……………………………………
14 「いらない人間」選挙
……………………………………
10時30分。残りは30分。
1回目の投票結果が出た。

草太、カツエ、未奈がほっとした顔をしている。
春馬は秀介に1票入っているのが気になった。
だれがだれに票を入れたかは明白だ。
自分の名前は書かないだろうから、亜久斗以外は亜久斗に投票した。
そして、亜久斗は上山秀介と書いたことになる。
亜久斗に票が集まったのは、彼がゲームの続行を希望したからだ。彼が脱落すれば、終了に反対する者がいなくなる。この結果は最終投票でも変わらないだろう……。
しかし、春馬はなぜか胸さわぎがした。
「……これだと、おれが脱落か」
亜久斗が視線をめぐらすと、みんなは目をそらした。
彼に投票した罪悪感があるのだ。
「予備投票をしておいてよかった。もし、これで決まったら、たいへんなことになっていた」
「これで決まりでいいんじゃねぇの」
カツエがそっ気なく言うと、亜久斗は首を横にふる。
「いいや、最終投票を10時59分におこなう。みんなで、そう決めただろう」
脱落のピンチなのに平然としている亜久斗が、不気味だ。
「そうか、おれを落として、このゲームで終わりにしようと考えているのか。わかった。みんなが終わりにしたいなら、おれも同意する。このゲームで最後にしよう」
亜久斗が言うが、彼に対するみんなの態度は変わらない。
「ところで、おれに考えがあるんだ。このゲームの脱落者だけど……『噓つき』にしないか」
「嘘つきの直人は、もう脱落したよ」
カツエが言うと、亜久斗は首を横にふる。
「まだいるんだよ。おれたちをだましている噓つきがね」
春馬は急に不安になる。
もしかして、亜久斗はぼくが秀介じゃないと知っているのか。いや、そんなわけはない。
「だだだだ……だまそうとしてるって、どういうこと?」
草太が震える声で聞いた。
「小山草太、きみは、父親が横領した1億円が必要なんだったな」
「どどどど……どうして、ぼくの事情を?」
「最初に自己紹介しただろう。妹の手術費がほしい滝沢未奈、父親の工場を買いもどしたい竹井カツエ、シングルマザーの母親を楽にさせたい上山秀介」
それくらいは春馬も覚えているが、亜久斗はたくみに自分のペースに巻きこんでいる。
「それより、噓つきってだれなのかな?」
春馬が聞くと、亜久斗がにやりと笑った。
「きみだよ。上山秀介」
春馬のひたいに、じわりと汗がにじんだ。
「どうして、ぼくが噓つきなんだ?」
「おれは生まれつき観察眼が鋭いんだ。直人があやしいと見ぬいたのも、観察していたからだ」
みんなが亜久斗の話に興味を持ったようだ。
「ぼくは、お金を貸してほしいとか言ってないよ」
「あやしいと思った理由は、きみが直人とは真逆だからだ」
「どういうこと?」
「直人は金への執着心が強かった。逆に、きみはそれがなさすぎる。まるで他人事だ」
的を射た亜久斗の意見に、春馬は言葉を失った。
「そういう性格なんでしょう。やる気があるのに表に出ないタイプはいるわ」
助け船を出してくれたのは、意外にも未奈だ。
「そうかもしれない。でも、彼はゲームを終わらせることばかり考えている」
「ぼくには1億円も必要ない。今、終わっても2000万円もらえる。それで十分なんだ」
「なにか、たくらんでいるんじゃないかな?」
亜久斗の探るような視線が、春馬には痛かった。
「なにもたくらんでないよ」
「本当にそうなのかな……、おれは用心深いんだ」
「ぼくがなにをしようとしてるって言うんだ」
「ゲームを終了させて、みんなのお金を奪うつもりかもしれない」
「そんなこと、できるわけないだろう」
春馬が言いかえしても、亜久斗は動じない。
「ゲームに負けたら殺されるんだ。はやく終わらせたいと思うのは当然だろう」
「いいや、噓だ」
「どうして、そんなに疑うんだ」
「昨日、ホールで競走したとき、きみは本気で走っていなかっただろう」
春馬はまた返事にこまった。
あのときから、観察されていたのか。
「真ん中あたりを走るのが安全だと考えて、力をおさえて走っていたんだ」
「あのあと、ぼくは脱落しそうになったんだぞ」
「それは運が悪かっただけだ。パートナーが高所恐怖症だなんて予測できないからな」
春馬は黙った。
「未奈が高所恐怖症じゃなかったら、どうなっていたかな」
そこまで言って、亜久斗は少し間をとった。
「二人三脚は2人の走るスピードが同じくらいなのが有利だ。そう考えるとアクシデントがなければ、秀介と未奈のペアは上位で勝ちぬけしただろう」
「だから、なんだって言うんだ」
「ホールでの競走は、みんな必死だった。それが、直人と秀介だけは、次の展開を予測して行動していたんだ」
「それのどこが悪いんだよ」
むきになった春馬とは対照的に、亜久斗は感情を表に出さない。
