
メイクアップアーティストをめざす、倉持ゆずは。メイクのセンスばつぐんな転校生・ヨウくんと出会って、あこがれの夢がうごきだすーー!
角川つばさ文庫で人気上昇中の新シリーズは、
学園×恋×友情…そして、メイク!
発売中の①&②巻を、なんと《スペシャル連載》でお届けします。
最新刊にすぐ追いつけちゃう、このチャンスを見のがさないで!
まぶしくきらめき無限にときめく物語、はじまります!
~もくじ~
1)ゆずはと転校生 1ページから
2)チャンスをのがすな! 3ページから
3)初レッスン! 4ページから
──昔のあたしは、すごく怖がりで、はずかしがり屋で、人見知(ひとみし)りだった。
キラキラとした世界の中にいても、その世界の中にとけ込めない。
かわいい服を着て、かわいく髪をセットしてもらってもダメ。
そんな見た目を周りにほめられたら、はずかしくてもっとダメ。
「大丈夫よ、ゆずは。みんなと同じようにカメラの前で笑っておいで」
ママはあたしの肩に手を置いて、にっこりほほえんでる。
こうやって笑えばいいのよ、って教えてくれてるみたい。
「ママ、あたし……ムリかも……」
そう言ってママの背中にかくれた。
あたしは人と話すのはキンチョウするから苦手。
ましてや知らない人たちの前で笑顔をふりまくのも、とっても苦手。
「ほら、大丈夫よ。この間の撮影(さつえい)では上手く笑えてたじゃない」
あたしはママに連れられるがまま、ここに来ちゃった。
だけど、人見知りなあたしには、場違いだったみたい。
人前で上手く笑えないあたしはきっと、みんなに笑われちゃうかも。
ううん、きっとあきれられちゃうよ……!
「ゆずは、泣かなくてもいいのよ。ママだってここにいるでしょ?」
ママは昔、読者モデルをしてたって言ってた。
だからなのかあたしとは違って、明るくて人付き合いが上手なの。
あたしもここに来ればママみたいになれるかも? って思ったけど、全然ムリだよ。
……どうしよう、怖い。もうお家に帰りたい。
あたしがそんな風に思ってた、その時──。
「どうしたの?」
突然、知らない声があたしの背後から聞こえた。
泣いてるところを知らない人に見られるなんて、はずかしい。
「この子、すごく人見知りなんです」
「あらら、そうなんだ」
「この仕事で内気な性格が変わればって思ったんですが、ゆずはにはまだまだ難しいみたいで……」
そう、あたしはここに来てわかったんだ。
人の性格なんて、そう簡単に変わるわけないんだってことを。
「ねぇ、この世に魔法使いがいるって言ったら、ゆずはちゃんは信じる?」
あたしは恐る恐る、ママがくれたハンカチのスキマから女の人の顔をのぞき見た。
「……まほう、使い?」
「そうだよ」
魔法使い? この人が?
「ゆずはちゃんのお母さん、ちょっとだけゆずはちゃんを借りてもいいですか?」
「えっ?」
「安心してください。撮影には間に合うようにしますので」
そう言って、女の人はママに名刺を渡した。
それを受け取ったママは、さっきまでコンワクしてたのに、急に笑顔になった。
「わかりました。ケイさん、どうかよろしくお願いします」
ケイさんと呼ばれたこの人は、あたしの手を優しくにぎって歩き出す。
「それじゃ、ゆずはちゃん。こっちだよ」
「あ、あの、本当に魔法が使えるんですか?」
どこからどう見ても、普通の人にしか見えないんだけどな。
「その魔法を使ってもらったらあたし……変われますか?」
勇気をしぼりだすようにして、そう聞いた。
あたしは、変わりたい。
怖がらず、誰の前でもはずかしがらず、話ができるような子になりたい。
「もちろん! 魔法道具を使えば、今とは全く違う女の子になれるよ」
魔法道具……?
ケイさんはそう言って、となりの部屋へと続くドアのノブをひねった。
すると──。
「わっ、わぁ……」
思わず声がもれ出てしまった。
あたしが両手を口に当てて立ち止まってると、ケイさんがにっこりほほえんだ。
「ようこそ、魔法使いの部屋へ!」
そのトビラを開けた先は、チカチカと星がまたたくみたいにかがやいて見えた。
「す、すごい!」
キラキラとかがやく世界が、トビラを開けた部屋の中に広がっていた。
見たこともないようなものが、この部屋の中にはたくさんある。
「これ全部が、魔法道具?」
ため息がこぼれるように、あたしは思わずそうつぶやいた。
たくさんの色たちが、まるであたしに語りかけるみたいにきらめいてる。
「さて、あまり時間がないからすぐに始めようか」
あたしは周りの魔法道具に目移りしちゃって、頭の中がすっごく忙しい。
「えっと、始めるって……?」
こんなにたくさんのキラキラしたものを、あたしは知らない。
だけどその中に、あたしはママの化粧台の中で見たことがある、コンパクトを見つけた。
「ゆずはちゃん。これから私がゆずはちゃんに、とびっきりの魔法をかけてあげる」
ケイさんの言う魔法っていうのは、もしかして……?
