KADOKAWA Group
ものがたり

【特別連載】『スピカにおいでよ 放課後カフェとひみつの仲間』ためし読み 第6回


【学校でもない。家でもない。見つけた!わたしの大事な場所】大人気作家・夜野せせりさんが、つばさ文庫に登場! 『スピカにおいでよ』1巻冒頭を特別連載♪ ユーウツな気分をふきとばす、応援ストーリーです!





   9 絶対に、ひみつにしなくちゃ。 


 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、空が桃色に染まるころ、わたしは「ひみつきち」をあとにした。
 奏太朗(そうたろう)先生も、葉子(ようこ)さんも、かりんちゃんも、「また来てね」って言ってくれた。
 カフェ「スピカ」が「ひみつきち」に変わるのは、毎週水曜日。でも、今後もしかしたら週2に増やすかもって言ってた。
 もし正式に通いたいなら、ママに話して許可をもらわなくちゃ。
 まだ本格的に通うかどうかはわからないけど、来週も見学に行きたい。
 かりんちゃんとも仲良くなりたいし、七瀬(ななせ)くんのことももっと知りたい。
 七瀬くん、どうしてあの場所に通うことにしたんだろう?
 かりんちゃん、「昴(すばる)はひみつきちに来てもちっとも勉強してない」って言ってた。
 っていうかそもそも、七瀬くんって成績いいっぽいし、塾なんて必要なさそう。受験のためのバリバリの進学塾だったらわかるけど、どうみても「ひみつきち」はそういう塾じゃないし。
 奏太朗先生が、「自分の居場所がない子も大歓迎」って言ってたけど、七瀬くんは学校でも人気者だし、居場所がないなんてこと、ないよね。
 レモンの話を聞いていた時に感じたけど、やっぱり、家にいづらいのかな……。家族とうまくいっていないとか?
 ――高梨(たかなし)さんは、なんだか……。おれのこと、わかってくれそうな気がしたのかも。
 ふいに、七瀬くんのせりふが耳の奥によみがえった。
「ひゃあああっ」
 心臓がどきんとはねて、顔がかーっと熱くなる。
 思わず、自分の顔を両手ではさんだ。
 いてもたってもいられなくて、夕陽に照らされた街を、わたしはいっきに走り抜けた……。

       ☆

 次の日。わたしはどきどきしながら登校した。
 教室に入ると、黒板の近くでおしゃべりしている大原(おおはら)さんたちのグループが、まっさきに視界に入った。そのひょうしに、大原さんとばちっと目が合う。
「お、おはよう」
 思い切って話しかける。
 あいさつを返そうとしてくれたのかな、大原さんが口を開けてなにかを言いかけた、その時。
「まりちゃーん。ちょっとこっち来てーっ」
 と、かわいらしい声がひびいた。
 この声は、姫野(ひめの)さん!
 まりちゃんって、大原さんのことだ。呼ばれた大原さんは、びくっと肩をふるわせて、窓辺に集まっている姫野さんグループを見た。
 そしてもう一度わたしに視線を戻して、申し訳なさそうにまゆを下げると、姫野さんのほうへ行ってしまった……。
 やっぱり、そうなんだ。
 姫野さんが、このクラスの女子の主導権をにぎっている。
 この前忠告されたことを無視して、わたしが七瀬くんと仲良くし続けたら、わたしはずっと「ぼっち」のまま。
 もしも、七瀬くんが通っている「ひみつきち」に、わたしが見学に行ったことが姫野さんにばれたら、「ぼっち」どころじゃすまなくなるかも。
 絶対に、知られないようにしなくちゃ。
 ロッカーにランドセルをしまったあと、いつものように自分の席でおとなしく本を読んでいると、七瀬くんが登校してきた。
「おはよ、高梨さん」
 七瀬くんの、落ち着いた澄んだ声が、わたしを呼ぶ。
 本のページから視線を上げると、ばっちり七瀬くんと目が合った。
「お、おはようっ」
 どきっとして、声が裏返ってしまう。
 わたし、変だよね? どうして七瀬くんと目が合うと、こんなに胸が鳴るの?
「きのうは楽しかったね」
 七瀬くんはきゅうに声のトーンを落とした。
 その、ささやくような声と、いたずらっぽい笑顔に、鼓動はますます速くなる!
 何も言えなくて、わたしはただ、こくりとうなずくだけ。
「一番はじめに言ったけどさ」
 七瀬くんはさらに声をひそめた。
「ひみつきちの存在は、くれぐれもクラスのみんなには内緒な」
「う、うん」
 もちろん、わかってるよ。
 でも、こうしてあらためて七瀬くんの口から「みんなには内緒な」って言われると……。なんだかすごくくすぐったい。
 今、この教室の中で、七瀬くんのひみつを知っているの、わたしだけ……なんだ。
「でも、どうして?」
 レモンのことは、キャラじゃないからって言ってたけど。
 塾のこと自体をひみつにするのはなぜ?
「理由はいろいろあるけど……、一番は、かりんのため」
 七瀬くんの声が硬い。
 かりんちゃんのため?
 それって、どういうこと?
 そもそもかりんちゃんって、明るいし、かわいいし(アイドルのRUKAに似てるぐらいだもん)、さばさばしてるし、どう考えても人気者タイプだ。
 姫野さんとはタイプがちがうけど、かりんちゃんだって、クラスの中心にいるような目立つ子だと思う。
 なのに、なんで学校に来なくなったんだろう。
 5年生の3学期から行かなくなった、って言ってた。何があったかわからないけど、それまでは登校してたんだよね?
 クラスのみんなにばれたらきっと、かりんちゃんにとって、「ひみつきち」が安心できる場所じゃなくなっちゃうんだ。
 ってことは、かりんちゃんが学校に来られない原因は、うちのクラスのだれかにある……ってことなのかな。
「ところで高梨さん。来週の遠足だけど」
 七瀬くんはがらっと話題を変えた。
「遠足?」
「忘れてたの? 春の歓迎遠足だよ。つつじが丘公園っていう、高台にある公園に行くんだよ。毎年そこだから、おれはもう飽きちゃったんだけどさ。高梨さんは行ったことある?」
 首を横にふった。
 引っ越してきてから、ちょっとショッピングモールに買い物に行ったぐらいで、他はどこにも遊びに出かけていない。ママもバタバタしてるし、友だちにさそわれることもないし。
「そっか。じゃあ楽しみだね。名前の通り、つつじがいっぱい咲いててきれいなんだよ」
 七瀬くんはふんわり笑った。
「う、うん」
 あいまいに返事をする。
 チャイムが鳴った。がらりと教室のドアが開き、先生が入ってくる。
 みんながあわただしく自分の席に戻り、七瀬くんも前を向いた。
 遠足……か。どうしよう。
 ぼっちのわたしには、過酷なイベントだよ。
 いっしょにお弁当を食べる子も、遊ぶ子もいないんだもん。
 つらすぎる。遠足の日、休みたい。

