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ものがたり

【特別連載】『スピカにおいでよ 放課後カフェとひみつの仲間』ためし読み 第4回


【学校でもない。家でもない。見つけた!わたしの大事な場所】大人気作家・夜野せせりさんが、つばさ文庫に登場! 『スピカにおいでよ』1巻冒頭を特別連載♪ ユーウツな気分をふきとばす、応援ストーリーです!





   6 甘くてすっぱいクリームソーダ

 

 

 学校に行ってない? 一度……も?

 そういえば、教室に、いつも空いている席があるのを思い出した。

「あの、それって」

 どうして、と聞こうとしたところで、

「こんにちはっ!」

 と、背後で明るい声がした。

 振り返ると、背の高いひょろっとした男の人がいた。まんまるいふちなしのめがねをかけている。

 もしかして、この人が先生?

「おっ。もしかして見学の子かな?」

 男の人は、にこっと笑った。ほほえむと、めがねの奥の目が三日月みたいに細くなる。

 七瀬(ななせ)くんが、さっきと同じように、わたしのことを紹介してくれた。

「くるみさん、よろしく。僕は春日奏太朗(かすが そうたろう)。大学3年生。学校の先生を目指して勉強してるんだ」

「は、はい」

「まだ学生だけど、じっさいに子どもたちと触れ合いたい、教えたいって思いが強くて。家庭教師や塾のバイトも考えたけど、おばがカフェのスペースを借してくれることになって。自分で塾を開いたんだ」

『おば』って、オーナーの葉子(ようこ)さんのことだよね。

「葉子さんも、もと教師だから、奏ちゃん先生がたよりない時はさりげなーく助けてくれるんだ」

 七瀬くんがこっそりわたしの耳もとでささやく。奏ちゃん先生って呼んでるんだ!

 先生は、七瀬くんの告げ口がばっちり聞こえていたらしく。

「こほん!」と、わざとらしくせきばらいした。

「スピカがひみつきちになるのは、毎週水曜日。今のところ、生徒は、昴(すばる)くんと野々村(ののむら)さん。そして、もうひとり中学生の男の子が来ている」

 こくりと、うなずく。

「せまいスペースだけど、あとふたりぐらいなら教えられるよ。苦手科目があったり、もっと伸ばしたい得意科目があったりする子、それから」

 先生はいったんことばを区切って、

「家や学校に居場所がない子も、大歓迎」

 と、つけくわえた。

「ここが、そんな子たちの、ひみつきちになればいいなって思ってる」

 居場所が……ない子? ひみつきち?

 どきんとした。

 学校でのわたし。ぜんぜん友だちができなくて、それどころか、避けられてるっぽくて。いつもひとりで過ごしている、わたし……。

 家に帰ってもひとりだし、やっとママが帰ってきても、なんだかピリピリしてる。

「学校はどう?」ってなにげなく聞かれても、心配をかけたくなくて本当のことを言えないし、ごまかしたり、話をそらしたりして、苦しかった。

 先生の「大歓迎」っていうことばを聞いて、はじめて気がついた。

 わたし、ずっと、ほっとできる場所がほしかった。

 ここにいてもいいんだって、心から思える場所がほしかった。

 わたし、この「ひみつきち」に、いてもいいの? みんなの仲間になってもいいの?

 ふと、わたしを見つめる視線に気づいた。野々村さんだ。

 先生が現れて、話がとぎれちゃってたけど、野々村さん、学校に行ってないって言ってた。

 何があったのかわからないけど、野々村さんも、学校に『居場所がない』のかな。

「ちょっといいかしら? 新作の味見をお願いしたいんだけど」

 すずやかな声がした。葉子さんだ。

 葉子さんが手にしている銀のトレイには、台つきの大きなグラスが4つのっている。

 わたしは一瞬で目をうばわれた!