「いい? ゆずはちゃんは今から、今以上にかわいい女の子になるよ。私が保証する!」
カガミあたしの顔は、泣きすぎて目がはれてる。
ハンカチでこすった目元の肌は真っ赤になっちゃってるし。
「私の魔法が効かなかったことなんて、一度もないんだから」
なんだかケイさんの言葉には、パワーみたいな力強いものを感じる。
「絶対に、素敵な笑顔をふりまけるような、女の子にしてあげるからね」
なんでかな?
さっきからすっごく、ドキドキしてる。
心臓がバクバクいってて、今にもハレツしちゃうんじゃないかって心配になるくらい。
「私が良いって言うまで、目を閉じていてくれる?」
あたしはケイさんに言われた通り、ゆっくりと目を閉じた。
すると顔全体にケイさんの手がふれて、何かをぬってるのがわかる。
まぶたの上にも優しく何かがふれる。
メイクなんてされるのは、人生初めて。
このドキドキは、初めてだからなのかな?
それともやっぱり、ケイさんが本当に魔法使いだからなのかな?
あたし、どうなっちゃうんだろう?
目を閉じてるから、何をされてるのかわからない。
知らない人に顔をふられて、何も見えなくて。
それなのに、怖いなんてひとつも思わない。
全然不安じゃない。
「はい、おしまい! ゆずはちゃん、もう目を開けてもいいよ」
あたしの心臓は跳(は)ねるようにドキン、と大きな音を立てた。
そしてキンチョウしながらも、ゆっくりと目を開ける。
すると──。
「わぁぁぁぁ!」
目を開けた先に広がる光景に、あたしは目を丸くした。
人はカンタンに変わらない。
どんなに頑張ろうとしたって変われないんだって、あたしはさっき学んだばかり。
……だけどね。
カガミの中に映るあたしの顔は──まるで別人みたい。
自分で言うのもなんだけど、すっごくかわいい!
それにかわいいだけじゃなくって、元気と勇気にも満ちあふれてる。
「すっ、すごい! あたし、別人になっちゃった!」
泣きはらしちゃった目元が、ウソみたいに元通りになってる。
目元には、うっすらとピンク色をしたアイシャドウが、キラキラしてる。
くちびるはすっごくツヤツヤしてるし、これ本当にあたしなの!?
「どう? 気に入ってくれた?」
「はい! まるで、あたしじゃないみたいです」
「あはは! だから言ったでしょ? 私は魔法使いだよって」
うん! ケイさんはホンモノだった!
「私がかけた魔法はね、すっごく強力だよ。もう何も怖くないし、人見知りだってしないよ」
なんだかその言葉、今のあたしなら信じられる。
「ゆずはちゃんはね、すっごくステキな女の子に生まれ変わったんだから」
「ありがとうございました!」
撮影が終わったのに、あたしの心臓はまだドキドキしてる。
でもこのドキドキは、メイクを終えてからずっと続いてる。
「ゆずは、お疲れ様。よく頑張ったわね!」
ママは笑顔であたしのそばにかけ寄った。
「どう? これでもう、この仕事は怖くないでしょ?」
確かに人前に立つのも、たくさんの人に見られるのも、もう怖くない。
「うん、もう大丈夫みたい」
あたしがそう答えると、ママはあたしに抱きついた。
抱きついて、とても嬉(うれ)しそうに笑ってる。
そんなママを見てると、あたしまで嬉しくなっちゃう。
──だけど。
「ねぇ、ママ」
「んー?」
せっかくこうして喜んでくれてるママの姿を見られるのは嬉しいけど……。
あたしはもう、決めたんだ。
「あたし、実はね……」
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
私立花園宮(はなぞのみや)小学校5年2組。
それが今の、あたしのクラス。
クラスの戸を開ける前、あたしはいつもやる習慣がある。
くちびるに薬用リップを軽くつけてから、前歯(まえば)できゅっとかみしめる。
優しくきゅっとかみしめるとね、ほんのりくちびるがピンク色になるんだ。
それからすーっと息をすって、はきだして……よしっ!
