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ものがたり

<1巻無料公開&2巻スペシャル連載>『なりたいアナタにプロデュース。』第1回 ゆずはと転校生

2)チャンスをのがすな!

 あたしはおどろきすぎて、口をぽっかーんと開けた状態で二人を見つめる。

 ケイさんはヨウくんの姿を見るなり、はじけるように顔をかがやかせて笑った。

「あらほんと! 助かったわ、ヨウ。ありがとね」

 小さなカバンを受け取り、ケイさんはヨウくんの頭をなでている。

 ヨウくんは相変わらず気まずそうに、あたしともケイさんとも目をあわせずにふせたまま。

 ウソでしょ。マジでケイさんはヨウくんのママさんなんだ!

 ってかなんで言ってくれなかったの?

「あっ、ゆずはちゃん! その、これは……」

 あたしがマジマジと見てるせいか、ヨウくんは慌(あわ)てた様子を見せてる。

「ゆずはちゃん? その名前、どっかで聞いたことあるような……」

 ケイさんが考え込むように手をアゴに当てた。

 するとその腕につけていた腕時計を再び見て、ケイさんが小さく飛びはねた。

「って、言ってる場合じゃなかった!」

 ケイさんはそう言いながら、あたしたちに顔だけ向けてかけ出した。

「ヨウごめんね! 参観にちゃんと参加できなくって。この埋め合わせはちゃんとするから!」

「あっ、ケイさん!」

 あたしの叫ぶ声がむなしく響く。

 ケイさんは言いたいことだけ言ってふり返りもせず、一目散(いちもくさん)に去っていった。

 残されたあたしとヨウくんがいるこの場には、なんとも言えないビミョウな空気が流れてる。

 それはきっと、ヨウくんがいつものキラキラスマイルを封印してるからだと思う。

 ヨウくんは困ったように顔をしかめて、あたしと視線を合わせようとしない。

 でも、これでやっとわかった。

 なんでケイさんの笑顔が一瞬、ヨウくんの笑顔と重なったのか。

 なんでヨウくんの笑顔に懐(なつ)かしさを感じたり、ドキドキしちゃったりしてたのか。

 全部、つながった。
 

 要はヨウくんとケイさんが親子で、二人がすごく似てるからだ。

 ヨウくんの中に、あたしがあこがれてるケイさんの姿を重ねてたからなんだ。

「ヨウくんのママさんって、ケイさんなんだね?」

 ヨウくんは苦笑いを浮かべたけど、答えてくれない。

 ただただ、あたしとは目を合わせないようにしてる。

 だけど今回ばかりは答えてもらわなくっちゃ。

「ケイさんなんでしょ? 〝あの〟メイクアップアーティストの」

 あたしが念を押してそう言うと、ヨウくんは観念(かんねん)したとでも言いたげに、やっと口を開いた。

「……うん」

「なんで教えてくれなかったの?」

 ヨウくんが一瞬ぎくりって顔をした。

「あたし前に話したことあったよね? あたしの人生を変えた、プロのメイクさんのこと」

 ヨウくんは引きつり笑いをしながら、あたしから目をそらした。

「あたしのあこがれの人が、ケイさんだってことも言ったよね?」

「あっ、う、うん……」

 初めて見る、ヨウくんのぎこちない笑顔。

「じゃあなんでお母さんのこと、教えてくれなかったの?」

「それは……もしかしたら同じ名前なだけで違う人かも? って思って」

 あははっと笑ってるけど、ヨウくんのこの笑顔にはいつものかがやきがない。

 正直かなり、うさんくさい。

「同じ名前? 同じ業界で?」

「ほらケイなんて名前は、すごく一般的だし! 僕が知らないだけでいるのかもってさ」

「だとしてもさ、このネックレスはケイさんがデザインしたものだし見れば……って、あれ!?」

 ネックレスをヨウくんに向けて見せつけようと、いつものようにネックレスのトップにふれる──はずだった。
 

「待って! ネックレスがなくなっちゃってる!!」

 さっき、ケイさんとぶつかった時に外れちゃったのかな!?

 そう思って、あたしがパニックを起こしてると……?

