【6】
次の日、リドが一人の女の人を連れてきた。
きりりとした目をしたおばさんだった。小柄で、青く染めた髪は短くて、まるで山猫みたいな野性的な雰囲気を漂わせている。動きやすそうな服には、やたらぎらぎら光る青と銀色のビーズをびっしり縫いつけてあって、そのせいで魚人間みたいにも見える。
「こちらはヤジンさん。国一番の狩人で、大密林ナズラームのことを誰よりも知っています。オマケ様を守りながら、ナズラームを案内してくれるでしょう」
「よ、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
にこっと、ヤジンさんは笑った。そうすると、とがった八重歯が見えて、ますます山猫っぽい感じになった。
「白いパンとお粥を発明したオマケ殿に、ずっとお目にかかりたいと思っていたんですよ。ナズラームを案内しろという女王様直々のご命令だけど、それを抜きにしても、しっかり役目は果たしたいと思ってます。で、いつナズラームに行きたいですか?」
「できれば、すぐに出かけたいです」
「そう言うだろうと思って、準備はしておきました。じゃ、まずはこれに着替えてください」
渡されたのは、ヤジンさんが着ているのと同じような、ぎらつく青い服だった。
「……こんな派手なのを着て、密林に入るんですか?」
「はい。それを着ていると、たいていの獣には襲われないので。ま、理由はあとで話しますよ。さ、急いだ急いだ。初日だし、今日は日帰りにしたいんです。ちょっとナズラームをのぞいて、すぐにまた戻る。そんな感じにしましょう」
「は、はい」
ぼくは言われたとおりに服を着替え、ヤジンさんとリドと一緒に城を出た。
町を囲む城壁の門のところには、二匹の茶色のトカゲが待っていた。
そう、トカゲだ。でも、ライオンのようなオレンジ色のたてがみがあり、体がとにかく馬鹿でかい。馬くらいもあって、人が乗れそうだ。いや、よく見れば、背中には鞍がつけられ、口には口輪と手綱もはめられている。
まさかと目を見張るぼくに、ヤジンさんが自慢そうに言った。
「あたしの相棒達です。オオトカゲのヤンとハン。大きいほうが雌のヤンです。あたしがヤンに乗るから、オマケ殿はハンに乗ってください」
「すっごい! トカゲに乗るなんて、まるでゲームみたいだ!」
わくわくが止まらないまま、ぼくは小柄なほうのトカゲ、ハンにまたがった。鞍はしっかりしているし、乗り心地は悪くなかった。
「操縦ですが、手綱を持っているだけで大丈夫です。この二匹はつがいで、ヤンのあとをハンはどこまでも追っていくので」
「はい! あれ? リドは行かないの?」
「ぼくはここでお帰りを待っています。だから、どうか無事に帰ってきてくださいね」
拝むようにリドに言われて、ぼくは浮かれていた気分がすっと冷めた。
そうだ。これから行く場所は、とても危険なんだ。気を引き締めないと。
ひらりと、ヤジンさんがヤンにまたがった。
「じゃ、行きますよ」
「ヤジンさん、くれぐれもオマケ様のことをよろしくお願いしますね」
「もちろんだよ、リド。大丈夫。今日は本当にナズラームの端っこをちょっと探索するだけにするから。深部には行かないからさ。さ、ヤン。行くよ!」
ヤジンさんが声をかけたとたん、ヤンが走りだした。ぼくを乗せたハンも、すぐさまヤンを追いかけ始めた。
「うひゃああ、速いぃぃぃ!」
オオトカゲのスピードはかなりのものだった。まるで遊園地のスピード系のアトラクションに乗っている気分だ。
最初は少し怖かったけれど、すぐにぼくは楽しくなってきた。城壁を出て、だだっ広い黒い麦畑を突っ切っていく開放感ときたら。なんだか世界中がぼくのものになったような気分がした。
そのうち、景色を観察する余裕も出てきた。
麦畑は収穫が終わったばかりという感じで、穂のない短い茎だけが残っている状態だった。自分のせいで大量の黒鉄麦がだめになったことを思いだすと、胸が痛んだ。
