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こわい話にはウラがある?
大注目の【第10回角川つばさ文庫小説賞《特別賞》受賞作】をどこよりも早くヨメルバで大公開!
アンケートもあるので、ぜひ、連載を読んで、みんなの感想を聞かせてね!
『学校の怪異談 真堂レイはだませない』は2022年12月14日発売予定です! お楽しみに♪
表紙・もくじページ
【1-4 さあ考えよう。どうして幽霊は泣いているのか】
「ああ、それはもちろん――信じていない」
「え?」
それは、予想外の言葉だった。
てっきり、信じているって、そう言ってくれるものだと。
だって、あんなに鬼にくわしくて、スラスラ楽しそうに語って。
もしかしたら、わたしと同じ視(み)える人なんじゃないかって……そう期待(きたい)してしまった……。
「信じていないよ。怪異(かいい)なんて、この世に存在しない」
先輩の口調はゆるぎないものだった。
「好きなのに、そう思うのですか?」
「好きだから、だよ。いいかい柊(しゅう)、もしこの世に怪異が存在したらどうなるか、想像してごらん。悪霊(あくりょう)や鬼がはびこる街を、呪いや祟(たた)りがあふれる今日を。大変だよ、好きとか言ってられないさ。鬼や幽霊なんて、存在しないほうがいい。存在しないフィクションだから、楽しめる」
先輩の意見は正しい。正しすぎる。
でも、わたしは知っているのだ。幽霊が存在することを。
だって、この目で、何度も視たのだから。
「柊、不満げだね?」
「……はい」
先輩の問いかけがやさしくて、本音をもらしてしまう。先輩はそんなわたしをじっと見た。
「もしかして、柊は〝視える側〟なのかな」
「っ!」
「何人か、そういう人は知ってる。……そうか、柊もそうなのか。うむ、それは、うらやましい」
「うらやましい?」
先輩は遠い目をして、天井を見つめた。
「ボクは鬼とか妖怪とか幽霊が好きなんだけれど、彼らは、どうやらボクのことが嫌いらしい」
「それは、どういう?」
「柊、ボクはね、霊感がまったくないんだ」
そう言った先輩の瞳は、やけに切なげで、やっぱり美しかった。
「どんな心霊スポットに行っても、なにも視えない。どんな呪具(じゅぐ)を身につけても、なにも感じない。どんな超能力者に会っても、なにもされない。どんなタブーを犯しても、なにも起こらない。そんなボクを見て、一部の人はこう言った――〝怪異潰(かいいつぶ)し〟と」
あぁ、この人は、ほんとうに怪異が好きなんだ。
好きだから、心霊スポットに何度も行って、呪具を何個も身につけ、超能力者に何人も会って、タブーを何回も犯した。
「いつしか、ボクのところに怪異がらみの相談が舞いこむようになった。幽霊、悪魔、憑(つ)き物、呪い……だけど、相談の中のどんな怪異も、ボクには一切感じとれない。それどころか、それらはすべて、怪異に見せかけたニセモノだった」
怪異が好きなのに、怪異を感じとれず、怪異の裏をあばいてしまう。
だからオカルトマニアだったり怪異潰しだったり、真逆のアダ名がついたんだ。
「でもね、それでいいんだ。怪異はニセモノで、ニセモノゆえにすばらしい。怪異の話を直接聞けるってだけで、ボクは十分なのさ」
不思議な人だな、と思った。
怪異の存在を否定しながら、この人は、だれよりも怪異を求めているみたい。
「あぁ、そうだ」
ポンと手をたたく先輩。
「ちなみに、最初の質問の答えなんだけれど」
「最初の?」
「ほら、桃太郎の鬼の正体。それも、怪異に見せかけたニセモノだと、ボクは思っている」
「鬼は、鬼じゃなかったってことですか?」
「柊は桃太郎を読んで、不思議に思ったことはないかい?」
桃太郎のあらすじを、頭に思い浮かべる。
そもそも、桃から子どもが生まれるわけないとか、川から桃が流れるときのサウンドが〝どんぶらこ〟っていうのは作者さん個性出しすぎではないかとか。いろいろ思いつくけれど、先輩が望んでいる回答ではないだろう。
「ボクはずっとフシギだったよ。どうして桃太郎は、鬼ヶ島から金銀財宝を家にもって帰れたのかって」
「え? それは、鬼を退治(たいじ)したから、ですよね?」
鬼を退治して、鬼にうばわれた金銀財宝を取り返した。うん、フシギなことなんてない。
「柊、桃太郎は、おじいさんとおばあさんがつつましく暮(く)らす家で育ったんだ」
先輩は、なにが言いたいの?
