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小学生も中学生も共感まちがいなし!
派手な人気者の意見が通る、見た目や成績で目立つといじられる、生理の悩みは友達に話したくない・・・。クラスの「同調圧力」や、友だち関係で悩んだことがある人に、読めば勇気がわく物語!
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女子生徒はうつむき加減だが、確信した。定規で引いたような、まっすぐのおかっぱ頭。目はすらっと細くてあっさりした顔立ちをしている。
「みなさんとは初顔合わせになるけれど、クラスメイトの米倉愛(よねくらあい)さんです。事情があって、教室でいっしょに授業を受けるのは、今回が初めてですが、みんな、よろしくね。事情については、またあらためて、みなさんにお伝えします」
辛島先生は幾分(いくぶん)早口で言うと、愛に自己紹介(しょうかい)を促(うなが)すでもなく、座席のところまで案内した。優希はその様子をじっと目で追ったが、愛は誰とも視線を合わせないように床(ゆか)だけを見て歩いていた。
愛は小さなバッグをそのまま机の奥に突(つ)っ込むと、席に座った。いつの間にか、北側先生が前のドアのところに立っていた。辛島先生は愛を一瞥(いちべつ)すると、
「北側先生、よろしくお願いします」
とだけ言って、すぐに教室を出て行った。
いきなりの愛の登場でざわざわした空気が、北側先生が教壇(きょうだん)に立つとすぐにリセットされた。流星(りゅうせい)たち野球部員にとっては、部活の顧問(こもん)の授業でもある。彼らは、ふだんはダラダラやっているのに、座高の高さが新鮮(しんせん)に映るくらい、背中を板みたいにピンと反らせている。
辛島先生の話から想像すると、愛は教室には来られていないが、別室登校でもしているのだろうか。数学の授業を受けにきたのは、なぜだろう。
愛の背中を見ながら、ぼんやり考えごとをしていたので、チョークが黒板を打つ音にハッとした。
静かな分、チョークの書き音すら、教室の空気を震(ふる)わす。北側先生が連立方程式(れんりつほうていしき)のモデルを、とうとうと喋(しゃべ)りながらガシガシ書いていった。
機械的に書き写すものの、意味が全く頭に入ってこない。北側先生の声は、そのまま耳をすり抜(ぬ)けていく。
しばらくすると、愛は両肘(りょうひじ)を机について、両耳を手のひらで押さえた。書き写している様子もない。優希は愛が北側先生に何か注意されそうで、気が気でなかった。
北側先生は筆圧が強いせいで、チョークを時々折ってしまいながら、数式を書き連ねた。板書についていくのに、必死だった。
「みんな、ノートにもれなく書き写せよ。答えを導き出すまでの、途中(とちゅう)の式が重要なんだ。いくつかパターンを書いてみるから。これが基本だからな。書いたあとで説明する」
背中を向けていても、北側先生の声はよく通る。
愛が耳を塞(ふさ)ぐ手に、さらに力を込めるのが分かった。先生の話を聞きたくないとでもいうように。
優希は愛から目が離(はな)せなくなった。心配でノートを取る手が止まってしまう。北側先生の怒鳴り声など、誰も聞きたくない。
北側先生がチョークを置いた。両手をパンパンと二回打ち鳴らして、手についた粉を振り払(はら)うと、こちらに向き直った。
「米倉」
怒(いか)りを押し殺したような声は、静かな水面(みなも)に広がる波紋(はもん)のようだった。だが、愛の体勢は変わらなかった。
「ノートを取れって言っただろう。何でやらない?」
初めて教室に現れた愛を慮(おもんぱか)ってか、怒鳴り声ではなく、抑(おさ)えた口調だった。でも、ぐっと我慢(がまん)しているのは、眉間(みけん)に縦(たて)に刻まれた深いしわと、きつく結ばれた紫色(むらさきいろ)の唇から、ありありと伝わってくる。
愛はようやくそっと両耳から手を離した。
「寝てたのか?」
北側先生は続けた。
優希は後ろの席だから見えなかったけれど、目もつぶっていたのだろうか。眠(ねむ)っていたとは思えないが、もしそうなら、北側先生の授業でそんな強者(つわもの)を見たことがない。
愛はそれに答えず、首をかしげて人差し指で頭頂(とうちょう)をかいた。その反応に、北側先生がさらに不快感をあらわにした。
流星は自分のことでもないのに、身をすぼめている。
北側先生は急に黒板の方に向き直ると、黒板いっぱいに書いた数式を乱雑に消し去った。黒板消しから飛び散ったチョークの粉が、空中に舞(ま)っている。
「ぇー」
という、遠慮(えんりょ)がちな抗議(こうぎ)の声が上がった。優希をはじめ、まだ全部写し切れていない生徒たちがいたのだろう。
北側先生は黒板に向き直ったまま、恐(おそ)ろしいスピードで問題を書きなぐった。愛が体を硬(かた)くするのが分かった。
<第13回 天才の答え へ続く> 4月23日公開予定