ぼくは思わずヤジンさんに声をかけた。
「ヤジンさん! 次の麦の収穫はいつなんですか?」
「半年後ですよ」
ヤジンさんは前を向いたまま、言葉を返してきた。
「これから畑を耕し直して、肥料を与えて、種まきをするんです。天候がよければ、半年後に麦穂が実ります」
「半年後……」
みんなにくばる非常用の麦は、全然足りないと、女王は言っていた。もし、ぼくが新しい食材を見つけられなかったら、みんなが飢えることになる。家に帰れないのもつらいけど、自分のせいで人が死んでいくのを見るなんて、そんなのまっぴらだ。なんとしても新しい食材を、見つけなくちゃ。
どうなるだろうと、胸がどきどきした。不安で、怖くてたまらなかった。
でも、ほんの少し、わくわくもしていたんだ。
思いがけない食材に出会えるかもしれない。それをおいしい料理に変えることができるかもしれない。そうすれば、みんなにまた喜んでもらえるだろう。
料理人として、こんなやりがいのあることはないぞと、ぼくは武者震いした。
やがて、前方の地平線に茶色の筋が浮かびあがってきた。それは近づくにつれて、どんどん大きく高くなっていく。
あれは壁なんだと、ぼくはようやく気づいた。
ヤジンさんも言った。
「外壁が見えてきましたよ。あの壁を越えれば、ナズラームとなります」
外壁はシャルディーンの町を囲んでいたものよりもずっと高かった。たぶん、高さは五十メートルくらいある。それが、ぐるりと、王国を取り囲んでいるというわけだ。
「すごいなあ。中国の万里の長城みたいだ。……完成するまで、どのくらいかかったんだろう?」
そんなことを考えているうちに、ついに外壁の近くまでやってきた。
と、ヤジンさんがオオトカゲを止めて、ぼくのほうに向き直ってきた。
「さて、オマケ殿。あたしは根っからの無作法者だから、礼儀とか敬語とか面倒くさいんですよ。ということで、友達に対するようにあんたに接させてもらいたいんですけど、いいですか?」
「もちろんです」
「よかった。それじゃ、あんたのことはオマケって、呼ばせてもらうね。あたしのことは姐(あね)さんとでも呼んでおくれ」
さっそくくだけた口調になるヤジンさん。ぼくはなんだか気に入った。大人にぺこぺこされるのは、ずっと居心地が悪かったんだ。
と、ヤジンさんは怖いくらいまじめな顔になって、ぼくのことをのぞきこんできた。
「ナズラームに入る前に、決まりを教えておくよ。あたしの言葉には絶対従うこと。あたしが帰ると言ったら、どんなことがあろうと、どんなことをしていようと、すぱっと切りあげて帰る。もう少し。ちょっと待って。これは絶対にだめだ。……言っている意味がわかるかい?」
「うん。わかる」
「よし。この決まりは肝に銘じておくこと。いいね? じゃ、行こうか」
外壁には、小さな門があった。こういう門は数キロ間隔で取りつけてあって、そこからナズラームに出入りできるようになっているらしい。
ヤジンさんが門の扉に手をかざすと、まるで自動ドアみたいに扉が開いた。
「これは魔法?」
「そうさ。人間だけが出入りできるようになっているんだよ。そうしないと、密林の獣達がこっちに入りこんでしまうだろ?」
「なるほど」
そうして、ぼくらは門をくぐり、外壁を越えたんだ。
門の向こうは、極彩色のジャングルだった。
とにかく、色とりどりの植物が生えていた。
真っ赤な大樹。蜘蛛の巣みたいにからみあっている黒と金のツタ。暗がりで光っている紫色の苔。水晶みたいな結晶がにょきにょき生えた木もあれば、ばりばりと、黄緑色の稲妻を放つ花もある。それに、形も色もさまざまなキノコ。大きいものも多くて、家ほどもあるキノコを見たときは、ぼくはもう言葉も出なかった。
そんなぼくに、「少し待ってな」と言って、ヤジンさんは紫の茂みの中に入っていった。
もどってきた時、ヤジンさんは手に小さな筒状のかごを握っていた。その中にはコガネムシくらいの青い羽虫が二匹入っていた。
