「銭天堂」シリーズで大人気の廣嶋玲子さんが贈る新しい冒険物語『異世界フルコース 召喚されたのは、チキンでした。』が、期間限定でほぼ半分読める!! たっぷり大容量のためし読みれんさいが始まります! おもしろさ保証つきの冒険を、ぜひ楽しく読んでいってね♪
(全3回、毎週月曜日更新予定 ※2026年1月12日23:59までの期間限定公開)
こっそり食べようとしていたフライドチキンが、異世界に召喚されてしまった!
ちょうどフライドチキンを食べようとしていた啓介まで、チキンの『オマケ』として異世界に召喚されてしまって――。
しかもこの異世界、おいしいものがな~んにもない!
でも、おいしいものがないのなら、この世界で、おいしいものを見つければいい!
啓介の挑戦が始まります!
※これまでのお話はこちらから
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【3】
翌日の朝、ぼくの部屋に一人の男の子がやってきた。
ぼくと同い年くらいで、ぼくより背が低く、痩せている子だった。刺繍(ししゅう)がいっぱいほどこされた白っぽい緑色の服を着ていて、背中にはなにやら大きな袋を背負っている。
その紫色の目は好奇心できらきら光っていて、ぼくに会えるのが嬉しくてたまらない様子だった。
「おはようございます、オマケ様! ぼくはリドと言います! あなたの案内係になるようにと、ギータ様から選ばれました! とても光栄で嬉しいです! わからないことは、なんでもぼくに聞いてください!」
「……どうも」
あいにくと、ぼくはリドのテンションには付き合えなかった。気分は最悪だったからだ。家族が恋しくて、ほとんど眠れなかったし、次々と食べたいものが頭に浮かんできて、ひもじくてたまらなかった。
おまけに、夜中にお腹が痛くなって、トイレに行かなければならなかったんだ。トイレ自体は、まあ、異世界のものでもなんとか使えた。でも、便器に座ってからは、まさに地獄だった。お腹はきりきり痛むのに、出るべきものが全然出てこないんだ。
やっとのことで戦いを終えた時には、ぼくは力を使い果たし、ふらふらになっていた。ギータさんにもらった軟膏を使う羽目になったのは、ほんとに屈辱だった。
心もお尻の穴も傷ついているぼくに、リドは朝食はどうするかと聞いてきた。
「……またパンかおかゆ?」
「はい!」
「……じゃ、パンで」
そう。ぼくは心に決めていた。たとえどんなことがあろうと、もう二度と、あのコンクリート粥(がゆ)を食べるものか、と。
コンクリート粥。
我ながらいいネーミングだと、やけくそで思いながら、ぼくは運ばれてきた砲丸パン(これもぴったりの名前だと思う)を、前歯で削り取るようにして食べていった。コンクリート粥と同じで、味はしなかった。
ぼくは頭を抱えたくなった。
無理。こんなところで一年、このパンだけ食べて暮らすなんて、絶対に無理!
いや、待て。ぼくは料理人一家の一員じゃないか。このパンだって、うまく調理すれば、おいしくなるかもしれない。
わらにもすがる気持ちで、ぼくはリドに言った。
「ねえ、リド。このパンなんだけど、その、ぼくにはちょっと食べにくいんだ。自分でなんとかするから、台所につれていってくれない?」
「台所? なんですか、それは?」
「えっと、料理を作るところだよ。食材を煮たり、焼いたりする場所」
ぼくはわかりやすく伝えたつもりだった。でも、リドは困った顔をするばかりだった。
「ごめんなさい。オマケ様が行きたがっている台所という場所は、たぶん、お城にはありません。それどころか、この国のどこを探しても、ないと思います」
「そんな……。それじゃ、君達はどこでこのパンをこしらえているのさ?」
「え? 日干しができる場所があれば、パンはどこでも作れますけど」
パン作りに日干し? 全然想像ができなくて、ぼくは目をぱちぱちさせた。
「……このパンって、どうやって作っているの?」
「石臼で麦を粉にして、それに水をまぜて練りあげます。で、丸く固めて、日干しにするんです。天気がよければ、半日でパンが完成します」
「オーブンで焼いてないの?」
「オーブンって、なんですか? それに、パンを焼いたりしたら、燃えてなくなってしまうでしょう?」
なんてこったと、ぼくはうめきそうになった。
この国の食材は黒鉄麦だけ。しかも、料理を作るという考え方そのものがないんだ。
早くもめげそうになったけれど、ぼくはなんとか踏ん張った。ここであきらめたら、この先一年、砲丸パンしか食べられない。
「それじゃ……ぼくの世界の道具を作ってもらえないかな。鍋とかおたまとか、そういうのがほしいんだけど」
