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【学校でもない。家でもない。見つけた!わたしの大事な場所】大人気作家・夜野せせりさんが、つばさ文庫に登場! 『スピカにおいでよ』1巻冒頭を特別連載♪ ユーウツな気分をふきとばす、応援ストーリーです!
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3 もしかして、嫌われてる?
自己紹介は大失敗だったけど、あの時の男の子――七瀬(ななせ)くん――が親切にしてくれて、わたしの新生活は、なんとかすべり出した。
わたしも転校したばかりだけど、みんなも6年生に進級したばかりだから、クラス全体がふわふわしていて、落ち着かない感じ。
始業式が終わって、ロングホームルームも終わって、今日はもう下校。
あっという間だった……。
帰りじたくをしていたら、七瀬くんが話しかけてくれた。
「高梨(たかなし)さん、まだきんちょうしてる?」
「う、うん。ずっとカチコチだったから、肩とか、背中とか、バキバキ」
たどたどしく、こたえた。
「前の学校、どんなとこだったの?」
「えっとね。ここよりいなかで、人数も少なかったよ」
「へえ。じゃあ、みんな仲良かったんじゃない?」
「そう、だね」
小さく、笑った。
みんな仲良かった……のかな。わたしは、あんまりクラスの輪の中に入っていけなかったけど。
それでも、保育園から仲が良かった「親友」のユキとは、なんでもしゃべれて、いっしょにいて楽しかった。
……あの時までは。
ユキのことを思い出すと、胸が苦しくなってしまって、わたしはあわててふりはらった。
「昴(すばる)ー。帰ろうぜー」
廊下から、ほかのクラスの男子が七瀬くんを呼んでいる。
「じゃあね」
七瀬くんはわたしに小さく手を振ると、教室から出て行った。
わたしも、ランドセルをしょった。
教室の中には、すでにいくつか女子のグループができていて、いっしょに帰ったり、遊ぶ約束をしたりしている。
そう、だよね。クラスが変わったばかりとはいっても、みんな同じ学校の仲間なんだもん。
すでに仲のいい人だっているだろうし、「友だちの友だち」みたいなつながりで、すぐに仲良くなれたりもする。
わたしにも、友だち、できるかな?
今日はまだ、七瀬くんとしかしゃべっていない。七瀬くんはやさしいし、話しやすいけど、男子だもん。女子とも仲良くなりたい。
どこかのグループに入って、浮かないようにしたいよ。「ぼっち」はいやだもん。
そう思っていたんだけど……。
☆
次の日も。その次の日も。
わたしは七瀬くん以外の子に、話しかけられなかった。
なんで⁉ やっぱり初日の大失敗がいけなかったの?
休み時間になると、わたしはぽつんとひとりきり、じーっと自分の席にすわっている。
七瀬くんが気をつかって話しかけてきてくれることもあるけど、人気者だから、ほかの友だちに呼ばれて行ってしまうし、先生から用事をたのまれることも多いし、とにかく忙しい。
わたしは、ぼっちだって思われるのがつらくて(実際ぼっちなんだけど)、本を持ってきて読んでいる。ほんとにわたし、読書は好きだし。
しおりをはさんでいたページを開いて、目を走らせる。
すると、「自分で動かなきゃ、なにも始まらないよ!」っていう主人公のせりふが、すぐに飛び込んできた。
自分で動かなきゃ……、か。そうだよね。
リアライズのRUKA(ルカ)も言ってた。「待ってるだけじゃダメ。チャンスは自分でつかむんだ」って。
よし。勇気を出して、自分から話しかける!
わたしは本を閉じて、教室を見回した。
女子はいくつかのグループにわかれている。
おしゃれでかわいかったり、活発だったり。目立つ子がたくさんいるきらきらグループ。スポーツが得意そうな子が集まったグループ。男子アイドルの話でもりあがっている子たちのグループ。そして、ものしずかな、本やまんがが好きそうな子たちのグループ。
わたしは、ものしずかなグループの子たちに声をかけることにした。
だって、わたしと雰囲気が似てるし、気が合いそうだし、なにより、へんてこ転校生のわたしにもやさしくしてくれそう。
わたしが勝手にいだいている、イメージにすぎないんだけどさ。
ものしずかなグループの子たちは、教室後ろの掲示板ちかくに集まって、おしゃべりしている。
一歩ずつ、近寄った。あやしく思われないように、ナチュラルに、さりげなーく、歩み寄る。
「あ、あのっ」
思い切って、声をかけた!
