【4】
次の日、ぼくはリドと一緒に、もう一度ジグン親方の工房を訪ねた。
約束通り、道具はちゃんとできていた。親方はぼくが言ったとおりの形に、鍋、フライパン、そして包丁を作りあげてくれたんだ。
ただし、鍋とフライパンは鉄製ではなく、紫がかったつやつやした金属でできていた。包丁の刃も、ガラスみたいに透きとおっている。
喜ぶぼくに、親方は「満足してもらえたみたいで、よかったぜ」と笑った。でも、その顔色は昨日よりも悪く、目の下にはくまができている。
孫の具合がよくないんだと、ぼくは感じとった。
急がなくては。
「ありがとうございました! じゃ、ぼくはこれで!」
城に戻ったぼくは、リドに頼んで、火をおこせる場所に連れていってもらった。
案内されたのは、暖炉がある部屋だった。暖炉は石でできていて、かまど代わりとして十分使えそうだった。
さらに、水とたきぎ、それに黒鉄麦を用意してもらった。粉にしてあるものと、そのままのものをそれぞれ一袋ずつ。
あれこれ下準備を整えているぼくに、リドは心配そうに言った。
「オマケ様、今日はまだ何も食べていませんよね? 空腹は体によくないですよ? パンを持ってきたので、食べませんか?」
「ううん、今は料理に集中したいから、いらない。そこに置いておい……いや、よかったら、リドが食べてよ。パンが傷んじゃったら、もったいないからね」
「いえ、その心配はありません。黒鉄麦のパンは、一年以上保つんです。ということで、ここに置いておきます。食べたいときに食べてくださいね」
「ありがと」
このパンを二度と食べずにすむようにがんばろうと、ぼくは心の中でつぶやいた。
「よし。色々試してみるぞ!」
まずは粉に水をまぜて、こねてみた。できあがった真っ黒な生地は二つにわけ、一つはホットケーキみたいに平たくしてフライパンで焼き、もう一つはきりたんぽみたいに棒に巻きつけて、直火であぶることにした。
結果として、どちらも失敗だった。
フライパンで焼いたものは、歯が折れそうなほど固くなり、直火で焼いたほうは、ものすごく苦くなってしまったんだ。
そこで、今度は粉にしていない麦をフライパンで煎ってみた。ポップコーンみたいになるんじゃないかって思ったんだ。
でも、これもだめだった。熱された黒鉄麦の粒は、ばんばんと、まるで爆竹みたいな音をたてて、次々と破裂していってしまったんだ。少しだけ残った粉をなめてみたけれど、これまたすごく苦かった。
「麦粉をねって焼くのもダメ。麦をそのまま煎るのもダメ」
だめだったことを、ぼくは紙に書いていった。実験と同じで、失敗例を記録しておくのも、大事なことだからだ。
あれこれ試しては麦をだめにしていくぼくのことを、リドはあきれた顔でながめていた。「……そんなふうに麦を無駄にするなんて」と、ぶつぶつ言う声も聞こえたけれど、ぼくは聞こえないふりをして実験を続けた。
今度は鍋で麦を茹でてみた。すると、灰色のあくが大量に出てきた。鍋からあふれでそうになるあくを、ひたすらすくって捨てていくと、やがて麦は白くなった。
「おっ! 柔らかくなってる!」
鉄みたいに固かった麦は、ぷにぷにと、まるでタピオカみたいな感触になっていた。水分と一緒に熱すると、破裂することもないらしい。
おそるおそる一粒食べてみた。
「これは……いけるかも!」
味はまったくないけれど、これなら食材として使えそうだ。
柔らかくなった麦をつぶしたところ、お粥みたいなものができあがった。ぷちっと感がところどころ残っているけれど、コンクリート粥よりもずっとさらりとしている。これなら病人でも十分に食べられるだろう。
ぼくはできた粥を半分、お椀に入れて、リドに渡した。
「はい、これ。ジグン親方のところに持っていってあげて」
「な、なんですか、この白いのは?」
「お粥だよ。ミンガちゃんに食べさせてあげて。これなら食べられると思うんだ」
「……ずいぶん白いですね。本当に食べられるんですか?」
うたがわしそうに言うリドに、ちょっとむっとしながらも、ぼくはうなずいた。
「大丈夫。ぼくの世界じゃ、これは病人に食べさせるものだから。親方にそう伝えてよ」
「……わかりました」
リドが出て行ったあと、ぼくはさらに料理を続けることにした。
お粥はできたから、もういいじゃないかって?
