7.ファーストゲームとぼくらの首輪
準備期間も、すでに半分が過ぎたころ。
「ね、ねえ、知ってた? ファーストゲームの状況って、けっこうヤバかったんだよ!」
別館の縁側で、となりに寝転んだモネは、高速でキーボードを打ちながら楽しそうに言った。
ぼくはいま、あざみとモネと自分用の変装道具を作っているところだ。
「4年前、実は、『玉枝』を狙って、超危ない犯罪組織や世界の諜報機関、極悪非道の詐欺集団なんかが、こ、この敷地に侵入をもくろんでたんだ!」
「まじか、知らんかった!」
「で、でも、結果的に『玉枝』までたどりつけたのは、僕たちだけだったんだ!」
「しししっ 本郷グループが、厳戒態勢をとってたのに、それを全部突破してきたのは、小学4年生って、かなり笑える! あのときすでに、大人をなぎ倒せた楓って、いま考えると本当に規格外だよね」
あざみは千手楼に提出する計画報告書を書きながら、となりで筋トレをする楓を見て笑った。
「改めて考えると、ぼくたち、かなりとんでもないことをしたんだな」
この敷地内の、おびただしい数のセキュリティ装置に加えて、別館にあるカメラでぼくらが監視されてたりするのも、納得だ。
「こ、この首輪も、24時間、僕たちのアクセスしたネットワークとか居場所とか、周囲の音まで録音してるしね」
モネは銀のプレートをつまんだ。
「まあ、ちょっといじれば、い、一時的に機能を止めたり、音声を別のものに変えたりすることはできるけどさ。軍事用の本格的なやつだから、外すことは、僕にもできなかった」
そう言ったモネは、ふへへって笑ってつづけた。
「た、たまにこっそり機能を停止して、ダークウェブで情報収集してたんだ」
モネは、やっぱりすごい。
ぼくも何度か機能を止めたり、外そうとしてみたりしたけど、お手上げだった。
しばらく首をひねって何かを考えていたモネが、突然、パッと顔を上げて、ぼくらを見た。
「改めて思ったんだけどさ! 本郷グループがつくった【トコヨノクニ】で、バロイア国と『スペード印』が同盟を組むって、す、すごいことだよね!」
確かに、千手楼はバロイア国に『玉枝』を奪われてるし、バロイア国と『スペード印』もライバル関係だ。
「みんな腹に一物を抱えてる、大人の世界なんだね。おれは将来、絶対にこの業界にだけは入らない」
あざみはそう言って、肩をすくめた。
「ふへへへ、これぞ、陰謀うずまく【100億円求人】だね」
モネは何かをひらめいたように、パソコンで文章を打ちはじめた。チラッとのぞけば、ファイルのタイトルには『世界の陰謀まとめ』って書いてあった。
「変なサイトに書き込みとかするなよ。情報漏えいしたら、千手楼に殺されるからな」
楽しそうにキーボードを打つモネに、あざみがぴしゃりと言った。
大人しく作業を再開したモネのとなりで、ぼくは寝転がって今回の変装相手の情報資料を読み込んだ。
「報告書、書くの疲れたぁ」
と言って、ごろごろ転がってきたあざみが、ぼくの上にのっかる。
「モネ。これ、本郷グループの情報と、千手楼のプロフィール?」
ぼくの頭にあごをのせたあざみが、モネのパソコン画面に表示された内容を指さしたから、ぼくも一緒にのぞいた。
世界中の武器をどこから仕入れ、どこに売るかを見極める武器専門の貿易企業――本郷グループ。
それは、世界一多くの死に関わり、戦争の勝敗を左右するとまで言われる、戦争の支配者。
大胆で独創的な本郷武蔵が、一代で築いた会社だ。
「改めて、世界を牛耳る本郷グループの最高責任者って字面を見ると、ぼくたちの雇用主が本当に危険な存在だってわかるな」
あざみの首輪についた冷たいプレートが、ぼくの背中をぞわりとさせる。
「ふーん。千手楼はいま36歳なんだ? その若さでも、武器商人としての腕はかなり良くて、武器を見極める目は確か」
あざみの口が開くたびに、ぼくの頭がしずむ。
「で、性格は、神経質で野心家。でも、部下にはあんまり慕われてないんだ?」
「わはは、部下に好かれてへんのは、かわいそうやな」