「みんな、おっはよー!」
引き戸をガラリと開けながら、あたしは元気よくあいさつをする。
これがあたし、倉持(くらもち)柚葉(ゆずは)の毎朝の日課(にっか)。
あたしはあの日から、昔の自分とは全然違う性格に変わった。
ケイさんとの出会いは小学校に入学する前だから、もう5年も前になる。
だから以前のあたしを知る子は、この学校にはいないんだ。
きっと、あたしが昔はおとなしくて人見知りだったなんて言ったら、絶対誰も信じてくれないんだろうなぁ。
「ゆずはちゃん、おはよう」
そう声をかけてくれたのは、あたしの親友、凛(りん)。
「凛、おはよー」
あたしたちは小学1年生の時から同じクラスで、ずっと一緒。
だからかな? 凛にはなんでも相談できちゃう。
大人になってもずっと一緒にいたいと思える、大切な友達。
「ゆずはちゃん、何してるの?」
あたしが思わず凛に向けて手を合わせてると、ものめずらしい顔で凛が見てる。
「ん? 何って、凛に向けて拝んでるの」
「えっ? なんで?」
「なんだか、良いことありそうな気がするから」
凛の笑顔を見るだけで、心が浄化(じょうか)される気がするっていうか……。
だから拝(おが)んだら、何かご利益(りやく)ありそうじゃない?
「あはっ。ゆずはちゃん、朝からおもしろいこと言うね」
ほらね、ご利益あった。
凛がケラケラとかわいい笑顔を見せると、こっちまで嬉しくなるもん。
あたしがほのぼのと凛にいやされてると、授業開始のチャイムと共に、教室の戸が開いた。
それと同時に、担任の先生が出席簿を片手に教室に入ってくる。
「みんなさっさと席につけー。新しいクラスメイトを紹介するぞー」
新しいクラスメイト?
先生の言葉に、クラス中がザワザワし始める。
「今日から新しくうちのクラスの仲間になる、転校生の花菱(はなびし)耀(ヨウ)くんだ」
そんな前置きをした後に「花菱、入ってきていいぞー」と先生が入り口に向かって声をかけた。
すると、先生が入ってきた戸から、ひょっこりと顔をのぞかせたのは見たこともない男の子。
その男の子を見るなり、クラス中の女の子から黄色い悲鳴が上がる。
「わっ! かっこよくない?」
「えっ、ラッキー! めっちゃイケメンじゃん」
クラスの女の子たちのエンリョがちだけれど興奮してる声が、あたしの耳にも届いてくる。
へぇ、確かにかっこいい。
アイドルみたいな、さわやかな男の子だ。
「じゃあ花菱、ここに来て自己紹介してみろ」
先生にうながされて、花菱くんはにっこりとほほえみながら教室に足をふみ入れた。
その笑顔はテレビの中のアイドルよりもかがやいて見えて、クラス中が再びざわつき始める。
そのざわつきのほとんどは、もちろんクラスの女の子たちだ。
「家の都合でこの街に最近引っ越して来た、花菱 耀です。気軽にヨウって呼んでください」
花菱くんは先生のとなりに立ってあいさつをした後、ペコリと頭を下げた。
「よし。それじゃ……」
先生は教室内を見渡して、あたしと目が合った瞬間、再び口を開いた。
「倉持、朝のホームルームが終わったら、花菱に校内を案内してやってくれ」
先生は突然、あたしを指名した。
「先生、あたし……ですか?」
案内するのはもちろん、いいけど……?
「倉持、今日日直だろう。まさか、忘れてたわけじゃないだろうな?」
先生が疑(うたが)うように目を細めて見てる。
あっ! そうだ。そうでした。
「まさかそんな! 忘れるわけないじゃないですかー」
あはは、と笑ってごまかす。
日直は朝、みんなに配るプリントを職員室まで取りに行かないといけないのに。
プリント、まだ取りに行ってないや。
「だといいがな」
先生も信用してない様子でため息ついてるし。
まぁ、忘れてたのはバレてるよね。
「とにかく、後で職員室に来るついでに、花菱の校内案内も頼んだぞ」
「はーい」
あたしはそう返事をして、チラリと花菱くんに目を向ける。
すると花菱くんはあたしに向かって、にっこりとほほえんでくれた。
その笑顔を見た瞬間、なんでか、あれ? って思った。
なんでだろう。花菱くんって、ちょっと懐(なつ)かしい感じがする。
前にどこかで会ったことがある、とか?
でもそれはないか。
さっきの自己紹介で、最近引っ越して来たって言ってたよね。
だったら、ただの気のせい……?