「ゆずはちゃん落ち着いて。ネックレスならちゃんと、ゆずはちゃんの首にかかってるよ」

 そう言いながら、あたしの背後に回っていたトップを手で運んで、見せてくれた。

 ヨウくんの手のひらでキラリと光る、あたしの宝物。

 それを見た瞬間ほっとして、その場にくずれおちそうになっちゃった。

「よっ、よかったぁ。なくなったかと思って本気であせっちゃった」

 さっきケイさんとぶつかった時、かなりのショウゲキだった。

 だから本気でなくしちゃったかと思って。あー、あせったぁ。

「……ごめんね、ゆずはちゃん」

 ヨウくんはあたしのネックレスから手をはなしたと同時に、あきらめたかのように口を開いた。

「ゆずはちゃんの言う通り、本当はとっくに気づいてたんだ」

 ヨウくんはあたしのネックレスを見つめながら、申し訳なさそうに目を細めた。
 

 やっぱりね。

 あれだけメイクに詳しいヨウくんだもん。

 ケイさんの息子なんだったら、お母さんがデザインしたアイテムを知らないのも変だし。

「全部白状しちゃうと、知り合いでメイクに詳しい人っていうのも、本当は母さんのことなんだ」

「じゃあヨウくんは二重であたしをダマしてたんだ?」

 ヨウくんのお母さんがケイさんだって知った今、あれもそうなんだろうなーとは思ったけど。

「とにかく、色々とごめんね」

 ヨウくんが本当に申し訳なさそうに、頭を下げた。

 なんでヨウくんがこのことを隠してたのかは、未だによくわかんないけど。

 でも、まぁ。

「うん、いいよ。そのおわびにケイさんともう一度会わせてくれるなら、今回は許してあげる」

 あっ、ヨウくんの百面相(ひゃくめんそう)。

 ケイさんとあたしが一緒にいるって気づかず、母さんって呼んだ時は慌てた顔してた。

 そして今は、びっくりしたように瞳を大きく見開いてる。

 この驚いた表情は、さっきケイさんが驚いて見せた表情にそっくりだ。

 そのあまりにも似てる表情に、あたしは思わず笑いそうになっちゃった。
 

「その、許してもらえるのは嬉しいんだけど、母さんは見ての通り仕事がかなり忙しいから……」

「そこをなんとか! お願い!」

 どうしてももう一度ケイさんと話がしたい。

「あたし、5年間もケイさんに会えなかったんだ。ううん、この先だって会える保証なんてなかった」

 だからあたしは、このキセキを大切にしたい。

「ケイさんが忙しいのはもちろん十分わかってるつもりだよ。でもメイクについて、色々アドバイスが聞きたいの!」

 この5年間、自分一人でメイクの勉強をしてきた。

 雑誌読んだり、イラスト描いたり、できることは一人でやってきたつもり。

 だけど──。

「ケイさんのメイクは、魔法だったの」

 少しだけでもいいから、あの魔法にかかったみたいな感動をもう一度味わってみたい!

「魔法をもう一度だけ味わえるチャンスを、あたしにちょうだい! お願い!!」

 あたしはさっき謝ってくれた時のヨウくんよりも、もっと深く頭を下げた。

 将来メイクアップアーティストになって、有名になるまで会えないかもしれないって思ってた。

 それなのに、あたしはケイさんとのつながりができたんだもん。

 ヨウくんが困ってるのも見ればわかるけど。

 でもごめん、ここだけは絶対に引けない!
 

「ゆずはちゃん、頭を上げて? これじゃどっちが謝ってるのか、わかんないよ」

「ヨウくんが〝うん〟って言ってくれるまで、頭上げらんない」

「……うーん、困ったな」

 ヨウくんはかがむようにして、あたしの顔を下からのぞき込んだ。

 二重のパッチリした瞳があたしをとらえた瞬間、「はぁ」なんてため息をつかれてしまった。

「あの、ごめんね。ヨウくんが困るのもすごくわかるんだ」

 あたしはまだ、頭を上げない。

「あたしのこの夢はケイさんと出会ったことで見つけたの。ケイさんはあたしの夢で、あこがれなの」

 昔の、怖がりで奥手だったあたしなら、ここで引いてたかもしれない。

 ううん、こんなに無理してお願いなんてしてないと思う。

 でもあたしは、変わったんだ。ケイさんの魔法で。

 その魔法をくれた人と、もう一度会ってお話するチャンス。

 それは死んでも逃しちゃダメだって、あたしの本能が言ってる。

 あたしはきゅっとくちびるをかみしめた。

「……わかった。僕の負けだよ」

「ほんと!?」

 あたしは勢いよく顔を上げて、思わず大きな声をあげてしまった。

 嬉しいと同時に、ヨウくんがどんな顔をしているのかが気になった。

 怒った、かな?