「昔はただの不良グループの一員だったけど、18歳のときに本郷武蔵に偶然出会って、気に入られて、武器商人の弟子になったらしいね。ふぅん」
「モネ、よくこんな情報が見つけられたな」
「ふ、ふへへ、まあね。個人情報を盗むのは、得意なんだ」
「本郷は50代で、千手楼を拾ったってことでしょ? もう、孫みたいな気分だったろうな」
苦々しい声をだすあざみ。
「絶対、昔の千手楼もかわいくないよ。おれの方が絶対かわいい。ね、楓?」
ぼくの上からごろりと下りて。
ウェットティッシュで手をふきながら、無視をきめる楓にあざみはもたれた。
あざみは疲れると、からみが多くなるタイプだ。
基本的にあざみがからむのは楓だから気にならないけど。
ぼくは、チラッと周りの監視カメラを横目に見て、声をひそめて聞いた。
「そういえば、あざみも、千手楼が本郷を殺したと思う?」
「うん。【蓬莱郷】をめぐって、争ったと思う」
楓に引きはがされながら、あざみも小さな声で返してくる。
「え! そうなんか!?」
「ふへへへへ、なんだか、陰謀がありそう! 面白くなってきたね」
「まだ憶測だけどね」
そう言ったあざみは、またぼくの背中にのっかる。
そして、モネのデータを指さした。
「千手楼は、かなりの人間不信らしいね。近くにいる部下はいつも1人。最高でも4人まで。この敷地内にも、最低限の使用人しかいない」
「なるほどなぁ。だから、監視役は少ししかいないんだな」
「こ、ここに隠しカメラとか盗聴器とか、感知センサーとかが大量にあるのは、人間よりも、機械のデータを信じてるってことだね」
にやっと笑って、じゃあ仕事してくる、とモネはパソコンを持って部屋に戻っていく。
「わたしも、ちょっと走ってくるわ」
そう言って黒手袋をはめなおして縁側を去った楓を、ぼくは寝転がったまま見送った。
温かい日ざしに、あくびがでて、大きく口を開けたぼくは。
ふいに息苦しさを感じて、首輪と首の隙間に指を入れた。
首輪は、常にまとわりついて、その存在を忘れさせてくれない。
そのプレートに書かれた、逃げられないって言葉みたいに。
「ねえ、高橋って、『バッド・フライデー・ナイト』って映画、観たことある?」
いまだにぼくの上に乗ってるあざみは、ぼくの肩口から顔をのぞかせて言った。
「ああ、あれか、観たよ。キャラクターの容赦のなさが良かったよな」
かなり過激な、殺し屋のミステリーアクション映画だった。
「めちゃくちゃ最高だった! おれ、あの主人公のヤマトを尊敬してるんだ!」
あざみはいまみたいに、頬を赤らめて、目をかがやかせる顔をよくする。
子どもっぽくてかまいたくなる顔なんだけど、こういうときは、だいたいどす黒い感情のこもったヤバいことを考えてるって、ぼくは知ってる。
「へえ、なんで尊敬してるんだ?」
「実のおにーちゃんをヤったから」
ここでのヤるっていうのは、葬るって意味だ。
ぼくは、ボロボロだったあざみを知ってる。
あざみをそうしたのが、兄たちだってことも。
なんとなく話を変えたくて、ぼくの上でくつろいでるあざみに言った。
「あざみ、きみって、たまにどうしようもなく甘えん坊になるね」
「気を引きたいんだ」
上目づかいで、かわいこぶるあざみ。
「気を引いてどうするの?」
あざみはごろんとぼくから下りると、上体を起こして言った。
「こうするの」
その手にはぼくの財布がにぎられていた。
パンツの後ろのポケットに入れてたやつだ。
「すごい、ぜんぜん気づかなかった。あざみは本当に器用だな」
「高橋の意識は、おれの顔と、おれの体重の乗った背中あたりに集中してるからね」
肩をすくめたあざみ。
「気を引くのは得意なんだ」
「すごいなぁ」
これからは、あざみが目をきゅるんとさせたら、気をつけようと思う。
「よし、休憩終わり。働くかぁ」
立ち上がってのびをしたあざみは報告書を持って、楽しそうに歩き出した。
「財布は返せよ?」
<第4回へ続く>
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