 

   10 どきどきの遠足


 結局、休みたかったけど、休めなかった。
 翌週の火曜日、遠足の日。
 熱も出なかったし、おなかもこわさなかったし、雨も降らなかった。ぴかぴかに晴れて、ぜっこうの遠足日和。
 ただでさえ忙しいのに、ママはすごく早起きしてお弁当をつくってくれたし、「行きたくない」なんて、とてもじゃないけど言えなかった。
 朝のショートホームルームのあと、グラウンドに集合して、出発。
 学級ごとに2列になって歩いていく。
 日差しがぽかぽかしてあたたかい。歩いているとじんわり汗がにじんでくる。
 わたし以外のみんなは、友だちとふざけあったりじゃれあったりして、楽しそう。
 わたしはしゃべる相手もいないし、もくもくと歩くのに集中した。
 がんばろう。今日の遠足を耐えたら、明日は「ひみつきち」に行ける。
 かりんちゃん、明日も来るんだよね?
 RUKAそっくりの、明るい笑顔。わたしにも気さくに話しかけてくれた。
 今日ももちろん、かりんちゃんは学校に来ていない。
 もしもあの子が、今わたしのとなりにいてくれたら……。きっと、楽しいだろうな。
 もくもくと歩いているうちに、目的地のつつじが丘公園に着いた。
 高台にある、すごく見晴らしのいい公園。広い芝生の広場があって、いたるところにつつじの花が咲いている。
「きれいだなあ」
 つぶやくけど、返事をしてくれる人はいない。
 みんな、仲のいい友だちと寄り集まって、レジャーシートを広げて、お弁当を食べる準備をしている。
 やっぱりわたしは、ひとりぼっち。
 前の学校では、こういう時、いつもユキといっしょだった。ユキといっしょに遠足のおやつを買いに行って、おやつを交換して……。楽しかったな。
 思い出すと泣いてしまいそう。大事な友だちだったのに、ユキともすれちがったままだし、わたしってほんとにダメな子だ。
 マイナス思考がぐるぐる回る。もう帰りたい。
 目立たない場所で、さっさとお弁当を食べてしまおう。そして、空や景色でも眺めながら、ぼーっと時間が過ぎ去るのを待とう。
 転校してきて、はじめての遠足なのに……。
 みんなのはしゃぎ声が聞こえてきて、苦しい。
 生徒たちがたくさんいるメイン広場をはなれる。うろうろしていると、大きな岩を見つけた。
 ここのかげなら、ほかの子たちからも、先生たちからも見えない。
 わたしは岩のそばにレジャーシートを広げた。
 リュックからお弁当を取り出す。ふたを開けると、ころんとまるいおにぎりと、卵焼きと、からあげ。ミニトマトに、ポテトサラダに、ブロッコリー。わたしが大好きなおかずばっかりだ。
 ママ、まさかわたしが、ひとりぼっちでお弁当を食べてるなんて、想像もしていないよね。
 卵焼きをほおばる。
「……っく」
 こみあげてきた涙を、卵焼きといっしょに飲み込んだ、その時。
「高梨さん!」
 背後から、いきなり、わたしを呼ぶ声がした!
「わああっ」
 なに? だれ? 


ためし読みはここまで。続きは本でチェックしてね♪


『スピカにおいでよ』好評発売中!


作:夜野 せせり 絵:かわぐち けい

定価
792円(本体720円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046321619

紙の本を買う

電子書籍を買う


作:夜野 せせり 絵:かわぐち けい

定価
836円(本体760円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046321633

紙の本を買う

電子書籍を買う


つばさファン要チェック!



この記事をシェアする

ページトップへ戻る