「……で、ここが玄関ホールで学校の入り口ね」
これで全体を一周して、校内の案内はできたかな。
「大体のところは案内したと思うけど、もし分からないことあったらいつでも聞いてね」
「うん、ありがとう」
ニコニコと笑う花菱くんは、──なんだかとても人懐(ひとなつ)っこい。
さっき教室を出る時、クラスの女の子たちから花菱くんの校内案内役なんてうらやましい! って言われたんだけど、そう言いたくなる気持ち、ちょっとわかるかも。
職員室で先生から渡されたプリント。
花菱くんは教室まで運ぶって言って、ずっと持ってくれてるし。
結構な量があるのに、文句ひとつ言わない。
なんならずっと笑顔で持ってくれてる。
ほかの男の子だったら、なかなかこうはいかないよね。
あたしって普段はこんな風に思わないんだけど、花菱くんってなんだか王子様みたい。
そう思えば、この全ての行動が納得できるっていうか……。
「ん? 僕の顔に何かついてる?」
あっ、しまった。あたしってば、じっと見つめすぎちゃったみたい。
花菱くんはあたしを見て、首をかしげてる。
「うっ、ううん! 何もついてないよ!」
「そう? それならいいけど」
花菱くんは首をかしげながら、まぶしいくらいのニコニコスマイルを向けてくる。
「あっ、これって学校の校訓なんだよね?」
花菱くんがそう言いながら指をさしたのは、玄関ホールに飾られてる大きな額。
その中には達筆な筆文字で〝個人の自由を重(おも)んじ、責任ある行動を〟って書かれてる。
「そうそう、これがうちの学校の校訓だよ」
あたしの言葉に花菱くんは瞳を大きく見開いた。
「なるほど、これでか」
「なるほど?」
あたしが首をかしげたら、花菱くんはおかしそうにほほえんだ。
「不思議だったんだよね。学校指定の制服を自由にアレンジしてる子も見かけたから」
そう。もちろん行事の時はキチンと着ないといけないけど、校訓通り自由度は高い。
「うん。指定の制服もカバンもあるけど、かなり自由だよ」
例えばスカートだけ制服のものでジャケットは家にあるものを着たり。
制服を全く着ないんじゃなくて、制服と私服をアレンジするのは良いみたい。
制服だけじゃなく、持ち物も自由だし。
マンガ家になりたいって子は、いつもマンガ本を持ってるし、毎日絵を描いてる。
プロのサッカー選手になりたいって子は、毎日サッカーボール持って学校に来てるし。
将来プログラマーになりたいって子は、いつもパソコン持ってそれをいじってる。
要するに自分で一度善(よ)し悪(あ)しを考え、行動するようにって言われてるんだ。
「……ところでさ、倉持さんって下の名前なんていうの?」
「えっ? あたしの下の名前?」
予想してなかった質問に、あたしは一瞬口ごもる。
「ゆずはだよ。倉持ゆずはっていうの」
「ゆずはちゃんか。本人にピッタリで、かわいい名前だね」
わぁ、さっそく下の名前で呼んじゃうんだ!
しかもかわいいなんて言葉をあっさりと!
なんか花菱くんの背後からキラメクものが見えるよ。
映画やマンガの中のヒーローみたいに、神々(こうごう)しくもさわやかにほほえむ王子様。
そんなイメージが、今の花菱くんとかぶって見えた。
「あっ、前の学校ではみんな下の名前で呼び合ってたから、苗字で呼ぶのって逆にしっくり来ないんだけど、嫌だった?」
あたしがおどろいた顔しちゃったからか、花菱くんはちょっぴりコンワクした顔をしてる。
「えっ? ううん、そんなことないよ。ちょっと驚いちゃったけど」
むしろ王子様に下の名前で呼ばれるなんて、光栄(こうえい)です。
どうやら花菱くんはあたしの言葉を聞いてほっとしたみたい。
「良かった。じゃあ僕のことも、気軽にヨウって呼んでね」
わお! それってちょっと、ハードル高くない?
しかもなんか、すでに呼んでもらうの待ってるし。
あたしの方向いて、じーっと見てる。
あたしは花菱くんとは違って、クラスの男の子と下の名前で呼び合うのに慣れてない。
えーっと、ヨウくん……ヨウくん……ヨウくん……。
あたしは何度かイメージトレーニングをしてから、きゅっとくちびるをかみしめた。
よし!
