2 お久しぶりです!
ピンポーンピンポーン!! ガンガンガン!
チッ。やはり簡単には出てこないか。
あたし、紫村カレンは美少女にはあるまじき顔でチッと舌打ちをした。
「ゆーのー! そこにいるのはわかってるのよ! 観念して出てきなさい!」
ガンガンガンと玄関のドアをたたいても、部屋にはいるはずなのに沈黙のままだった。
え? なんで部屋にいるかわかってるかって?
だってあたしに気づいて、自分の部屋の窓を急いでしめるゆのが見えましたから!
こーゆー時は、息を殺しておとなしくしておけばいいのに……。
相変わらずツメが甘いのがゆのらしいっちゃ、ゆのらしい。
あたしはカバンの中からノートを取り出しメガホンを作ると、玄関の扉に向かって大声で叫んだ。
「ゆの! アンタがいるのはわかってるんだからね! 今日という今日は、絶っっ対に逃がさないわよ! 10秒あげるから自分から出てきなさいよ!」
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1──。
シーン。
10秒経っても玄関のドアは沈黙したまま。
あたしはハーッと大きなため息をついた。
「この強情っぱり。アンタの気持ちはよ───くわかったわ。それじゃあ仕方ない。玄関前で花火大会といきますか」
シュッ。バチバチバチ──。
手持ち花火に火をつけた瞬間、
「いやああああっ!」
大きな音を立てて玄関の扉が開いたかと思うと、勢いよく花火を奪い取られる。
「あ。ハルちゃん。お久しぶりです」
「お久しぶり。まー! また可愛くなっちゃって……って、世間話してる場合じゃないわよおおっ! 本気で火をつけるって! 怖い子!」
泣きそうな顔で玄関から飛び出してきたのは、遠野ハルさん。
ホラーマンガ家をしているゆののお母さんの担当編集さんで、ゆのにとっては家族みたいな人だ。
「ハルさん、ゆのはいますよね?」
「ううっ。いるけど……なんかいっちょ前に誰にも会いたくないって言ってて。また日を改めて来てもらうことって……何してるのっ!?」
「家の中にロケット花火飛ばしたらどうなるかなーって♡」
「ひいいいっ! 冗談でもやめてえええっ」
「やーだ。冗談に聞こえますぅ?──あたし、本気ですけど?」
ハルちゃんの顔の方に爆竹を差し出すと、あたしはニッコリと笑った。
「さあ! さあどうぞあがって!」
「良かった。失礼しまーす。もちろん、そんなことしませんよ♪ 冗談です」
100%よそいきのスマイルを浮かべ、あたしはゆのの部屋へと向かったのだった。
「ゆの。入るわよ──って、開けなさいよ」
ひっ! カレンさんがもうここまでやってきた!
あたし、白石ゆのは超ピンチ!
山荘で殺人鬼に追われるモブキャラのように、心臓をバクバクさせながら自分の部屋のドアノブを掴んだ。
「お……お姉ちゃんは今、お出かけ中でちゅ」
「はあっ!? お姉ちゃんって……アンタ一人っ子でしょうが!」
「──うっ」
「いい加減観念しなさい。入るわよ」
ギャー! ハルちゃんからいい加減、部屋にカギをかけろと言われてるのに、めんどくさくて今日もカギをかけてなかったあああっ!
「待って。今は本当に──ぬああああああ」
ガチャ。ドドドドッド!
