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ものがたり

『100億円求人』先行連載 第3回


 

■舞台:日本
■主人公:”ちょっと変わった”中学生たち

「トップ・シークレット」あんのまるさん最新作は、世界が注目する海上のカジノシティ【トコヨノクニ】を舞台に、命がけで極上な《バトル×アクション×だましあい》!!

むかう敵は極悪非道な武器商人たち。
その目的は、4年前の「ある因縁」にさかのぼる――

「お前たちは逃げられない。絶対にだ」

こんな物語、見たことない!!
さぁ、極上のゲームの、はじまりです!

 

6.業務開始!

  8月1日 午前10:45 in別館
 千手楼と契約を交わしたぼくらは、これから約1ヶ月間、この敷地内で生活をする。
 そこで、別館を与えられたんだ。
 ここに来る前に、ぼくらは夏休みの間、家に帰らないことを親や部活にうまくごまかしてあるから、これから仕事だけに集中できる。
「作戦会議だ」
 別館のロビーで、あざみが言った。
「おれたちは、『玉枝』を手に入れて千手楼に渡せば、100億円をゲットできる」
 ソファに座ったぼくたちは、あざみの言葉にニヤリと笑った。
「【トコヨノクニ】のオープニングセレモニーまで、準備期間は約1ヶ月」
 時間は限られてる。
「まずは、ハッカーのモネ」
 モネはパソコンをいじる手を止めた。
「お前に【トコヨノクニ】のシステムをハッキングしてもらう」
 モネは目をキラッとさせた。
「ふ、ふへへ、【トコヨノクニ】は、島全体に最強のAIセキュリティシステムを使ってるんだ。ケースを開けるには、まず島のセキュリティを突破して、AIをのっとらなくちゃいけないんだ」
『スペード印』の開発したAIセキュリティは、鉄壁の存在って言われているらしい。
 だれ1人として、そのセキュリティを突破できた者はいないんだって。
 あざみは挑戦的な眼をモネに向ける。
「1ヶ月で、できるね?」
「ふへへ、そんなにかからないよ」
 モネは肩をゆらして笑った。
「4年前、この敷地内の全部のシステムをハッキングしたのが、ぼ、僕だよ。システムの主導権だって、簡単に奪えるさ。1ヶ月後には、ぼ、僕が【トコヨノクニ】のAIのオーナーさ」
「言ったな? いまの、録音してるから、失敗したらいまのセリフ聞かせるからな?」
「あざみ、そういうところあるよな」
 レコーダーを振るあざみに、楓は半目になる。
「暴力って選択肢がとれない人間は、地道な準備が必要なんだよ」
 ハッと鼻で笑いながら自己弁護したあざみは、ぼくを見る。
「つぎに、高橋」
 ぼくは手を上げてほほ笑む。
「4年前、おれたちの偽造身分証から変装道具まで、あらゆるものを作った高橋。お前には、今回もたーくさん作ってもらうよ。まずは、3日で、ニセモノの『玉枝』をつくってほしい」
「ああ、まかせて、すぐにできるよ」
「この4年間で、お前の手が鈍ってないことを願ってるよ」
「あざみ、ぼくは大丈夫だよ」
 エナメルバッグから、無数のドライバーや小型印刷機などを取り出せば。
 あざみは気持ち良さそうに笑った。
「そして、楓」
 背筋をのばして、楓はあざみを見る。
「お前がするのは、筋トレだ」
「……筋トレ? それだけか?」
 楓の肩にひじをおいたあざみは、大真面目な顔をする。
「楓はリーダーだろ? 優秀な楓には、当日までに最高のコンディションでいてほしいんだ。前回もそうだったろ?」
「たしかに。リーダーのわたしは、当日がんばらなあかんもんな!」
「あざみはさ、なにするの?」
 モネが首をかしげて聞く。お前も働けよ?ってその顔にかいてある。
「おれも当日までに、いーっぱい働くよ。それはまたあとでくわしく説明する」
 ごほんっとせきばらいして、あざみは言った。
「今回の作戦のおおまかな流れは、だいたい4年前と同じ」
 そう言ったあざみの言葉に、ぼくらは視線を交わしてうなずいた。
 ぼくがアイテムをつくって、モネがハッキングして、あざみが変装して宝を盗んで、最後は楓の腕力で勝つんだ。
「おれたちはこれから、遊ぶんじゃない、働くんだ。気をひきしめろよ」
【100億円求人】。
 その響きが、ぼくの心をゆり動かす。
「ファーストゲームは失敗したけど、おれたちは、この【100億円求人】を成功させる」
 あざみの眼が、ギラリと光る。
「セカンドゲームのはじまりだ」