「悪くはない。ゲームに負けないように策を考えて行動するのは当然だ。でも、きみの冷静な行動に、おれは危険を感じるんだ」
「冷静じゃない。ぼくだって必死だ」
「マギワさんは残りのゲームは2つだと言ってた。この次のゲームが最後だ」
春馬は震えていた。ここでの脱落はないと高をくくっていたが、雲行きがあやしくなった。
「このゲームのあと、はたして秀介は、本当に終了と言うのかな?」
「言う。ぼくははやくこのゲームを終わらせたいんだ」
「おれがきみだったら、続行を希望するね」
「はっ?」
春馬はぽかんと口をあけた。亜久斗がなにを言いたいのか、すぐには理解できなかった。
「カツエ、最後のゲームはどういうものだと思う?」
亜久斗に質問されて、カツエは不機嫌そうな顔をする。
「あんた、勝手に仕切るんじゃないよ」
「それは悪かった。で、どう思うかな?」
「わかるわけねぇだろう」
「最後のゲームが運動系だったら、カツエが有利かな?」
「格闘技なら、絶対に負けねぇよ」
「球技、陸上競技、水泳なども考えられる。どれでも絶対に勝てるかい?」
カツエは少し考える。
「球技と水泳は苦手なんだよな……」
「秀介は背が高い。それに男子だ。運動系なら、きみも彼には勝てないんじゃないかな」
「競技によるけど、苦戦するかもしれないね」
「運動系のゲームなら、秀介は優勝候補だ。では、頭脳系のゲームだったらどうだろう」
亜久斗が視線を春馬にむけた。
「あぁぁぁぁ……そそそそうそう……そう言えば……」
草太が激しく動揺しながら、春馬から離れた。
「草太、落ちついて、気がついたことを言ってくれ」
「うううう……噓、噓発見液のからくりに、ききき気がついたのは……秀介だよ」
「ダイイングルームもだな」
カツエがよけいなことを言った。
「そうなんだ。頭脳系のテストでも、彼は優勝候補だ」
春馬は目の前が暗くなった。落とし穴に落とされたような心境だ。
「うわうわうわうわ……」
草太は意味不明な言葉をつぶやき、化け物でも見るような目で春馬を見た。
「このあと、秀介がゲームをつづけると言ったらどうなる?」
春馬は逃げだしたかった。
亜久斗のトラップにはまったんだ。また絶体絶命じゃないか。
「ううう……噓つきなんだ。しゅしゅ……秀介は嘘つきだ……っ」
「そう、彼は噓つきだ。ゲームを終了したがっているふりをして、本当はつづけるつもりだ」
言いたいことは山ほどあったけど、今はなにを言っても信じてもらえないだろう。
どうすればいいんだ。いきなり窮地に立たされた。
10時40分。残り20分。
時間だけがすぎていく。
「──彼はただのお人好しよ」
沈黙を破ったのは未奈だった。
「未奈は、だまされやすい」
「呼び捨てにしないでよ」
未奈がけわしい顔で言う。
「秀介は背は高いけど、運動神経はたいしたことないわ。二人三脚でいっしょに走った、あたしが言ってるんだからまちがいないわ」
「ぼくは……!」
言いかえそうとした春馬に、未奈がアイコンタクトを送ってきた。
そうか、彼女はぼくを助けようとしているのか。
「未奈の言うとおりだよ。亜久斗はぼくを買いかぶってるんだ。ハハハハ……」
「秀介がお人好しだというのは認めるが、運動能力と頭脳がすぐれているのはたしかだ」
春馬は苦笑いした。
お人好しは認めるのかよ。でも、事実だからしかたがないか。
「それなら、あたしがまちがってるって言うの?」
強気の未奈に、亜久斗は言葉を返さなかった。
カツエと草太が亜久斗の側につけば多数決では負けない。未奈はほうっておこうと考えたらしい。
10時45分。残り15分。
未奈がいきなり笑いだした。
「なにがおかしいんだ」
亜久斗が不機嫌そうに聞いた。春馬も同じ気持ちだ。
「秀介がなにかをたくらんでいるなら、毒入りの料理がどれか、みんなに教えないでしょう」
未奈の言葉に、みんながハッとなる。
「自分は安全な料理をたのんで、ほかの者に毒入りを食べさせて競争相手を1人へらすはずよ。やっぱり秀介はただのお人好しよ」
最後のひとことはよけいだと思いながら、春馬は未奈に感謝した。
「なるほど、そうかもしれないな」
これには亜久斗も納得したようだ。
時間は10時50分。残り10分。
最終投票の時間が迫っている。
春馬はあせるばかりで、なにも策がうかばない。
今、投票したらどうなるだろう。
亜久斗、カツエ、草太は、ぼくに票を入れるだろう。3票で脱落だ。
昨日の活躍が裏目に出るなんて、なんて皮肉なんだ。
亜久斗がおかしなことを言い出さなかったら、こんなことにはならなかった。
いや、それもあたりまえなんだ。1回目の投票のままなら、亜久斗が脱落していた。それを指をくわえて待っているはずがない。
助かるにはだれかを落とすしかない。……でも、それでいいのか?
