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ものがたり

『100億円求人』先行連載 第1回


 

■舞台:日本
■主人公:”ちょっと変わった”中学生たち

「トップ・シークレット」あんのまるさん最新作は、世界が注目する海上のカジノシティ【トコヨノクニ】を舞台に、命がけで極上な《バトル×アクション×だましあい》!!

むかう敵は極悪非道な武器商人たち。
その目的は、4年前の「ある因縁」にさかのぼる――

「お前たちは逃げられない。絶対にだ」

こんな物語、見たことない!!
さぁ、極上のゲームの、はじまりです!


 

 この世界には、わからないことが、たくさんある。

 そして、わからないほうが良いことも、たくさんある。
 たとえば、伝説の武器商人、本郷武蔵が隠したかった真実とか。
 まあ、ぼくの話は、だいたいテキトウだから、信じすぎないほうがいいけどね。

 


 

 満月が浮かぶ暗闇のなか。

 ハァッハァッ ハァッハァッ

 4つの小さな影が、古レンガに囲まれた道を駆け抜ける。

 その影の1つ――ぼくは、3人の仲間と逃げていた。

「どこだ! クソガキども!」

 背後から、男の怒鳴り声が響く。

 ぼくたちは一瞬だけ目を合わせて、吸う息すら押し殺して走りつづけた。

「よし、こっちに逃げよう」

 入り組んだ道の先を確認して、ぼくは3人に合図する。

「このままやと、見つかってまう!」

「ハァッ ぼ、僕、ハァッ もうむりっ」

「なんでこんなことになったんだよ」

 なんでこんなことになったか。

 それは、ぼくらがあるゲームをしたから。

 ぼくたちは、その勝負に勝った――はずだった。

「絶対に逃がさねえぞ!」

 男の足音が、すぐそばまで来てる。そのとき――

 ガッ 息絶え絶えだった仲間が、盛大に転んだ。

「ぐぇっ」

 その声に、背後の足音が、一瞬止まった。

 心臓が、ドクッと跳ねる。

 場所が、バレたんだ!

 仲間を立ち上がらせて、ぼくたちは全速力で角を曲がった。

 でも、その先は――行き止まり。

「両手を上げろ」

 ゆっくりと振り返れば、男が銃を構えていた。

 ぼくらは、逃げきれなかったんだ。

 両手を上げたぼくたちに、つきつけられたのは。

 銃弾ではなく――ガチャッ 

 “首輪”だった。

「この軍用デバイスは、お前たちの位置も音声も、全てを監視する。このスイッチを入れたら、お前たちが100メートル以内に近づいた瞬間に、これは爆発する

「「「「そんな!」」」」

 声をあげるぼくらに、リモコンをにぎった男は言った。

「100億円だ。100億円で、この首輪を外してやる」

 そして、男はするどい眼で笑った

 

 

「お前たちは、絶対に、逃げられないからな」

 

 

SECTIONⅠ どんなゲームをしようか

 

1.100億円求

― 4年後 ―

 はじめまして。

 最初に一言で自己紹介をするなら。

 ぼくは、自分を表すのに“ちょっと変わってる”って言葉を選ぶ。

 いまこれを読んでいるきみに知らせておきたいのは、ちょっと変わってるぼくの物語には、不思議な能力を使える石も、世界がおわりに近づく陰謀もないってこと。

 あるのは、うそつきなぼくらが、中学2年生の夏休みに、ある求人に参加する話だ。

 でも、面白さは保証する。

 だって、剣道部のただの14歳のぼくの首には。

 “首輪”がある。

 24時間監視される、絶対に外せない枷が。

 4年間、そんなものをつけてるぼくの話を、きみもきっと気に入ると思う。

 これからぼくの話をはじめる前に、もう1つ、2つ、自己紹介をしておきたい。

 ぼくの名前は、高橋勇誠。

 ぼくにはいわゆる、衝動的に行動してしまうところがある。

 スパァーンッ

 そう、いままさに、竹刀を振り下ろしたところなんだ。

 

