
【学校でもない。家でもない。見つけた!わたしの大事な場所】大人気作家・夜野せせりさんが、つばさ文庫に登場! 『スピカにおいでよ』1巻冒頭を特別連載♪ ユーウツな気分をふきとばす、応援ストーリーです!

5 カフェ「スピカ」の正体
階段を駆け下りて、靴箱で靴を履きかえて、校門までダッシュする。
でも、七瀬(ななせ)くんのすがたはない。
ハンカチをぎゅっとにぎりしめて、左右をきょろきょろ。七瀬くんの家って、どっちの方向?
「あっ」
右だ。校門から右方向、ずっと先に七瀬くんっぽい男の子の後ろすがたが小さく見える。
友だちと立ち話してるみたい。走っていけば追いつける!
わたしが駆けだしたのと同時に、七瀬くんは友だちに手を振って、歩きだした。
「ま、待って~」
わたしは走っていて、七瀬くんは歩いているのに、ぜんぜん追いつけない……!
七瀬くん、すっごく足が速い!? っていうかわたしが遅すぎるだけ!?
それでも距離が縮まってきて、交差点近くで追いつきそうになったのに、絶妙なタイミングで信号が赤に変わった。わたしはその場で足踏みする。
わたしが信号待ちをしている間に、また七瀬くんが遠くなってしまった……。
横断歩道を渡り、住宅街へ。家並みを抜け、ゆるい坂道をのぼっていく。
あれ? この道、たしか前も通ったことがあるような……。
いつだったっけ?
坂道はどんどん急になっていく。ふだんから運動不足のわたしは、しんどくて息切れしてきたけど、七瀬くんのスピードは変わらない。
歩道のすぐそばを、バスが通り過ぎていく。
「……あっ、ここ」
思い出した。春休み、わたしが迷子になった、あの坂道だ!
わたしってばどこまで方向オンチなんだろう、ここまで来てやっと気づくなんて。
この坂道の途中で、わたしは七瀬くんと出会ったんだ。
七瀬くんを追いかけて、坂道をのぼっていく。
のぼりきったところに、白いきれいなペンション風の建物がある。
あの建物はカフェで、店の名前は「スピカ」。
「あの時と同じだ」
思わず、つぶやいた。
七瀬くんは、その白い建物――カフェのドアに手をかけて、入ってい……かない!?
ドアを開けるのをやめて、きゅうに後ろを振り返った!
とっさに身を隠そうとするけど、どこにも隠れる場所がない!
七瀬くんはわたしに気づいたのか、まっすぐにこっちに向かってくる。
「何してるの? 高梨(たかなし)さん。ずっと、あとつけてきてたよね?」
「あ、あとをつけてきた、っていうか」
結果的にそうなってしまっただけで。
「あの、これっ」
紺色の、星座のもようの入ったハンカチを、七瀬くんの目の前に差し出した。
「これ、七瀬くんのだよね? 教室に落ちてて、それでっ……」
「わざわざ追いかけてきてくれたの?」
七瀬くんは、きょとんと目をまるくした。
「大事なハンカチなんじゃないかなって思って。だって、星が好きなんだよね?」
わたしにとって、RUKA(ルカ)のキーホルダーが特別なように、七瀬くんにとってこのハンカチも特別な物なんじゃないかなって思ったの。たんなるカンだけど。
「……ありがとう」
七瀬くんは、少し照れくさそうにほほえんだ。
「大事ってほどじゃないけど……気にいってる。だからうれしい。ありがとう」
七瀬くんの笑顔を見た瞬間、わたしの気持ちもいっきにほぐれて、ふわあっとからだがあったかくなった。
春が来て、桜のつぼみがほどけるみたいに。
「と、ところでっ。このお店って」
なんだか恥ずかしくなって、わたしは、あわてて話題を変えた。
「カフェ、なんだよね? もしかして七瀬くんの家なの?」
カフェ「スピカ」。小学生が学校帰りにカフェに寄ってくなんて、聞いたことないもん。
「おれの家じゃないよ」
七瀬くんはスピカの青いプレートをちらっと見やった。
「それに、ここ、カフェでもあるけど――実は、塾なんだよ」
「え?」
塾? 塾って言った?
わたしは塾には通ったことがない。けど、どんなところかはわかるよ。
スーツを着た先生が、教室みたいなところで授業をするの。
ユキが通っていたのは個別指導の塾で、一対一で教えてもらってるって言ってたけど、カフェの中にある塾なんて聞いたことない。
「信じられない? でも、ほら」
七瀬くんは「スピカ」と書かれた星のかたちのプレートを裏返した。すると……。
「学習塾 ひみつきち……?」
プレートの裏には、そう書かれていた。
カフェ、スピカ。裏返すと、「ひみつきち」。
ぼんやり、プレートを眺めていたら。
「高梨さん、その」
七瀬くんはわたしに話しかけたけど、すぐに言いよどんでしまった。わたしの顔をちらっと見て、そして、「ひみつきち」のプレートに目線をうつす。
「?」
「このあと、なにか予定ある?」
「え? 特にないけど……」
「だったら」
七瀬くんは、ふたたびわたしの目を見た。
その目がみょうに真剣で、どきっとしてしまう。
「だったら、今から見学していかない?」
「えっ」
見学って、「ひみつきち」の!?