無理やりドアが開けられた瞬間、よろけた拍子に空のペットボトルにつまずく。
しかも運が悪いことに、手をついた瞬間に大量の本が雪崩をおこし、カレンさんに降り注いだ。
「うあああっ。あたしの可愛い初版本たちが!」
「アンタ、友達を殺す気!! しかも友達より本の心配ってどういうこと!」
「カレンさんは頑丈だから、地球が滅亡したって生き残りそうっ──ぐはっ」
「元気そうじゃない。なんか言った?」
「言ってない! 言ってないです」
笑顔で襟元をギュウギュウとしめあげられ、あたしは両手をあげブルブルと首を横に振る。
「くっさ! この部屋、お菓子くさ! 今までで一番部屋が散らかってない!?」
「散らかってないよ! むしろ今、片付けの真っ最中なだけだから! キレイになる直前!」
「片づけてたぁ? どこが」
カレンさんに言われて改めて自分の部屋を見てみたけど──。
たしかに本やら脱ぎ散らかした服やらがいっぱいで、過去一きちゃない……カモ。
「ちょーっとだけ散らかってるけど、ここ座って。必殺──モーゼ!」
床に散らばった荷物をパカーッと半分に割ってスペースを作ってから、クッションを置いた。
カレンさんはつま先でチョンとつついてから「ひっ。ソックスにわたぼこりがついた!」と悲鳴を上げながら、床につんでいた雑誌の山の方へ向かった。
「……これはいるでしょ」
カレンさんはそう言うと、縛って積んでおいた雑誌の紐をほどく。
「あーっ! ようやく決心して整理したのに」
「整理するなら本棚でしょ」
カレンさんが手にしているのは、あたしたちが中学時代に作っていた雑誌『パーティー』だ。
「でも、あたし──編集者やめたから」
しぼりだした声でそう告げたが、カレンさんはわざと聞こえないフリをしているみたい。
『パーティー』をキレイに本棚に戻していく。
「立ったままでいいわ。のんびり座って思い出話をしに来たんじゃないんだから」
「もしかして本当にうちに花火を投げ込みに来たの!?」
「そんなわけないでしょ!! これはおもちゃみたいなもので──あっ」
ひーっ。部屋が爆破されるーっ!(白目)
「冗談よ。今日はアンタに仕事を持ってきてあげたのよ」
仕事?
「声が大きいから、イベント会場の案内や呼び込みとかならできるよ!」
「そうじゃなくって。今度、角丸書店で『パーティー』を復刊させるって話が出てるの」
「!」
カレンさんの言葉に、あたしは目を見開き、マジマジと彼女を見つめた。
『パーティー』はそのむかし、うちのパパが作っていた雑誌でね。
超人気の雑誌だったにもかかわらず、突然終わっちゃったんだ。
中学に入学してから、今度はあたしが三ツ星学園で編集部を立ち上げて、仲間と一緒に『パーティー』を作り始めたんだ。
最初は部活として認めてもらっていたわけじゃなかったけれど、皆で力を合わせてたくさんの雑誌を作ってきたんだよ。
飛び上がるくらい嬉しい気持ちになったり、原稿が落ちるんじゃないかって胃がねじ切れそうになるくらい心配したり、『人生詰んだ!』って思う事が何度もあったけれど、そのどれもがあたしにとって宝物のような思い出だ。
「どう? 嬉しいでしょ。やるわよね」
「やりたいけど。でも──」
「でも何よ」
「──あたしにはムリだよ。部活で楽しく作るのとは違うし。それに今、とっても忙しいの! ヤミねこ先生の推し活に命かけてるから!」
あたしはカレンさんに向かって目を輝かせる。
あたしが最近ハマっている、『ヤミねこ』は、作品名も作者名も同じ『ヤミねこ』っていうんだけど、超面白いの!
「あー。アンタがSNSで推しまくってるマイナーなマンガ家さんよね?」
フォロワー数が12人の時に見つけたんだけど、少しずつフォロワー数も増やしてるんだ。(あたしの布教活動もちょっとは役に立ってるかも!?)
