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期間限定『異世界フルコース 召喚されたのは、チキンでした。』ためし読み 第3回


「銭天堂」シリーズで大人気の廣嶋玲子さんが贈る新しい冒険物語『異世界フルコース 召喚されたのは、チキンでした。』が、期間限定でほぼ半分読める!! たっぷり大容量のためし読みれんさいが始まります! おもしろさ保証つきの冒険を、ぜひ楽しく読んでいってね♪
(全3回、毎週月曜日更新予定 ※2026年1月12日23:59までの期間限定公開)



おいしいものが何にもない世界に召喚されてしまったけれど、町のみんなに愛される洋食屋「なんでも堂」の三代目として、『おいしいふわふわのパン』を作り出した啓介。
病気だった親方の孫も、パンのおかげで元気になってよかった!…と思いきや、意外な展開になっちゃいそう!?

※これまでのお話はこちらから

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【5】


 それから数日が経った。

 この数日の間に、ぼくのレシピはシャルディーン国中に広まっていた。いまじゃ、みんなが白麦でこしらえたパンとお粥を食べている。

「すごい! ふわふわだ! このパンなら、歯がなくても食べられる!」

「この粥! なんてやさしい喉越(のどご)しなんだ!」

「ああ、食べると幸せな気分になるわ! この感じ、なんなの?」

「おいしい、だ! そういう気持ちをおいしいって言うそうだ!」

「痔の薬を使わずにすむなんて! ああ、何年ぶりだろう!」

「オマケ殿に感謝しないと」

「オマケ殿、万歳!」

 ぼくはすっかり有名人となり、どこへ行っても大歓迎された。

 でも……。

 ぼくは満足していなかった。

 砲丸パンやコンクリート粥に比べればはるかにましだけど、毎日、パンとお粥だけだと、さすがにあきてくる。油でパンをあげて、ドーナツでも作ってみようかと思ったけれど、食用油がなくてあきらめた。

 この世界の油は、どろりとした真っ黒なやつばっかりなんだ。プラスチックを燃やしたような臭いがするし、これで料理したものを食べたら体を壊しそうだ。

 黒鉄麦の料理は完全に行き詰まってしまい、ぼくは悶々(もんもん)としていた。

 と、リドが息せききって部屋に駆けこんできた。

「じょ、女王様がオマケ様をお呼びです!」

「え、女王様が?」

 たちまち胸がざわついてきた。

 ぼくのフライドチキンを横取りした女王が、いったい、ぼくになんの用だろう? 

 不安になるぼくに、リドが興奮した様子で言った。

「さ、急ぎましょう。きっとおほめのお言葉をくださると思いますよ。女王様も、オマケ様が考え出した白いパンとお粥をとても気に入っていらっしゃるそうですから」

「そ、そうなんだ。女王様に会ったら、ど、どうしたらいいの?」

「とりあえず、一度頭を下げて、おじぎをしてください。それで大丈夫。オマケ様は異世界からの客人ですから。少々礼儀知らずであっても許されますって」

「そ、そうか。うん。行くよ」

 そうして、ぼくはすごく大きな扉の前まで連れて行かれた。その先は、ぼく一人で行かなければならないという。

 衛兵二人が扉を開けてくれたので、ぼくはおずおずと部屋の中へと入っていった。

 部屋の中はきらきらとしていた。色とりどりの宝石をちりばめた飾り物や細工物がところせましと置かれ、虹色の光をふりまいている。

 奥には玉座とベッドを一緒にしたようなものが置いてあり、その上にはぼくと同い年くらいの女の子が寝そべっていた。

 すごく痩せていて、顔色の悪い子だった。つやのない銀色の髪、灰色がかった褐色の肌。目だけは鮮やかな紅色で、まとっている真紅と金の豪華な衣によく合っていた。



 間違いなく、ぼくのフライドチキンにかぶりついていた子だ。やっぱり、女王だったんだ。

 おじぎをすることも忘れているぼくを見返しながら、女の子はけだるそうに口を開いた。

「ずいぶんな災いをふりまいてくれたな、客人よ」

「へっ?」

 ぼくはすっとんきょうな声をもらしてしまった。

 聞き間違いかな? 今、女王はなんて言ったんだ? ……災いをふりまいた? ぼくが? これって、ほめている? この世界ではほめ言葉? いや、そんなわけないよな。

 混乱しているぼくに、女王はゆっくりと言葉を続けた。

「わらわはシャルディーン国が女王、シイラディ・マハラーガじゃ。名が呼びにくければ、女王と呼ぶがよい。……すでにギータから聞いておろうが、わらわは呪い持ちじゃ」

「呪い、持ち……」

「そうじゃ。王家に代々伝わる呪いでのぅ。これに蝕まれると、普通の食事には満足できなくなる。腹がふくれるものではなく、舌が喜ぶものを欲して、日夜苦しめられるのじゃ」

 ぼくは目を丸くした。その呪いって……もしかして……。

「おいしいものが食べたい呪い……」

「そう。これまで、“おいしい”の呪いはわらわだけのものであった。わらわだけが感じていた苦しみであった。じゃが、今は全ての民が、“おいしい”というものを知ってしまった。おぬしがもたらしたパンと粥のせいでな。もはや、もとの食事には戻れまい」

「で、でも、それは悪いことじゃないはずです」

 必死に言い返すぼくに、女王はすごみのある笑みを浮かべた。

「この世界ではな、変化は大きな毒となる可能性があるのじゃ。実際のところ、すでに深刻な問題が起きておる」

「え?」

「今回、多くの国民が、おぬしがもたらした方法で新たなパンをこしらえた。大量にな。すると、どうしたことか! たった数日で、パンにカビがはえて、食べられなくなってしまったというではないか。続々と、そういう報告が届いておるのじゃ」

