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ものがたり

【ためし読み】『透明なルール』第5回 超名門からの転校生


小学生も中学生も共感まちがいなし!
派手な人気者の意見が通る、見た目や成績で目立つといじられる、生理の悩みは友達に話したくない・・・。クラスの「同調圧力」や、友だち関係で悩んだことがある人に、読めば勇気がわく物語!
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 四人いっせいに振り向くと、加奈がいた。加奈は少し驚(おどろ)いた表情になり、

「おはよう」

 遠慮(えんりょ)がちに片手を上げて、抜かしていった。優希がテニス部グループといっしょに登校しているのが、意外だったようだ。加奈の隣には冴がいた。

「今の誰(だれ)?」

 瞳子の声が大きめなので、ちょっと気になった。

「あ、加奈っていって、一年のとき仲良かった子。水泳が――」

 ここまで言うと、

「あー、うち、知ってる。スイミングで全国行った子だよね」

 と、楓がかぶせてきた。

「えっ、すごっ。将来オリンピックに出たりして!」

 まどかが興奮気味に言ったので、優希は嬉しくなって、

「そうなの。加奈ってほんとすごくて、」

 張り切って加奈自慢(じまん)を、話し出そうとしたとき、

「でもさ、オリンピックなんて、一度全国に行ったくらいで、そんな簡単に出られないよね」

 瞳子の言葉に、盛り上がった空気が一気にしぼんだ。優希は口をつぐんだ。

 それはそうかも知れないけれど……。

 瞳子は他(ほか)の人が褒(ほ)められたりするのが、面白(おもしろ)くないのかも知れない。

「あれ、なんかマズいこと言ったかな、わたし」

 空気を察したのか、瞳子が気にするような素振(そぶ)りを見せると、

「でも実際、難しいよね。オリンピックなんて」

 と、まどかがフォローした。

 加奈が自分で「オリンピックに出たい」とか言ったわけでもないのに、しっくりこない心地(ここち)がしたが、優希は黙(だま)っていた。

「ところでさ、優希の前の席の子って、ずっと来ないよね」

 瞳子が新しい話題を振ってきた。優希の前の席は、米倉愛(よねくらあい)という名の生徒の席だ。それは優希も気になっていたことだった。辛島先生から始業式の日に「米倉愛さんは隣の市から引っ越(こ)してきた転入生です」と聞いていたが、ずっと空席が続いている。

 転入生ならなおさら、最初のクラス替(が)えサバイバルに参入していないと、グループからあぶれてしまうかも知れないのに、と優希は人ごとながら心配していた。

「あっ、そうそう。米倉さんって、明星(みょうじょう)女学院から転校してきたらしいよ」

 と、まどかが手のひらを打った。

「えっ、そうなの?」

 驚きで優希の声が裏返った。

 明星女学院といえば、中高一貫(いっかん)の女子校で東大合格者を何人も出す、全国的にも超(ちょう)がつくほど有名な名門校だ。

 そんな名門校に折角(せっかく)合格したのに、どうして地元の公立中学に、わざわざ転校したのだろう。隣の市から引っ越してきたとしても、私立に通っていたなら、そのまま通えるはずなのに。

 優希の不思議顔を見て、まどかがさらにつけ足した。

「保育園の幼なじみが明星に通ってるんだけど、ママ同士が仲良しなんだよね。そっちからの情報。あ、転校の理由はよく分かんない。その幼なじみも、米倉さんと直接知り合いではなかったみたいだから」

「ふ〜ん」

 瞳子が鼻先で相づちを打った。

「いじめとかかな」

 楓が眉(まゆ)をひそめる。

「そのママさん情報によると、明星って校則の厳しさが半端(はんぱ)ないらしいよ。電車通学なのに、高校になってもスマホ禁止なんだって。バレたら退学って聞いた」

「そういうのが嫌(いや)だったとか」

 まどかと楓の会話に、

「そんなの勝手に推測したってしょうがないじゃん。だいたい米倉さんて子、一度も見たことないし、どっちでもよくない?」

 瞳子のひと声が入った。

「まあね」

 楓はぺろりと舌を出した。

 昇降口に着くと、優希は米倉愛の下駄箱(げたばこ)に目を走らせた。下駄箱は出席番号順なので、「や行」なら下の方だ。空っぽかと思いきや、そこにはブルーの運動靴(うんどうぐつ)が入っていた。

優希は内心驚いたが、瞳子たちに知らせて騒(さわ)ぎになるのもはばかられ、黙っていた。

 上履(うわば)きに履き替(か)えていると、

「おらー、最後の一周だ。もっと気合い入れて走れー」

 グラウンドの方から、北側先生の大声がとどろいた。足をひきずるようにランニングをしていた野球部員たちが、あえぎながら加速する。

「こないだの野球部の練習試合、エラーで負けたらしいよ。だから早朝からランニングばっかりなんだって。流星が愚痴(ぐち)ってた」

 瞳子が言った。瞳子と流星は仲がいい。というか、流星が瞳子に一方的に好意を寄せているのは、誰の目にも一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。

 部活の顧問(こもん)が北側先生だなんて、もし自分なら、どんなに野球がうまくても考えてしまう。新しい校長先生が、ブラック部活にも、てこ入れしてくれるといいのに。

 優希は同情の目でグラウンドを見やると、教室に向かった。

 明星女学院からきた米倉愛に、初めて会えるかも知れない。期待を込めて、教室をのぞいた。でも、優希の前の席は、相変わらず空席だった。


<第6回 はずかしい音読 へ続く> 4月16日公開予定

『透明なルール』は4月24日(水)発売予定!


著者: 佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六変形判
ISBN
9784041145418

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 音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人におすすめ! 『透明なルール』佐藤 いつ子さんの『ソノリティ はじまりのうた』



著者: 佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784041124109

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