2 四人の転校生
週が明けた、月曜日の朝。
わたしはいつもよりはやく、学校の門をくぐった。
……教科書をひろうために。
(つい感情にまかせて捨てちゃったけど……やっぱり、よくないよね)
昨日もおとといも、捨てた教科書が気になってあんまり眠れなかった。
だれかが持ってっちゃってないかとか、夜中に急な雨が降って、ぬれたりしてないかとか。
(大丈夫だよね、きっと。日曜日はゴミの回収はないはずだし……)
小走りでゴミ捨て場にむかって、教科書をさがす。
「えっ……なんで?」
目にとびこんできた光景に、サッと血の気が引く。
ほかのゴミはそのままなのに──なぜか、わたしの教科書だけが見当たらない!?
あわててほかのゴミ袋を持ち上げて、すきまのほうも見てみる。
だけど、どれだけ確認してみても、教科書は見つからなかった。
(どうしよう……!)
もしかして、先生にひろわれちゃったとか……?
そう思って青ざめていると──、
「おい!」
うしろで、だれかの声がした。
ヒッと息を止めてふりかえる。
「…………!?」
そこには、見なれない四人の男子が立っていた。
やさしい雰囲気の、黒髪男子。
都会的な髪型をした、オシャレ男子。
中性的な見た目の、小柄男子。
そして──目つきが鋭い、クール男子。
四人とも、びっくりするくらいかっこいい。
(……だれ? 芸能人かなにかかな?)
同い年くらいに見えるけど、はじめてみる顔だ。
(六年生……かな? こんな目立つ人たちなら、一度見かけたら忘れなそうだけど……)
警戒しながら様子をうかがっていると、クール男子がそっと口をひらいた。
「……花丸円」
えっ!?
息をのむ。
なんで、わたしの名前を……?
「花丸円。おまえ、自分がしたこと、わかってるよな?」
ギロリとにらまれる。
わたしがしたことって、いったいなに!? 心当たりないよ!
……あ! もしかしてこれが、ウワサにきく「インゲンをつけられる」ってやつなのかも……!(それを言うならインネンだよ!)
こわくなって、気づいたら、
「ひ、ひとちがいです!」
ってさけんでいた。
男子四人は、いっせいに「は?」って目を丸くさせる。
「わたし、ペケ丸ペケ子という名前ですのでなにもわかりません! ではサヨナラ~~~っ!」
「おっ、おい!」
うしろでなにか声が聞こえたけど、知らない!
わたしはわきめもふらず、ダッシュで校舎のなかへ逃げた。
「ねぇねぇ、聞いた? 転校生の話!」
「聞いた聞いた、びっくりだよね!」
教室に入ると、クラスの女子があつまって盛り上がっていた。
「一組から四組にひとりずつ入るんだって! それも、みんなイケメンってウワサ!」
にぎやかな声を聞きながら、席につく。
ふぅん。転校生が来るんだ。それも四人も。
夏休みが明けて二週間って……ずいぶん、めずらしい時期だなぁ。
……って、待って。四人……イケメン……?
さっきの四人が頭にうかんで、あわてて首をふる。
いやぁ。ま、まさかね……?
「──まる、おはよう」
顔をあげると、親友の成島優ちゃんが立っていた。
フランス人形みたいな色白美人で、かけっこも勉強もクラスでいちばん。
なんでもできちゃう、自慢の親友なんだ。
「おはよう、優ちゃん」
「あら? まる、なんだか元気ないわね」
優ちゃんは首をかしげてわたしの顔をのぞきこむ。
「もしかして、先週のテストのこと気にしてるの?」
「え? あ~……あはは。まぁ、そんなとこ」
ほんとは教科書のことで落ちこんでるんだけど、まさか「捨てた」なんて言えないし……。
「あまり点数を気にしすぎるのはよくないわ。まるはがんばっていたし、きっと、つぎはいい結果が出るわよ。大丈夫、努力はかならずむくわれるんだから! ね!」
その言葉に胸がチクンとうずいて、サッと目をそらす。
優ちゃんは、今回も100点満点だったらしい。
(そりゃあ、優ちゃんは、がんばればいい結果が出るんだろうけど……)
うらやましく思う気持ちがふくらみかけたとき、ハッとする。
そっか。もう……いいんだ。
だってわたしは、もう──。
「そうだ! まるさえよければ、こんど一緒に勉強会をしない? ほら、昔はよく──」
「優ちゃん!」
わたしは優ちゃんの言葉をさえぎって、笑顔をむけた。
「さそってくれてありがとう。でも……大丈夫。勉強はね、もう、やめることにしたんだ」
「やめる?」
眉をひそめる優ちゃん。
その表情は、すぐに気づかわしげなものに変わる。
「……なにかあった?」
「ち、ちがうちがう!」
わたしは、手をバタバタさせる。
「ほら、人には得意なこととニガテなことがあるって言うでしょ? 勉強はむいてないみたいだし、なにかほかにむいてることをさがしたいなと思ってるんだ! プリンの大食い競争なら、負ける気しないんだけどな~!」
おどけて言うと、優ちゃんはクスッと笑った。
「こまったことがあったらなんでも言ってね。まるは、私の大切な親友なんだから」
「大丈夫だよ、優ちゃんありがとう」
笑顔で言って、この話を終わらせた。
ママがいなくなってから、友だちも先生もすごく心配してくれるけど……正直なところ、もう心配されるのは、いやなんだ。
わたしは、大丈夫。
大丈夫なんだもん。
「おーい、しずかに! 今日は転校生を紹介するぞー」
教室に担任の川熊先生の声がひびく。
みんな、待ってましたとばかりにザワッと顔を見合わせる。
(そうだった! 転校生……さっきの人だったら、ちょっとやだな……)
四人のなかの、いちばんこわそうだった人。
あの人、わたしのことすっごくにらんでたもん……!
