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【学校でもない。家でもない。見つけた!わたしの大事な場所】大人気作家・夜野せせりさんが、つばさ文庫に登場! 『スピカにおいでよ』1巻冒頭を特別連載♪ ユーウツな気分をふきとばす、応援ストーリーです!
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8 友だちになりたい!
か、顔が赤い!?
思わず自分のほっぺたに手を当てると、すっごく熱かった。
「まだ4月だけど、けっこう日差し強いからねー」
野々村(ののむら)さんははずむようにかろやかな足取りで七瀬(ななせ)くんのそばまで来ると、くっと背伸びして、七瀬くんの頭のてっぺんに自分の手をのせた。
「わっ! 何すんだよかりん!」
「昴(すばる)のつむじ、めっちゃ熱くなってる」
にしし、といたずらっぽく笑う、野々村さん。
「いきなり人のつむじ触んなって」
「ごめんごめん、つむじってなんかのツボだったっけ? おなか痛くなるやつ」
「迷信だろ」
ふたりのテンポのいいやりとりに、あっけにとられてしまう。
野々村さんはやんちゃな子犬みたいに無邪気で元気いっぱいだし、七瀬くんも、さっきまでとはぜんぜん雰囲気がちがう。野々村さんに文句言ってるけど、楽しそう。
このふたり、めちゃくちゃ仲がいい。
「やっと今日のノルマ終わった。つーかーれーたー」
野々村さんは大きなため息をつくと、花壇のふちにぴょんと飛び乗った。疲れた人の行動じゃない気がする……。
「いいよね昴は、ぜんっぜん勉強しないのにめっちゃ成績いいし」
野々村さんは七瀬くんをうらめしげににらんだ。そしてわたしに視線をうつすと、
「昴って、ここ来ても遊んでばっかでまったく勉強しないんだよ。いちおう塾なんだけどさ、ここって」
「遊んでねーって。かりんに学校のプリント渡したり、わかんないとこは説明してやったりしてるだろ?」
「はいはい感謝してまーす」
野々村さんは花壇のふちから降りると、わたしのそばに来た。
「さいしょに言ったけど、あたし、学校休んでるんだ。だからここで、奏(そう)ちゃん先生や葉子(ようこ)さんに教えてもらってる。ふつーの塾には行きたくないし、家庭教師もヤだし」
「う、うん」
「今日も、さっきまで奏ちゃん先生にみっちり教えてもらってたんだ。あー頭クラクラする」
なるほど、それで、わたしが七瀬くんのレモンを見せてもらうことになった時、いっしょに来なかったんだ。
七瀬くんは、ふいに、くすっと笑った。
わたしと野々村さんは、そろって、七瀬くんを見やる。
わたしたちの視線に気づいた七瀬くんは、小さく「ごめん」とつぶやいた。
「やっぱりかりんと高梨(たかなし)さん、仲良くなれそうだなって思ってさ。だって、かりん」
「昴っ!」
七瀬くんのせりふをさえぎって、野々村さんはきゅっと七瀬くんをにらんだ。
まるで、それ以上余計なことを言うな、と言わんばかりに。
わずかな沈黙のあと。
「高梨さんって、おもしろい子だなって……思ったんだよね」
野々村さんは、ぼそぼそと、つぶやくような声で、そう言った。
「だって、いきなりあたしのこと、『推し』に似てるって」
「あっ!」
思い出して、変な声が出た。
そうだった。わたしってば、初対面なのにめちゃくちゃ失礼なことを。
「ご、ごめんねっ! キモかったよね?」
「ううん、全然。むしろうれしかった」
野々村さんはちょっとくすぐったそうに笑った。
「あたしもけっこう好きだから、RUKA(ルカ)。あんなふうになりたいなって」
「な、な、なれるよっ! っていうかすでにそっくりだもん! 太陽みたいに明るくて、元気印で、みんなのムードメーカーで」
わたしはがしっと野々村さんの手をとった。内側から熱いものがこみあげて、ふつふつとたぎっていく。
RUKAは、わたしの憧れ。いつだって前を向いているし、だれよりもやさしいの。
「知ってる? オーディションに落ちたメンバーのことを思って、ひそかに泣いてたんだよ、RUKAは。でもすぐに涙をふいて、あの子たちのためにもがんばろうって、レッスンにはげむの」
リアライズ誕生までの密着ドキュメント動画を繰り返し見たわたしの脳裏に、あの時のRUKAのすがたは、涙は、しっかりと焼き付いている。
「世界一美しい涙だった……」
「あ、あの」
野々村さんの、困惑に満ちた声。はっと、われに返る。
「ご、ごめんなさいっ! わたしってば、また……!」
またやってしまった!
「推し」のことになると、つい、われを忘れて熱くなってしまう。しかもあんなに酔いしれて語っちゃって、めちゃくちゃ恥ずかしいよ~。
「手、手」
ふたたび、野々村さんの声。
はっ! 野々村さんの手をとったままだった!
「ご、ごめんね野々村さんっ」
あわてて、放す。
野々村さんは、じっと、わたしを見ている。変わった生き物を見るような目……。
ドン引きしたよね?
七瀬くんもあきれたよね? 引いたよね? 怖くて、七瀬くんの顔を見られない……。
七瀬くん、せっかく、「かりんと高梨さん、仲良くなれそうだ」って言ってくれてたのに。
っていうか、もしかしてはじめから、クラスで浮いてるわたしと、学校に行っていない野々村さんを、引き合わせようとしてくれてた?
わたしはへなへなとその場にしゃがみこんだ。
せっかく、七瀬くん以外の友だちをつくるチャンスだったのに。わたしってば、自分の手で台無しにしてしまった……。
うつむいていると、だれかが「ぷっ」と吹きだした。
顔を上げると、野々村さんが笑っている!
「えっ、えっ」
「やっぱりめちゃくちゃおもしろい!」
あははと、野々村さんは明るい笑い声をあげている。
「だろ?」
と、七瀬くんもにっと笑った。
「え? なにが?」
「高梨さんが、だよ!」
野々村さんの大きな瞳が、わたしをとらえた。
「ほんとに大好きなんだね、リアライズのRUKAが。すっごく伝わってきたよ」
引いてたわけじゃ……ないってこと?
「おれも。高梨さんのそういうとこ、おもしろいって思う。なんていうか……ギャップ?」
七瀬くんはそう言った。ギャップ? って?
「ふだんおとなしいのに、RUKAのことになるとスイッチ入ったみたいに熱くなるところ!」
「変……じゃない?」
っていうか、イタくない?
「変じゃないよ」
ふわっと、からだが宙にうきあがるような感じがした。
変じゃない。変、じゃない……。
言い切ってくれたことが、すっごくうれしくて。
わたしに向けられた七瀬くんの笑顔が、すごくやわらかくて。どうしようもなくどきどきする。
野々村さんもうなずいた。
「ね、もっといっぱい聞かせて? RUKAのオーディションの時の話!」
野々村さん、やっぱりまぶしい。
笑うと、光がはじけたみたいに、ぱっとまわりが明るくなる。
ぽーっと見とれていたら、野々村さんは、
「それとね。苗字じゃなくて、名前で呼んでいいよ」
と、わたしの顔をのぞきこんだ。
「うん! じゃあ、わたしのことも」
「くるみちゃん、って呼ぶね」
野々村……かりんちゃんはにこっと笑った。
うれしい。何度でも、「くるみちゃん」って呼んでほしい。
わたし、かりんちゃんと、もっと仲良くなりたい。
友だちに、なりたい!
<第6回へとつづく>
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。