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【学校でもない。家でもない。見つけた!わたしの大事な場所】大人気作家・夜野せせりさんが、つばさ文庫に登場! 『スピカにおいでよ』1巻冒頭を特別連載♪ ユーウツな気分をふきとばす、応援ストーリーです!
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1 迷子のわたしと、きらきら男子
どうしよう。わたし、……道に迷った!
わたし、高梨(たかなし)くるみ。もうすぐ6年生になる。
いろいろあって、この街に引っ越してきたばかり。
まだ春休み中だけど、今日はママと新しい学校に行って、先生にあいさつしてきたんだ。
ママはすぐに会社に戻っていったけど、わたしは、まっすぐ家に帰らずに、こっそり探検していたの。
学校をはなれて、住宅街に入って。くねくね曲がる坂道を、ぐんぐんのぼっていって……。
そしたら、すっごく見晴らしのいい場所に着いたんだ。
街並みも見渡せるし、遠くには海まで見えるの!
でも……。
ふとわれにかえった瞬間に、気づいた。
ここ、どこ!? ぜんっぜん、わかんない!
家まで帰る道どころか、学校までどうやって戻るのかもわかんないよ。
これって迷子? わたしもう6年生になるのに~!
「とりあえず坂をくだろう」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。冷静になれ、わたし。
なにげなく、スカートのポケットに手を入れると。
「…………あれ? ない」
あるはずのものが、ない。
ポケットをさぐる。やっぱりない。
わたしの大事な大事なキーホルダーが、ない! たしかにポケットに入れていたのに。
まさか、どこかに落としちゃった?
さーっと血の気がひいた。
来たばかりの街で、いきなり迷子になって。しかも、大切な宝物までなくしてしまった。
とっさにその場にしゃがんで、探し始める。ない。
のろのろと歩道をくだりながら、注意深く足もとに目をこらす。
それでも、ない。
「どこで落としたんだろう……」
すぐ脇の道路を、バスが走っていく。通り過ぎる時、パリッとタイヤが何かを踏む音がした。
「まさか、さっきの」
わたしのキーホルダー? バスにつぶされちゃった?
わたしはその場にへたりこんだ。
ただのキーホルダーじゃない。前の学校の「親友」にもらった、世界でたったひとつのキーホルダーなのに。
サイアクだよ、わたし。じわりと涙が浮かんでくる。
きゅっと、手の甲でぬぐった。すると。
「どうしたの? 具合悪いの?」
声が降ってきた。男の子の声。
「あっ。あのっ、大丈夫です!」
とっさに立ち上がった。
わたしに声をかけた男の子と、目が合う。
さらさらと風にそよぐ、つやのある、みじかい黒髪。
アーモンド形のぱっちりした目に、すっと通った鼻すじ。
この子、すごくかっこいい。
見た感じ、わたしと同じぐらいの年……かな。
男の子は、かたちのいいまゆを寄せた。
「こんなところでしゃがみこんでるから、てっきり。それに、涙目だし」
「…………!」
泣いてるの、気づかれた? うそ、恥ずかしすぎるよ!
「えっと、あの、ちがうんです。ちょっと探し物してて。だっ、大事な物をっ、落としたから」
しどろもどろになってしまう。
「探し物?」
「き、キーホルダーなんですけどっ」
パニックになって、聞かれてもいないのに答えてしまった。
ただでさえ初対面の人としゃべるの、苦手なのに! いきなり恥ずかしいところを見られて、どうしていいかわかんないよ。
「それって、これ?」
男の子は、わたしの目の前に、キーホルダーを差し出した。
「こ、こ、これ!!」
まちがいない。わたしの「推し」のRUKA(ルカ)を、アニメキャラ風にしたマスコットがついている。RUKAは、大好きなガールズアイドル「リアライズ」のメンバーなんだ。
「親友」といっしょに、いつも「リアライズ」の話で盛り上がっていたっけ……。
「よかった。この坂をのぼってくる途中で拾ったんだ」
男の子はほほえんだ。
はっと、われに返る。
は、は、恥ずかしい……!!