ボブカットのめがねの子――たしか、大原(おおはら)さんって名前だった――が、すぐに気づいて、わたしのほうを見た。
「えっと」
スカートの生地をにぎりしめて、もじもじしてしまう。このあと、なんて言おう。友だちになって、って? それじゃストレートすぎるよね?
すると大原さんは、こまったようにまゆを下げて、グループの子たちと視線をかわした。
「あの、わたし」
一生懸命ことばをつなげようとしているわたしをスルーして、大原さんたちは、そそくさと教室を出て行った……。
うそ。
無視、された? 大原さんも、ほかの子たちも、わたしが話しかけたの、ちゃんと気づいてたよね?
なんで? どうして? わたし、なにか変なこと……、は、したけど(噛(か)んだうえに転んだ)、それでだれかが傷ついたとは思えないし、なんで話しかけたのに何もこたえてくれないの?
ふらふらと、自分の席に戻る。
本を開いたけど、涙でにじんで文字が読めない。
どうして?
つぎの休み時間、今度はスポーツ系のグループの子たちに話しかけてみたけど、大原さんたちの時と同じ。避けられてしまった。
わたし、このままだれとも仲良くなれずに、ひとりきりでこの教室ですごすの?
卒業まで? ずっと?
机につっぷしていたら、ぽん、と背中をたたかれた。
はっとからだを起こすと、七瀬くん!
もはや、わたしと会話してくれるのは、七瀬くんしかいない。
「寝不足?」
七瀬くんはわたしの席のそばにしゃがみこむと、わたしの顔をのぞきこんだ。
「顔色良くないけど」
「…………っ!」
ち、近い! どきどきしちゃう!
「あれ? こんどは急に赤くなった」
「か、風邪気味でっ!」
「そっか。じゃ、昼休みいっしょに遊べないね」
「い、いっしょに?」
「うん。グラウンドでサッカーするんだけど、どうかなって。運動は得意?」
ぶんぶんと、首を横にふる。めっちゃ運動オンチです。
「じゃあ図書室のほうがいいかな。いつも本読んでるよね?」
「図書室……行きたい」
「じゃあ決まり」
「でも、サッカーは」
「いいよ、サッカーはいつでもできるから」
七瀬くんはにっこり笑って、すぐとなりの自分の席に戻った。
七瀬くん、……やさしい。きっとわたしがクラスになじめないのをわかっていて、気をつかってくれてるんだ。
胸の中が、ほくほくとあったかくなる。
昼休み、楽しみだなあ……。
ぽーっと、次の授業の準備をしている七瀬くんの横顔を、見つめていたら。
ざらりと、背中をいやなものが撫でた。……ような、気がした。
いったい何? と振り返ると。
教室の後ろにたたずんでいる、きらきら女子グループ。その真ん中にいる女の子が、わたしをにらんでいる。
「えっ……」
女子の頂点、きらきらグループの中でも、いちばん目立つ女の子。名前は姫野清美(ひめの きよみ)さん。
ウェーブのかかったふわふわの長い髪、ぱつっと切りそろえた前髪の下の目は大きくて、まつげが長くて、かなりかわいい。
でも、わたしに向けられた視線は、針みたいにするどくて。
……怖い。
チャイムが鳴った。
姫野さんはわたしから目をそらすと、自分の席に戻っていった。
心臓がいやな音をたてている。
わたし、もしかして、嫌われてる?
4 わたしが避けられている理由
もやもやを抱えたまま、昼休みになった。
七瀬くんと連れ立って、教室を出て、図書室へ。
この学校は、前の学校より広いし校舎も新しいから、図書室も広い。当然、本もたくさんある!
「高梨さん、目がきらきらしてる」
七瀬くんがくすっと笑った。
「本、好きなんだね」
「う、うん」
「アイドルも好きだし」
「…………!」
いきなり七瀬くんがそんなことを言い出したから、びっくりしてしまった。
「リアライズの、RUKAのファンなんだよね?」
春休み、あの坂道の上で、出会った時のことだ!
思い出して、かーっと顔が熱くなった。は、恥ずかしい!
「ファ、ファンっていうか」
もごもごと、ごまかす。
「っていうか七瀬くん、RUKAのこと知ってるんだね」
リアライズ自体は、人気グループだから知っててもおかしくないけど、あのキーホルダーを見ただけでメンバーの名前までわかっちゃうなんて。
「うん。ちょっと、……知り合いに、RUKAに似てる子がいるから」
そう告げた七瀬くんの横顔が、なぜだか少し、さびしげにかげって見える。
七瀬くん……?