「いいかい? 桃太郎は、うばわれた金銀財宝を取り返したと語られている。でもね、柴刈(しばか)りを生業にして、質素(しっそ)な生活をしている家に、金銀財宝なんてあったのだろうか?」
「あっ!!!」
どうして。
どうして、気づかなかったんだろう!
「金銀財宝は、はじめから鬼のモノだった、ボクはそう思うんだ」
「でも先輩。それじゃ、桃太郎が……」
「うむ。桃太郎のほうが、鬼から財宝をうばったんだ」
わたしの中の桃太郎像が、一瞬でくずれさる。
「じつは被害者(ひがいしゃ)だった鬼の正体、それはボクらがあげた鬼の特徴(とくちょう)を考えればわかる。大きくて、赤くて、角(つの)がはえていて、トラ柄(がら)の腰巻きをつけて、金棒(かなぼう)をもっていて、人里はなれた場所に住んでいる。そして桃太郎に出てくる鬼は火を吐き、山を焼いた」
わたしはすっかり、先輩の話に引きこまれていた。
人を見るのも見られるのも苦手だったのに、先輩をじっと見つめて、話の先を待っていた。
「ちなみにこの中で、角とトラ柄の腰巻きは考えなくていい」
「え、どうしてです?」
「鬼門(きもん)て言葉があるだろう? 風水なんかで使われる、避(さ)けたほうがいい方角」
鬼門――鬼。
「鬼門とは北東のこと。北東は昔、艮(うしとら)と呼ばれていたんだ」
「うし、とら……!」
「そう、角とトラ柄は牛とトラ、艮から来ている。つまり、これは言葉遊びなのさ」
言葉遊び、つまり、本来の鬼の特徴ではないってことか。
「柊、ポイントは火を吐き、山を焼いたことだよ。昔話でこれが出てきたら、それはたいてい、製鉄(せいてつ)のメタファー、つまり、たとえ話だ」
「製鉄……鉄を、つくる……」
「それだけじゃない。ほかの特徴もみな、メタファーなのさ」
鉄。火。焼く。赤。金棒。人里はなれた。
頭の中をグルグルと、キーワードたちが駆けめぐる。
火、赤、山を焼く、鉄、鉄を、つくる………………あ!
「そういう、ことですか……!」
「気づいたね」
満足げに、うなずく先輩。
「そう、桃太郎に出てくる鬼たちの正体は、人里はなれた山奥で、鉄をつくり生活していた一族(いちぞく)だ」
火を吐くとは、鉄をつくるときに出る火炎や火の粉。山を焼くとは、鉄を燃やすために大量の木を切ったこと。体が赤いのは、肌が火に照らされたから。金棒は、もちろん鉄製。
あぁ、ぜんぶ、つながる……!
「金銀財宝とは、貴重な製鉄技術によってつくられた鉄製品、もしくは鉄をつくる技術そのもの。桃太郎は、それをうばったんだ」
「どうして桃太郎はヒーローに、鉄づくりをしていた人々は鬼にされてしまったのですか?」
「物語はいつだって、勝者がつくるからだよ。戦いに勝った側が、自分たちに都合のいい物語をつくったんだ。都合の悪いことは、ぜんぶ敗者に押しつけて」
あぁ、ありそうなことだ、と思う。それは、いまも変わらないから。
「……先輩、すごいです。ぜんぶつじつまが合いました」
「こんなことを話すから、怪異潰しだなんて言われてしまうんだ」
先輩はつまらなそうに、肩をすくめる。
先輩によって、桃太郎の鬼は鬼ではなくなった。ある意味、退治されてしまった。
……でも。
「先輩、わたしの話を聞いてくれませんか? ついさっき、視たものについて」
わたしは、幽霊を知っている。この目で、たしかに、ついさっきも視たんだ。
「そうくると思ったよ」
そう言って笑う先輩。わたしをバカにしてるんじゃない。わたしの話が楽しみなんだ。
「わたし、視たんです。アグリさんと呼ばれる、智聡中学(ちさとちゅうがく)の地縛霊(じばくれい)を視たんです」
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<第6回は2022年11月18日更新予定です!>
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・伝承等とは一切関係ありません。
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