これは毒バエだと、ヤジンさんは言った。
「ナズラームに入ったら、まずこの虫を捕まえるんだ。一匹でいいから、生け捕りにして、こうして虫かごの中に入れておく」
「どうして?」
「毒バエは名前のとおり、毒が大好物なんだよ。毒があるものにしか群がらない。だから、見たこともない植物や動物に出くわした時は、まず毒バエ入りの虫かごを近づけるんだ。毒バエが騒ぎだしたら、それには毒があるってことで、絶対に触らないようにする」
「なるほど。毒発見器みたいなものだね」
便利だなと感心しながら、ぼくは毒バエをしげしげとながめた。そのうち、ふと気づいた。
「ねえ、姐さん。この毒バエの色って、今、ぼくらが着ている服に似ているね。同じようにぎらぎらしているし」
「よく気づいたね。そのとおりだよ」
「え?」
「このぎらついた青いビーズは、毒バエに似せているのさ。あたしたちには毒があると、危険な獣に思わせるためだよ」
「…………」
つまり、この服は毒バエがたかっているイメージなのか。
なかなかかっこいいと思っていただけに、がっくりきた。
でも、ヤジンさんはおかまいなしに言葉を続けた。
「とはいえ、油断はだめだよ。獣の中には頭のいいやつもいるからね。これが偽物だと気づいて、襲いかかってくるときもあるから。あたしも四方に目をくばっておくけど、あんたも気をつけておくれ」
そう言って、ヤジンさんはヤンの鞍にくくりつけていた弓矢を手にした。何かの動物の角でできていて、長さはそれほどないけれど、すごく威力がありそうだ。
そうして、ぼくらはゆっくりとオオトカゲ達を歩かせ、大密林ナズラームの中に入っていった。
目を見張るような植物に、見たこともない奇妙な生き物。ヤジンさんはあれこれ指差しては「あのツタはジャッグム。葉には毒があるけれど、根は痛み止めに使える」とか、「あの黄色い生き物はモーラ。近づきすぎると、フンを投げつけてくるから、気をつけたほうがいい」と教えてくれた。
とても全部は覚えきれなかったから、ぼくはとにかく食べられそうなものを探すことにした。スープの具、サラダになりそうなもの、肉、デザートの素材。ほしいのは、そういうものだ。
でも、「あ、これはうまそう」とか「食べられそうだ」と思えるものは、なかなかなかった。毒々しい色のキノコは見るからに怪しい感じがしたし、真っ赤に熟したバナナみたいな果物には、びっしりと毒バエがたかっていた。
「て、手強いなあ」
そんなことをしているうちに、あっという間に時間は経ち、「もう戻るよ」と、ヤジンさんが言った。
「もう少しだけ」と言いそうになるのを、ぼくはこらえた。なんの収穫もなしに戻るのは、なんだかいやな気分だった。でも、ヤジンさんの言葉に従うと約束してしまったから、しかたない。
落ちこみながら、ぼくらは外壁のところまで引き返した。門をくぐるときには、もう日が暮れかけていた。
と、上から「ギュイギュイ!」と、妙な音が聞こえてきた。
空を見あげて、ぼくは「あっ!」と声をあげた。夕焼け空を、たくさんの魚がゆったりと泳いでいたのだ。最初にこの世界に来た時に見かけた、空飛ぶ魚だ。
その姿を見たとたん、あの不思議な感覚がぼくの中にわきあがってきた。
うまそう!
思わず魚を指差しながら、ぼくはヤジンさんに叫んだ。
「姐さん! あれ! あの魚って毒はあるの?」
「え? ああ、ザッコかい? いや、あれには毒はないよ」
「じゃあ、食べられるかも。捕まえてくれない?」
「え? あれを? ……仕留めるのはできるけど、絶対に食べられないと思うよ」
「やってみないとわからないよ! お願いだから、早く! いなくなっちゃう」
「そんな心配しなくたって、ザッコはそこら中にいるから大丈夫だよ。でも、あれを食べる? 無理だと思うけどねえ」
ぶつぶつ言いながらも、ヤジンさんは弓に矢をつがえ、魚に狙いをつけて、弦を引き絞った。
ぶんっ!