「鍋? おたま? よくわからないですが、道具がほしいのなら、鍛冶(かじ)職人のジグン親方のところに行ってみましょう。あの親方なら、きっとなんでも作ってくれますよ。あ、まずは、こちらの服に着替えてください」
差し出されたのは、複雑な刺繍がほどこされた丈の長めの赤紫色の上着、ベルト、裾のほうがたっぷりした白いズボン、それにサンダルだった。帽子はなくて、かわりに長い布があった。頭に布を巻きつけて、ターバンにするんだって。
着替えたあと、ぼくはリドと一緒に、初めて部屋の外に出た。
そこは長い廊下だった。壁も床も天井も白い石でできていて、つやつやだ。そして、そこら中に見事な彫刻と壁掛けが飾ってある。
廊下を歩いていく途中、お城で働いているたくさんの人とすれ違った。男の人もいれば、女の人もいた。腰に剣をさげ、手に槍を持っているのは兵士で、頭に黄色いターバンを巻いている人達はそうじや洗濯を担当している召し使いだという。
みんな、ぼくを見ると、興味津々という目をしながら、黙って頭を下げてきた。居心地が悪くて、ぼくはリドにささやいた。
「ぼくのこと、もうみんなに知られているみたいだね?」
「もちろんです。異世界人が我が国に来るなんて、初めてのことですから。丁重におもてなししろと、すでにおふれも出ています」
自分のことのように、リドは誇らしげだった。
でも、ぼくとしては、ありがたくなかった。目立つのはあんまり好きじゃないんだ。とはいえ、部屋に引き返すわけにもいかなかった。もう城の大門の前まで来てしまっていたからだ。
門を出れば、昨日バルコニーから見おろした町が、目の前に広がっていた。
異世界の町並みは、ぼくにとっては新鮮でおもしろかった。地面はきれいな青と白のタイルでおおわれ、しっくい造りの家の壁にもタイルがはめこまれている。
通りを歩くたくさんの人達は、みんな褐色の肌と黒髪の持ち主だ。男の人も女の人も、なにかしらアクセサリーをつけていた。髪はきれいな色のビーズで飾り、じゃらじゃらとネックレスや腕輪をしている人も多い。そして、刺繍がびっしりしてある服。
だれもかれもがすごくおしゃれだ。
ぼくは胸をわくわくさせながら、さらに観察をしていった。
通りをどんどん進んでいってみても、食べ物は見当たらなかった。魚屋、八百屋、肉屋といった店どころか、ちょっとした屋台すらもない。
そのかわり、アクセサリーショップと布屋と糸屋はそこら中にあって、お客達でにぎわっていた。
リドに聞いてみたところ、この国の人達はみんな手先が器用らしい。夜の時間や、仕事が忙しくない時は、せっせと刺繍をしたり、彫刻をしたりして過ごすんだって。
だから、刺繍だらけの服を着ているんだなと、ぼくは納得した。
「こういう刺繍ができるなんて、みんな、すごいね。ぼくの世界じゃ職人レベルだよ」
「この国でもそうですよ。抜きんでて才能のある人は、職人となります。布職人とか家具職人とか宝飾職人とか。みんなから尊敬される仕事です。あ、そうだ。ジグン親方との話がすんだら、オマケ様も首飾りや耳飾りを買いましょう。オマケ様は色白だから、きっと青い宝石が似合うでしょうね。それか、豪華に金細工を使ったものがいいかも」
「えっ、いいよいいよ! ぼくみたいな子供が宝石なんて!」
「何を言っているんですか。宝石は健康と長寿を祈るお守りでもあるんです。子供だからこそ、たくさんつけないと」
その言葉に、ぼくははっとした。じつは、町に入ってからずっと、小さな違和感を覚えていたんだ。
「子供とお年寄りが少ないんだ……」
町を歩いているのは、若者や中年の人達ばかり。子供はほとんど見かけない。そして、年寄りは一人もいなかった。ギータさんくらいの、もう少しで年寄りと呼べる歳になるかなって人がちらほらいるくらいだ。
ぼくがそのことを言うと、リドの顔が悲しげに曇った。
「そうなんです。この国では長生きする人はほとんどいないんです。ほら、歳を取ると、風邪や病気になりやすくなるでしょう? それに、歯も悪くなる。そうなると、パンが食べられなくなって、一気に弱っていってしまうんです。だからと言って、お粥を食べれば、これまた体に負担がかかります」
「た、確かに、あのお粥は、お年寄りにはきついよね」
「はい。子供も同じです。だから、ここでは、生まれてくる子供の半分が、七歳になる前に死んでしまうんです」
「そんな……」
重たい話に、ぼくは衝撃を受けた。
「ここには魔法があるんだろ? それでみんなを助けられないの?」
「魔法にできることって、限られているんです。そもそも魔力を持って生まれてくる子も、いまでは本当に少ないし。……この国の人口は減っていく一方です。このままだと、百年後には誰もいなくなってしまうかも……」