 そんなあたしの不安そうな顔を見て、ヨウくんは笑った。

 それはいつものキラキラスマイルだけど、ちょっと困ったようにまゆ毛がハの字だ。

「これで僕がゆずはちゃんをダマしたこと、チャラにしてくれるなら」

「それはもちろん!」

 元気よく言ったあたしの言葉に、ヨウくんは声を立てて笑った。

「その代わりひとつだけ、約束してくれる?」

「約束?」

「うん。僕の母親がケイで、メイクアップアーティストだってことを、ほかの誰にも言わないで欲しいんだ」

 そりゃ別に、ヨウくんがそれを隠したいんだったらいいけど。

「あたしはいいけど……でも、なんで?」

 あたしだったらジマンしまくっちゃうかも。

 だって自分のママが日本一のメイクアップアーティストだよ?

 めっちゃ誇らしいじゃん。

「ほら、僕の母さんは芸能界とつながりがあるでしょ? もしクラスの子やほかの子たちがそれを知ったら、芸能人に会わせてって騒ぐかもしれないし」

「うーん……それはそうかも」

 その心配は、ちょっとわかるかも。

 ヨウくんはそういうのが嫌だから、あたしにケイさんのことを隠してたんだ。

「うん、わかった。言わないよ。約束する」

 そう言ってあたしは右手の小指を差し出した。

「指切りげんまん! ウソついたら針千本でも、万本でも飲むよ!」

「ははっ、そんなゆずはちゃんの姿は見たくないなぁ」

 そう言いながら、あたしの小指にヨウくんの小指が絡まった。

「ちょっと母さんの予定聞いてみないとわからないけど、僕も約束するよ」

 ヨウくんはいつもの王子様スマイルで、指切りをした。

 あたしがドキドキする、ちょっぴり親しみを感じるあのスマイルで──。

 

 

****************

 

 授業参観の日から1週間がたったけど、あたしはまだケイさんと会えてない。

 でも、王子様なヨウくんならきっと、約束を守ってくれるはず!

「……って、万が一守ってくれなかった時は、マジで針を飲んでもらわなくちゃだけど」

「朝から針を飲むとかって、なかなか物騒だね」

 ヨウくんは隙を感じさせない笑顔をふりまきながら、あたしの前の席に座ってる。

「わっ! ヨウくん」

「おはよう、ゆずはちゃん」

「おっ、おはよー」

 びっくりした。ヨウくんがこんなに近くにいるなんて気づかなかったよ。

「で、さっきのゆずはちゃんが言ってた針の話って、僕との約束のことかな?」

 ヨウくんは相変わらず笑ってる。だからあたしも──。

「あははっ、ごめんごめん」

 秘技(ひぎ)、笑ってごまかすの術。

「安心して。ケイさんが忙しいことはわかってるから。だから気長に待ってるね」

 こいつはなんて物騒なやつなんだ、って思われたかな?

 あたしが笑ってごまかしてるのに、ヨウくんはキラキラ笑顔を崩さずこう言った。

「大丈夫だよ。僕だってゆずはちゃんが本気なんだってこと知ってるから」

「本気だなんて、本当に針を飲ませるつもりはないよ? ……今のところはだけど」

 ヨウくんが社交辞令(しゃこうじれい)でケイさんに会わせるって言ったんなら、それは話が違うよね?

 だからその時は、ちょっとばかり飲んでもらおうかなー?

 なーんて思わなくもないけどさ。
 

「いや、そっちじゃなくって……」

 ヨウくんのキラキラスマイルに、苦笑いが加わった。

「ゆずはちゃんの本気は針の話じゃなくって、プロのメイクさんになりたいって話のことだよ」

 ああ、なんだ。そっちの本気ね。

「ということは、ゆずはちゃん。本気で僕に針を飲ませるつもりだったんだ……?」

 あっ、しまった。

 今度は本当にヨウくんが引いてる。

「あはは! だっ、だからそれは冗談だってば」

 秘技、大笑いしてごまかすの術。

 こうなったら、本気でごまかし通すしかない。

「……まぁ、いいけど。僕、ゆずはちゃんとの約束破るつもりなんてないしね」

「えっ、ほんと? ならよかった!」

 ヨウくんが自信を持ってそう言うから、あたしは思わず飛びはねちゃった。

 って、こんな反応しちゃったら、やっぱり信じてなかったのかよって思われちゃうかな?

