8 レベルアップするのだ!
角丸書店は総合出版社。
出版社にいる人が全員編集者ってわけではなく、むしろそれ以外の人たちの方が多く仕事をしているわけで……。
「ここが営業部」
小春さんがピッとカードをかざすとロックが開いた。
「厳重なんですね」
「まぁ。うちの会社はどこもそうかな。発売前の大事な資料もあるしね」
「ここはなんだか編集部と雰囲気がちがいますね」
しおりちゃんの言う通り。どこがちがうんだろう……。
あたしがそう思っていると、カレンさんが「わかった!」と手を打った。
「服装がちがう! スーツ率が高いんだ!」
言われてみると、スーツを着てる人が多い。
「営業は書店まわりをしたり外へ行ったりすることが多いから。編集部よりもスーツ率が高いかも」
「書店まわり?」
「営業は直接本屋さんに行って、店員さんから本の売れ行きや情報を聞いてくるのよ」
へー! そうなんだ!
本自体のおもしろさ以外もやっぱり大事ってことだよね。
「──あ。林さん。ちょっとこっちへ」
林さんと呼ばれた人は、今まさに書店まわりから戻ってきたばかりのようだ。
「お疲れ様。A書店はどんな様子だった?」
「新刊の売り上げが好調で、著者の別の本も追加を頼みたいそうです」
「あそこは店長が熱烈(ねつれつ)ファンだからなぁ。他に反応良いところはある?」
「この本は一般書店よりアニメ関連の作品を取り扱う専門店の方が動くと思うんですよ。いっそのことかきおろしペーパーとかつけてそっちに置いてもらってみるってどうですかね」
「たしかに。ジャンルは一般文芸だけど、アニメファンとの親和性が高いのよね。他作品のアニメ化も内々(ないない)に決まってるし──あ。今のは聞かなかったことにしてね」
「「「「はい!」」」」
あたしたちはコクコクとうなずく。
「あの専門書店とか一般書店って何ですか?」
「ここでいう専門書店っていうのは、アニメやマンガに特化したショップのこと。アニメファンが喜ぶ関連グッズもたくさん売っているけど、逆にそれ以外の商品は置いてないわ」
「たとえば料理本とかですか?」
「そう。アニメキャラが料理を再現したレシピ集とかなら置くけど、一般的なものは置かないわ」
なるほど。幅広くいろんなジャンルの本を置いているのが、一般書店なのか。
でもすごい。ただ売るだけじゃなくて、どこに置けば良いのかも考えるのか。
書店での本の動きやお客さんについて一番近くで見ているのは営業なんだって、あたしは初めて知ったんだ。
「営業と編集は意見が食い違って敵対する時は、呪ってやりたくなるくらい憎いけど、味方になってくれたらこれ以上ないってほど心強いわよ」
「意見が食い違う?」
同じ出版社なのに、敵対ってどういうこと?
「営業は数字がよくないと続きは厳しいってことを伝えなきゃいけないから。でも編集サイドはそれでも出したいってなることもあるでしょ」
ひーっ! そんなおそろしい攻防が繰り広げられてるのか!
なんだかんだ作家として仕事を続けているうちのママって、実はけっこうスゴイのかも。
小春さんたちの話を聞きながら、あたしは初めてそんなことを思った。
「あなたたちが発表してたさっきの会議、私も出席してたの。やー。最近とくに雑誌を売るのが難しいのよね」
そう言うと、林さんはふうっとため息をつく。
「だから私も期待してる。あなたたちみたいな新しい感性を持つ若者が作る雑誌に」
「え?」
「私、ワクワクすること大好きなの。だから企画が通ったら一緒におもしろいことしようね」
「はいっ!」
ちゃんと味方になってくれる人もいる。うれしいよー!
「荷物をお届けに来ましたー」
そう言いながら深めに帽子をかぶった男性が、台車をおしながら本が積まれたスペースに向かう。
なんかあのシルエットって──。もう一度振り返ると男性は消えている。
「あら? さっきの子はどこに行っちゃったのかしら。見本誌は編集部にも届けなきゃいけないのに」
見本誌!?
見本誌といったらまだ発売前の、作り立てほやほやの雑誌ということではないですか!
発売前に読めちゃうなんて、ここは天国なの?
「あのっ! 良かったらあたしたちが編集部に届けに行ってもいいですか」
「いいわよ。他の編集部の様子も見てくるといいわ」
あたしは、小春さんの返答に大きく頭を下げた。
「見本届きましたー」
その言葉にギラッと目を血走らせた編集者たちが見本に向かって駆け寄ってくる。
「ちょっと貸して!」
鬼のような形相で届きたての雑誌を見る編集者の皆さまには、異様な緊張感があった。
「良かった……ちゃんと直してた。助かったー」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
確認しながら安堵のため息をつく人、届きたての本に何か見つけたくないものを発見してしまったかの悲鳴をあげる人、そっと本を閉じて何かを考えこむ人など、さまざまだ。
「校了の時ってテンションおかしくなっちゃってるから、自分を信用できなくなるんだよな」
「そうそう。なんでコレをって間違いを見落としたりね。見落とすことで世間に間違ったことを伝えるのはダメなわけよ。読者さんの期待を裏切ることにもなるからさ」
近くにいた編集部のスタッフさんが苦笑しながら、あたしに向かってそう告げる。
うおおおっ。人の話でも聞いただけでお腹が痛い。
あの頃は、「殺されるー!」って思ったけど、灰塚先輩や王子がきちんとチェックしてくれていたからこそ、大きな失敗なく雑誌が作れていたんだろうな。本当に大感謝だよ!
今回もあの二人がいてくれたらいいんだけど……。とにかく今は自分たちで頑張るしかない!
あたしたちは本屋さんに並ぶ前の本だってのんきに喜んでたけど、プロにとってはエンマ様の判決待ちみたいな時間なのかもなぁ。
あたしは皆さまの平穏を願って、そっと心の中で手を合わせてた。
いろんな人たちが本を出すために頑張ってくださっているんだなー。
「まだまだ他にも色々部署があるけど、見てみる?」
「なんか回ってるだけで終わっちゃいそうなのでここまでにします。ありがとうございました!」
本を作るって、本当に大変なんだ。
仕事の内容はみんな違うけれど、それぞれがそのジャンルのプロとして必死に本を読者に届けようとしてるんだな。
「大人をその気にさせる企画を出すってこういうことなのかってわかった気がする。どうすればいいかまではわからないけど」
「はあっ!? わかっただけじゃ、意味ないじゃない」
あきれたような声を出すカレンさんに向かい、あたしは「そんなことないよ」と告げた。
「どこがわからなかったのかに気づけただけでもちょっと前進じゃない?」
「でた。超ポジティブ」
「ちょっとエンマ!! 人をバカにしてない!?」
「いや。マジでそーゆーのは大事だなって思ったんだって」
本当かなぁ。なんか面白がってるように聞こえるんですけどっ。
「私もゆのさんのポジティブなところが好きです。ですが時間がありません。ゆのさんはこれからどうするつもりですか」
うっ。そ……それは……。
すぐに案が出ずに、あたしは押し黙る。
いつもだったらそれでも「大丈夫!」「何とかなる!」と笑ってみんなに告げるところなのに。
編集長のくせに、今のあたしはみんなをはげますことさえできなかったんだ。
果たしてゆのたちは、『パーティー』を復活させることができるのか……!?
気になるこのつづきは、『新こちらパーティー編集部っ! ひよっこ編集長ふたたび!』を読んでね。
書籍情報
- 【定価】
- 1,540円(本体1,400円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 四六判
- 【ISBN】
- 9784041151204