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ものがたり

【ためし読み】『透明なルール』第6回 はずかしい音読


小学生も中学生も共感まちがいなし!
派手な人気者の意見が通る、見た目や成績で目立つといじられる、生理の悩みは友達に話したくない・・・。クラスの「同調圧力」や、友だち関係で悩んだことがある人に、読めば勇気がわく物語!
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 午前中の授業は実力テストでつぶれたが、午後は普通に授業がある。実力テストの出来は、英語と国語はともかく、数学の自信が全くない。

 テストに全集中したので疲(つか)れていたが、五時間目は大好きな辛島先生の英語の授業なので助かった。

 辛島先生の授業は、メリハリがあって面白い。英語の発音もネイティブみたいに流暢(りゅうちょう)で、スラッとした容姿に前下がりのボブスタイルも格好良く、優希の憧(あこが)れでもある。

 昼休みが終わり着席すると、優希はぽっかり空いた目の前の席をあらためて見た。空席に慣れてしまって、ふだんは気にも留めなくなっていた。実際、朝教室に入ったときは意識したのに、午前中の実力テストの間は、忘れていた。

 ぼんやりしていたら、みんなの教科書を広げる音でハッとした。辛島先生が教科書を片手に、声を上げた。

「はい、今日も音読から始めます。わたしが一文ずつ読むので、そのあとについてきて」

 辛島先生が流れるように英文を読み上げると、みんながそのあとに続いた。優希は声を落として、辛島先生の読み方を真似(まね)た。なかなかいい感じだ。

 お父さんの影響(えいきょう)で、昭和に流行(はや)った洋楽のレコードを、家でよく聴(き)いている。

 うちにはまだ、レコードプレーヤーがあるのだ。聴いているうちに、歌詞を知りたくなり、歌詞カードを見ながら歌っていたら、いつしか発音が良くなった。これは友だちには言えない密(ひそ)やかな趣味(しゅみ)である。

「さて、今日は誰に読んでもらおうかな」

 全体での音読が終わると、辛島先生がみんなを見回した。優希は、指名されないようにそっと目を伏(ふ)せた。

「じゃ、牧さん。2パラグラフお願いします」

 瞳子があてられた。瞳子の英語はたどたどしく、ときどき発音も間違(まちが)えて、辛島先生に直されている。瞳子が終わると、

「続きは、うーんと、佐々木さん」

 うつむいていたのに、今度は優希があたってしまった。ゆっくり立ち上がり、つばを飲み込んだ。

「イット イズ ファン トゥー シング ソングス……」

 口がうまく回らない。優希がカタカナ英語でひと通り読み終えると、辛島先生は少し首をかしげながら、

「はい。間違ってはいないのだけど、もう少し抑揚(よくよう)をつけてごらん。平坦(へいたん)に読むのではなく、最初の一文だと、〝Fun〞にアクセントを持ってくるように、伸ばし気味にしてごらん。〝It is〞も区切って読まないで、続けてイリーズって聞こえるくらいに」

 と言うと、手本を示した。

「佐々木さん、やってみて」

 優希は教科書をがっちり持ち上げると、慎重(しんちょう)に英文をなぞった。

「うん。さっきより良くなったよ。はい、座って」

 優希はすぐに腰(こし)を下ろした。こちこちに固まっていた肩から力が抜けていく。

 英文が自然に読めない。みんなの前でいい発音で音読するのが、なんだか恥(は)ずかしい。

「英語の成績を伸ばすには、まず繰(く)り返し音読することです。音読だけやって他は何もやらない日があってもいいくらい、音読は最優先だからね。一日十分とか、時間を決めて続けるといいよ」

 辛島先生はみんなを見わたした。

 五時間目が終わると、瞳子はわざわざ優希の前の席の椅子をくるりと後ろに向けて、すとんと腰掛(こしか)けた。楓とまどかも集まってくる。

「一年のとき二組だった子に聞いたんだけどさ。優希ってめっちゃ頭いいらしいじゃん」

 瞳子にいきなり言われ、面食(めんく)らった。

「そんなことないって」

 優希はさらりとかわした。褒められているはずなのに、居心地が悪い。早く話題が変わってほしい。

「去年の実力テストって、校内トップテンに入ってたとか?」

 瞳子が肩を寄せてきた。

「いや、そんなじゃないって」

 優希は小さく首を振った。咄嗟(とっさ)に嘘(うそ)をついた。

「でもさ、優希。英語のテストにスピーキングなくて、良かったね」

 瞳子の言葉に、一瞬(いっしゅん)きょとんとする。

「あぁ、優希って案外、日本語英語っていうの? カタカナ読みだったよね」

 楓が笑ったので、

「スピーキングあったら、ヤバかったわ」

 優希は肩まですくめていた。

 調子を合わせている姿を滑稽(こっけい)だと、遠くから見ている自分にふたをする。加奈といるときは、もっと自然に振る舞(ま)えたのに。

「あ、時間ない。わたしトイレ行ってくる」

 瞳子は急に立ち上がると、出口に走った。

「うちもー」

 楓とまどかも続いた。優希は別にトイレに行きたくはなかった。三人が走り抜けた出口をぼんやり見つめていたが、我(われ)に返りすぐにあとを追いかけた。


<第7回 いじられキャラのクラス委員 へ続く> 4月17日公開予定

『透明なルール』は4月24日(水)発売予定!


著者: 佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六変形判
ISBN
9784041145418

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 音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人におすすめ! 『透明なルール』佐藤 いつ子さんの『ソノリティ はじまりのうた』



著者: 佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784041124109

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