 コホン、てせき払いを一度してから、あたしは言葉をつけ足した。

「いや、信じてたんだけどね」

「ははっ、ほんとかなぁ?」

「ほっ、ほんとだよ!」

 あたしがアワアワと訂正する中、ヨウくんはそんな様子をおかしそうに笑ってる。

「わかった。ゆずはちゃんのこと信じてるよ」

 ああ、今朝も絶好調にさわやか王子様だ。

 あたしがヨウくんのまぶしい笑顔に目をパチパチとまたたかせてる中、ヨウくんはコホン、ってせき払いをした。
 

「実はね。今日の夕方、母さんの仕事の予定が空いたらしいんだ」

 えっ? それって、つまり……。

 ヨウくんは再びにっこりと笑みを浮かべながら、首を縦にふった。

「急なんだけど今日の放課後、ゆずはちゃんの予定はどうかな?」

 待って、それじゃああたし……ケイさんに会えるってこと!?

 ヨウくんのキラキラスマイルが、いつも以上にまぶしく見える。

 窓から差し込む太陽の光をあびて、なんだかヨウくんが王子様どころか神様に見えてきたよ!

「もちろん空いてる! ううん、空いてなくても空ける! むしろ空けさせていただきます!!」

 思わずあたしは立ち上がって、目の前に座るヨウくんに詰め寄った。

「ははっ、予定が空いてるならよかった。じゃあ母さんにはそう伝えとくよ」

「うん! ありがとう!!」

 きゃー! やったぁ!

 あたしは嬉(うれ)しすぎて、思わずヨウくんの手を両手でぎゅっとつかんでしまった。

 

 ケイさんに会えるとなったあたしは、放課後が待ち遠しくて仕方がない。

 いつもの倍くらい、時の流れが遅いんじゃないかって思うくらい。

 毎時間、授業中も休み時間やお昼の時間も、あたしはずーっと時計とにらめっこしてる。

 なのに時計の針は全然進んでない。

 もどかしい~。早く放課後になってよ~!

 こうなったらはやる気持ちを、別のことを考えてごまかそう。

 そう思った瞬間、急に服装が気になりはじめた。

 いつもの制服だけど、こんなことならもっとアレンジしてオシャレしてきたらよかったな。

 ネックレスのトップのフタを開けて、カガミをのぞき見る。

 服装は変えようがないけど、せめて髪くらい整えておかなくちゃ。

 今朝はねぼうして、ブラシで髪をとかす時間もなかったもんね。

 前髪、変じゃないかな? 時々前髪が波うっちゃったりするんだよね。

 髪を気にしながらも、ちらりと時計に目を向ける。

 ああ、ほかのこと考えようとしても、無理だ。時間も全然進んでないし。

 お願いだから、早く放課後になってー!

 

 ろく、ご、よん……。

 教室の中にある時計の秒針を見つめながら、あたしは心の中でカウントを始めた。

 さん、に、いち……!

 あたしのカウントが終わると同時に、時計のとなりにあるスピーカーから授業が終わるチャイムが流れた。

「よし、今日の授業はこれまでだな」

 やっと終わった!

 すっごく長かったよー!

「はい! 先生、ありがとうございました!」

 あたしは元気よくそう言って、教科書をカバンの中にしまい込みながら立ち上がった。

「なんだ倉持。授業中は心ここにあらずって感じだったのに、終わりは元気じゃないか」

「そんなことはないですよ。あたしはいつだって元気です!」

 先生にそう言ったと同時に、あたしはカバンをひっつかんでかけ出した。

「それではみなさま、また明日!」

 放課後ヨウくんと、学校の外で待ち合わせすることにしてる。

 クラスメイトに余計なことを勘(かん)ぐられないために、念には念を入れて……ってヨウくんが提案してくれたの。

 確かにヨウくんって転校してきて間もないし、二人で帰るってなったらクラスの子たちもビックリするもんね。

 特にクラスの女の子たちが。

 さすがは王子様。慎重(しんちょう)というか、用意周到(よういしゅうとう)というか。

 そんなことを考えながら、あたしは足早にヨウくんとの待ち合わせの公園へ向かう。
 

 いつも家に帰るのとは違う道順、違う方角。

 見慣れない光景を横目に、あたしは目的の場所へと向かった。

 さっき教室を出る時、ちらりとヨウくんの席を見たら、ヨウくんはもう教室にはいなかった。

 もしかしたら先に着いちゃってるのかも。

 そう思っていた矢先、公園の入り口にさしかかったところで女の子二人組が立ち話をしてる。

 他校の子かな? なんて思いながらそろそろと近づくと……。

「あの人、かっこいいね」

 かっこいい?