涙目になってまで必死に探していたのが、アイドルのマスコットつきキーホルダーだなんて。
前の学校で、言われたことがある。
高梨みたいな地味で暗いヤツが、リアライズに憧れてるとか、ウケる、って。
「どうしたの? 大事な物なんでしょ?」
何も言わずにうつむいてしまったわたしに、男の子はたずねる。
顔を上げると、男の子はふしぎそうに首をかたむけた。
「あ、あの」
「ほら。手、出して」
「は、はい」
とっさに差し出したわたしの手のひらの上に、男の子は、キーホルダーをぽとんと落とした。
にーっと、男の子は笑う。
その笑顔が、光をまとっているように、きらきら、きらきら、かがやいて見えて……。
頭がぽーっとして、顔が熱くなった。
どうしたの? わたし。
「じゃあね」
男の子は手をひらひら振ると、行ってしまった。
ぼんやりと、その後ろすがたを見送る。
男の子は、坂道のてっぺんにある、白い建物の中に入っていった。
思わず、駆け寄ってしまう。
「ここ、カフェ?」
白いペンション風の、木造の建物の入り口に、星のかたちをした青いプレートがかかっている。
「スピカ……?」
青い星のまんなかに、「Cafeスピカ」って、きらきらした金色の文字がおどっていた。
「あの子……」
小学生、だよね。たぶん。
ひとりでカフェでお茶するの?
それとも、おうちの人と待ち合わせ?
あっ、もしかして、ここがあの子の「おうち」とか?
ぐるぐる、考えていたら。
バッグに入れていたスマホが鳴った!
ママからの電話だ!
わたしはあわててその場を離れた。
ママに、探検してて迷ったと正直に告げたら、怒られてしまった
仕事で迎えに来られないから、自分でなんとか帰ってきなさい、って。
わたしの話から、なんとなくここがどこだかわかったみたいで。ママは、学校まで戻る道を教えてくれた。
とぼとぼと、坂道をくだっていく。
ポケットの中に手を入れて、キーホルダーをにぎりしめる。
あの男の子……。わたし、「ありがとう」も言えなかった。
足をとめて、振り返る。
青い空に、白い建物のりんかくが映えて、浮かび上がっているように見える。
あの子が吸い込まれていったカフェ、――「スピカ」。
――この時のわたしは、まだ知らなかったんだ。
「スピカ」が、わたしの大切な、ひみつの場所になること。
あの男の子が、ひみつをわけあう、仲間のひとりになること。
そして、わたしが、甘くてすっぱい、はじめての気持ちを、知ってしまうことも……。
2 第一印象って、大事だよね!?
先生が、黒板に大きく名前を書く。
高梨くるみ。
わたしの、名前。
今日は始業式。新学期スタートの日だ。
そして、わたしが新しい学校に通い始める日でもある。
「今日からみんな、6年生だな。進級おめでとう。さっそくだが、転校生の紹介だ」
先生がはきはきと告げる。
「みんなの仲間になる、高梨くるみさんだ。この学校のこと、いろいろ教えてあげてほしい」
6年3組の担任の前川(まえかわ)先生は、すらっとした若い男の人で、いかにも人気がありそう。
「さ、自己紹介して」
先生が、にっこりとわたしに笑いかけた。さわやか全開って感じのスマイル。
教室のみんなが、じーっとわたしを見ている。
どうしよう、めちゃくちゃきんちょうする。
ただでさえあがり症のわたしには、転校初日、しょっぱなの自己紹介っていうミッションはハードルが高すぎる。
だって、第一印象ってすごく大事だよね?
ここで失敗したら、みんなに「変な子」だって思われて、最悪、避けられるかもしれない。
そう思ったら、いやなどきどきが止まらなくて……。
じんわりと手のひらにあせがにじみ出る。
「高梨さん」
前川先生が笑顔で圧をかけてきた。
もう逃げられない。
わたしは深呼吸して、一歩前へ踏み出した。
とりあえずはきはきしゃべろう。そして、え、笑顔だっ!
「たっ、たかなし、くるみれすっ」
思いっきり、明るい声を出した。……つもりだったけど。
声はうらがえるし、ふるえるし、なにより、噛(か)んだ!
