイラギは魔除(まよ)けさ。節分(せつぶん)に、ヒイラギの葉とイワシの頭を玄関にかざる風習があるだろう? ヒイラギのとがった葉が、鬼の目を刺すらしい」

「そう、でしたか。言われてみれば、テレビで見たことがあります。家ではやりませんが」

「ふうん。やらないのか。夜野〝目〟で〝柊〟なら、そういうことかと思ったんだけど」

 ふたたび残念がる先輩。二回も残念がらせたという罪悪感が、わたしに口を開かせた。

「あ、あの、真堂先輩。さっきの、質問って……?」

「そのままの意味だよ。鬼の正体は、なんだと思うか」

「正体って、鬼は鬼、ですよね? 妖怪? アヤカシ? わからないけど、そういうもの……」

「なるほど」

 先輩は目を閉じた。なにやら、頭の中で、考えをめぐらせているようだ。

 目を閉じると、彼はますますつくりものめいて見えた。

 どれくらい時間が経っただろう。やがて、目を開いた先輩はこう言った。

「とりあえず、座るといい。長い話になるから」

 ……え、えぇ~、長い話に、なるの……?

 正直、帰りたかった。

 でもここで「いえ、わたしは帰ります」と言えるようなら、それはもう、わたしじゃない。

 しかたなく、わたしはさっきまで座っていた席についた。

 となりの席が思ったよりも近くて、胸がドキドキする。

 ……あ。

 なんでわたし、となりに座ったんだ。話を聞くんなら、向かいの席に座るべきでは。

 うぅ、いまから席を移る? いや、それはそれで失礼な気が。どうしよどうしよどうしよ。

「さて、はじめに――」

 中途半端(ちゅうとはんぱ)におしりをもち上げ、謎の中腰体勢(ちゅうごしたいせい)になったわたしを気にかけることなく、先輩は話しはじめた。

「きみはさっき、鬼は鬼、と言ったね。たしかに、鬼は鬼だ。妖怪、化物(ばけもの)、アヤカシ、そんな類いのものだ。では、あらためて聞こう、鬼とは具体的に、どんなものを指す?」

 ど、どんなものって。

「……えっと、その、大きくて、赤くて、角があって、トラ柄(がら)の腰巻きに、金棒(かなぼう)をもっていて」

 だいたいこんな感じ、だよね?

「うん。そのとおり。一般的な鬼のイメージをよくとらえている」

 美少年さんはうなずく。よかった、あってた。

「まあ、つけ加えるとすれば、人里はなれた場所に住み着いていることくらいか。ちなみに桃太郎に出てくる鬼は火を吐き、山を焼いたらしい」

「はあ」

 はあ、としか言えない。それが、なに?

「でもね、きみがいま言ってくれた鬼のイメージは、わりと最近のものではある」

「最近、ですか?」

「うむ。最近といっても、江戸時代にはすでに、そのようなイメージが完成していたようだ。しかし、鬼という言葉はもともと、もっと広い意味で使われていたんだ。めずらしい形の生物、奇妙(きみょう)な気配、古(いにしえ)の時代から伝わる邪神、そして幽霊。これら正体不明のよくわからない〝なにか〟は、みな鬼と呼ばれていたのさ」

「え、幽霊が鬼、ですか?」

 幽霊と鬼は、うまく言えないけど、なんかこう、別物、だと思っていた。

「そうさ、かつて幽霊は鬼だった。『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』によると」

「わ、わみょ?」

「『倭名類聚抄』。日本最古の漢和辞書だね。それによると、平安時代には鬼はオニともモノとも呼ばれていたという。オニはもともと〝隠(おん)〟がなまって伝わったもので、人前から〝隠れた〟正体不明の〝なにか〟を、まとめてオニといっていた」

 先輩の説明は流れるようになめらかで、よどみがまったくない。鬼が好きなんじゃないかって予想は、どうやら当たっているようだ……うん? 鬼が、好き?

 鬼が好きで、美少年って、あれ、どこかで…………あっ!

「か、怪異潰(かいいつぶ)し……」

「ほう」

 わたしのつぶやきに、先輩がうなる。

「怪異潰し、ね。ひさしぶりに聞いたな」

「じゃあ、あなたは……」

「怪異潰し、祓(はら)い屋(や)、呪術解除師(マジックキャンセラー)、妖怪王子、あとはオカルトマニアだったか。うん、ボクはそんな風に呼ばれているよ」

 実在、したんだ。アグリさんにつづいて、こっちも。

「あの、先輩」

「なんだい?」

 先輩がわたしの目をのぞきこむ。それだけで、キラキラがちりばめられた少女マンガのように、先輩の周りがパッと華(はな)やぐ。

 わたしはあわてて目をそらした。

「えっと、先輩って、そういうのが好きなんですね。鬼とか、妖怪とか、あと……幽霊とか」

「好きだよ」

「…………」

 やっぱり、となりに座るべきじゃなかった。この距離で、『好きだよ』は心臓に悪い。

 この人、声までいいんだ。

「昔、とある理由があって、ボクは怪異に関心をもった。怪異のことを調べていくうちに、ハマってしまったんだよ。底なし沼にハマるみたいに。いまでも、抜け出せないでいる。まあ、それを短い言葉で表すなら、好きってことになるんだろうね」

「じゃ、じゃあ、先輩は、怪異の存在を、信じているんですね?」

「ああ、それはもちろん――信じていない」


 

\小説賞受賞作を応えん/

この連載では、毎回感想を書きこめたり、
アンケートに答えたりできます。
あなたからの声が、新しい物語の力になります☆
つばさ文庫の新シリーズを、ぜひ応えんしてくださいね♪



<第5回は2022年11月15日更新予定です!> 

※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・伝承等とは一切関係ありません。


もくじに戻る


作:星奈 さき 絵:negiyan

定価
770円(本体700円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322104

紙の本を買う

電子書籍を買う


ヨメルバで読めるつばさ文庫の連載が一目でわかる!



この記事をシェアする

ページトップへ戻る