 あたしは女の子たちの視線の先を追って、公園の中に目を向けた。

 するとそこにいたのは、ヨウくんだ。

 遠くから見てもわかるヨウくんの王子様ぐあい。

 古びた遊び道具がある、何の変哲(へんてつ)もない公園。

 だけどヨウくんがそこに立つだけで、公園の中が中世のお城みたいに見えてくる。

「えー、声かけてみる?」

 女の子たちがちょうどそんな風に言った時だった──。
 

「ゆずはちゃん!」

 顔をぱっとかがやかせて、あたしに手をふってる。

 どうやらヨウくんも、あたしの姿に気づいたみたい。

 そんなヨウくんの視線を追うように、女の子たちがあたしに顔を向けた。

 ……なんか、視線がイタイような?

「なんだ、女の子と待ち合わせだったんだ」

 女の子の一人がそう言ったのが聞こえた。

 あたしはその子たちを横目に、ヨウくんのもとへとかけ出した。

「ごめん、待たせちゃった?」

「ううん、僕も今さっき着いたばかりだよ」

 小さく首をふりながら、ヨウくんは目を細めて優しく笑った。

「それじゃ、行こうか」
 

 先を歩き始めたヨウくんの後を追って、あたしも歩き出した。

 ふとあたりを見回すと、さっきまですぐ近くにいた女の子たちは立ち去った後だった。

「ここまでの道のり、迷子にならなかった?」

「ううん。こっち側まで一人で来たことなかったけど、大丈夫だったよ」

 このあたりに住んでる友達は少ないから、あたしはめったに来ない区域(くいき)。

 だからか同じ町のはずなのに、なんだか知らない場所に来たみたいな新鮮さがある。

「あと、機転(きてん)きかせてくれてありがとうね」

 ヨウくんはなんのこと? って言いたげに、コテンと首を小さくかしげた。

「ほら、公園で待ち合わせって案を出してくれたでしょ? あたしは何も考えず、放課後ヨウくんと一緒に学校出る気満々だったから」

 そしたら今ごろ、クラスメイトの子たちに質問攻めにあってたかもしれないし。

 ごまかすのって得意じゃないから、何かのはずみでケイさんのことも言っちゃってたかもだし。

 いや、もちろん言うつもりなんてこれっぽっちもないけどね!

「ヘタしたら、危うく針を飲まないといけなかったかもだし」

 針千本どころか、万本とか言っちゃったし。

 千本も飲める自信もないし、万本なんて確実に死んでた。

 自分が針を飲んでるところを想像して、背筋が震える。

 そんなあたしの様子を見て、ヨウくんは顔をくしゃりとくずして笑った。
 

「あっはっはっ!」

「ヨウくんひどい。あたしが針万本飲んで、死んでいく姿を想像して笑ってるんでしょ!」

 いつも王子様みたいに優しいヨウくんなのに。

 キラキラスマイルを見せてくれるヨウくんなのに。

 そんなヨウくんが、お腹を抱えながらあたしの最期の瞬間を想像して笑うなんて……。

「あはは、ごめん。僕はゆずはちゃんが針飲んでるところなんて想像もしたくないよ」

 そんなこと言ってひーひー言いながら笑ってるヨウくんは、かなり信用度が低い。

「だって、ゆずはちゃんは本気でそれをしようと考えてるから」

 えっ、何言ってんの? 当たり前じゃん。

「秘密はそんなに簡単に明かしちゃいけないし、約束だって守らなくっちゃ意味ないじゃん」

 そう。だから針を飲むの。

 約束を守れないなら、針を飲まなくちゃ。

「あたしの中で指切りげんまんは、契約みたいなものなんだよ」

 それくらい強い意志を持って、約束をしてるんだから。

 ヨウくんは「なるほどね」なんて言って、ウンウンうなずいてるけどさ。

「わかった。とにかくゆずはちゃんは本気だったんだね」

「あたしはいつだって本気だよ。真剣と書いてマジだよ」

 そう言ってあたしがシリアスな顔をすると、ヨウくんの瞳に星がキラキラと光った。

 長いまつ毛を揺らしながら、おかしそうに笑うヨウくん。

 それはどこか、クラスでの王子様ヨウくんとは少し違う顔に見える。

 いつもは紳士な王子様って感じなのに、今は普段よりもっと親しみを感じるというか……。

「じゃあ秘密の契約、しっかり守ってね。僕はゆずはちゃんに針なんて飲んで欲しくないから」

 小首をかしげながら、弾けんばかりの笑顔。

 ヨウくんのそんな表情に、やっぱりあたしの胸はドキドキしちゃうみたい。

「うん、気をつけます!」

 でもドキドキするのは、ヨウくんが王子様で、あこがれのケイさんと同じ笑顔をするから。

 ──なんて思うのに、最近はちょっとその考えに疑問がよぎる。

 でもそれがなんでなのかも、よくわかんないんだけど


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