  ◯
 さっそく、別館のロビーで作業を開始したぼくは、テーブルや床に広げた金属部品やドライバーをながめて、また、昔を思い出した。
「なあ、4年前、はじめて会ったときのこと覚えてるか?」
「会った、って言っても、ネット上だけどね」
 ダークウェブっていう、特別な方法をとらないとアクセスできないウェブサイト。
 そのなかの、とあるトークルームで、小学4年生のぼくらは出会った。
「ちょ、ちょうどあのころさ、どんな夢も叶えてくれるすごいものがあるってうわさが、ダークウェブで広がりはじめたんだよね」
「そのうわさが流れてから少し経ったあと、それが【蓬莱郷】っていう理想郷で、それをつくったのが世界一の武器商人、本郷武蔵だって情報を見つけたとき、現実味が一気に増して、ワクワクしたんだ!」
 あざみの声は高くなってる。
 そのころ、【蓬莱郷】に入るためには『玉枝』という鍵が必要といううわさまで流れはじめた。
 ちょうどそのときに、『蓬莱郷に行きたい』というタイトルの、トークルームをつくったのがモネだった。
「僕のつくったルームに急に入ってきてさ、ノンストップでチャットが進んだんだもん。さ、最初は怖かったよ」
 そう。だれでも入れるそのトークルームに偶然入ったのが。
 ぼくとあざみと楓だったんだ。
「とくに楓は、ひらがなと打ちまちがいが多くて読むのが大変だったね」
 横目で見るあざみに、うるさい、と楓は顔を赤くする。
 そこで、ぼくらは意気投合したんだ。
「こ、この別荘地で【蓬莱郷】を探しても見つからなかったけどさ、僕、4年前は楽しかった」
「あのファーストゲームのあと、少しは、生活もマシになったしね」
 あざみが遠くを見るような眼で、つぶやいた。
 ぼくらは、ゲームの準備の間、互いの人生をマシにするためにそれぞれに協力し合ったんだ。
 口にはしないけど、お互いに助けられたところがある。
「わたしも、あれからクソ親と離れて暮らせとる」
 4年前、初めて会ったときのぼくらは、それぞれにボロボロだった。
 とくに、楓とあざみはひどくて、2人とも目立つところにあざがたくさんあった。
 どう生活したら、あんなに傷だらけになるのか、あのときのぼくには想像もできなかった。
 ヴヴヴッ
 突然、あざみのスマートフォンがふるえた。
「うわ、千手楼に呼び出された!」
「ふ、ふへへ、骨は拾うよ」
 笑って部屋に戻っていくモネと、モネに中指を立てて別館を去るあざみを見ながら。
 ぼくも、テーブルに置いてた資料と貴金属をいくつか持って、2階の作業部屋に向かう。
 階段に足をかけたとき、ふいに視線を感じた。
 振り返れば、近くに楓が立っていて、ちょっとびっくりした。
「え、楓、どうした?」
「……あー、その、高橋。ちょっと、話聞いてくれへん?」
 楓が、首輪をなぞりながら、気まずそうに言った。
「ん? いいよ?」
「これは、べつにわたしの話やなくて、知り合いのことなんやけど……」
 たぶん、楓のことなんだろうな。
 となりで階段を上りながら、楓は中学校でやっかみを受けている男子のことを話してくれた。
「そっか、そいつは大変だったな。……楓、もしお前が、そういう嫌なことをされたらさ」
 ぼくは少しかがんで、正面から楓のひとみを見つめた。
「そういうときは、まず、“やめて”って言うんだ」
「……それでも、やめてもらえんかったら?」
「そしたら、周りの人に、“助けて”って言うんだ」
 楓の桜色の目が、丸くなった。
「言えそうか?」
「……それなら、言えるかもしれへん」
「えらいな、楓ならできるよ」
 それでも、楓は不安そうな顔をする。
「もし、それでも、うまくいかへんかったら……」
「そのときは、正当防衛だ」
 肩をすくめたぼくに。
 そっか、と楓は晴れたような顔で笑った。
 たぶん、楓は、最初に自分のことじゃないって言ったのを忘れてるんだろうな。
「ありがとうな」
「なんてことないよ」

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