重たい音と共に、矢が放たれた。それは見事に一匹の空飛ぶ魚に命中したんだ。
落ちてきた魚に、ぼくは駆けよった。一抱えもあるような大物だった。まばゆい金色の鱗(うろこ)は、一枚一枚が大人の親指の爪くらいもある。
「でかっ! これなら二十人前の刺身がとれそう!」
わくわくしながら、ぼくはジグン親方にもらった包丁を取り出した。
魚は鮮度が命だ。この世界でもきっと同じだろう。本格的な調理は城でやるにしても、ここでできるだけさばいてしまうのが一番だと、そう思ったんだ。
ところがだ。
カチンと、金属的な音を立てて、包丁がはじかれてしまった。
「な、なんだ、これ?」
今度は力いっぱい、包丁を押しあてた。でも、鱗が固すぎて、全然切れない。
それならと、鱗を剥ぎとろうとしたけれど、これまたびくともしない。あれこれ試しても、一枚も剥がすことができなかった。
困り果てて、ぼくはヤジンさんを振り返った。ヤジンさんは「それみたことか」という顔をしていた。
「だから言ったのに」
「姐さん……」
「これはザッコ。別名、鎧魚だよ。どこにでもいるやつで、空クラゲを餌にしている。で、空クラゲの毒の触手をかわすために、鱗がものすごく頑丈になっているんだよ。鍛冶屋でも剥がせないって、ここじゃ誰でも知ってる」
「鎧……」
「柔らかいのは目玉だけ。だから、仕留めるなら、目玉を射貫くしかない」
確かに、ヤジンさんの矢は正確に魚の目玉を射貫いていた。
命を粗末にしてしまったと、苦い顔をしているヤジンさんに、ぼくも申し訳ない気持ちになってきた。
でも……。
魚を見ると、やっぱり胸がざわつく。これはおいしいものだと、魂が叫んでいる。
「あきらめるな! そうだよ。じいちゃんの絶品ビーフシチューを思いだせ!」
こっくりとまろやかで、入っている牛肉がとろけるように柔らかくて、食べれば思わず笑顔になってしまうほどおいしいビーフシチューは、「どうでも堂」の人気料理の一つだ。
でも、その味になるまで、じいちゃんは何十回も試行錯誤(しこうさくご)をくりかえしたそうだ。材料を変えてみたり、調理方法に工夫をこらしたり。そして、新しいシチューができるたびに、試食させられたのは、ばあちゃんだ。今でも「シチューだけはもう食べたくない」と言っている。
とにかく、じいちゃんの努力とばあちゃんの犠牲が実って、あのビーフシチューは完成したんだ。
ああ、あのビーフシチューが食べたい。いや、みんなのところに戻りたい。そのためにも、ここであきらめちゃだめだ。
ぼくは気力をふるいたたせ、色々と試してみることにした。
刃がだめならと、石で鱗を叩いてみた。これは手が痛くなっただけだった。
次は火を起こしてもらって、まるごと焼いてみた。でも、この鱗は熱すら通さないらしい。ザッコはこうばしく焼けるどころか、冷たいままだった。
だんだんと、磯臭いような生臭さも強まってきた。
「おーい。そろそろ城に戻ろうよ」
ヤジンさんの呼びかけに、ぼくはくやしくて泣きそうになった。
こうなったら、城でゆっくり実験してやる。ザッコを持ちあげ、ハンのところまで運ぶことにした。そうしながら、思わず大きくため息をついてしまった。
パラパラ。
かわいた音がした。
下を見て、ぼくははっとした。金色の鱗が数枚、地面にこぼれ落ちていたんだ。
「え? え、これ、ザッコの?」
手に抱えたザッコをみれば、エラ近くの鱗が剥がれていた。
「え、なんで? なんで剥がれた?」
ぼくはあわてて考えた。
いままでなにをしてもだめだったのに、急に鱗が剥がれた。運んだから? 違う。そうじゃない。
「……もしかして、ぼくの息?」
そんなばかなと思いつつ、ぼくはふうっとザッコに息を吹きかけてみた。
とたん、タンポポの綿毛が飛ぶように、鱗が飛び散ったんだ。
これにはぼくだけじゃなく、ヤジンさんも驚いた。
「うそ! ザッコの鱗が……あ、あんた、何をやったんだい、オマケ?」
「息をかけてみたんだ。ほら、こんな感じで」
ふーっと息を吹きかければ、おもしろいほど鱗が飛んでいく。
ますますヤジンさんは目を丸くした。
「し、信じられない。こんなことで、ザッコの鱗が剥がれるなんて……。これって、すごい発見だよ、オマケ。この鱗、あたしがもらっていいかい? 職人のところに持ちこんだら、喜ばれそうだ」
