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ものがたり

【ためし読み】『透明なルール』第9回 お父さんには言えないこと


小学生も中学生も共感まちがいなし!
派手な人気者の意見が通る、見た目や成績で目立つといじられる、生理の悩みは友達に話したくない・・・。クラスの「同調圧力」や、友だち関係で悩んだことがある人に、読めば勇気がわく物語!
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「あぁ。クライアントとの打ち合わせが、ドタキャンになってな」

 お父さんはフリーで住宅関連の設計士をしている。会社勤めではないので、勤務は比較的(ひかくてき)自由みたいだ。お父さんは、スピーカーから流れる曲のリズムを指で取りながら、

「優希もこの曲、好きなのか?」

 と、近づいてきた。

「うん、歌える」

 優希はちょうど巡(めぐ)ってきたサビの部分を、流暢(りゅうちょう)な英語で口ずさんだ。お父さんが目を細めた。

「……似てる」

「え?」

「あ、ごめん。優希、祥子(しょうこ)に……お母さんに、似てきたな。お母さんもこの歌、よく歌ってたんだ」

 お父さんは眼鏡のつるをいじりながら、目を伏(ふ)せた。

「このレコード、お母さんのなの? お父さんのじゃないの?」

 胸の奥の方がきゅうっと、締(し)めつけられた。

 お母さんは、優希が小学四年生のとき、血管の病気で他界した。いないことにもう慣れているはずなのに、今でもこうしてときおり、胸が苦しくなる。

「うん、それはお母さんの。お母さんが一番大切にしていたアルバム」

 優希はすぐにでも、ジャケットに抱(だ)きつきたい衝動(しょうどう)にかられた。でも、お父さんの前でそれは出来ない。

 哀(かな)しみを隠(かく)して元気に振(ふ)る舞(ま)っているお父さんを知っているからこそ、優希もお父さんの前ではお母さんへの想(おも)いを表には出さないようにしている。

「優希もアレだな。このアルバムだって、スマホなら簡単に聴けるのに、わざわざレコードで聴くって、意外と凝(こ)り性(しょう)だな」

「なんかね。面倒(めんどう)なんだけど、好きなんだよね」

「へぇ。スマホなら指先だけで、聴けるのに?」

 お父さんは、人差し指でタップする仕草をした。

「簡単じゃないから、逆にいいのかも。音楽配信だと形がないけど、レコードは形があるから、余計に愛情がわくんだよね」

 優希の瞳(ひとみ)が輝(かがや)いた。

「なるほど。レコードは場所も取るし、便利とも言えないのに。でもそういうところが、いいのかあ。アナログレコード、流行(はや)ってきてるらしいよな」

 お父さんは小刻みにうなずいた。

「それに、音に温かみがあるような気がする。音が優(やさ)しいっていうか」

「おお、そこが分かるっていうのは、俺に似たのかも」

 お父さんの笑(えがお)につられて、優希もへへっと笑った。またサビが巡ってくると、お父さんと優希はいっしょに口ずさんだ。

「これから買い物に行ってくるけど、夕飯何にしようかな。ゆうべも遅(おそ)くまで、勉強頑張(がんば)っていただろ。栄養つけなきゃ」

 お父さんはまだ体を揺(ゆ)らしながら、優希に尋(たず)ねた。

「実力テストだったからね」

「そっか。実力テスト、去年一番だったよな。優希は本当にすごいなあ。夕飯、何か食べたいものある?」

「何でもいいよ」

「それが一番困るんだよ。肉系、魚系? 洋風、和風、中華風(ちゅうかふう)?」

「じゃ、肉系洋風で」

「よっしゃ。他(ほか)に何か買ってくるものはないか?」

 お父さんはビジネスバッグをリビングに置くと、そのまま玄関に向かった。優希は咄嗟(とっさ)に、お父さんを追いかけた。

「お父さん、今日はわたしが買い物に行くよ」

 お父さんは眉(まゆ)を寄せる。

「いいよ。俺も早く帰れたんだし」

「早く帰れたんだから、たまには家でゆっくりすればいいじゃん」

「優希、だいじょうぶだよ。前にも言ったと思うけど、父子家庭(ふしかてい)だからといって、優希に家事をさせたくないんだ」

「だけど、買い物くらい、」

 優希は食い下がった。

「いいから、心配するな。それに買い物は、優希より上手だから」

 お父さんは大きな手のひらを、優希の頭の上にポンと置くと、出かけてしまった。

 以前は、優希が買い物をしたこともあった。

 でもそのとき、安売りしていないドレッシングを買ってしまったり、余計なものを買ったりして、お父さんを予想以上にがっかりさせてしまった。

 それ以来、我が家はお金に困っているのではないかと、優希は心配になった。

 セコいタイプでもなかったお父さんが、特売を気にしたり、少しでも切り詰めようとしている。

 娘(むすめ)には心配させまいとしているが、実は大変なのではないか。

 お母さんが生きているときは、お母さんもハウスメーカーの正社員として働いていた。むしろ、フリーのお父さんよりも、お母さんの収入の方が安定していたはずだ。

 逆に家事は、お父さんの方が得意だったことが、今幸いしている。

 優希はお腹(なか)をさすった。本当は自分で買い物に行って、ちょうど切らしている生理用品を買っておきたかった。


<第10回 押せない「いいね」 へ続く> 4月20日公開予定

『透明なルール』は4月24日(水)発売予定!


著者: 佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六変形判
ISBN
9784041145418

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 音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人におすすめ! 『透明なルール』佐藤 いつ子さんの『ソノリティ はじまりのうた』



著者: 佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784041124109

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