「えーと、ヨウくん!」
「うん」
あたしがそう呼ぶと、ヨウくんはぱぁっと顔をかがやかせた。
まるでお日様みたいに、まぶしいくらいキラキラしてる。
そんな笑顔を見せられちゃうと、つられてあたしも笑顔になっちゃう。
「ところで、ゆずはちゃん。その手に持ってるのって、何?」
ヨウくんはあたしがにぎりしめてる雑誌を指さした。
「ああ、これ? ファッション雑誌だよ」
校内案内するっていうのに、ついついいつものクセで雑誌持って来ちゃった。
「この雑誌ね、いつもお気に入りのメイク講座が載ってるから、これだけはお年玉を取りくずしてでも毎月買ってもらってるんだー」
「へぇ……ゆずはちゃんってメイクにキョウミね」
「うん! あたし、将来はメイクアップアーティストになりたいの。だから今から勉強しとかなきゃ」
あの日、ケイさんに初めて会ったあの日から、あたしはずっとこの夢を追いかけてるんだ。
人前に立つのはもう、怖くない。
たくさんの大人を前にしても泣いたりしない。
だけど表舞台に立つよりも、あたしはメイクで誰かを笑顔にしてあげたいの。
「メイクの仕事かぁ……いいね」
あれ?
さっきまではまぶしいくらいの笑顔をふりまいてたヨウくんなのに。
なんだか急に元気がなくなっちゃったみたいに、表情が暗いような……?
あたしがマジマジと見つめていると、ヨウくんはハッとしたように慌(あわ)てた様子でほほえんだ。
「えっと、なんでゆずはちゃんはメイクの仕事がしたいの?」
「それはね、昔少しだけキッズモデルのお仕事をしたことがあったんだ」
今でもあの時のことは、はっきり覚えてる。
「その時に出会ったメイクアップアーティストの人が、あたしの人生を変えたの」
すごく優しくて、とってもかっこいい魔法使いに出会った。
「その人みたいな〝日本一〟のメイクアップアーティストになるのが、あたしの夢なんだー」
ケイさんにメイクをしてもらってから、まるで天と地がひっくり返っちゃったみたいに、世界はガラリと変わった。
キラキラとかがやく太陽の光みたいに、あたしも、あたしの世界も変わったんだ。
「──うらやましいな」
そう言ったヨウくんの声は、どこか寂しそうに響いた。
同時に、窓から吹きこんだ風がヨウくんのやわらかな前髪をなでて、その瞳に影を落とす。
なんだかとてもはかなげに見えて、あたしは目が離せなかった。
「ヨウくん……?」
ハッと我に返った様子のヨウくんは、こう言葉をつけ足した。
「あっ、いや。ほら、なんて言うか……僕はまだなりたいものなんて決まってないから」
ヨウくんがすごく慌ててる。まるで言い訳でもしてるみたいに。
あたしはふと、首からさげていたネックレスにふれた。
メイクをしてもらって、撮影が上手くいったあの後のこと。
ケイさんは再びあたしのもとにやって来て、このネックレスをくれたんだ。
これはケイさんがデザインしたコスメの試作品だって言ってた。
──『良かったら使って? ゆずはちゃんにきっと似合うと思うから』
だからこれはあたしの宝物で、お守りなんだ。
このネックレスにふれるとあの時のことを思い出して、頑張るぞ! っていう気持ちになる。
するとヨウくんが、これを見て大きく目を見開いた。
「あの、そのネックレスって……」
「えへへ、かわいいでしょ? これはKeiっていう、あたしのあこがれの、プロのメイクさんからもらったものなんだ!」
ネックレスのチェーン部分の先には、小さな宝石がついてる。
キラキラしてるこのネックレスのデザインがすっごくかわいくて、凛にもほめられたっけ。
さすがはケイさん。
あたしのあこがれる人なだけあって、センスもステキだよね。
「このネックレスのトップは、コンパクトになっててね」
説明しながらあたしがコンパクトのフタの部分をパカンと開ける。
「昔は中にグロスが入ってたんだけど、今は薬用リップを入れてるの」
この中に入ってたグロスはもう使い切っちゃった。
だから薬局で売ってる薬用リップにつめ替えて、今でも持ち歩いてる。
「へぇ……そう、なんだ」
ヨウくんはじっとあたしのネックレスを見つめた後、スッと前を向いた。
そこにはさっきまでのキラキラした笑顔はなくって、あたしはなんとなく首をひねった。
なんだか、ヨウくんの様子が変な気がする……。
でもそれがなんでなのかは、全くわからない。
ネックレスの話なんて、おもしろくなかったのかな?
あたしがマジマジとヨウくんを見てたせいか、ヨウくんはハッと我に返ったようにこう言った。
「そろそろ授業も始まっちゃうだろうから、とりあえず教室に戻ろう