どや! とばかりにあたしは胸を張る。
「好きすぎて、新しい話が更新されるたびに原稿用紙20枚くらい感想を送ってるんだけど、ちょっと少なすぎて愛が伝わってないかも」
「はああっ!? むしろ多すぎ、異常だから! だいたい20枚って、いったい何を書いてるの!?」
「感想とか今後の展開とか?」
「いやいや。今後の展開予想って、それメッチャ怒られる奴じゃない!?」
カレンさんはドン引きしたように身体をのけぞらせた。
「そうかなぁ? あたしが考えた新キャラ案、使ってもらえたこともあったよ?」
「いやいや、それ絶対に妄想だから! それより聞いてた? 今度は角丸書店で『パーティー』を作れるの! 他の人にやらせていいの?」
「いいわけないよ! 『パーティー』はあたしのあこがれの雑誌で、編集者になりたいって思った特別な雑誌だもん」
あたしはグッと拳をにぎりしめる。口から出た声はかすかに震えていた。
だけど……。だからこそ今は無邪気な気持ちで『やりたい』なんて言えない。
そんなあたしの想いなどもちろんカレンさんは知る由もなく、
「じゃあ、なにも問題ないじゃない。『やります』って小春さんに伝えるわよ」
といきなりスマホを取り出した。
「その電話、待ってええええっ」
あたしがカレンさんの足にしがみつくと、その拍子にカレンさんがよろけて後ろに倒れ込む。
「いった! アンタわざとやってる!?」
「ちがうちがう! だけど、あたし編集者やめたから。……だから『パーティー』を作るわけにはいかないんだよ」
覆いかぶさったカレンさんから離れると、あたしは壁を指さした。
そこには『冷やし中華はじめました』の貼り紙のように、『編集者やめました』と書かれた手書きの紙が貼ってある。
「なに? ムダに紙がでっかいんだけど!」
「決意表明だから大きく書いたの!」
「編集者やめましたって……まだ例のバイトの時のことを気にしてるの?」
「そりゃそうだよ! だって警察まで来ちゃったんだよ!?」
あたしはあの時のことを思い出し、頭を抱えてうずくまった。
「間違って掲載した電話番号が、ヤバい所だったんだっけ。なんか竹刀もった角刈りの厳ついおっちゃんたちが乗り込んできて警察が連行したんでしょ? そんなの捕まって当然よ」
「ちがうの!」
「あたしが間違って載せた番号、正義の味方☆ニコニコ剣道道場だったの」
「へ?」
「ヘンな電話がかかってくるって怒って乗り込んできたのは、練習帰りの師範たちだったんだけど、あたしが勘違いして大騒ぎしたから、他の人たちも勘違いしちゃって……」
「それで、おじさんたち、ヤバい人に間違われて警察に連れてかれちゃったの?」
コクリとうなずく。
「ぎゃはははははは! それは傑作なんだけど」
「笑いごとじゃないからー!」
「こんなやらかし、笑うしかないわよ。だけどね、この依頼、絶対に受けてもらうから。アンタには拒否権ないの。いいから、や・れ」
「拒否権ナシ!? なんで!?」
「中学の時、あんだけ振り回されて、貸しがいっぱいあるでしょ。今まとめて返しなさいってことよ」
「うぐっ」
「それに。編集の仕事に本当に1ミリも未練はないわけ?」
「あたしだってやりたいよ……でも──」
「まだ1ミリでもやりたいって気持ちがあるなら、もう一度考えて。だって、アンタがあきらめても、あたしはあきらめられない」
まっすぐな瞳でそう訴えかけてくるカレンさんの目はマジだ。
「カレンさん……。そんなに『パーティー』作りたかったんだ」
「ばか! アンタが編集者になる夢をあたしがあきらめられないの!」
「へ?」
そこからコホンと咳払いをするとあたしの両肩をつかんだ。
「自分が信じられないなら、1回くらいあたしの言葉を信じてやってみなさいよ。あたしが信じられないなら、他のメンバーの意見も聞いてみてそっから決めて。アンタにさんざん振り回されてきたあたしのお願いよ? そのくらいは考えてもらっていいと思うんだけど」
カレンさんの言葉はもっともで、あたしはどう答えて良いのかわからず唇をかみしめる。
まだその言葉を心から受け入れることはできないけれど──。
「──カレンさん、ありがとう」
あたし自身が自分を信じられないのに、こうして信じてくれる友達がいる。
それだけで何という幸運なことだろう。
ふとカレンさんが片づけてくれた『パーティー』が視界に入る。
『あああああっ、ダメ。原稿、絶対に間に合わない!』
『泣き言言う前に手を動かせ!』
『パーティー』を見た瞬間、みんなでギャーギャー言いながら夢中で作った日々を思い出し、胸がギュッとしめつけられる。
『まだ1ミリでもやりたいって気持ちがあるなら、もう一度考えて』
さっきカレンさんに言われた言葉が、頭の中を何度もよぎる。
あたし、本当に編集者やめていいの? 1ミリも後悔してない?
目を閉じてもう一度自分の心に問いかけたあと、ゆっくりと目を開いた。
机の引き出しから紙を取り出すと、深呼吸をしてからいっきにペンを走らせた。
「これでよしっと」
壁に貼っていた『編集者やめました』の貼り紙をはがし、今新しく書いた紙をかわりに貼った。
そこには小さな文字で『編集者、最後にもう1回だけはじめます(仮)』と書かれていたのだった。
第2回へつづく
書籍情報
- 【定価】
- 1,540円(本体1,400円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 四六判
- 【ISBN】
- 9784041151204