いやいや、これで満足していたら、おもしろくない。
だから、半分残したお粥をフライパンで焼いてみることにした。
できあがったのは、白っぽいホットケーキみたいなパンだった。熱々のそれに、ぼくはかぶりついた。
「う、うまい!」
今度は本当においしかった。むちむちとした柔らかい食感。しかも、焼いたせいなのか、ほんのり甘く、こうばしくなっている。
「くわあ、これでバターがあれば! いや、バターは贅沢(ぜいたく)でも、塩があれば、またひと味違ってくるのになあ!」
ともかく、普通に食べられるパンができた。お粥とパン。どちらも上出来だ。
「ぼくって天才かも」
自分の才能にうっとりしながら、ぼくはむしゃむしゃとパンをたいらげた。でも、まだまだお腹はぺこぺこだ。
もっとパンを焼かなくては。
そう思ったところで、もう生地がないことに気づいた。
「麦はまだあるけど、あく抜きに二時間はかかるしなあ。暖炉(だんろ)だと、火加減もむずかしいし。……もっと簡単な方法はないかな?……最初に、麦を水につけておいたらどうだろう? 茹でるよりも手間はかからないかも」
あれこれ考えているうちに、いつの間にか夜になっていた。
とりあえず鍋に水と麦を入れたところで、体力も気力も限界が来てしまい、ぼくは道具をそのままにして、自分の部屋に戻った。
疲れていたから、服も着替えずにベッドに倒れこみ、あっという間に眠りに落ちていた。
翌日、ぼくは騒がしい物音で目が覚めた。
誰かが大声をあげていた。こちらのほうに走ってくる大きな足音も聞こえる。
なんだろうと思っていると、ぼくの部屋のドアがバーンと開き、目を血走らせたジグン親方が飛びこんできた。
ぼくを見つけるなり、親方の目がかっと見開かれた。
「あんた! あんたは……!」
「ひえっ!」
身を縮めるぼくを、親方はがしっと両腕でつかまえてきた。息が止まりそうになるほど強い力に、ぼくはぐえっとなった。親方はすごく怒っているんだと、そう思った。
でも、そうじゃなかった。
親方は泣きながらぼくにお礼を言ってきたんだ。
「ありがとよ! あんたは孫の命の恩人だ! 俺ぁ、一生感謝する!」
「え? え、じゃあ、ミンガちゃんは……」
「あんたがくれた白い粥をすっかりたいらげて、みるみる顔色がよくなってきた! 幸せな気分だって、あの子は食べ終わった時に言ったんだ! ありゃ、いったいどういう魔法がかけてあったんだ? いや、なんでもかまやしねえ。とにかく、ありがとう! ほんとにありがとう!」
ここで、ぼくはやっと事情がのみこめた。どうやらぼくのお粥を食べたことで、ミンガちゃんは元気になってきたらしい。
「よかった。本当によかったですね」
「ああ。ミンガはもう大丈夫だ。俺はあんたに一生尽くすぜ。どんなものであれ、あんたのほしいものは、俺がこしらえてみせる! さあ、言ってくれ! 次は何がほしい? 言ってくれ!」
せっかくなので、ぼくはその言葉に甘えることにした。
「それじゃ、麦のあく抜きがはかどるようなものを作ってもらいたいです」
「あく抜き? そりゃ、どういうものだ?」
「うーん。一緒に来てくれますか? 自分の目で見てもらったほうがわかると思うから」
ぼくは親方と一緒に昨日の暖炉のある部屋に行った。行ってみて、びっくりした。
水につけておいた黒鉄麦は、灰色のぶよぶよとしたものになっていたんだ。おまけに、すごく臭かった。絶対に食べてはいけない臭い、腐った臭いだ。
この方法はだめだったらしい。
ということで、もう一度、親方の前で麦を茹でていこうと、ぼくは窓辺の下に置いていた袋に近づいた。
そして、またびっくりした。
袋の中の麦は、真っ白になっていたんだ。
「え! なんだこれ!」
「ん? どうした? ああ、色か。若旦那、袋の口を開けっ放しにして、一晩中、ここに置いていたんだろ?」
「そうです」
「それじゃ、こうなるのも無理はないぜ。窓から月の光が差しこんでいたんだろう。収穫した黒鉄麦は月光に照らすと、このとおり白くなっちまうんだ。骨みたいで不気味だろ? こいつはもう捨てるしかないな。次からは必ず袋を閉じて、窓の近くに置かないことだ」
「ううん、これでいいんです! この麦は白くなると、あくが抜けて、おいしく柔らかくなるから!」
こうして、あく抜き問題はあっさり解決したんだ。
ほくほくしているぼくに、親方がおずおずと切り出してきた。
「ところで、オマケの若旦那。あの白い粥をもう少し作ってもらえねえかな? ミンガがもっとほしいって、すごくねだっていてな。それに他にも病人がいるから、そっちにも食わせてやりたくて」
「もちろんです。レシピを教えるから、みんなに伝えてあげてください」
「レシピ?」
「作り方のこと。それを知れば、誰でもおいしいパンとお粥を作れるようになるから」
ぼくはそう言って、親方にレシピを教えたんだ。
啓介がこれまでがんばってきた料理修業と、家のお店の手伝いの経験のおかげで、ミンガちゃんの命を救うことができた! ものすごく苦労した麦の白化方法も判明したし、これで、砲丸パンやコンクリート粥とはおさらば! おいしいパンが食べられる!
大きな成功をおさめた啓介だけど……? 次回、意外な展開になっちゃう!!?
来週の新しいお話の公開をおたのしみに!(12月22日公開予定)
- 【定価】
- 1,430円(本体1,300円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 四六判
- 【ISBN】
- 9784041154052