「いいよ。ぼくがほしいのは身のほうだから」
ヤジンさんが鱗を拾い集めている間に、ぼくはザッコをさばきにかかった。
鱗がなくなったザッコは、すんなり包丁を通してくれた。ぼくはまず頭を切り落とし、そのままお腹を開いて、内臓をきれいにとってしまった。内臓とか中身の構造は、ぼくの世界の魚とほとんど同じだった。
そして、身のほうは、銀色の光沢がある桜色だった。とろりと脂がのった、上等な大トロみたいだ。
思わず一切れ切りとり、口に入れようとした。
とたん、ごんっと、頭の後ろを小突かれた。
「こらー! なにやっているんだい!」
ヤジンさんが目をつりあげていた。
「あんた、今、なにしようとした? そ、そんなとんでもないこと、許さないよ!」
「でも、ぼくの世界じゃ、魚は生で食べることもあるんだよ」
「生で!」
吐きそうって顔をしたあと、ヤジンさんはまた目をつりあげた。
「あんたの世界での流儀が、ここで通用すると思うんじゃないよ。そもそも、毒があるかもしれないのに!」
「でも、ザッコには毒はないって」
「触っても平気って意味だよ。そもそも、ザッコを食べた人間なんていないんだから。ほら、どいて。ちゃんと確かめないと」
そう言って、ヤジンさんはあの虫かごを取り出し、ザッコの身に近づけた。中にいる毒バエは反応しなかった。
「よかった。毒なしだね」
「そのようだね。でも、生はだめ! 毒はないにしろ、なんか見たくない! 気持ち悪い!」
「……わかったよ」
これ以上ヤジンさんを怒らせたくなくて、ぼくは刺身をあきらめることにした。
ザッコの身をいくつかに切り分けたあと、ぼくはヤジンさんに監視されながら料理をした。
まずは持ってきたフライパンで焼いてみた。ザッコの身は脂がのっていて、熱したフライパンに入れたとたん、じゅうじゅうといい音を立てだした。
たちまち広がるおいしそうな匂いに、ぼくのお腹がぎゅうっと鳴った。ヤジンさんもふんふんと匂いを嗅ぎ出した。
「なんだい、これ? なんか、自然とつばがわいてくるんだけど」
「おいしい匂いってことだよ。お、いい感じに焼けてる」
寄生虫対策として、しっかり中まで火を通せば、ほとんど揚げ焼き状態になった。
キツネ色になった切り身をフライパンから取り出し、ぼくは一口食べてみた。
「うまっ! これ、うまっ!」
感激するほどザッコのソテーはおいしかった。しっかりとした噛みごたえに、脂のあまみがたまらない。その味わいは魚というより豚肉だ。
「これ、どう料理してもおいしいやつだ! 煮てもいいし、燻製もできるぞ! やった! 肉、ゲットだぜ! ああ、これで塩気があったら、もう最高なのに!」
一人で感激しながらもしゃもしゃほおばるぼくを、ヤジンさんはじっと見ていた。やがて、がまんできなくなったように、「あたしにも一口」と言ってきた。
ぼくはもう一切れ、ヤジンさんのために焼いてあげた。そして、ヤジンさんが「なんだこれ! なんだこれ! こういうのをおいしいって言うのかい!」と、感動しながらむさぼっている間に、別の一切れを鍋で茹でてみた。
こちらはまあまあだった。
「うーん。塩気がないから、ちょっと茹でたやつは味気ないな。骨と一緒に煮れば、だしが取れるかな? ……燻製にすれば、煙の風味がついて、少しはましかな?」
色々考えるのは楽しかったし、なにより肉そっくりな食材が手に入ったことが嬉しかった。今日は大収穫だ。
「よし! それじゃ帰ろ、姐さん。……って、いつまで、指を舐めてるの!」
「ん? 帰る? ちょっと待って。せっかくだから、もう一匹ザッコをしとめてから帰ろうよ。城でまた焼いておくれよ」
「えーっ、もう暗くなってきてるよ?」
「平気平気。もう少しだけ。真っ暗になる前に仕留めてみせるからさ」
「……ぼくには、『もう少し』は、だめって言ったくせに」
「あ、あたしはいいんだよ、あたしは!」
結局、城に戻った時には、すっかり夜になっていた。ぼくらは、心配して待っていたリドに思いきり叱られたのだった。
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