「はぁ」

 夏休みの1日目が終わる、夕暮れどき。

 ため息をついたぼくは、小走りで住宅街を通り抜けた。

 だれも追いかけてこないってわかっていても、ぼくの歩幅は広くなる。

 剣道着や防具の入ったバッグと、布袋に入った竹刀が、何度も跳ねてぼくの背中にあたる。

「夏休み、もう部活には行けないな……」

 首についた枷が、いつもより苦しく感じて、ぼくはのどに手をあてた。

 ふいに思い出すのは、4年前の夏休みのこと。

「みんな、いま何してるかな……」

 一緒に過ごした3人とは、いまは連絡がとれない。

 あのとき、あの男から逃げきれていたら、いま、どんな生活を送れてたんだろう。

― 「100億円で、この首輪を外してやる」 ―

 ぼくらを捕まえた男は、4年前にそう言った。

「100億円かぁ、ほしいな」

 沈む間際の陽が、空を紫に染めるころ。

 ぼくが足を止めたのは、人気のない路地裏の先にある、廃工場。

「ここに来るの、ひさしぶりだなぁ」

 嫌なことがあったとき、家に帰りたくないとき、ぼくはここにやってくる。

 うす暗い工場内には、さびれた掲示板があって、いつ来ても新しい紙が貼ってあるんだ。

 多いときで10枚、少ないときでも3枚はある。

「今日は、4枚か」

 紙に書いてあるのは、“求人”だ。

 それも、ふつうのインターネット上や求人広告にはのってないようなもの。

 ちょっと変わってる不思議なお手伝いとかが多くて、おこづかい程度にしかならないものだ。

「この夏休み、部活に行かないで、家にも帰らなくていいのがあればいいな」

 ふと、ある1枚の紙が目にとまった。

 その求人内容を見て、ぼくは思わず笑い声を上げた。

 あの最高で最悪の夏休みから、4年。

「あっははっ 行こう」

 そこには【100億円求人】って書かれていた。

 

 こうしてぼくは、この夏、最高の逃げ道を見つけた。

【100億円求人情報】

集合日時:8月1日(土) 午前0:00 
集合場所:名古屋駅 バスターミナル
服装:ピアス・髪色・ネイル自由
内容:あるものを手にいれるかんたんなお仕事です
   経験者大歓迎・中学生もOK
   アットホームな職場です!
   ものづくりや情報収集、コミュニケーション能力や腕に自信のある人を募集中
実施期間:8月1日~8月30日(食事・宿つき)
報酬:100億円

 

2.ぼくの夜の旅路

  7月31日 午後11:00

 真夏の夜。

 ぼくはいまから、求人情報に書かれた集合場所に向かう。

 重たいエナメルバッグを肩にかけて、2階の自分の部屋を出れば。

 1階のテレビからニュースキャスターの声が聞こえてくる。

― つづいてのニュースです。本郷グループが8月30日に、【トコヨノクニ】というカジノシティをオープンすることを公表しました。ここは日本海に位置しており ―

 リビングのソファには、眠ってる父さんがいて、その周りには空っぽの缶ビールが落ちてる。

 ため息がでた。

 これは、ぼくがこの14年間で気づいたことなんだけど。

 人って、変わる。

 もしかしたら、もともとの性格を隠しきれなくなっただけかもしれないけど。

 どっちにしろ、ぼくからしたら変わったように見えるんだ。

 昔、「あいさつをするんだぞ」って言ってた父さんは、ぼくに「おはよう」も「いってらっしゃい」も言わなくなった。

「努力するんだぞ」とも言ってた父さんは、毎日、缶ビールを床に転がして、ソファで寝てる。

 だからぼくは、変わってしまったことを元に戻そうとしてる。

 家のあちこちに、昔とそっくりの家具を置いたり。

 数年前に妹が走ってぶつけた傷とかを再現したりして。

 昔住んでた家と同じにするために、ぼくが全部、元に戻してるんだ。

 出ていった母さんと妹が、いつ帰ってきてもいいように。

 何度も捨てられる家族写真を、ゴミ箱から拾ったりしながら。

「いってきます」

 返事がこないのは、わかってる。

 でも、これは毎回言うようにしてるんだ。

 いつか返事がくるかもしれないから。

 

 午前0時。

 名古屋駅のうす暗いバスターミナルには、ぼく1人しかいなくて。

 ふいに聞こえたエンジン音とともに現れたのは。

 闇にまぎれそうな黒いバスだった。

 明らかに、全てが怪しかった。

 カーテンが閉められたバスには、テレビで見た軍用車両と同じ素材が使われていて。

 ドアから現れた男の、黒いスーツのジャケットには、銃のふくらみがある。

 心臓が、ドクドクと波打つ。

 この求人を出した人物について、ある程度の確信はあったけど。

 ぼくの想定している人と、行き先とが100%合っているかは、わからなかった。

 もし、本当にヤバい仕事で、臓器とかとられたらどうしよう。

 不安と緊張、期待と興奮が、ぼくの手にじわりと汗をにじませる。

「これ、チラシを見ました」

 チラシを見せても、男の反応はうすい。

 ぼくは少しだけ考えて、えりを下げて首輪を見せた。

「乗れ」

 即答だった。

 ぐっと熱くなる体温に。

「あははっ やっぱり合ってた!」

 ぼくは久しぶりに、自分の心が動くのを感じた。

 運転手と、黒いスーツの男とぼくだけが乗ったバスは、完璧なセキュリティ対策がされていた。

 こんなバスで迎えられるなんて、VIP扱いをうけてる気分だ。

「目的地まで、これをつけてもらう」

 男に渡されたのは、黒い布の目隠し。

 VIPじゃない。ぼくは極悪犯みたいに扱われてる気がする。

「まあでも、楽しみだなぁ」

 暗くなった視界に、そのまま目を閉じて。

 これから仕事に参加するメンバーを思いながら、ぼくは眠りについた。

 

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