「クリームソーダだ!」

 しかも、わたしがよく知っている、グリーンのソーダ水のクリームソーダじゃない。

 野々村さんが、テーブルの上に広げていたノートと教科書をそそくさと片付けた。

「高梨(たかなし)さん、すわって」

 野々村さんが、自分のとなりの椅子を、とんとんとたたいた。

「う、うん」

 わたしが野々村さんのとなり、七瀬くんがわたしの向かい、そのとなりに奏太朗先生がすわる。

 葉子さんが、銀色の星のかたちをしたコースターを目の前にすっと置いて、その上に、ことんとグラスを置いた。

「すごい。カフェみたい」

「カフェだし」

 七瀬くんがくすくす笑う。

「だって……! ふしぎなんだもん」

 カフェなのに塾、塾なのにひみつきち。

 クリームソーダはきらきらと夢みたいにかがやいている。

 ソーダ水が、淡い黄色なの。グラスのふちには輪切りのレモンが添えられていて、バニラアイスのてっぺんには赤いチェリーがちょこんとのっている。

 銀色の細いスプーンでバニラアイスをすくうと、ソーダ水の中に、金色の星くずみたいなこまかい泡がたちのぼって、はじけた。

 すごくきれい。ため息がこぼれそう。

 アイスは冷たくて、舌の上ですっと溶けた。ソーダ水はすっぱくて、でもほんのり甘くて……。

「レモンだ」

 なんだか胸がきゅんとするような、甘ずっぱいレモンの味。

「当店手作りのレモンシロップで作っております、特製レモンクリームソーダでございます」

 葉子さんがかしこまった調子で告げて、きちっと腰を折っておじぎをした。

 そして、ふたたび顔をあげて、

「どう? おいしい?」

 と、いたずらっぽい笑みをうかべる。

「はいっ! すごくおいしいです」

 手作りのレモンシロップだなんて、すごいよ。

 となりにいる野々村さんが、にいっと、七瀬くんに笑いかけた。

「これって、あのレモンだよね?」

 七瀬くんはこくっとうなずく。

「シロップ、前に味見させてもらったけど、クリームソーダにしてもおいしいんだね。すごいな」

 七瀬くんの瞳がかがやいている。あのレモン?

 わたしの目にクエスチョンマークが浮かんでいたのか、七瀬くんは、

「おれが育てたレモンなんだ」

 と、さらっと告げた。

「そ、育てた? 七瀬くんが? レモンを?」

 そのレモンがシロップになって、こうやってクリームソーダになって……ってこと?

「レモンって木だよね? 植えたの? わたし、レモンの木って見たことない。すごい、自分で育てられるんだ」

「べつに全然すごくないって」

 七瀬くんは、はにかんだように、ほおをほんのり赤らめた。

「それに、きっとレモンの木、見たことあると思うよ。ふつうの家でも育てられるしさ。ただ、それがレモンだって気づいてないだけで」

 ぶっきらぼうにぼそぼそと告げる七瀬くん。やっぱり照れてる?

「これ飲み終わったら、見せてあげなよ」

 にこにこと提案したのは、奏太朗先生。

 見せてあげる? 

 っていうことは、七瀬くんは、レモンの木を、この「ひみつきち」で育ててるんだ!

 

 

   7 七瀬くんのレモン

 

 

 七瀬くんのレモンがあるのは、カフェ「スピカ」の小さなお庭だった。

「ひみつきち」スペースの、引き戸側から見て右側に、お庭に出るためのドアがあった。

「どうぞ」

 七瀬くんがドアを開ける。すると、ふわっと、さわやかな草のかおりがした。

 小さな花壇に、むらさき色のお花や白いお花が生えていて、風にそよいでいる。

「いいにおい」

「ハーブだよ。葉子さんが育ててるんだ」

「へえ……」

 胸いっぱいに空気を吸い込む。からだの中に青い風が吹き抜けていくみたいだよ。

「おれのレモンは、これ」

 七瀬くんが指さしたのは、大きな鉢。細い枝にしげった、みどり色の葉っぱがまぶしい。

「鉢植えなんだね」

「うん。直接地面に植えちゃうと、実がなるまでに何年もかかっちゃうんだって」

「へえ~」

 なんでだろう? ふしぎだなあ。

「葉っぱもレモンのにおいがするんだよ」

 七瀬くんはレモンの葉っぱを一枚ちぎって、手でもんだ。

「ほら」

 葉っぱをわたしの鼻先につきつける。

「わあっ。ほんとだ」

 さわやかで、すっぱい……レモンのかおり。

「葉っぱのうらに、つぶつぶがあるだろ? それがつぶれるとにおいがするんだよ」

「へえーっ。七瀬くんって物知りなんだね」

「おれも育ててみるまで知らなかったよ」

 七瀬くんのほおが、また、ほんのり赤くなった。

 もしかして七瀬くんって、けっこう、照れ屋さん?

