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小学生も中学生も共感まちがいなし!
派手な人気者の意見が通る、見た目や成績で目立つといじられる、生理の悩みは友達に話したくない・・・。クラスの「同調圧力」や、友だち関係で悩んだことがある人に、読めば勇気がわく物語!
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「あぁ。クライアントとの打ち合わせが、ドタキャンになってな」
お父さんはフリーで住宅関連の設計士をしている。会社勤めではないので、勤務は比較的(ひかくてき)自由みたいだ。お父さんは、スピーカーから流れる曲のリズムを指で取りながら、
「優希もこの曲、好きなのか?」
と、近づいてきた。
「うん、歌える」
優希はちょうど巡(めぐ)ってきたサビの部分を、流暢(りゅうちょう)な英語で口ずさんだ。お父さんが目を細めた。
「……似てる」
「え?」
「あ、ごめん。優希、祥子(しょうこ)に……お母さんに、似てきたな。お母さんもこの歌、よく歌ってたんだ」
お父さんは眼鏡のつるをいじりながら、目を伏(ふ)せた。
「このレコード、お母さんのなの? お父さんのじゃないの?」
胸の奥の方がきゅうっと、締(し)めつけられた。
お母さんは、優希が小学四年生のとき、血管の病気で他界した。いないことにもう慣れているはずなのに、今でもこうしてときおり、胸が苦しくなる。
「うん、それはお母さんの。お母さんが一番大切にしていたアルバム」
優希はすぐにでも、ジャケットに抱(だ)きつきたい衝動(しょうどう)にかられた。でも、お父さんの前でそれは出来ない。
哀(かな)しみを隠(かく)して元気に振(ふ)る舞(ま)っているお父さんを知っているからこそ、優希もお父さんの前ではお母さんへの想(おも)いを表には出さないようにしている。
「優希もアレだな。このアルバムだって、スマホなら簡単に聴けるのに、わざわざレコードで聴くって、意外と凝(こ)り性(しょう)だな」
「なんかね。面倒(めんどう)なんだけど、好きなんだよね」
「へぇ。スマホなら指先だけで、聴けるのに?」
お父さんは、人差し指でタップする仕草をした。
「簡単じゃないから、逆にいいのかも。音楽配信だと形がないけど、レコードは形があるから、余計に愛情がわくんだよね」
優希の瞳(ひとみ)が輝(かがや)いた。
「なるほど。レコードは場所も取るし、便利とも言えないのに。でもそういうところが、いいのかあ。アナログレコード、流行(はや)ってきてるらしいよな」
お父さんは小刻みにうなずいた。
「それに、音に温かみがあるような気がする。音が優(やさ)しいっていうか」
「おお、そこが分かるっていうのは、俺に似たのかも」
お父さんの笑顔(えがお)につられて、優希もへへっと笑った。またサビが巡ってくると、お父さんと優希はいっしょに口ずさんだ。
「これから買い物に行ってくるけど、夕飯何にしようかな。ゆうべも遅(おそ)くまで、勉強頑張(がんば)っていただろ。栄養つけなきゃ」
お父さんはまだ体を揺(ゆ)らしながら、優希に尋(たず)ねた。
「実力テストだったからね」
「そっか。実力テスト、去年一番だったよな。優希は本当にすごいなあ。夕飯、何か食べたいものある?」
「何でもいいよ」
「それが一番困るんだよ。肉系、魚系? 洋風、和風、中華風(ちゅうかふう)?」
「じゃ、肉系洋風で」
「よっしゃ。他(ほか)に何か買ってくるものはないか?」
お父さんはビジネスバッグをリビングに置くと、そのまま玄関に向かった。優希は咄嗟(とっさ)に、お父さんを追いかけた。
「お父さん、今日はわたしが買い物に行くよ」
お父さんは眉(まゆ)を寄せる。
「いいよ。俺も早く帰れたんだし」
「早く帰れたんだから、たまには家でゆっくりすればいいじゃん」
「優希、だいじょうぶだよ。前にも言ったと思うけど、父子家庭(ふしかてい)だからといって、優希に家事をさせたくないんだ」
「だけど、買い物くらい、」
優希は食い下がった。
「いいから、心配するな。それに買い物は、優希より上手だから」
お父さんは大きな手のひらを、優希の頭の上にポンと置くと、出かけてしまった。
以前は、優希が買い物をしたこともあった。
でもそのとき、安売りしていないドレッシングを買ってしまったり、余計なものを買ったりして、お父さんを予想以上にがっかりさせてしまった。
それ以来、我が家はお金に困っているのではないかと、優希は心配になった。
セコいタイプでもなかったお父さんが、特売を気にしたり、少しでも切り詰めようとしている。
娘(むすめ)には心配させまいとしているが、実は大変なのではないか。
お母さんが生きているときは、お母さんもハウスメーカーの正社員として働いていた。むしろ、フリーのお父さんよりも、お母さんの収入の方が安定していたはずだ。
逆に家事は、お父さんの方が得意だったことが、今幸いしている。
優希はお腹(なか)をさすった。本当は自分で買い物に行って、ちょうど切らしている生理用品を買っておきたかった。
<第10回 押せない「いいね」 へ続く> 4月20日公開予定