「やっぱ忙しい?」
わたしはぶんぶんと首を横にふった。
「めちゃくちゃヒマです!」
ほんとは家に帰って洗濯物を取り込んだりしなきゃいけないんだけど、あとでやる!
だって「ひみつきち」だよ。どうみてもカフェなのに、塾ってどういうこと? できればちょっと中を見てみたいなって、思ってた。
……でも。
「ほんとうに、いいの?」
七瀬くんはうなずいた。
「クラスのみんなに、内緒にしてくれるなら」
「七瀬くん、ここに通ってること、だれにも言ってないの?」
「うん」
「わたしは……いいの?」
七瀬くんはクラスの人気者で、友だちがたくさんいて。でも、その友だちのだれにも教えていない、内緒にしている場所なのに。知り合ったばかりのわたしが――。
「いいよ」
きっぱりと、七瀬くんは言った。
「いいよ、高梨さんなら」
えっ!
どきんと胸が鳴る。
ぽーっとしているわたしを見て、ちょっと照れくさそうに笑うと。
七瀬くんは、白い木のドアを、そっと開けた――。
カラン、とドアベルが鳴る。
ふわりと、コーヒーのかおりと、甘い焼き菓子のかおり。
「いらっしゃいませ」と、すずやかな声がわたしたちを出迎える。
お店の中は、とっても明るい。古びているけどきれいにみがかれた板張りの床、白くペイントされたかべ。やわらかい太陽の光が差し込んでいるの。
いたるところに観葉植物がかざってあって、ツタみたいなはっぱが窓枠に沿って伸びている。
カウンターから、女の人が出てきた。うちのママよりちょっと年上かな? ショートカットの、やさしそうな人。
「昴(すばる)くんいらっしゃい。この子は……」
「友だちだよ。高梨くるみさん。うちのクラスに転入してきたんだ」
胸が、じーんと熱くなった。
七瀬くん、わたしのことを「友だち」って言った。さも当たり前みたいに、さらっと……。
「高梨さん?」
七瀬くんがふしぎそうに首をかしげる。
いけない! 友だちって言ってもらえたことぐらいで感動しちゃうなんて。
でも……うれしい。転校してからずっと、仲がいい子ができなくて、さびしかったから。
わたしは、女の人に向かって、ぺこんとおじぎをした。
「た、高梨くるみです! 塾の見学に来ました!」
「あら、元気がいいのね」
女の人は目をまるくした。わたしってば、きんちょうして、場違いに大きな声を出してしまった……。
「わたしはこのカフェのオーナー、春日葉子(かすが ようこ)です。よろしくね」
「カフェのオーナー……」
じゃあ、塾のほうは? やっぱり先生がいるんだよね?
「先生はまだ来てないみたい。大学生の男の人だよ」
わたしの疑問をさっしたのか、七瀬くんが答えてくれた。
葉子さんはうなずいて、
「わたしのおいっ子なの。来たら紹介するわ。ゆっくり見学していってね」
と、ほほえんだ。
「おいでよ」
と、七瀬くんがわたしに目で合図する。七瀬くんは、テーブル席のならんだカフェスペースを通って、奥のほうへすすんだ。
つきあたりにすりガラスのはまった引き戸があって――七瀬くんはすうっとその戸を開けた。
「ここが塾スペース」
七瀬くんにうながされて、引き戸のむこうへ足を踏み入れる。
カフェスペースに置いてあるのより大きなテーブルがふたつあって、それぞれいすが4つ。背面には、背の高い本棚があって、なんだか図書室みたい。
ひとり、奥の席にすわってノートに何か書き込んでいる子がいる。
女の子? ――ショートカットの。
すると、その子が突然、がたんと立ち上がった。
「昴、やっと来た! 遅かったじゃん!」
よく通る、のびやかな声。くせのない、さらりとした髪。
大きな瞳は、好奇心いっぱいな子犬みたいに、きらきらかがやいていて――。
どきんとした。
だって、「RUKA」そっくりなんだもん!
かーっと、顔が熱くなる。
「ね。似てるでしょ」
七瀬くんがわたしにささやく。
こくこくっとうなずいた。
七瀬くんが言ってた、RUKAに似ている知り合いって、この子のことだったんだ!
「だれが、だれに似てるって?」
女の子がけげんそうに首をかしげる。
「わ、わたしの『推し』にですっ!!」
わたしはスカートのポケットからRUKAのキーホルダーを取り出して、かかげた。
女の子が目をまるくする。
「推し……」
し、しまった!!
この子、あっけにとられてるよ。いきなり『推し』に似てるとか言われても、困るよね!?
っていうか気持ち悪い!?
わたしって、RUKAやリアライズのことになると、つい熱くなってしまうんだ。
どうしよう、絶対ドン引きしたよね。
七瀬くんはこほんとせきばらいした。
「えっと、とりあえず紹介するよ。この子は高梨くるみさん。うちのクラスに転校してきたばかりなんだ」
「ふうん」
女の子はつぶやいた。そして、
「じゃあ、あたしとも同じクラスだ」
って、言った。
えっ? 同じクラス?
「あたしは野々村(ののむら)かりん。5年の3学期から、学校に行っていないんだ」
女の子――野々村かりんさんは、にこっと笑った。
<第4回へとつづく>
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。