「リド……」
「あ、ごめんなさい! こんな辛気臭い話、やめましょう。とにかく、宝石は買いましょうね。遠慮はいりません。ギータ様から、買い物用の麦をたくさんいただいたんです」
そう言って、リドはずっと背中に背負っていた大きな袋を広げて見せてきた。
中には、大豆くらいの大きさの丸いものがぎっしりと詰めてあった。真っ黒で、つやつやしていて、まるで金属みたいだ。
「これって……もしかして、黒鉄麦ってやつ? パンの材料になってるやつ?」
「はい。ここでは、黒鉄麦が取り引きの対価にされているんです」
リドはわかりやすく説明してくれた。
この国では職人以外の大人は、みんな、黒鉄麦の畑で働いているそうだ。年に二度、麦を収穫し、三分の一は城の穀物庫におさめ、残りは平等に分けるのだという。そのあとはそれぞれ自由に麦を使う。パンとして食べたり、取り引きに使ったり。
「へええ。つまり、この麦は、食料でもありお金でもあるってわけだ」
ぼくは黒鉄麦をじっと見つめた。どう見ても、鉄の玉にしか見えない。けれど……。
うまそう。
そう思った。というより、これは食べられるもの、と感じたんだ。
いや、食べられるのはあたりまえなんだけど、そういうことじゃない。なんというか、新鮮な野菜やおいしそうな生肉を見た時に、「さあ、これで何を作ろう!」って、うずうずするような感じだ。
うまく調理すれば、この黒鉄麦でおいしいものが作れるかもしれない。そのためにも、早く調理器具を手に入れたい。
ぼくは「急ごう」と、リドに言った。
それから十分後、ぼく達は大きな工房の中にいた。
紹介されたジグン親方は、筋肉もりもりの強そうなおじさんだった。頭ははげあがっていたけれど、ひげはもじゃもじゃはえていた。そのひげはきれいな茜色に染めてあり、青いビーズを編みこんである。
でも、その顔色はあまりよくなかった。
リドも驚いた様子で声をかけた。
「親方、どうしたんです? 何日も寝てないみたいな顔ですよ?」
「おう、リドか。実際、寝てないんだよ。
ミンガが病気になっちまってな。かわいそうに。粥もほとんど食えなくて、弱っていく一方だ」
「それは……ミンガちゃんのそばにいてあげたほうがいいんじゃないですか?」
「いや、俺がいたところで、看病の邪魔になるだけだ。それに、正直見てられねえんだよ。何かしてないと、どうにかなっちまいそうだ。というわけで、リド、なんかほしいものはねえかい? 注文を出してくれると、こっちも張り切れるってもんだ」
つらそうな顔をしつつ、仕事にやる気を見せる親方に、リドはぼくが異世界から来たこと、ほしい道具があることを告げた。
親方は目を輝かせた。
「別の世界からの客人か! 噂は聞いていたが、あんたがそうだったのか! いやあ、まさかこの目で見ることができるなんて、思ってもいなかったぜ。ってことは、ほしい道具も、ここにはない代物なんだな? おもしれえじゃねえか! よし、異世界人の若旦那、なんなりと言ってくれ! どんなものがほしいんだい?」
「えっと、鍋とフライパンがほしいです。あと、包丁」
「……すまねえ。あんたが何をほしがってるのか、まったくわかんねえ」
ぼくは紙に絵を描いたりして、自分がほしい道具の見た目や、なんのために使うのかを説明した。一流の職人というだけあって、親方はのみこみが早かった。
「なるほど。鍋とフライパンってやつは、油鉄を使えばいいかもしれないな。あれは熱を伝えやすいし、物をひっつけない。溶かした金属を入れる鋳物造り用の器にも、よく使われているんだ。包丁ってのは、刃水晶で作ってやる。うんと切れ味がいいやつをな」
明日までにはこしらえておくと、親方は約束してくれた。
お礼を言って工房を出たあと、ぼくは気になっていたことをリドに尋ねた。
「ミンガちゃんって、誰?」
「親方の孫ですよ。まだ三歳になったばかりだったかな。あの子が病気になってしまうなんて……もしかしたら、ミンガちゃんはもうだめかもしれませんね」
「そ、そんなこと言わないでよ」
「ぼくだって、言いたくありませんよ。でも、お粥もほとんど食べられなくなっているそうですし……。この国では、食べることができなくなった人間から死んでいくんです」
ため息をつくリドに、ぼくも重苦しい気持ちに襲われた。
そして、ふと思ったんだ。
ぼくが病人でも食べられるようなおいしいものを作ることができたら、もしかしたらミンガちゃんを元気にすることができるかもしれないと。
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