「あっ、これ、前から気になってたんだよ」
七瀬くんは、近くのラックから本を手に取った。「星の図鑑」だ。
「やっぱいいなあ。自分でもほしいなあ。でも高いんだよな、図鑑って」
七瀬くんはため息をつく。
「好きなんだね、図鑑」
「うん。物語より、こういうのが好きかな。とくに宇宙とか、星とか……」
七瀬くんは、なぜかもごもごと口ごもった。
「星かあ……。すてきだね。宇宙って謎がいっぱいでふしぎだし、おもしろそう」
「そうなんだよ!」
七瀬くんはぱっと目をかがやかせた。
「七瀬くん?」
「あ、えっと……、なんでもない」
七瀬くんのほおが赤く染まっている。どうしたんだろう?
「そ、それより。高梨さんはどんなものを読むの?」
「なんでも読むけど、最近はファンタジーが好き。あと、謎解きとか。怖い話も好きだよ」
「へえー、すごい」
ほんとうは少女まんがみたいな恋愛ものも読むけど、七瀬くんの前だと、なんだか恥ずかしくて言えなかった。
七瀬くんのとなりで、「レンアイ」っていう単語を頭にうかべるだけで、どきどきしちゃう。
なんで? わたし、前の学校でも、仲のいい男子があんまりいなかったからかなあ?
あいているテーブル席に、ふたり、となりあって座る。
七瀬くんはさっきの星の図鑑、わたしも、はまっている謎解きシリーズの最新巻を読み始めた。
静かだし、まわりの生徒たちもそれぞれ本の世界に入っているし、教室みたいに「友だちとわいわい楽しくすごしてなきゃ!」っていう圧がなくて、すごくおだやかな気持ちだった。
でも、わたしが平和でいられたのは、この時までだったんだ。
事件が起こったのは、放課後!
帰りのホームルームが終わって、みんなががやがやと教室を出ていく。
わたしもしたくをしていると、
「高梨さん」
いきなり、話しかけられた。
どくんと心臓が波打つ。
姫野さんと、姫野さんと仲のいい女子ふたりが、わたしの机を囲んでいたの。3人とも、ランドセルをしょっている。
「ちょっと話があるんだけど……、いい?」
姫野さんが小さく首をかたむけた。かわいらしい声と、かわいらしいしぐさ。だけど、ほかのふたりがじとっとわたしをにらんで、逃げられない空気をつくりだしている。
わたしはこくりとうなずくと、荷物を置いたまま、姫野さんたちといっしょに教室を出た。
連れていかれたのは、校舎のかげの、目立たない場所。
ただならない空気に、みぞおちがぎゅっと痛くなる。
「ねえ高梨さん。学校、慣れた?」
姫野さんがにっこり笑う。
「う、うん」
あいまいにうなずくと、
「友だち、できた?」
さらに姫野さんはたずねてくる。
友だち……。まだ、いないよ。七瀬くん以外の人とは、しゃべってもいない。
「ほしいよね、ひとりはさびしいもん」
姫野さんはかわいらしく小首をかしげた。
さいしょは怖かったけど、姫野さんはずっと笑顔だし、おっとりした口調だし、ひょっとして、わたしのことを心配してくれている?