「それは……」

 あたりまえだよと、ぼくは言いそうになった。食べきれないほどのパンを作るなんて、どうかしている。

 そう思ったところで、はっとした。確かリドが言っていたっけ。「黒鉄麦のパンは、一年以上保つ」って。だから、みんなはいつものように白麦を使ってしまったわけだ。

 でも、白麦のパンは長持ちしないものだった。もしかしたら、麦をあく抜きしたせいかも。あのあくの中に、日持ちさせる成分があったのかも。

 考えこむぼくに、女王はさらに言った。

「シャルディーン国の民は、一度にたくさんのパンをこしらえる。残った時間を趣味の手芸や工芸などに使えるようにな。今回はその習慣があだとなり、多くの麦が無駄になったわけじゃ。緊急事態につき、城に貯蔵(ちょぞう)している麦を民に分け与えることにしたが、それでは到底(とうてい)足りぬ。次の麦の収穫までに、はたしてどれほどの民が飢え死にするかのぅ」

「そんな……」

「ま、どうでもよいことじゃ」

 女王のそっけない言葉に、ぼくは目を丸くした。

「ど、どうでもいい?」

「そうじゃ。そもそも、シャルディーン人は少しずつ滅びに向かっている。それが少し早まるだけのことよ。わらわは望んで王となったわけではないし、食糧が足りなくなることなど心底どうでもよい。じゃが、オマケ、おまえのもたらしてくれるものには関心がある」

 ふいに赤い目をきらめかせて、女王はぼくを見つめてきた。

「どうやら、異世界からの客人であるおぬしには、我らがこれまで見出せなかった食材を見つける能力、それをおいしいものに変化させられる技術があるようじゃ。ならば、ここに留まる間は、その力をおおいに使ってもらう。わらわにおいしいものをもたらせ。わらわの舌を喜ばせよ」

「……これから食糧不足になるかもしれないのに、自分のことしか考えないんですか?」

「それの何が悪い? 我ら王族は、ずっと民を守り、呪いの苦しみに耐えてきた。……わらわは最後の王となるだろう。だったら少しばかり贅沢な思いをしてもよかろう」

 びっくりするほど冷たい言い方だった。ぼくは背筋が寒くなった。こんなのが国のトップだなんて、最悪だ。みんなのことを全然考えていないなんて。

 黙りこんでいるぼくに、女王は不機嫌そうに顔をしかめた。

「なんじゃ、その顔は? 不満かえ? じゃが、これはおぬしにとっても悪い話ではないのじゃぞ」

「え?」

「おぬしがもたらしたパンを、魔法使い達も食べたのじゃ。すると、わずかに魔力が回復した。おぬしが考えだす料理には、もしかすると、この世界の者達に魔力を与える力があるのやもしれぬ。……わらわが言いたいことがわかるかえ?」

「つまり……ぼくが新しい食材を見つけて、それで料理を作って、魔法使い達に食べさせれば……そのぶん、ぼくが元の世界に帰れるのが早くなるってことですか?」

「そういうことじゃ。どうじゃ? やる気になったかえ?」

 ぼくは考えこんだ。はっきり言って、この女王は信用できない。わがままで自分のことしか考えていないし。ぼくが料理を作っても、魔法使い達にわけてあげず、自分一人で食べてしまうかもしれない。

 いや、待てよ。それならいっそ、パンとお粥の時のようにレシピを作って、みんなに広めてしまうというのはどうだろう? それに新しい食材をぼくが見つけていけば、食糧不足も解決できるかも。

 ここで、ぼくはさらに思った。フルコースを作ったらどうだろうって。

 もともと父さんからフルコースの課題を出されていたわけだし、ここでの試練に合体させれば、お得な気がする。

 サラダ。スープ。肉料理か魚料理。そしてデザート。

 これらを作れる食材を見つけてみたい。

 ぼくはついにうなずいた。

「わかりました。やります。フルコースを作ります」

「フルコース? なんじゃ、それは?」

「いろいろな料理のセットのことです。ええっと、つまり、一度にいろいろな料理を食べることができるってものです。今回は四種類くらいの料理を作ろうかと」

「なんと! 四種類もの料理! それはなんとも贅沢な話じゃ。よかろう。では、作ってみよ。食材も、四種類見つければ十分であろう」

「はい。……でも、どこで新しい食材を見つけたらいいんですか?」

「大密林ナズラームがよかろうよ。あそこは植物も生き物も多い。おぬしにとって、おいしそうだと思える何かが見つかるやもしれぬ」

「大密林ナズラームって……すごく危険だって聞いたんですけど」

「うむ。優秀な案内人を手配してやろう」

「いや、そうじゃなくて……」

「あとのことは、ギータに伝えておく。謁見は以上じゃ。下がってよいぞ。わらわはもう眠らなくては」

 そう言って、女王は眠そうにあくびをした。大あくびを見せつけられたら、ぼくも引き下がるしかなかった。

 でも、扉のところまで下がったところで、ぼくは勇気を出して女王に言った。

「じょ、女王様!」

「ん? なんじゃ?」

「約束してほしいんです。ぼくが十分な料理を作ったら、ちゃんと元の世界に戻すって」

「それは約束しよう。我が名にかけて、オマケ殿を送り返そう」

 おごそかに言ったあと、女王は本当に目を閉じ、眠りだしてしまった。

 こうして、ぼくは女王シイラディ・マハラーガと取り引きをしたんだ。


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