いのるような気持ちでドアのところを見ていると、先生にうながされて、ひとりの男子が入ってきた。
その瞬間、教室が、わっと色めきたつ。
そして──わたしはみんなとはべつの意味で、「わっ」と声をあげた。
(ウソ!? さ、さっきの人だ……!)
まちがいない。今朝のあやしい四人組のひとり、クール男子だよ!
つくりものみたいに整った顔立ちに、切れ長ですずしげな目元。
だれの目から見ても文句なしのイケメンで、ふだん「うちの学校いい男いないよね~」なんてぐちってる女子も、そろってきゃあきゃあ黄色い声をあげている。
(やっぱり、あの四人がウワサの転校生だったんだ!)
ってことは、四人とも、今日からおなじ学校の同学年ってことで……。
げげ。やばい。
今朝とっさに言った名前、ウソだったってバレちゃうよ……!
「『算数ケイ』です。よろしく」
算数くんが小さく頭を下げると、長めの前髪がサラサラとほほを流れた。
しんと、しずかになる教室。
みんな、彼がつぎになにを言うのかソワソワと期待して待っている。
でも……算数くんは口を真一文字に結んだまま、それきりなにも言わなかった。
(緊張、してるのかな? わたしも人前に立つのきらいだから、わかるなぁ)
なんて考えながら、筆箱で顔をかくして様子をうかがっていると。
算数くんは、ムスッとした表情でぐるりと教室を見まわして。
ばちっ
わたしと目が合ったところで、うごきを止めた。
わぁぁ、気づかれた!?
「席は、あいている、あのうしろの……」
先生が言ってる途中でスタスタ歩きだし──わたしのとなりに、どかっと腰を下ろす。
(げっ! そうだ。わたしのとなり、空席だったんだ!)
「花丸、となりの席ってことで、いろいろ教えてやってくれな」
さらっと先生から名前をよばれて、本名もあっさりバレた!
もう~、こんなことなら変な名前言うんじゃなかった~っ!
わたしは頭をかかえて机につっぷした。
(……よし! こうなったら、今朝のことはサッパリ忘れたことにして、のりきろう)
大丈夫。
きっと、マルッとなんとかなる!
「あ、どうも! よろしく……」
せいいっぱいの笑顔をつくって声をかけると。
ギロッ
おもいっきり、にらまれた。
(こわっ!)
ガバッと目をそらす。
にらみをとおりこして、殺気すら感じたんだけど!?
(えぇ~っ!? なんで? わたし、なにかしたっけ?)
いきおいでウソの名前を言ったのはわるかったけど、それでこんなにキレるもの!?
いや、ていうかゴミ捨て場で会った時点で、すでに怒ってたよね!?
なんでなんで!?
(……ん? そういえば……)
そもそも、なんで転校生なのに、わたしの名前を知ってたんだろ……?
「よーし、じゃあ授業はじめるぞー」
先生の声で、みんなザワザワしながら教科書をとりだす。
わたしは首をかしげつつも、黒板の横にはってある時間割を見た。
一時間目は……算数かぁ。ニガテ科目だし、やる気出ないなぁ。
しかも、教科書、なくしちゃったままなんだよね……。
先生に言う?
でも四科目ぜんぶなくしたって、どうやって説明すればいいのかな……?
こめかみに指をあてながら、ため息をついていると。
「今日は、こないだのテストでまちがいが多かった『小数のかけ算』を復習する! 教科書の37ページひらけ!」
先生の説明がはじまったとたん、思考がピタリととまった。
(うわぁ~! 小数ってニガテ! 何回説明されてもサッパリわからない!)
そもそも小数自体がなんなのか、よくわかんないし!
教科書がないうしろめたさもあって、いつも以上に説明が頭に入ってこない。
あてられたらどうしよう! やだなぁ……。
わたしは泣きたい気持ちで、うつむいた。
(…………ん?)