「わたし、みんなと仲良くなりたい。でも、なんだか避けられてる気がするの」
思い切って、話した。
「気づかない?」
姫野さんがまゆを寄せる。
「高梨さんが、ぬけがけするからだよ」
「ぬ、ぬけがけ?」
「七瀬くんのこと。わざと七瀬くんの前でドジやって、たすけてもらって、今日はふたりで図書室に行ってたでしょ? そういうの、ぬけがけっていうの」
「そんな。たしかにわたしはドジだけど、べつにわざとってわけじゃ……」
「とにかくっ!」
姫野さんはいきなり声を強めて、わたしのことばをさえぎった。
「あなたみたいな、地味でおどおどした子が、七瀬くんと急接近なんて許せない! あざとい手をつかって七瀬くんに近寄るの、もうやめてよね」
冷たい声で言い捨てると、さっときびすを返した。
すたすたと帰っていく姫野さんたち。わたしはひとり、取り残された。
鼻の奥が、つんと痛む。
これでわかった。わたしがクラスの女子たちに避けられていた理由。
きっと、姫野さんが女子たちの「リーダー」なんだ。
前の学校にもそういう子がいたから、わかる。
その子のちょっとしたひとことで、空気が変わって、だれかが無視されたり、悪口を言われたりしてた。
姫野さんは、七瀬くんのことが好きなのかも。
だから、いきなりやってきた転校生のわたしが、七瀬くんに親切にしてもらっているのが気に入らないんだよね。
ほかのみんなは、姫野さんのことを敵にまわしたくないから、空気を読んでわたしと仲良くしないようにしているんだ。
姫野さんのことは関係なく、わたしの存在が気に入らないって子もいるかもしれない。
だって七瀬くん、王子様みたいにかっこいいんだもん。憧れている子、たくさんいるよね。
とぼとぼと、教室にもどる。ランドセルやバッグを置いたままだったから。
教室には、まだ数人残っていた。
……七瀬くんもいる。先生にたのまれたのかな、教室後ろの掲示板に、お知らせを貼っている。
七瀬くんはわたしに気づくと、にこっと笑いかけてくれた。
わたしも笑い返そうとしたけど、ひきつってしまってうまく笑えない。
七瀬くんはふしぎそうに首をかしげた。わたしはとっさに目をそらして、自分の席へ。
まだ、家に帰る気になれなかった。
ランドセルからノートを取り出して、勉強するふりをする。
涙がこぼれそうになったのを、ごまかしたかった。
やがて、残っていた生徒たちも帰って行って、七瀬くんも……。
「じゃあね」
と、わたしに声をかけて、教室を出て行った。
やわらかくて、やさしい声。
胸がきゅっと苦しくなる。
七瀬くんと仲良くするのをやめたら、わたしはみんなと友だちになれるかもしれない。
でも……、この街に引っ越してきて、いちばんはじめに出会って、やさしくしてくれたのが七瀬くんだよ?
わたしがいきなり七瀬くんを避け始めたら、きっといやな思いをするよね。
七瀬くん、やさしいから、なにかわたしを傷つけるようなことをしたのかなって、悩んでしまうかもしれない。
ランドセルのポケットから、「推し」のRUKAのキーホルダーを取り出した。
七瀬くんが拾ってくれた宝物。前の学校の親友、ユキからもらったんだ。
でも、ユキとは、いろんないきちがいがあって、そのまま距離ができて、口もきかなくなって。
仲直りできないまま、わたしは引っ越してしまった。
思い切って手紙を出したけど、返事もこない。
わたし、どうしてこうなんだろう。
どうしてこんなに、友だちをつくるのがへたなの?
友だちとずっと仲良くやっていくのって、どうしてこんなにむずかしいの?
せっかく仲良くなっても、また離れていくかもと思うと……怖いよ。
それでも、わたしはあきらめられない。
「リアライズ」のメンバーたちみたいな、強いきずなで結ばれた、仲間がほしい。
でも、どうすればいいの?
下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。もう、帰らなきゃ。
なのに、立ち上がれない。
どうせ、家に帰ってもひとりだし。
帰ったら、ちゃんと宿題をすませて、洗濯物をとりこんだり、炊飯器のタイマーをセットしたり、わたしの「お仕事」をしなきゃいけないんだ。
ママはパパと別れて、わたしを連れて、この街に引っ越してきたの。
新しい仕事をはじめて、一生懸命がんばっているママ。
ママもすごく大変なんだと思う。なんだか家でもピリピリしてるし、「くるみも自分のことは自分でしっかりがんばらなきゃね」って、ことあるごとに言われる。
それなのに、わたし、学校になじめないなんて言えないよ。
ママに心配をかけたくない。負担になりたくない。
それに……。きっとママは、わたしのがんばりが足りないから友だちができないんだって、思うんじゃないかな。
ママに「だめな子」って思われたくない。がっかりされたくないよ。
ため息をついて、視線を下に落とすと、七瀬くんの机のそばになにかが落ちている。
「ハンカチ……?」
席をたって、そっと拾った。紺色に、白い水玉みたいなもようがランダムに入っている。
「これ、星座?」
手に取ってよく見ると、白い水玉は星のかたちをしていて、星同士が細い線でつながっている。
七瀬くん、星が好きだって……言ってた。これ、絶対七瀬くんのハンカチだ。
星の図鑑を見つめていた、きらきらした七瀬くんの瞳が、よみがえる。
「まだ、近くにいるかな」
つぶやくと、わたしはランドセルを背負った。キーホルダーは、スカートのポケットへ。
七瀬くんを追いかけて、このハンカチを届けたい。
わたしは急いで教室を出た。
<第3回へとつづく>
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。