自分が助かるために、だれかをけおとすなんて……。
春馬が悩んでいると、未奈がとなりにやってきた。
「このままだと脱落だよ」
ほかには聞こえないように、未奈が小声で話しかけてきた。
「わかってるけど……。それより、さっきは助けてくれてありがとう」
「お人好し。礼を言っている場合じゃないでしょう」
「そうだけど……」
「助けたのはお返しよ。あたしは少なくとも3回は助けてもらっている」
「ぼく、そんなに助けた?」
「二人三脚、夕食、昨日の夜よ」
「本当だ。ぼくってけっこう、恩人だね」
「自分で恩人とか言わないで。お返しはさっきしたからね」
「ぼくは3回で、未奈は1回だろう」
「大きさがちがう。それに、二人三脚はおたがいさまだから、ナシよ」
「そんなの卑怯だろう」
春馬が口をとがらすと、未奈がちょっと笑った。
その笑顔は超かわいかったが、彼女はすぐにいつもの仏頂面にもどった。
「ここではお人好しはナシよ。自分が残ることを最優先で考えて」
「どうして、ぼくにそんなことを言うんだ?」
「それは……、残ってほしいからよ」
「えっ?」
「このゲームで脱落しないで。絶対に生き残ってよ」
未奈はそう言うと、自分の席にもどっていった。
それってどういう意味?
聞いてみたかったけど、もう遅いか。
未奈の言うように、ほかの者を犠牲にしても生き残らないと。
お人好しのせいで殺されるなんて、絶対にいやだ!
10時55分。残り5分。投票まで4分。
春馬は勝負に出ることにした。生き残るためには、やらなければいけない。
それが今だ。このタイミングなら、相手の反撃の時間はない。いや、反撃できないはずだ。
「みんな、少しだけぼくの話を聞いてほしいんだ」
みんなが緊張した顔を春馬にむけた。
「だますつもりじゃないだろうね」
警戒したように亜久斗が言った。
「ぼくは一度もだましてない。それより、このままだとみんな1円ももらえないかもしれないよ」
「どういうこと?」
あいの手を入れるように未奈が言った。
「このゲームは予想のできないことばかりだ。そうだろう」
亜久斗、カツエ、草太は警戒した顔をしている。
「このゲームが終わっても安心はできないよ。ぼくだって用心深いんだ」
春馬は、少しだけ亜久斗の口調を真似した。
「なにが言いたいんだ?」と亜久斗が聞いた。
「このあと、全員がゲームを終了すると言ったとして、本当に無事に終わるだろうか?」
「マママ……マギワさんは、ぜぜぜ……全員が終了と言えば、終わりだと言ってたよ」
「サッカーでアディショナルタイムというのがあるのは知ってるかな?」
「それくらい知っている。試合中に中断した時間を、終了時間のあとに加えて延長するんだろう」
亜久斗の答えに、春馬は満足そうに大きくうなずいた。
「そのとおりだ。つまり、終了時間になっても試合は終わらない。このゲームにもアディショナルタイムがあるかもしれない」
ちらりと亜久斗を見ると、彼はほんの少し不機嫌そうな顔をした。
春馬の逆襲に気づいたようだ。
「ゲームを終了するために、ミニゲームやミニクイズがあるかもしれない」
「そんな話は聞いてねぇ!」
どなるカツエに、春馬は笑顔をむける。
「あるとは言ってない。あるかもしれないと言ったんだ。このゲームを考えた人は、意地悪だ。なにがおきても不思議じゃない。そうじゃないかな、用心深い亜久斗」
「……考えられなくもない」
「──ゲームを終わらせるには、最後にクイズを解いてもらうでぇ。答えがわからなかったら、全員が脱落やぁ……」
春馬はマギワの真似をした。だが、だれも笑わない。
「──ゲームを終わらせるには、ホールの重たい扉を開けてもらうでぇ。開けられなかったら、全員が脱落やぁ……」
「それで、なにが言いたいのよ!」
カツエがいらいらしたように言った。
「ぼくが言いたいのは、必要な人間を残すべきだということだ」
「必要な人間って、なによ?」
「このあと、なにがおきるかわからない。頭脳のすぐれている者、力のある者、観察力のある者、度胸のある者……。なにかおきたときに役にたつ者を、残したほうがいいということだ」
短い間があった。
「……なるほど、それは言えるかもしれないね」
カツエは納得顔になった。
そして、そのまま視線を草太にむけた。
「え………………ちょ、ちょ、ちょっと待って……そ、そ、それだと……」
草太は、青ざめた顔でなにか言おうとするが、言葉にならない。
10時59分。
「最終投票の時間だ」と亜久斗が言った。
投票結果は、

5人の中で、なんの役にも立たなそうな草太が選ばれたのだ。
怨田と鬼崎が、悲鳴をあげる草太をひきずっていった。
春馬は、顔をあげられなかった。
ごめん、草太……こうしないと、ぼくが脱落だったんだ。
第4回へつづく(4月29日公開予定)
書籍情報
注目シリーズまるごとイッキ読み!
つばさ文庫の連載はこちらからチェック!▼