ふと、視線をかんじて横を見る。
「これ」
算数くんが、ムスッとした顔で自分の新品らしき教科書をさしだした。
「えっ? で、でも……」
「いいから。オレには必要のないものだ」
とまどいながらも、押しつけられるように教科書を受けとると。
「おい、そこ! 授業中にコソコソしゃべるなー」
先生に注意されて、ドッキーンと肩がはねる。
「算数、おまえ教科書どうした?」
「必要ありません。ぜんぶ覚えてます」
「はぁ?」
表情を変えずに言う算数くんに、先生もわたしも目を丸くさせる。
みんなの視線があつまるなか、算数くんは、スラスラと言葉をつづける。
「37ページ、『4、小数のかけ算 小数を使ったかけ算は、どんなときにつかわれるか考えてみよう』、『【問題①】1キロ700円の塩を2キロ買いました。代金はいくらですか?』、式は700×2=1400 答え1400円。『【問題②】問題①をもとに、2.5キロの塩を買ったときの代金を考えよう』、これの式は700×2.5=1750で、答えは1750円。さらにそのつぎ、『チャレンジしよう① 0.8キロの塩を買うとどうなるかな?』、これの答えは……」
「わ、わかった! もういいぞ!」
あわてて止める先生。
なんと算数くんは、教科書を見ることなく、ページに書かれていることを完ぺきに言い当ててみせた。
「すげー、天才かよ!」
「イケメンな上に頭までいいなんて、最高すぎる~っ!」
ワーワー大騒ぎになる教室。
先生はみんなをなだめながら、授業を再開する。
(信じられない! わたしなんて何回読んでも、ちっとも覚えられなかったのに……)
優ちゃんといい算数くんといい、なんでわたしのまわりには、頭のいい人が多いんだろ……。
算数くんが貸してくれた新品の教科書に目を落としながら、つい、ため息がもれた。
わたしがまったく勉強ができないのは、今にはじまったことじゃない。
授業ではちゃんとノートをとるし、教科書を読んで予習もしてた。
何度もひらいて読みかえしたから、ほかの子にくらべたら、紙がくたびれちゃってるくらい。
──それでも、テストはいつだってペケだらけ。
低学年のころから、ずっとそうなんだ。
とくに算数は、超・超・超~ニガテで。
もはや、なにがわからないのかも、よくわからなくなってる。
この前のテストだって、100点満点中、7点……なんて。
(あんなの見せたら、さすがのママだって怒るかも……)
なにげなく思ったとたん──頭に、カッと血がのぼった。
どくん、どくんとうねるように脈打つ鼓動。
鉛筆を持つ手が、ブルブルふるえる。
(ううん……大丈夫。わたしは大丈夫だもん)
頭でくりかえしとなえながら、ぎゅっと体に力を入れる。
じわっとわきあがってきそうな黒い気持ちを、ぎゅうぎゅうに押しこめて。
心の奥底の、深いところにしまいこんで。
ぎゅーって、思いっきりフタをしめて……と。
よし。
顔をあげた瞬間。
スッ
横から、一枚の紙がさしだされた。
「とけ」
は?
算数くんは真剣な顔でわたしを見ている。
不思議に思いながら目を落とすと、そこには、ノートを切り取ったような紙が。
「な、なに? さっきも注意されちゃったし、授業にちゃんと集中したほうがいいよ」
わたしが小声で返事をすると、算数くんはキッと目をつり上げた。
「おまえがいちばん集中してないだろ!」
うっ。
言い返せない……。
しかたなく、強引につきつけられた紙を受けとった。
よくよく見ると、紙には手書きの計算問題が二十問くらいならんでいる。
なにこれ……テスト?
わたしは、うわぁ、と顔をしかめる。
(テストって、本当にニガテなんだよね……)
問題は、むずかしくてわかんないし。
なぜか「とけ」とか「もとめよ」とか、命令口調でエラソーだし。
それに。
テストの時間って、いつもはにぎやかな教室が、しんとしずまりかえって。みんなおなじように机にむかって。
それが、なんだかこわく感じるんだ。
だれも、わたしのことなんか見てない。
まるで──世界中で、ひとりぼっちになったみたいで。
「おい、なにしてる。はやくとけ」
ボーッとしてたら、となりの席から、とんがった視線がとんでくる。
(あ~も~っ、わかりました! とけばいいんでしょ!)
圧に負けて、しかたなく問題をときはじめる。
まぁ、さすがのわたしだって、このくらいの計算はとけるよ。
1+1=2
6-2=4
3×9=21
……っと。
よーし、できた!
(な…なんかあやしいのあるぞ!?)
こんなにスラスラ問題をとけたのって、ひさしぶりな気がする。
まぁ、五年生が一、二年生レベルの問題をとけたところで、べつにエラくもないんだけどさ。
「かせ」
算数くんは、わたしからもぎとるように紙をうばい、もうれつないきおいで丸つけをはじめた。
そして、「13点」と書かれた紙をしばらくながめたあと、ポイッと投げてよこす。
「チッ。やはりこれじゃダメか……」
舌打ちに、超フキゲンそうなしかめっつら。
えぇ~、なにこの人! ホンキで意味わかんないよ!