 七瀬くんの髪が春の日差しにふちどられて、金色に光っている。

 レモンの、青い葉っぱからただようかおり。なんでだろう、胸がきゅっと苦しい。

「どうしたの高梨さん? おれの顔、なにかついてる?」

「えっ? ううん、べつに」

 あわてて目をそらす。わたしってば、七瀬くんに見とれてた。

「と、ところで七瀬くんは、どうしてここでレモンを」

 ごまかすみたいに、わたしはたずねた。

「もともとは、うちのベランダで育ててたレモンなんだ。母さんがどこかから苗をもらってきて、鉢に植え替えて、家族で世話してたんだけど」

 七瀬くんは深く息を吐く。

「……いつの間にかみんな、レモンの存在忘れてて。放置されて、気づいた時には枯れかけててさ。ちょうどおれがここに通いはじめたころだったから、もしかしたら奏ちゃん先生がなんとかしてくれるかもって思って、鉢を持ってきたんだ」

「そうだったんだね」

 レモンのお世話を忘れるぐらい、七瀬くんの家族はみんな、忙しかったのかも。

 ひょっとして、急に忙しくなるような、大きな出来事があったのかもしれない。

 うちは……そうだった。

 ママの顔が、頭をよぎる。パパと別れて、この街に引っ越して、新しい会社に就職して。忙しいのもあるけど、なんだか張りつめてるの。

 だからわたし、ママの足を引っ張らないようにしなくちゃって思って、しんどくなる時がある。

 七瀬くんの横顔を、そっとぬすみ見る。

 さっきまで光をあびてきらめいていたのに、今は雲がかかったように、瞳の色がかげっている。

 もしかして七瀬くんにも、家にいづらい理由があるのかな。

 きゅうに胸がぎゅっと苦しくなって。レモンを見つめる七瀬くんのせつなげな顔を見ていたら、いてもたってもいられなくなって。

「レモン、すごく元気になったんだね。七瀬くんがここに連れてきて、一生懸命お世話したおかげだね」

 わたしは明るい調子で、そう言った。

 七瀬くんに笑ってほしかったから。

 それに、ほんとうのことだもん。枯れかけてたレモンが、シロップにできるぐらいたくさん実をつけるまでになったんだよ。

 七瀬くんはわたしを見て、きれいなアーモンド形の目を、大きく見開いた。

 そして、ふわっと笑った。

「ありがとう」

「そ、そんな。べつにお礼なんて……」

 どうしよう。どきどきする。七瀬くんの顔をまっすぐに見られない……!

 なんで? どうして? 笑ってくれてうれしいのに、今度はどきどきして苦しいの。

「ところで、さ。学校のみんなには、このこと、だまっててくれる?」

 七瀬くんはそう言ってほおを人差し指でかいた。

「なんで?」

「その。おれ、こういう、果物育てるとか、そういうの、あんまりキャラじゃないっていうか」

 七瀬くんはわたしからわずかに目をそらした。

「そうなの?」

「星が好きとか、そういうのも、あんまりクラスの友だちには言ってないんだ」

 そうだったんだ。なんでだろう。七瀬くんってやさしいから、レモンのお世話も「キャラじゃない」なんて思わないけどなあ。星が好きなのも、すてきだなって思うし。

「星ってロマンあるよな、ってなにげなく言ったら、キザっぽいな~って笑われたことがあって」

「それはその人としゅみが合わなかっただけかもだよ?」

「まあ、そうなんだろうけどさ……」

 七瀬くん、ちょっとだけしゅんとしてる。

 でも、その気持ち、わかる。わたしも、高梨がアイドルとか似合わないって言われてたもん。

「わかった。だれにも言わないよ」

「よかった。よろしくな」

「うん。でも、わたしには大丈夫だったの?」

「え?」

「みんなには内緒にしたいのに、わたしにはいろいろ教えてくれて」

 図書室で、まっさきに星の図鑑を手に取ってた。「気になってたんだよ」って言って。

 レモンのことも。レモンをここで育てるようになったいきさつまで、話してくれた。

 クラスのみんなには見せていない、隠している、七瀬くんの「べつのカオ」を。出会ったばかりのわたしが、知ってしまっている。

「ひみつきちのことだって。高梨さんならいいよ、って」

 さいしょに見学にさそってくれた時のこと。思い出すと、胸がどきどきする。

「そう……だね。なんでだろう」

 七瀬くんは、わたしの目を見て、じっと考え込んだ。

「高梨さんは、なんだか……。おれのこと、わかってくれそうな気がしたのかも」

 えっ! どきんと、大きく心臓がはねた。

 わかってくれそうな気がした? わたしが? 七瀬くんを?

 ふわりと、やわらかい風が吹く。わたしの髪も、七瀬くんの髪も揺れる。

 どき、どき、どき、どき……。

「おーいっ! あたしもまぜてっ!」

 とつぜん、明るい声がひびいた。びっくりして肩がはねる。

 わたしと七瀬くんは、そろって後ろをふりむいた。野々村さんだ。

 目が合うと、野々村さんはふしぎそうに首をかしげた。

「高梨さん、どうしたの? 顔が赤いけど」


第5回へとつづく

※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。


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作:夜野 せせり 絵:かわぐち けい

定価
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新書判
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9784046321619

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作:夜野 せせり 絵:かわぐち けい

定価
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新書判
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9784046321633

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