どうしよう、噛んじゃったよ!
みんな、きょとんと目をまるくして、しーんと静まり返っている。
ううっ、これなら笑われたほうがまし……!
「高梨さん。ほかにはない? たとえば、好きなものとか、しゅみとか……」
先生にうながされる。
す、好きなもの? しゅみ??
「え、えっと」
好きなものはもちろん「リアライズ」。オーディション番組で選ばれた7人組グループで、わたしはデビューまでの密着ドキュメント番組も、公式動画もハマって観ていた。
7人がダンスや歌のレッスンをして、ひたむきに努力しているのが、すごくかっこよくて……。
って、そんなこと、ここで言えるわけない!
「す、好きなものはカレーライスです……」
消え入りそうな声で、告げた。もう解放されたい。
「なるほど。この学校の給食のカレー、おいしいですよ」
先生はにっこり笑った。
「高梨さんの席は、窓際後ろから2番目の、空いている席、あるよね? あそこです。また慣れてきたころに席替えするからね」
「は、はい」
わたしの声、からっから。
さっき教えてもらった、自分の席に目をやった。
その瞬間、胸がどきんと鳴った。
となりの席にいるあの子は、もしかして……!
よろよろと、足を踏み出す。早く席につかないと。
窓際1列目と2列目のあいだを、歩いていく。でも、足がふわふわして……。
「あっ」
もつれた!
と思った次の瞬間。わたしは、転んでいた!!
うそでしょ? なにもないところでつまずくなんて……!
痛い。足も痛いし、みんなの視線をビンビン感じて……痛い。恥ずかしすぎて起き上がれない。
くすくすと、小さい笑い声が聞こえる。
自己紹介で噛んじゃった時は、笑われたほうがましって思ったけど、ホントに笑われるのもきつい。
絶対わたし、変な子だって思われてる。サイアクだよ。
いつまでも起き上がれないわたしに、
「大丈夫?」
声が降ってきた。
この声。かあっと、全身が熱くなる。
顔を上げると、男の子が心配そうにわたしを見つめている。
やっぱりそうだ。あの時、わたしのキーホルダーを拾ってくれた子。わたしの新しい席の、となりに座っていた。
男の子はわたしに手を差しのべた。
「足、ひねったの? 立てる?」
やわらかくほほえんでいる。
まただ。あの時と同じ。きらきら、光をまとっているように見える。どうして?
ぽーっとしていると、
「キャーッ! 七瀬(ななせ)くん王子様みたい~っ!」
声が飛んできた! 男子の声だ!
とたんに、教室ががやがやと騒(さわ)がしくなる。
ピーッと口笛が鳴ったり、「かっこい~」と茶化す男子の声があがったり……。
女子も、ざわざわしているのがわかる。男子の声ほどは目立たないけど、あちこちから「ずるい」とか、「あの子、あざとくない?」とか、聞こえる。
ずるい? あざとい? わたしのこと?
さっそく悪く言われてるの? それとも、空耳かな。わたしがマイナス思考すぎるせいで、なんでもかんでも悪口みたいに聞こえてるだけかも。
でも……、つらい。
「ほんっと、みんなガキだよな」
わたしに手を差しのべてくれた男の子が、ふうっとあきれたようなため息をこぼした。そして、
「これぐらいのことではしゃぐなって。高梨さん、ねんざしてるかもしれないんだぞ」
すっごく冷静な声で、みんなに告げた。
ね、ねんざ?
「へ、へいきですっ」
わたしはすくっと立ち上がった。心配させて申し訳ないって気持ちで、いっぱいになったんだ。
「足も、ひねってませんから!」
「なら、よかった」
男の子は笑って、
「きみ、転校生だったんだね」
と、こっそりささやいた。
あの時のこと、覚えてたんだ!
さっきとはべつの恥ずかしさで、ふたたびわたしの顔に熱がのぼる。
なにもこたえられないわたしに、男の子は、
「おれは七瀬昴(すばる)。よろしくな」
と、ほほえんだんだ……。
<第2回へとつづく>
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。